バイソンの群れ
「左翼が遅れてる。走れ!走れ!囲い込め!!」
空飛ぶ絨毯の上からベンさんが拡声魔法で怒鳴っている。
留学生の騎士コース履修済みの留学生たちが牧羊犬のように走り込んで、街道を占拠していたバイソンの群れを森に追い立てている。
ぼくはスライムの翅で低空飛行しながら右翼を担当し、ウィルが左翼を身体強化だけで本気で走っている。
尾翼を担当していたみぃちゃんのスライムの翅で飛んでいたみぃちゃんが他の留学生たちに任せてウィルの左翼に合流しようと加速したとき、兄貴とシロと共に馬車に待機していたはずのキュアが勢いよく飛んできて左翼のバイソンを追い立てた。
「キュア!攻撃したら駄目だ!!」
冒険者ギルドに登録していないぼくの使役魔獣が、逃走している魔獣を殺してはいけないのだ。
「全員止まれ!群れの先頭が森に入った!!」
空飛ぶ絨毯の上からベンさんが投げ縄で最後部のバイソンを一頭捕獲しようと狙いをつけている。
「ベンさん!オスを狙ってください。野生のバイソンは個体数が減っている報告があります!」
ぼくが叫ぶとベンさんは舌打ちした。
「雌の方が旨いのに、仕方ないなぁ!」
そう言って投げた縄は雄の角にひっかかり、引きずり倒した。
バイソンの群れは倒れた一頭を残して森に逃げ込んでしまった。
攻撃してしまうと一撃必殺になってしまうキュアは、短い手でウィルの両脇を掴むと倒れ込んだ雄バイソンの真上までウィルを運んだ。
「全部お膳立てされて何だけど、一撃入れさせてもらうよ」
宙吊りにされたウィルは鞭の魔術具を取り出して電撃を食らわせた。
バイソンが気絶したところで、尾翼の追い込みに参加していた留学生たちも追いついた。
ぼくが空飛ぶ絨毯に戻ると、入れ替わるようにベンさんが飛び降りた。
冒険者ギルドに登録済みのベンさんだけがバイソンにとどめを刺せるのだ。
「お前ら、吊るせー。血抜きするぞ!」
「いただきまーす!」
キュアが吊るしたバイソンの首筋に食らいつき、一気に血液を吸い取った。
「ごちそうさまでした!」
みんなが仰天しているのは、キュアが喋ったことなのか、一気に血抜きを終わらせたことなのか……両方だろうな。
「……喋るのか……」
ベンさんが規格外の魔獣に頭を抱えた。
「魔獣だって風魔法を使えば話せるようになるよ」
ギョッとするみんなにぼくが説明した。
「生き物には感情もあれば、思考することはわかっているよね?」
魔法の絨毯を大きくしてバイソンとみんなを乗せて飛行しながら説明した。
「まずは、文字を覚えさせて意思疎通を図ることが出来るようになれば、後は魔獣たちの努力次第で何とかなるよ」
文字を覚えさせる、という言葉にウィル以外の全員が首を横に振った。
「あんたたちが出来っこないと思っている限り、あんたたちの魔獣は努力しないね。使役契約って言うのはねぇ、命をかけてやるもんだよ。この人に命をかけるつもりも無く、ただ魔力の縛りだけで契約させた魔獣じゃあ、そもそも気概が違うから無理だろうねぇ」
ぼくのスライムが魔法の絨毯の上でふん反り返るように体を反らせた。
「使役魔獣と契約の関係が切れたって繋がっているイシマールと相棒の飛竜を見たらわかるでしょう。低級魔獣ほど使役契約の際に魔力差で縛り付けて契約が出来るけれど、そんな関係じゃあ、使役契約を解いた途端に脱兎のごとく逃げ出すわよ。本当の関係は契約が切れたって、一生の友人は一生の友人よ」
みぃちゃんがそう言うと、辺境伯出身の留学生たちが自分たちのスライムを見た。
スライムたちはフルフルと上部を横に振りながら使役者の手に縋り付いた。
スライムたちとの信頼関係は全員にあるようだ。
「やってみたら良いよ。出来なかったからって、簡単に損なわれる信頼関係じゃないんでしょう?無理強いしたらスライムが早死にするだけだよ」
みぃちゃんのスライムが、スライムは苦しいと死んでしまうんだよ、と言った。
あれ?
