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諜報活動計画

 “……ご主人様。太陽柱で存在は確認できました。時代時代で出生地域も容姿も全く異なるので静止画で探すのも困難を極めました”

 クレメント氏の記憶からその時代の彼を特定し、魔力や思考の類似性を洗い出して特定したようだ。

 現在も生きているようだが、どうやら太陽柱に最近の姿が映らないようだ。

 ご苦労様、シロ!

 精霊言語で伝えてきた今生の彼の幼少期の容姿は服装から推測するに貴族階級だ。

「あのう。最悪な事態を想定して良いですか」

 ぼくがそう切り出すとラウンドール公爵はぼくの想定を予測していたようで、深く息を吐いて続けてくれ、と言った。

「もしもです。もしもですが、帝国の皇帝自身が来世で別世界に転生したいがために世界の理から地方の護りの結界を切り離し、世界が混乱に陥った隙に世界の壁である砦を越えていったなら、この世界はどうなってしまうのでしょうか?」

 魔本はあり得ない、シロは創造神が世界を創りなおす、と精霊言語で伝えてきた。

「天地再創造が起こるだろうな」

 ハルトおじさんが力なくそう言った。

「皇帝がその何回も転生している人物なのか?」

 父さんがシロが確定したのか、と言いたげな視線をぼくに向けた。

「そこまではわかりません。精霊が知り得る未来は邪神の欠片が介入すると何も見えなくなります。具体的なことを精霊たちが教えてくれないということは、彼は邪神の欠片を所持していると考えた方が良いでしょう」

 ぼくの言葉に、まずい事態になっているかもしれない、とラウンドール公爵が項垂れた。

「あのぅ、邪神の欠片とは?」

 かつて二度も、国王を経験したことのあるクレメント氏でも邪神の欠片の存在は知らなかったようだ。

 ラウンドール公爵が邪神の欠片の説明をした。


「なるほど。北の砦に邪神の欠片が集まり過ぎてはいけないのですか」

 クレメント氏はそう言うと、右手を前に突き出して魔力の塊を集め、蠟燭の大きさくらいの火の玉を作り出した。

 詠唱も魔法陣も使っていない。魔力と己のイメージだけで魔獣のように魔法を使った。

「古代魔法ですか?」

「子どもの頃に誰もが一度はやらかす魔力の火ですよ。やり方は魔獣と変わらないです」

 ジェネレーションギャップだろうか、現代の子どもがそれをやったら親に怒られるか魔力枯渇で死んでしまう。

 現代人があっけに取られていると、魔獣と変わらない、と言う言葉を真に受けたキュアが大口を開けたので、兄貴が肉の塊を右手に取り出してキュアの口に放り込んだ。

 危ない危ない。

 キュアの火の玉はサイズが凄いことになりそうだ。

 機転を利かせた兄貴は、自宅の冷蔵庫から肉だけ転移する技をいつの間に習得していたようだ。

「魔力が無ければ死んでしまう体で、砦を越えて生きていけないことを彼は知っていたはずです。こうやって洗礼式前から魔力を使い、魔力枯渇で自死しようとしたことさえありました」

 火山口で閉じ込められた亜空間で私が考えただけの推測ですが、とクレメント氏は念を押した。

 ……彼は死にたかったのか。

「砦の外で、死ねば、この世界以外に転生できるとでも考えているのでしょうか?」

 ぼくがそう言うと、ケインが言った。

「魔法がない世界では、神々のご加護が得られないから、たとえ転生しても記憶の引継ぎが出来ないのじゃありませんか?」

 ケインが冷静に突っ込んだ。

「……それを狙っている可能性もありますね。緑の一族の族長が言っていました。長生きしすぎて見送るのが辛くなるから、そこそこ生きたら交代したくなるらしいです」

 父さんがそう言うと、ハルトおじさんは唸った。

「転生するたびに死んだ記憶を持って生まれ変わるのだとしたら、死の痛さや辛さも積み重ねて覚えているということなんだろうか?」

「私の場合は前世を思い出したと言っても、ぼんやりとした記憶です。兄弟が何人いたのかも正直曖昧で、たとえて言うなら、余程美味しいパンじゃなければ、朝食のもさもさとしたパンの味を思い出せないような感じです。ああ、救助されてから食べたパンは美味しいので別ですよ」

