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キャンプファイヤー

 夕食の後片付けが終わると薄暮の時間となった。

 祠の広場の結界を利用して安全に気を配っているので光と闇の神に感謝をささげる炎と称してキャンプファイヤーを用意した。

「物は言い様で、楽しんでいるだけのような気が……」

「そんなことはないよ。旅の安全を祈願して神々に祈ることは必要なことだよ」

 ロブの呟きにウィルが反応すると、辺境伯領生や商会の人たちは、見てればわかるよ、と言った。

 七大神の魔法陣をやぐらの下に描き、やぐらの材木にも魔法陣を描いた。

「これは火の神様が喜びそうですね」

 商会の人たちも嬉しそうに手伝ってくれた。

 やぐらの中心に立てる薪の作業は、旅の安全を祈願して魔獣たちとも共同して全員参加で行った。

 高い所の作業はキュアやスライムたちが活躍し、みぃちゃんは高いところに登って、ニャァと一声鳴くだけでこっちに薪をよこせ、と指示を出した。

 シロはただ見守っていた。

「ぼくが間違っていました。これはまごうかたなき神事ですね」

 火をともす前にロブが自らの発言を訂正した。

「多くの神事が使用できない文字の出現後の時代に失われただろう。だから、神々と人間の距離が遠くなってしまったのかもしれない」

 ぼくたちは点火の魔法を誰がするかをくじ引きで決めた。

 当たりの棒を引いたのはぼくだった。

 シロを見ると頷いている。

 どうやら、神々からの要望のようだ。

 “……良い言葉があるぞ”

 魔本が思念を送ってきた。

 大丈夫だ。みぃちゃんたちの肉球文字は混ざっていない。

 キャンプファイヤーを囲む全員に回復薬を配り、魔力を奉納することになることを伝えた。

「この地に住まう人々の安寧と、我々の旅路の安全を祈願し、炎と共に魔力を捧げます」

 ぼくがそう言って魔法の杖を一振りすると、やぐらの中心の薪に点火した。

 いろとりどりの精霊たちがやぐらに集まり、炎を天高く、垂直に伸ばした。

 ズワッと魔力を持っていかれたので、膝をつく生徒たちもいた。

 商会の人たちはそこまで魔力を奉納しなかったようで、これが精霊か、綺麗だね、と楽しそうだ。

「大丈夫かい?回復薬を飲んで座ったら良いよ」

 そう声をかけると、ぼくのスライムが機転を利かし椅子に変化し、他のスライムたちにも変化するように指示を出した。

 ぼくのスライムが分裂して兄貴やケニーや商会の人たちの分まで椅子になった。

 みぃちゃんのスライムがロブのスライムに教えると、まだ未熟だったようで小さな人形の椅子の大きさになってしまった。

 妖精型のシロに丁度いい大きさだ。

 “……仕方がないねえ。あたしが代わってあげるよ”

 お姉さん気分を味わえて、みぃちゃんのスライムもまんざらではないようだ。

「具合が悪くなくても回復薬を飲んでくださいね。神事に興奮しているだけで、後から疲れが出ますよ」

 兄貴がはしゃいでいる人たちに声をかけた。

 “……ご主人様。神々は人を選んで手加減しています。ついでに自分の願望を祈った人には多めに魔力奉納をさせていました”

