キャンプ飯!
水色の髪の少年ケニーは生粋のラウンドール公爵領っ子で、生まれて初めて領外に出て帝国留学試験を記念受験しただけで、本人は留学する気はさらさらなかったのに、まぐれで合格してしまった、と笑いながら自己紹介してくれた。
ケニーは王都の中級魔法学校に入学するつもりで王都に出てきたのに、せっかくだから広い世界を見てこい、と周囲が盛り上がってしまったらしい。
「土壌改良の研究をしに王都に出てきましたが、カイル君と一緒に帝国に行った方が色々な視点や方向性で魔力枯渇を起こしている土地の研究が出来ると伺いました。よろしくお願いします」
貴族階級なのを鼻にかけない気さくな少年だった。
赤毛で頬にそばかすがハッキリあるロブは、伏せられているが十六才の成人騎士であるという衝撃的な事実にぼくの心は震えている。
「幼少期に親戚の家を転々とした時期があったので、王都に滞在していたこともありました。小柄ですが騎士コース選択です。よろしくお願いいたします」
十才のぼくたちの中に入れば平均的な身長だが、声変わり前の可愛らしい声も、とても十六才とは信じがたい。
ひょろっとした瘦せ型の体型で騎士コース志望というのも無理があるように見える。
とはいえ、十六才だからまだ成長期が遅いだけで個人差の範疇なのだろう。
留学してからめきめき成長してもそれだって個人差で誤魔化すつもりなのか……。
去年と同様に、ラウンドール公爵がクレメント氏と共に新型馬車の見学をしてから、商会の馬車と一緒にようやく出発できた。
亜空間に居た時間は現実世界では経過していないから、予定通りの時間に出発している。
王都の門を出てややしばらく進むと、御者がポニーのアリスを馬車の前方の専用席に乗せて、二台の馬車は速度を上げた。
「素晴らしい加速ですね」
「だろう。エントーレ家の家族旅行で便乗させてもらった馬車より、加速から安定速度に至るまでが速いんだ。商会の馬車も同じ仕様で、前方の障害物を察知すると減速する仕掛けになっているんだ」
興奮するケニーにウィルが詳細に説明し始めた。
「馬が牽いていない時点で、もう馬車じゃないよ」
ロブが小声でそう言った。
「魔術具に乗って出国するより馬車とみなした方がずっと手続きが楽なんだよ」
兄貴がそういうと、ロブは黙り込んだ。
道中、街を通過するたびにポニーのアリスの出番になる。
ちょっとした手間だけれど、これは自動車ではなく、あくまで馬車なのだ。
昼食も休憩を取らずにお弁当で済ませ、御者も助手と交代でお弁当を食べた。
「ずいぶん急ぐんだね」
ケニーが五つ目の街を通過した時点で、その驚異のスピードに気が付いたようだ。
「今日の宿泊地は上級魔法学校生徒会長のゆかりの地を予定しているから急いでいるんだよ」
今日はイザークの派閥の領地に滞在すると聞いて、ケニーがギョッとした。
昔気質のラウンドール公爵家らしい反応だ、とウィルが笑った。
「今の王都の魔法学校は家柄や身分ではなく、実績と人柄で評価されるというのは本当のようですね」
ロブが感心したように言った。
「国境の街と言うのは大変な立場にあるのだから、密に連絡を取れる関係性が大切だよ」
辺境伯寮生がそう言うとケニーも黙った。
「国境の街かと思うと楽しみだよ。かつては麻の輸入でランドール公爵家と対立していた領地だけど、帝国側の繊維業が衰退したから、麻の取引は停止している。逆に今では海路でうちの反物が輸出されるようになった。あまりの人気に一部はすでに輸出制限がかかっているよ」
ウィルの説明通り、ラウンドール公爵領の輸出品の繊維業は数量を規制している。
ラウンドール公爵は辺境伯領と機織りの魔術具を共同開発しており、従来の職人技の一点ものと量産型と分けて販売しており、輸出にはまだ量産品を販売していない。
生地の輸出総量に規制がかかっているので、高値で取引される高級品のほうが圧倒的に利益幅も大きく、帝国への輸出品は必然的に高級品が占めていた。
「世界情勢の変化で、派閥の影響力が低下しているのか」
ケニーの反応にウィルが、訂正した。
「陸路での貿易の要所としての価値はまだ高いし、派閥は血縁関係を伴っていることが多いから、消えてしまうことはないよ。ただ、国内で無駄に反目し合うより、互いの利益の一致するところで協力し合うべきなんだ」
ウィルがそう言うと辺境伯領生たちが賛同した。
ラウンドール公爵領と辺境伯領は合同で行動するけれど、辺境伯領はどこの派閥にも属さないのが建国以来の指針なのだ。
辺境伯領生の反応に感動したケニーはその後、一気に留学生たちとの距離を縮めるのだが、ロブは打ち解けず誰にも話しかけることはなかった。
諜報部員は人当たりが良いものだと思っていたが、大丈夫なのかな?