 クレメント氏の例えに心当たりのある全員が笑った。

「それでは、死の苦しみを覚えているわけではないのですね」

 ラウンドール公爵がホッとしたように言った。

「死因は覚えているけれど、母乳を飲んだことを思い出せないくらいに記憶が曖昧です。彼のことも鮮明に覚えているというより、彼は転生者だったのではないかと考えると彼の記憶が蘇ってくるのです。ただ、それはあくまで私の場合であって、彼がどこまで前世の記憶があるのかはわかりません」

 ぼくも前世の死の記憶も、前世の家族の記憶も曖昧だ。

 だからこそこの世界に馴染めているような気がする。


 人は忘れることで正気を保っていられる一面があるのかもしれない。


「情報を整理しよう。クレメントさんのように繰り返し転生した記憶を持つ人物がいる。精霊の助言から考えてもその人物はおそらく今も生きている。その人物は世界の理が崩れる隙を狙って、世界の果ての砦を越えてこの世界を崩壊させるかもしれない。といったところかな」

 ハルトおじさんがそう言うと、兄貴が言った。

「世界の理が崩れないように、出来る範囲だけの結界を繋ぎなおしに行くところなので、ぼくたちは彼が砦を越えようとしているのなら、間接的に邪魔することになりますね」

 神々からの依頼があるのだ。

 事情を伝えていなかったランドール公爵家の三人が顔色を変えたが、ハルトおじさんとハロハロはそうだった、と言って膝を叩いた。


「ああ、そうだったね。今度はこの世界の破滅を防ぐ手立ての情報を整理していこう」

 ハルトおじさんは嬉々として言った。

「まずは世界の理から外れている護りの結界の補強だが、昨年のボリスたち一行の魔力奉納や生徒たちが作った魔術具の販売が功を奏して、今年はうちに寄ってほしいという依頼が多数来ている。早めに出発することになったのもそのためだ」

 ラウンドール家の面々もその話は聞いていたようで、一様に頷いた。

「地質学の調査として滞在先で土を採取する許可も取ってある。土竜型魔術具でスライムたちが結界の補強に協力してくれるから、どんどん補強してくれ」

 ラウンドール家の面々は南方でのディーの活躍を知らないから土竜型の魔術具に興味を示した。

 実際に使用する時にウィルに見せるから、と言って話を先に進めてもらった。

「西の砦を守る一族にスライムを飼育する魔術具を貸し出して、代わりに情報を得た。南の荒廃は酷いもので砂漠化が広がっていたが、辛うじて二年前から砂漠化の拡大が止まっているそうだ」

 ……心当たりがある。

 クラーケンの一件の後に大地の神にお願いしていた。

「心当たりがあるのか?カイル」

 ハルトおじさんはぼくの表情を見逃さなかった。

「広域実験として、大地の神の祠で魔力が枯渇しそうな土地にも魔力がいきわたりますように、と集中してお祈りしたことがありました。それに飛竜の里で子どもたちが故郷に届くように祠参りで祈っていますから、ぼくだけの成果ではないでしょう。人々の意識が自分の為だけに祈るわけではないことが上手く循環したのかもしれません」

 ぼくがそう言うと、クレメント氏は顎を引いて口をポカンと開けた。

「ああ、西の砦でも同じように季節風で砂塵の被害にあわないように大地の神に祈るものがいたらしい。カイルと同じような見解だった」

「た、他国のために魔力奉納をするのか!」

 クレメント氏が信じられないと、首を振った。

「西の賢者の考えは、足りなければ奪いに来る、足りるギリギリを保たせないと戦渦に巻き込まれる、ということらしい」

「西の国には難民が押し寄せているのですか?」

 ウィルの問いに、ハルトおじさんは、緩衝地帯に押し寄せているだけだ、と言った。

「ガンガイル王国も西の国も、特定の商人以外の入国を制限しているから、難民は入国できない。だから周辺の帝国の属国に難民たちが押し寄せているんだ」

「そこまではラウンドール家でも情報収集済みだ」

 そんな情報のためにスライム飼育用の魔術具を貸し出したのか、とラウンドール公爵が悔しがった。

「いや、何、貸し出しの条件はちゃんと付帯したぞ。辺境伯領で自我を獲得したスライムたちを上位者として敬うこと、と契約書に明記した」

 スライムの社会に身分制度が出来るのか!