 自業自得なのか。


 暗い中で火を囲むと心が和む。

 精霊たちがたくさん集まっているからなおさらなんだろう。

 辺境伯領生たちはみんな学習館からの仲間なので、自然と合唱をしたり、寸劇をしたりと余興を披露した。

 キャンプファイヤーの炎の揺らぎを背に、みぃちゃんとキュアがぼくたちの歌に合わせて踊りを披露すると精霊たちも踊るように光った。

「とても美しいものを見せていただきました」

 商会の人たちはそう言うと、自分たちの過去の旅で起こった面白い出来事を披露した。

 ラウンドール公爵領出身者たちが一芸も、小話もない、と残念がった。

 みんなで出来る遊びでもしよう。

 年齢の違うメンバーでも、留学生たちのほとんどが騎士コースを選択しているので体格差を気にすることなく椅子取り合戦をして楽しんだ。

 ぼくと兄貴は審判に徹した。

 精霊たちは喜んで、一緒に参加するかのように推しのメンバーについて光っている。

 決勝は料理人対ロブの二人で精霊たちの人気は料理人の方だった。

 依怙贔屓が効いたのか、勝者は料理人だった。

 いや、実力だろう。

 この人は元騎士だから強くて当然なのに、子ども相手なのに容赦なかった。

 そう言えばロブは成人騎士だった。勝ちを譲る必要はないのか。

「夜更かしして明日の予定が押しても困るでしょうから、ここらで片付けますか?」

 イザークが気を利かせて言った。

「火の番はキュアやみぃちゃんに任せて大丈夫です」

 ぼくがそう言うと精霊たちが任せてくれ、というかのように点滅した。

「大丈夫そうですね。ぼくは領主館に戻ります」

 イザークがそう言うと夜間の移動を気にかけたオレンジ色の精霊たちが、領主館への道筋をなぞるように整列して光りはじめた。

「すごいです!イザーク先輩!!」

「さすが次期公爵!」

 留学生たちに囃し立てられると、イザークは照れたように笑った。

 “……魔法学校の魔獣カード大会で火の神様が推されていたので、おそらくご褒美です”

 魔獣カード大会で優勝すると推してくれた神様のご加護があるようだ。

「イザーク先輩。朝食も一緒に取りましょう。寝坊しないでくださいね」

 留学生一行とすっかり打ち解けたイザークはぼくの誘いに応じてくれた。

 教会関係者と領主一族が押しかけてこなかったのは、イザークのお蔭に違いないからきちんと労おう。

 

 スライムベッドの寝心地は悪くないどころか、掛け布団まで再現してくれたのでぐっすり眠ることが出来た。

 日の出とともに起きたのはスライムベッドが震えて早く起きろと促したからだ。

 ケインのところに戻っていた兄貴も帰ってきた。

 “……ご主人様。広場の結界の外に見物人たちが集まって来ています”

 お米の在庫ってどのくらいあったっけ?

 “……王都備蓄庫から転移できますから集まっている人たちに振舞うぐらいは問題ないです“

 好き勝手やらしてもらった代わりにおにぎりでも振舞うか。

 “……来年度の留学生一行が迷惑しますよ”

 それもそうか。それなら、有料にしよう。

 身支度を済ませると、商会の人たちの馬車に急いだ。

 外に出るとスライムたちが元の姿に戻った。

 ありがとう。お蔭で快適に過ごせたよ。


 広場を囲むように関係者以外進入禁止の魔法陣を描いて寝たが、日の出とともに縮小しなければ、光と闇の神の祠に参拝に来た人たちを締め出してしまうことになっている。

 二台の馬車と小さくなったキャンプファイヤーのやぐらの周囲だけに結界の範囲を狭めた。


「おはようございます!広場の周囲に住民たちが集まり取り囲まれてしまいました。ほぼ、見物に来た人たちですけれど、ここで朝食の調理を始めると、住民たちに見られながらの朝食をとることになります。いっそ、販売してみませんか?」

 販売という言葉の後、寝室の中でガタガタと大きな音がした。

 焦らせてしまったかもしれない。

「すみません。寝起きですが詳しくお話を聞きたいので入ってもらって構いませんか?」

 四人部屋の寝室に料理長が居たので話が早かった。

「魔法で食材は無尽蔵とはいきませんが、王都から転移させることが出来ます。おにぎり辺りが良いかと思うのですがどうでしょう?」

「握り飯に豚汁のセットで栄養バランスもばっちりだ」

 商会の人たちが原価計算を始めたので、場所を借りている分、勉強してもらえないか交渉した。

「儲けすぎるのも良くないですから、利益率を下げて数で勝負しましょう。来年以降は原材料を自分たちで用意してもらえばいいのです」

「カイル!銭の話は商人に任せておけ!仕込みを急ぐぞ!」

 戦闘モードに入った料理人と下ごしらえの手順を打合せして外に出ると、留学生たちも全員起床していた。

「スライムたちが顔の側で震えるんだ。寝ていられないよ」

 支度をして外に出ると、自分たちがまるで動物園の展示動物たちのように、結界の縁ギリギリまで見物人が押し寄せてきて見つめられている状況に腰が引けたようだ。

「朝食の販売を始めるから、お前ら働けよ!」

「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」

 ぼくたちは元気よく返事をすると、包丁の使い方が下手な人はご飯担当、とスムーズに担当を分けて支度を始めた。

「おはようございます。ずいぶんたくさん朝食を用意するんですね」

 大鍋と竈がずらりと並び、おにぎりを包む予定の大量の笹の葉を見て、イザークが言った。

「おはようございます。丁度、相談したいことがございました」

 商会の人が朝食の販売価格の確認と豚汁の器を貸してもらえないか交渉し始めた。

「販売価格は問題ないどころかありがたい価格です。王都の屋台より安くしていただけるなんて感激です。器は教会関係者が見に来ているので、炊き出し用の器を借りれるか聞いてみましょう」

 イザークがそう言うと、ぼくとウィルの手を取った。

「教会関係者の説得には二人がいると話が早いから付き合ってね」

 三大公爵家の二家の跡取りと子息の威光で、教会関係者に無言の圧力をかけるのならわかる。

 ぼくは関係ないだろう?

