供物と焼肉
「オジサンたちだって八人でしょう。ぼくたちにはベンさんがいますから、百人力ですよ」
「それにしたって百二十頭以上のバイソンをどうやって追い立てたんだよ」
ベンさんにノックダウンを食らった男が力なく言った。
ぼくが精霊言語でバイソンのリーダーに、森に行ったら美味しい下草を生やしてやるよ、と囁いて走らせたのだ。
「なに、バイソンが好む草を特定して、香りを再現する魔術具を森の方に投げて追い立てたんだよ」
ベンさんの答えに、さすが元上級騎士、と冒険者たちは感銘を受けたかのようにベンさんを見た。
ベンさんが表立って活躍しているように見せつけて、ぼくたち留学生は誘拐の標的にされないよう目立たずいようと商会の人たちに勧められていたからだ。
実際は、魔術具を作ったのもぼくだし、投げたのもぼくだ。
バイソンのリーダーに向って匂いを振りまくボールの魔術具を投げ、先頭集団が走り出すと魔術具から羽が生え、飛行しながらバイソンの群れを森へと誘導したのだ。
お腹を空かせたバイソンたちに匂いだけでは可哀想だから、森の中心付近で魔術具が着地すると土に還る設定にし、シロが森の下草を急成長させた。
「食料を求めて東方から流れてくる間に、食糧難の地域のバイソンたちが集まりすぎてしまったのでしょうか?」
「そうかもしれんが、あの数のバイソンならあっという間に森を枯らす勢いで食べつくし、隣国のガンガイル王国へ移動してしまうだろうな」
ぼくの質問に小柄な男がそう言った。
“……国境の町周辺の森は飛竜の里に遊びに来る飛竜たちが警戒して巡回しているから、そうはいかないよ”
キュアが冒険者たちに配慮して精霊言語で伝えてきた。
「ガンガイル王国には優秀な飛竜部隊があるから、心配には及ばんよ」
王立騎士団に詳しいベンさんは冒険者たちにそう言った。
「そうなると、あのバイソンの群れはここいらに居ついてしまう、ということか」
「だったら、ここで待機していれば、またあいつらが戻ってくるだろう。手ぶらで帰る必要はないな」
「そのバイソンを見せてみなよ。解体を手伝ってやるぞ」
「なんだよ、雄じゃないか。雌のほうが旨いのに」
冒険者たちは一斉にバラバラなことを言いだした。
「冒険者ギルドもマヌケだな。狩猟制限をするのなら、雌の狩猟も規制したらいいんだよ」
「一頭しか狩れないのなら、旨い雌の方が高く売れるんだから、狩るなら断然雌だろ。規制されてたまるか」
ぼくたち留学生が顔を見合わせて、だから個体数が減少するんだよ、とため息をついた。
「バイソンの出産個体数は?」
「通常一頭、稀に双子を出産するはずだよ」
「妊娠出産授乳期間を考えても二年間は個体数が増えない。雄は何頭でも種付けできるけれど、雌は最低でも二年に一回しか出産しないよ」
「個体数の減少を防ぐには狩るのは断然雄だね」
留学生たちが次々にそう言うと、冒険者たちは憮然とした顔をした。
「まあ、同じ仕事をするのなら、報酬が高い方が良い、と考えるのは至極真っ当なことですよ。ですが、長期的に見ればバイソンの数がさらに減っていくだけなので、食い扶持を自分で減らしているだけなんですよね」
「だからこそ、上が規制をかけなけりゃならんだろう」
商会の人とベンさんがそう言った。
ベンさんは身体強化でバイソンを担ぎ上げると、冒険者たちが、おおおお、と唸った。
軽々と担ぎ上げているように見えるが一トン近くありそうだ。
「サッサと血抜きしないと価値が……」
「終わっているよ。内臓も抜いてある」
冒険者たちにベンさんがそう言うと、キュアが鞄から飛び出してお腹を擦った。
内臓がどこにいったのか、話さなくても態度で示した。
「「「「「「「「飛竜の幼体!」」」」」」」」