まあ、十才のノリに十六才が合わせるのはきついよね。
気の毒に思ったみぃちゃんがロブの膝の上に乗った。
背中を撫でる権利を獲得したロブに、猫好きの辺境伯領生が羨ましそうな視線を向けた。
キュアはぼくの膝が空いたので、ちゃっかりおさまると、ぼくとみぃちゃんのスライムたちが両脇に割り込んだ。犬型のシロはぼくの足元で大人しく丸まっている。
旅路は長いから、みんな仲良くなれると良いな。
「やあ、カイル!よく来たね」
イザークが笑顔でぼくたちを出迎えてくれたが、国境の領主は商会の人たちとすぐに商談に入った。
平民出身のぼくとライバル派閥のウィルと挨拶したくないのだろう。
「偉そうな大人がいない方が楽しいから、下がってもらったんだ」
イザークの言葉に、ひねくれた見方をしてしまった自分を恥じた。
ぼくたちは光と闇の祠の広場でキャンプをする許可を取っていたので、祠巡りの後、馬車の設備を拡張してグランピング仕様に変化させた。
「ハハハハハ、椅子やテーブルが出てくることは予測していたけれど、何で寝室まで出てくるんだい」
車体用方向の上部の引き出しを出せば四方向に拡張した部屋が広がり、前方はポニーのアリスの厩舎に、後方は御者と助手の二段ベッドの寝室で、両側方は四人分の二段ベッドがある寝室になった。
両側の寝室のベッドの数は合わせて八つ、辺境伯領生五人、ぼくと兄貴で二人、ラウンドール公爵領出身者はウィルを含めて三人、計十人の生徒に対してベッドの数が合わないことに騒然となった。
「ここはまだガンガイル王国内だから、ちょっと野営をしてみたいんだよね」
ぼくと兄貴がベッドを使わないと言い出したことに対し、みんなが非難をし始めたところで、ぼくは今回宿を取らなかった理由を説明した。
「スライムにテントを張ってもらう予定だったんだよ。本格的な野営気分を安全なところで試してみたいんだ」
ぼくのスライムが三角テントに変身し、みぃちゃんのスライムがダブルベッドに変身すると、ぼくと兄貴が一緒に寝るのか!という衝撃をみんなに与えた。
それでも、キュアとみぃちゃんと犬型のシロが寝心地を確かめるようにスライムベッドに横になって寛ぎ始めると、いいなあ、羨ましいなあ、ナデナデしたい、モフモフしたいという雰囲気になった。
「これは安全な寝床だね」
イザークはテントのスライムを撫でながらそう言った。
今晩の部屋割りが決まったところで夕食の準備だ。
イザークも夕飯は一緒にすることになった。
学校行事のキャンプの定番と言えば、飯盒炊飯とカレーだろう。
「カレーは全員分作るからご飯は各自で焚いてね」
全員が何かしらの騎士コースの受講を済ませている辺境伯領生(脳筋集団)とロブは旨い飯だ!喜んだが、文系貴族のケニーが渋い顔をした。
商会の料理人が隣でシステムキッチンを出して調理し始めたので、作ってもらう気でいたのだろう。
商会の料理人はサラダと揚げ物と自分たちのご飯を担当してもらうのだ。
「自分で作ると美味しいよ」
「食事は生きる希望なんだよ。ただ食べるだけなら干し肉を齧って水があれば生きていけるけれど、何日もそれじゃあ辛いよ」
「後で上手い飯が食べれる、と思うだけで辛い訓練も耐えられるんだ」
みんなで玉ねぎの皮をむきながらそんな話をしていたら、イザークが言った。
「ケニーはまだ死ぬ前にもう一度食べたいと思うような美味しいものに出会っていないんだよ」
ウィルと辺境伯領生は納得顔で頷いた。
「この旅は実はグルメの旅だと思って楽しんだら良いよ」
「グルメ?」
ウィルの言葉に怪訝な顔をしたケニーに、辺境伯領生たちが、他人がどう思おうとも自分が旨いと思うものがグルメな食事だ、などとグルメの定義を語りだした。