森の掃除屋が居なくなると……。
みぃちゃんのスライムがぽろっとこぼした一言に、ぼくは引っ掛かった。
“……ご主人様。ご想像通りスライムたちが減少すると死霊系魔獣が増えます”
馬車で待機しているはずのシロが精霊言語で伝えてきた。
生態系のバランスが大事なのか。
「喋れなくたっていいじゃないか。何より、そんなに忠実に働くスライムたちを所有できるなんて羨ましいぞ。ああ、また俺は俺の人生に後悔している!なんで使役魔獣師の資格を取っていなかったんだ!!」
ベンさんがそう叫ぶと、ぼくたちの両親もそう言っていました、と留学生たちが口々に言った。
ラウンドール公爵も魔法学校時代に魔獣使役師の資格を取っていなかったのか。
そんな話をしながら街道に戻ると、ガラの悪い屈強な八人の男たちがぼくたちの馬車に走り寄って来た。
シロが報告してこなかったということは、そんなに面倒な連中ではないのだろう。
男たちが大声で、バイソンの群れはどこだ!と喚きたてた。
商会の代表者と兄貴が馬車から降りて、護衛の冒険者と留学生たちが群れを追い払ったので、通行可能になったから手ぶらで帰ってくれ、と説明していた。
男たちが激高すると兄貴がやんわりと威圧をかけた。
使用する魔力は激高している男たちの魔力を使っている。
自業自得だから放置しよう。
「だから、通行できなくなった商人たちが合同で緊急依頼を冒険者ギルドに出されていたのですから、通りすがりの冒険者が依頼内容を達成することは認められています。貴方たちに報酬があるかどうかは冒険者ギルドで聞いてください」
商会の代表者が屈強な冒険者たちのような人たちに詰め寄られても、怯むことなく言い返していた。
「なんやぁ、われぇ。緊急依頼は冒険者ギルドで受注せんでも、通りすがりの冒険者が助太刀に入れるちゅうことを、知らんちゅうのかぁ」
空飛ぶ絨毯から飛び降りたベンさんが、商会の代表者に詰め寄っている荒くれものっぽい冒険者たちの間に割って入った。
ベンさんはどこの地域の方言を使っているのだろう。
帝国軍のスラングなのかもしれないが、酷く口が悪いことだけは雰囲気でわかった。
「百頭を超えるバイソンの群れが街道を塞いでいるという緊急依頼だぞ!留学生とそんなショボい商会の護衛だけでなんとかできる依頼じゃないはずだ!」
厳つい男たちの代表者だと思しき、捕らえたバイソンと大きさが変わらない屈強な男が、まさにキスでもするのかというかのくらいに、ベンさんに顔を近付けて言った。
キュアが魔法の絨毯から飛び立とうとしたが、ぼくはギュッとキュアを抱きしめて止めた。
冒険者に知り合いは居ない。
冒険者の生きざまを初めて見るのだ。
ここはベンさんを信頼して待つべきだ。
「ハッハッハッハッ。ショボい商会の護衛がしょぼいと、決まっているわけねぇだろうが!このボケェ!!世界を股に掛けて活躍した騎士の中の騎士。ガンガイル王国にこの男あり、と言わしめた、ベンこと、ベンジャミンとは俺のことだぁ!!」
よくわからないが凄そうだ。
「そんな奴知るかっ……」
大男が言い終わらないうちに、膝から崩れ落ちた。
ベンさんが大男の鳩尾に風魔法で一撃を食らわせたのだ。
「っの野郎!」
大男の後ろに居た、いかつい冒険者たちと思われる男たちが、ベンさんに突進しようとしたが、結界に跳ね返された。
「てめえら、下がれ!この方は本物の元上級騎士だ!」
後方に居た小柄な男が冒険者と思われる男たちを一喝した。
「お前たちがどれだけ束になってかかろうが、元上級騎士に適う魔力なんてない!」
冒険者登録は実績によってランクが変わる。
だけど、引退騎士は冒険者の実績以前に騎士登録していると、騎士としての実績が加算される。
上級騎士は冒険者ギルドに登録すると秀、優、可、の順にあるランクの秀からスタートすることになる。
つまり、上級騎士は登録するだけで一般的な最上級ランクの秀になるのだ。
一般的なというのは平民上がりの冒険者のランクであって、その上には特秀、さらに幻の最優秀が存在する。
「バ、バイソンの駆逐なんて秀ランクの冒険者がする仕事じゃないだろう!」
崩れ落ちた大男を支えた冒険者と思われる男が言うと、だから緊急依頼だったんだろ、と周囲の冒険者もどきから総ツッコミをされた。
空飛ぶ絨毯をコッソリ男たちの後方に着陸させると、テーブルクロスの上のグラスを倒さず引き抜くように、バイソンやみんなが乗ったままの絨毯を一気に引き抜いて、丸めて収納ポーチにしまった。
そうして、ぼくは場の空気を読まずに声をかけた。
「お取込み中に申し訳ありません。いくつか質問をさせてください」
現場の声を直接聞けるチャンスなんだ。
逃す手はない。
「バイソンの群れは最大でも通常は60頭程度だと聞いていましたが、今回は120頭以上の群れでした。バイソンの生息数が減少していると文献で知っていましたが、実際は違うのですか?バイソンは雌を中心に群れを形成すると図鑑に記載されていましたが、今回は雌雄同数居たように見えました。生態が変化したのですか?それとも文献がおかしいのですか?」
「バイソンはもっと東方に生息する魔獣のはずですが、どうしてここまで生息地を広げたのでしょうか?生息地域が広がって生息数は増えているのですか?生息数が減っているという情報は間違っているのでしょうか?」
商会の人たちの隣にいた兄貴が、情報収集をしつつ絡まれている本質の内容を有耶無耶にするぼくの作戦を察して、同じようになんでなんで坊やになって質問した。
ぼくたちの作戦を留学生全員が察して胸の前で手を組んで、小首を傾げた。
「「「「「「「「「教えて、本物の冒険者さんたち」」」」」」」」」
つぶらな十組の瞳が熱い視線を送った。
「知るかよ、そんな事。俺たちはバイソンの群れを森に帰し、一組一頭のバイソンを仕留める許可がおりた、依頼を受注しただけだ」
鳩尾を強打された男を支えていた男がそう言うと、小柄な男が追加情報をくれた。
「東方の国に生息していたバイソンが東方の森が荒れて食料が少なくなったから、こっちに流れて来ただけだ。個体数の減少が続いているから、狩猟制限が皇帝陛下から出されている。だから、冒険者ギルドでも一パーティー、一頭、最大でも三頭と厳しめの規制がかかっている」
あれ?皇帝も生態系や魔力量のバランスに気を配っているのか?
「そうなのですか。詳しく教えていただいて、ありがとうございます」
ぼくがそう言うと、留学生全員がありがとうございます、と小柄な男に頭を下げた。
「礼儀正しい、いい子たちだな。……この人数で百二十を超えるバイソンの群れを走り込んで追い立てたのか!」
八人の少年たちと一人の元上級騎士だけで、バイソンの群れを追い払ったことに気付いた冒険者たちの態度が変わった。