冒険者たちがキュアに気を取られている間に、魔法の杖を取り出して街道脇を土魔法で整地して馬車から作業台を引き出した。
「ベンさん。ここで解体して、ついでに昼食にしましょう」
「おお、いいな」
ぼくの提案にベンさんが応じ、作業台にドスンとバイソンを下ろした。
魔法の杖を一振して清掃魔法をかけ、バイソンを綺麗に丸洗いした。
「お前らもやってみるか」
「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」
兄貴以外の留学生全員が参加を希望した。
兄貴は商会の人たちと簡易厨房の引き出しをセットして、昼食の準備に取り掛かった。
スライムたちが次々と皮剥ぎナイフに変身して、留学生たちの手におさまった。
呆気に取られている冒険者たちに商会の代表者が声をかけた。
「召し上がりたいのでしたら、お弁当として販売いたしますよ」
「いや、留学生一行の食材には限りがあるだろう」
小柄な男が常識的に断っている。
「そうですか、お肉でしたら売るほどあるのだから、かまいませんよ」
無駄な抵抗だ。肉を焼き始めたら断れないだろうに。
他の冒険者たちがすでに誘惑に負けて、金なら払う、と言い出した。
稼ぎに来たのに散財する気か、というぼやきが聞こえてきた。
皮剥ぎまで順調に済ませても血が一滴も流れ出なかった。
「おお、洗浄魔法がよくできている。こんなに楽な解体はそうないぞ。これは旨そうだ」
ベンさんに褒められたが、血抜きや内臓処理をしたのはキュアだ。
あれ?
洗浄魔法で寄生虫や病原菌ウイルスを除去できるかな?
「ベンさん。念のためにもう一度洗浄魔法をかけても良いですか、寄生虫やバイ菌を除去できるかやってみます」
「おお、それは良いな。それが上手くいけば中心部までガッツリ火を入れなくても食える衛生的な肉になる」
ぼくは完全に衛生的な肉になるようにイメージしながら魔法の杖を取り出してバイソンの肉に洗浄魔法をかけた。
足元でみぃちゃんが、ミャァ、と鳴いた。
働いたご褒美が必要だよね。
「スライムたちもみんなおいで。ご褒美と毒見を兼ねて味見しよう」
ベンさんが食べやすいように切り分けると全員のスライムと、キュアまで集まってきた。
「味見だから一切れだよ」
魔獣たちが一切れずつお肉を食べると、安全で美味しいよ、と思念で伝えてきた。
「大丈夫そうだな」
ベンさんも魔獣たちの表情からそう判断をした。
「大地の神と狩猟の神に奉納する分を先に切り分けてください」
ぼくがそうお願いすると、ベンさんはバイソンの腰の内臓に近い部位を大きく切り分けてくれた。
ぼくは簡易の祭壇を作るために解体作業から離脱した。
ベンさんが切り分けていく肉をウィルが魔法で次々と凍結させ、留学生たちが流れ作業で馬車の中の冷凍庫に詰め込んだ。
流れ作業にあぶれた留学生たちが、洗浄魔法で皮に張り付いた脂も洗い流せないか、と訊いてきたので、早速試した。
「「「「おお、出来た!」」」」
ぼくたちが感動していると冒険者たちから、もうなめしの作業が終わったのか、という声が聞こえたが、まだ脂を除去しただけだ。
毛を抜いたり、叩いたりする、なめしの作業を留学生たちに任せて、ぼくは祭壇を作るのだ。
食卓テーブルのテーブルクロスに魔法陣を刻み、切り分けたお肉を大皿に乗せて魔法陣の中央に捧げた。
ぼくが簡易の祭壇を完成させると、見物している冒険者たち以外の全員が手を止めて食卓テーブルに集まってきた。
「祝詞はだれが言うの?」
ウィルの質問に、みんながぼくを見た。
「今日はバイソンを仕留めたベンさんに執り行ってもらおうよ。難しい言葉は司祭様じゃないからいらないよ。ただ神様に今日の恵みの感謝をすれば良いはずだよ」
