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入国

「たくさんの住民たちが魔力奉納をする機会を作っていただきありがとうございます」

 朝食販売会場となった、キャンプファイヤー、いや、聖火の側で、領主からお礼を言われた。

「いえいえ、こちらこそ広場に滞在する許可を頂き、このように、()()()()()()()と、旅の安全を祈願した神事を行うことが出来ました。隣国との国境の町として今後とも発展していくことをお祈りしております」

 つらつらと、こっちもたくさん魔力奉納をしたのだから、今後とも留学生一行をもてなしてくれ、と副音声が聞こえるような笑顔でウィルが返答した。

 そんな挨拶をしていると、飛竜の魔術具の宅配便が上空に微かに見えた。

 凄いなぁ。あの高度から急降下して来るのだ。


 おにぎりと豚汁の販売を終えてから、ぼくたちがようやく朝食を食べようかというタイミングで飛竜の宅配便の荷が届き、商会の人たちはバタバタと対応しに行ってしまった。

「追加で米をたんまり注文したから、少し遅れて到着したな」

 商売には一切関与していない料理人が、自分用の大きなおにぎりを頬張りながら言った。

 この元騎士の料理人は、昨日の椅子取り合戦のお蔭で留学生たちが一目置く存在に大躍進した。

「積み荷を重くしたら、移動時の消費魔力が増えるのじゃないですか」

 ウィルも心なしか口調が丁寧になっている。

「商人たちが、こんな原価ギリギリで手間賃を考慮しないでおにぎりを販売するわけがないだろ。あれ、全部この領地で売れるぞ」

 確かに領主一族の使用人と思しきお仕着せを着た人たちが、たくさんおにぎりを買っていた。

 王都の美味しいお米料理、高級品、なんて声も聞こえていた。

 寿司とおにぎりを混同しているかもしれない。

「米の栽培は種もみを入手しても一年二年ではまともな田んぼは作れないだろう。それまでは高値で売れるよ」

 料理人の言葉に、農地の研究がしたいケニーが強く頷いた。

 ぼくたちの馬車は大量の食糧を運びながら旅はしない。

 ハルトおじさんの根回しで、土壌改良の研究や留学生たちの魔力奉納を期待している帝国の周辺国や属国で、飛竜の魔術具の宅配便の飛行許可をもらっていたのだ。

 だから、ぼくが、というかシロや兄貴が食料を転移させることが出来ることを隠して、ここで売りさばいてしまっても問題ないのだ。

「米をうちの領でも生産したくて、王都に留学するつもりだったのですが、帝国留学を選択しなかったラウンドール公爵寮生に研究を任せることにしました」

 ケニーは土壌改良についてだったら何でも学びたいから気にしないでください、と言った。

 ぼくと兄貴と魔獣たちが顔を見合わせた。

「あのね。辺境伯領ではもう何年も前からお米栽培の研究をしてきたのを知っているよね」

 ぼくが唐突にそう言うと、ラウンドール公爵領出身者たちは頷いた。

「お米好きの領民たちがこぞって研究をしているんだけど、幼少期からバケツで稲作をしたり、遠足で田植えをしたりしているから、王都の辺境伯寮にも小さな田んぼがあるんだ」

「家庭菜園の域を越えた畑がある、と噂では聞いたことがある」

 ロブがそう言うと辺境伯領出身者たちが頷いた。

「みんな当番で世話をしているよ」

「キャロお嬢様も参加しておられます」

「辺境伯寮の食堂が美味しかったのは、自作している新鮮な野菜と養鶏までしていたからなんだよね」

 辺境伯領出身者に混じってウィルも頷いた。

「それでね、何年も何人も辺境伯領から留学生を送り出しているでしょう。彼らは美味しいものを食べたい一心で、帝都の側の村に農地を借りて、もうお米の栽培を始めているんだよね」

 ぼくたちも、スライムたちの報告で知ったのだが、去年からボリスも参加し始めたので、米栽培にはうるさいぼくのスライムが口を出してから収穫量が上がったのだ。

「それって、辺境伯領出身者しか参加できないの?」

 ケニーが前のめりになって聞いてきた。

「農作業は大変だから手伝いは歓迎だよ。というか手伝わないで食べるのは後ろめたい雰囲気になっているから、ガンガイル王国寮生のみんな一度は手伝いに行っているみたいだよ」