みんなで料理をするのはやっぱり楽しい。
玉ねぎを泣かずに刻む選手権や、それぞれで工夫した簡易グリルを製作して飯盒炊飯を楽しんだ。
ほとんど全員がスライムを飼っていたので、火加減はスライムたちに任せた。
イザークとケニーの火加減はキュアとみぃちゃんが担当し、みぃちゃんのスライムは賭けに負けたのでロブのスライムを鍛えている。
シロにはキュアが調子に乗って火加減を間違えないように、背後から見張ってもらった。
ケニーとロブは魔獣たちに任せて大丈夫なのか、と言う表情をした。
「散々スライムたちに手伝ってもらったんだから任せて大丈夫だって。信じなよ」
イザークが二人に声をかけると、そうだった、と納得した。
包丁を持つ手つきが危なかったから、スライムたちが補助したのだ。
カレーを煮込みながら無駄話をしていると、カレーの隠し味は何にする、と言う話題になった。
トマトや、牛乳、といった隠し味じゃない主張が強い食材から、醤油を数滴たらす、といった本当の隠し味まで色々出てきた。
「今日はカイルのうちの三つ子ちゃんが配合した既製品のカレー粉を使うから、そのまま味わってみたいな」
ウィルの提案に全員が賛成した。
商会の人たちがイスとテーブルを用意する頃には、カレーは仕上げり、各自炊きあがった飯盒を火からおろして、むらしていた。
「炊きあがりの出来が楽しみで仕方ないよ」
ケニーの一言に、自分で炊くと格別に楽しみだろう、とみんな笑顔になった。
「野営の訓練と言うより、料理が娯楽に感じるよ」
始終無口だったロブが言った。
「ああ、そうだね。どんなことも、誰と一緒にどんな風にするのかで、ただの料理さえぐっと楽しくなる。これを知らなかったら、つまらない人生になると思うほど、考え方ひとつで何もかもが変わって見えるんだよ」
イザークが年長者らしくそう言って、ロブの肩を叩いたが、本当はロブの方が年上だ。
「……人生を楽しんでいいんだな」
ロブはそう呟くと、ウィルが苦笑した
「楽しんでシゴトしてもいいんだよ」
仕事という単語だけ唇を動かさず微かな声で言った。
若い騎士が外国で諜報活動をする特殊任務に緊張していたのかな。
ウィルの言葉を聞いたロブは目元だけ笑ったように見えた。
食卓にカツやエビフライが山盛り上がると生徒たちから歓声が上がった。
「初日だから豪華にしたよ」
そう言った料理人に、ありがとうございます!と商会の人たちまで声をそろえて礼を言った。
「野菜もしっかり食べろよ」
わかっています、とみんなで返事をして、いただきます、と元気よく言った。
各自飯盒の蓋に炊きあがったごはんをよそい、カレーの鍋の前で行列に並ぶと互いのご飯を味見しあった。
「みんな上手に炊けているのに、自分のご飯が一番美味しい」
ケニーの意見に全員が賛成した。
エビフライ奉行がいないので一人二本も食べられる、と辺境伯領生たちが涙を流さんばかりに喜んだ。
「ミーアちゃんのお蔭でエビフライ二本に物凄く幸せを感じるよ」
その意見はよくはわかる、とウィルまで賛同した。
「エビフライ二本は贅沢なんだよ」
「来年は一人一本を徹底されるからね」
ケニーとロブにみんなが言い聞かせる、和やかな食事になった。
兄貴は食べるふりをして、キュアとスライムたちが兄貴の分を全部食べた。
みぃちゃんがシロの分の牛肉の煮込みを食べてくれた。
後片付けの最中に、イザークが隣国の最新情報を伝えてきた。
「隣国に押し寄せた難民の一部に冬期間に餓死者が出たようだよ。治安も悪いから気をつけてね」
どうやら、この先の旅は遠足気分でいられないようだ。