ぼくの言葉に、散々走らされた一同が盛大な拍手をした。
商会の人たちもお願いしますと頭を下げた。
「えーっと、その、今日の神々の恵みに感謝を述べる代表として選出されました、ガンガイル王国王立騎士団元第三師団長にして、元辺境伯領騎士団食堂筆頭助手にして、世界中の食材を集め隊隊長にして、食文化研究所所属、ガンガイル王国帝国留学生先発隊筆頭隊護衛及び総料理長である私ベンジャミンが、今日の狩猟の成果を大地の神と狩猟の神、料理の神に……」
おっと、料理の神の魔法陣を描き忘れている。
ぼくは瞬時にテーブルクロスの魔法陣に料理の神の魔法陣を追加で刻んだ。
「……料理の神や七大神に感謝の念を表すため、供物と我らが魔力を奉納いたします」
みんながテーブルクロスに手をついて魔力奉納を始める直前に描き忘れていた七大神の魔法陣を刻みつけた。
間に合った。
この民間神事の感想は、それがぼくの頭に最初に浮かんだ言葉だった。
そんな迂闊なぼくの魔法陣の魔力奉納に、この現状に手をこまねいていた神々が干渉できる機会を得た、といわんがばかりの数の精霊たちを使いに寄こした。
キラキラと輝く大量の精霊たちがぼくたちを取り囲んでグルグルと回った後、バイソンの群れが入っていった森の方に川の流れのように移動していった。
「……これは、なかなか壮観な眺めだ」
祝詞を唱えた張本人のベンさんは少し腰が引けている。
キャンプファイヤーの時より圧倒的に多い精霊たちに、留学生たちや商会の人たちも茫然と空を見上げている。
「港町の時と同じくらいかな、いや、少ないかな?」
ウィルがそう言うと、過去にこんなことがあったんだ、と驚いてぼくとウィルを見た。
「クラーケンの時だね。あの時は街中の人たちが協力しあって魔力奉納したことがきっかけで、精霊たちが港町を守ってくれたんだよ」
ウィルの言葉に、みぃちゃんとキュアとぼくとみぃちゃんのスライムたちが頷いた。
バイソンたちの森は遠くからで見ても、森全体がキラキラと輝いている。
「これで森が再生されて、何とかなるのか?」
ベンさんが呟くと、ぼくとウィルとぼくたちの魔獣たちが首を横に振った。
「一時的なものだね。この地域の魔力は、この地域の人たちが支えていかなくてはならない事だよ。ぼくたち旅人は、乾季の草原のバケツ一杯の水でしかないね」
ウィルが圧倒的に足りない土地の魔力について詩的に表現した。
「まあ、ぼくたちは出来ることはしたんだから、このお肉をおさがりとしていただこうよ」
ぼくがそう言うと、みんなは元の作業に戻った。
振り返ると、腰を抜かして茫然と森を眺める冒険者たちがいた。
煙をモクモク立ち上げて、冒険者たちが街道脇で二台の七輪を取り囲んでバイソンの肉を焼いている。
「肉が旨いのはもちろんだが、このタレが旨い!」
「ごはんに乗せて掻っ込むと、満足感が二倍になる」
「ああ、ちょっと高いがこの味なら当然だ」
「もう一皿注文しようぜ」
「牛タン食べたい!」
「バイソンタンだろ。高いんだから、止めろ。というか、あのキラキラしたやつが森を再生させたのなら、もうバイソンの群れは街道まで出て来ないだろう。俺たち稼ぎに来たのに、本当に何やっているんだよ!」
「「「「「「「焼肉食べに来たんだよ!」」」」」」」
「すいませーん。ごはんのおかわりありますか?」
「お支払いいただけるのでしたら、ございますよ」
「たれの追加は有料かい?」
「追加のお肉のお支払いが頂けましたら、サービスいたしますよ♡」
商会の人たちは冒険者たちから現金を搾り取れるだけ搾り取ったが、お土産も持たせ、満腹満足にさせて、町に帰した。