 ハルトおじさんの根回しで、ぼくの行う神事は生活の場における祈りの延長なので邪魔しないように、という通達が教会関係者に出ているはずだから、昨晩のことは問題ないはずだ。


 ぼくが張った結界の外側で商会の人が集まっている人々に、光と闇の神の祠に参拝してから聖火の煙を浴びれば神々のご利益があるかもしれない、と説明して行列を整理していた。

「煙にご利益があるのか?」

 ぼくとウィルが首を傾げると、イザークがニヤリと笑った

「早朝から胸騒ぎがして広場に様子を見に来ると、すでに人だかりができていたので、光と闇の神の祠に参拝したら広場の聖火の炎を見せてもらえるように交渉する、と説明して列を作るように促したんだ。魔法陣を刻印した薪を焚いているので、煙を浴びればご利益があるかもしてない、と言って列に並ぶことに意義を持たせたんだよ」

 キャンプファイヤーが護摩焚きのようになっている。


「ああ、本当に連れてきていただけるとは!ありがとうございます」

 司祭服を着たよぼよぼのおじいさんが付添の男性を振り払い、よろよろと歩み寄ってきた。

「司祭様。こちらはラウンドール公爵三男ウィリアム君で、こちらがエントーレ準男爵長男のカイル君です。生活における神事の研究をされており、この地の安寧と旅の安全を祈願する聖火の儀式を執り行った人物です」

 なんだか大げさな紹介だ。

「はあああ。ありがたや、ありがたや。王都の教会から神事の邪魔をせぬように見に行ってはならん、と通達が来ていたので、教会の庭から拝見しておりました。辺境伯領や王都に出現した精霊をこんな王国の端の地に呼び寄せてくださるなんて!……感謝の気持ちを表す言葉がありません!!」

 おじいさん司祭が涙を流して声を震わせながら言った。

「ぼく一人が成し遂げたことではありません。次期公爵や、ラウンドール公爵御子息といった魔力の高い貴人が複数人いらしたので実現できました。精霊たちをお使わし下さったのは神々です。どうぞ感謝は教会の礼拝室で神々と向かい合って捧げてください」

 ぼくがそう言うとおじいさん司祭の両目が輝いた。

「そうであろう、そうであろう。教会の礼拝室こそ神々の祈りが届きやすい神聖な場所だ。私からもそなたたちの旅の安全を神々に祈願しよう」

「「誠にありがたき幸せなことにございます」」

 ぼくとウィルはおじいさん司祭に膝をついて礼をする教会での最敬礼をした。


 イザークはおじいさん司祭の付添にいた助祭に、器の貸し出しを願い出た。

 領主一族から借りるより教会の備品の使用する方が、信徒たちに多分にご利益がありそうだ、と話を上手に持っていった。


 ぼくはウィルに教会での安全祈願の寄進額の相場を小声で訊いた。


 光と闇の神の祠に参拝し終えた人々が並ぶ行列が増えたので、キャンプファイヤーの周囲の結界を外すことにした。

 スープボウルを運んできてくれた教会関係者から先にキャンプファイヤーに案内すると、司祭たちが炎を囲んで祝詞を唱え始めた。

 小さくなっていた炎がパチンと爆ぜると、精霊たちが集まって来て再び炎を天高く垂直に伸ばした。

 観衆から、おおおおおおお、と声が上がった。

 祝詞が終わった教会関係者が行列に並んでいた住人たちに、聖火に祈りをささげてください、と声掛けして案内し始めた。

 商会の人たちは商機を逃すまいと、テーブルの上に具材別におにぎりを分けて並べ、張り切っている。


「さすが、お祭り男っ!」

「見事に新しい神事を作り出したね!」

 留学生たちからそんな声をかけられた。


 ……お祭り男って、ぼくのことか!

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