 手伝いに行くと食堂のおかずが一品増える、と兄貴が説明した。

 食べ盛りの生徒たちには嬉しい報酬だろう。

「おお、それは凄いな。俺は帝都で食堂を開く予定になっているから、是非とも譲ってほしいもんだ」

 料理人もこの話に食いついた。

「帝都で店を出されるんですか?」

 兄貴が料理人に聞くと、豪快に笑って兄貴の肩を叩いた。

「ああ。とんとん拍子に話が進んだんだ。俺が料理人なったのは旨いものは自分で作らなけりゃあ食えん任務に就くことが多々あったからなんだが、そこそこ腕がいいと思っていたんだ」

 豚汁を飲みながらその話を聞くとみんな素直に頷いた。

 豚汁は誰が作ってもそこそこ美味しいものが出来上がるが、この豚汁は出汁が凄く美味しい。

「だがな、イシマールのホットケーキを食って涙が出たんだ。苦労だらけの人生で左腕欠損し隠居後、穏やかな職を選んで第二の人生を送っているんだと見に行ったら、芸術品みたいなホットケーキを出していたんだ。感動したよ。それで、おれはプロの料理人になることに決めたんだ」

 イシマールさんのホットケーキを食べて、人生が変わった人なのか。

「俺は騎士団引退の後、暇つぶしに騎士団の夜警のアルバイトをしていただけだったから、即日やめて辺境伯領騎士団の食堂のおばちゃんに弟子入りさせてほしい、と頼み込みに行ったのさ」

「行動力の塊のような方ですね。今の食の流行は、辺境伯寮にありますからね」

 ロブがそう言うと、辺境伯領出身者たちが喜んだ。

「ああ。幸い、合同遠征をした戦友たちの執り成しもあって、何とか食堂に潜り込めたよ。料理の基礎を一から教わって、料理の幅が広がった。色々な食材を紹介されて、そこで俺は改めて世界中を股にかけて生きてきたのに、現地の食材に無頓着すぎたことを後悔したんだ。決定的な衝撃を受けたのは王都の屋台だよ」

 料理人は王都の魔獣カード大会で、屋台の料理人が足りないから、と応援で王都まで出てきたらしい。

「南方戦線でな、食糧の供給が途絶え、芋虫でも食えるくらい腹をすかせた時に、どんなに旨そうに見えても触ってはいけない芋があったんだ……」

 ああ、これはおでんの蒟蒻だ。

 ぼくと兄貴と魔獣たちが再び顔を見合わせた。

「ハハハハハ、そうだよ。蒟蒻芋だよ」

「「「「「「「「芋なんですか!あのフニャフニャしたやつが!!」」」」」」」」

 留学生たちの驚きに料理人が豪快に笑った。

「ああ、屋台の嬢ちゃんからその話を聞いた時の衝撃は、俺もお前たちの反応と同じだったよ。いや、もっとだな。ただの芋じゃないんだ。毒芋だぞ。それをまああきれるほどの手間をかけて、あんなよく訳がわからない食品になるんだ。まあ、世界を股にかけて活躍した人生だったと自負していたのに、俺が踏んづけるのさえ躊躇った芋が、美味しいおでんの具になるんだぞ。俺はその足で、おでんの具材を取り扱っている商会に乗り込んだんだ」

 この人は行動がはやすぎる。

「世界中の面白い食材の問い合わせに行ったのに、その場でこの旅の料理人に引き抜かれたんだ。危険も伴う旅程だから、帝都で店を持たせてやると言われて、引き受けたんだ」

「世界中を股にかけて活躍した元騎士の料理人ですか。カッコいいですね」

 ロブがあこがれの人を見るような目で料理人を見た。

「まあそうだろう。カッコいいだろう。お前たちはなかなか見込みがある。俺のことはベンと呼んでいいぞ」

「「「「「「「「「「ベンさん。ご指導ご鞭撻よろしくお願いします!」」」」」」」」」」

 ぼくたちが声をそろえてそう言うと、ガハハとベンさんは笑った。

「ああ、道中の魔獣退治の基礎から教えてやろう」

 やっぱり料理よりそっちが優先なんだ。


 商会の人たちは見事に高値で米を売りさばいた。

 一緒に朝食を食べる約束をしていたのに、商談に付き合っていたイザークは、結局商会の人たちと食べることになってしまった。

「いや、いいんだ。一緒に朝食を食べる約束はカイルたちが帰国してから果たそうよ。楽しみが延びることは決して悪いことでは無いよ。その時にはぼくも成人していて、もしかしたら利害関係が対立しているかもしれない。でも、一日だけ、この聖火を囲んだ一夜の関係に戻って、身分も立場も気にしない一時を過ごそうよ」

 そう言うと、イザークがぼくに右手を差し出した。

「王都をお任せします。イザーク先輩のお蔭で魔法学校は変革の流れに乗りました。先輩が成人されたら領地と共に王都をもっと発展させてくれるはずです」

 ぼくが握手しながらそう言うと、去年ボリスに似たようなことを言われた、と笑った。

「「「「「「「「「「イザーク先輩。王国をよろしくお願いします!」」」」」」」」

 ぼくたちがそう言うと、毎年任される規模が大きくなっている、とボヤくイザークにみんなが笑った。


 広場の片づけをしていると、商会の人たちは国境門の税関の書類を確認しながら、持ち込み一覧表と照らし合わせて、表に上がっていない魔術具をぼくのポーチに収納してくれと依頼した。

 ハンドミキサーや圧力鍋のような自分たちが使うものなので、抜け荷、というよりは税関で拘束される時間を短縮するためのようだ。

 去年のボリスたち一行は、道中に留学生たちが魔術具をちまちま作っていたせいで、これは何だ、使用方法は、と詰問され、丸一日拘束されたらしい。

 ぼくもそれなら仕方ない、と納得して収納ポーチに隠した。

 聖火の残り火は住人たちが名残惜しそうに取り囲んでいたので、最後に消そうと後回しにしていた。

 よぼよぼの司祭がランタンを片手に、もう一方の手を助祭に引かれながら、聖火に近づいてきた。

「素晴らしい朝食をありがとう。奉納された米もおにぎりも祭壇に祀った。そうすると聖火を残せと、神の声が聞こえたのじゃ」

 そう言うと、ランタンをぼくに差し出すので、清掃魔法で丸ごと消そうとしていた聖火から火種を分けた。

 司祭がランタンの灯を掲げると、住民たちから拍手が沸き起こった。

 ぼくは司祭に一礼すると魔法の杖を取り出して、広場全体に清掃魔法をかけた。

 精霊たちがぼくの魔法を援助しているかのようにつむじ風に乗って光った。

 こんなに綺麗な清掃魔法は、ぼくだって見るのは初めてだ。

 広場が元通りに綺麗になると精霊たちも消えていた。

 おおおおお。精霊使いか!という、ざわめきが起こった。

 “……ご主人様。司祭のランタンに精霊たちを誘導します”

「「おお。何と素晴らしい!さすが司祭様!!」」

 ぼくと兄貴がそう言うと、司祭の持つランタンに精霊たちが集まり凄まじい光を放って消えた。

 これで聖火に集まっていた精霊たちがランタンの灯に集約されたように見えないかな?

 司祭の持つランタンの光が落ち着くと、うわぁ、と再び歓声が沸き起こった。

「神々に感謝の祈りを捧げましょう!」

 よぼよぼのおじいさん司祭とは思えないハリのある美声でそう呼びかけた。

 精霊たちが集まり過ぎて、心なしか司祭が若返ったのかもしれない……。


 イザークや領主一族、教会関係者に住民たちがぼくたち一行の出発を見送ってくれた。

 国境門まではさほど距離が離れていないので、そんなに速度をあげずに、ポニーのアリスの速度で馬車は進んだ。

 小一時間ほど走ったところで国境門に到着した。

 ぼくたちは馬車を降り、一人ずつ出国手続きを済ませると、商会の代表者とぼくたちの引率役の御者はとびっきりの笑顔をみせた。

 積み荷に問題はなかったようだ。

 出国審査の終わったぼくたちは入国手続きの部屋に案内された。

 入国目的は帝国魔法学校入学のための経由地で、土壌改良研究の標本採集、及び、神々の祠への魔力奉納ということですんなり通過できた。

 去年ボリスたち一行が熱心に魔力奉納をして回ったのが本当に好評だったようで、入管職員たちが今年もよろしくお願いします、と笑顔で挨拶してくれた。

 商会の一行も入国もスムーズに入国手続きが済んだようで、小一時間もかからずに門を出ることが出来た。


 公式には、初めて国外に出た。

 留学生一同が見た始めての外国は、くすんだ灰色がかった空と、どことなくすえた匂いのする空気で、でこぼこの街道が続いている風景だった。


「……どうにも前途多難な予感がするよ」

 ウィルが小声で呟いた。

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