 スライムたちが騒めくように身を震わせた。

「いや、上下関係を徹底するためではないよ。お前たちは西の国のスライムたちの親や兄姉のように、教えたり庇護したりするかわりに、弟妹のスライムは王国に攻撃を仕掛けてこない、と言う程度のものだよ。互いの使役者と利害が対立する時にはあくまで使役者に忠義を尽くすことは規約違反に当たらない。単に、妹や弟が増えただけだよ」

 スライムたちはあたりまえのことじゃないか、と言う思念を発したが、一番末っ子たちのラウンドール家のスライムたちは嬉しそうだ。

「スライムたちの共感性の高さを利用して国外のスライムから、地域の土地の魔力量程度の情報を得られないかと考えたんだよ。スライムたちの世間話にも価値があるんだよ」

 ハルトおじさんの言葉にスライムたちは嬉しそうに頷いた。

 “……ご主人様。スライム程度の情報なら私がいれば簡単に収集できます”

 情報は多角的に集める方がいいのだ。

 精霊たちは邪神の欠片が介入すると何も見えなくなるだろう。

 それに、スライムたちが好むものはシロと視点が違うんだ。

 あの子たちの情報は、美味しいお肉に、可愛いドレス、変な生き物、それぞれ個性的で、一見無駄なものの情報に見えるかもしれない。

 けれど、王都でスライムの分身たちが集めてきた情報と、カレー粉などの調味料を売り歩いた商会の情報から、ハルトおじさんは結界を繋ぎなおす必要がある土地を選定したのだ。

 現地に行けば精霊たちの情報の方が正確だろうが、噂好きのスライムの情報も侮れない。

 帝国で薄着の衣装が流行しだしたのは、麻畑の減少があるのではないか、とハルトおじさんのスライムが推測し、商会を現地に買い付けに行かせたところ、麻畑は食料の為の畑にされていたらしい。

「スライムの視点も面白いものだろう。中央の土地の魔力の減少を人間の衣装から推測したんだ」

 ハルトおじさんのスライムが胸を張った。

「まあそういったことで、王家でも砦の一族の動向を探っている。西の砦とは関係性も円滑な上、情報交換も頻繁に出来る。南が一番不安定だが、教会の子飼いが奮闘している。帝国で東の関係者と接触できれば、東の魔女の件で因縁をつけてやるのに……」

 ハロハロが砦の情報を確認していると、東の話になると恨み節になった。

「そう言った加減で、留学生にあの男を混ぜたのですか」

 今回ラウンドール公爵家で合流するウィル以外の留学生の二人は、一人はラウンドール家の分家の本物の子息で、もう一人は王立騎士団の童顔の成人騎士がラウンドール家の分家に養子に入って年齢を詐称しているとのことだった。

 成人騎士ということは十五才以上なんだよね。

 ラウンドール公爵家の玄関でウィルのそばに居た二人は、どう見ても同い年の十才前後にしか見えなかったよ。

「凄い高度な魔法を使うのですね。認識阻害をかけている気配が全くしませんでした」

 兄貴がそう言うと、ラウンドール家の面々とハロハロとハルトおじさんが良い笑顔になった。

「あれは魔法を使っていない」

「本物の童顔なんだよ」

 本人を見ていないケインと父さんは怪訝な顔をした。

 成人男性が、初級魔法学校卒業生と外見が変わらないなんて想像できないよね。

 身長だってぼくたちと変わらないくらい低かったのに、成人騎士なのか。

「カイルたちはあの騎士より強いから護衛として派遣するわけじゃないよ。彼には帝国で諜報活動をしてもらう予定だ」

 ハルトおじさんの言葉に父さんが何か心当たりがあるような顔をした。

「何かありましたか?」

 ラウンドール公爵がそう尋ねると、父さんは苦笑した。

「くだらないことを思いついただけです。成人したての志高い王立騎士団員、しかも外国で諜報活動ができるような優秀な人物に、思春期という多感な時期に十歳の少年として潜入させるのを承諾させた条件を思いついただけです」

 ああ、十五、十六才なんて思春期真っただ中ではないか。

 童顔低身長なんて、コンプレックスでしかないだろうに、よく引き受けてくれたな。

 ウィルも思いついたようだ、ああ、と言った。

「スライムの飼育の魔術具を貸し出したのですか?」

 ケインがそう言うと、ハルトおじさんが頷いた。

「ああ、ロブは十六才の騎士だが、背の低さゆえ騎士団でも内勤だったんだ。危険任務手当にスライム飼育用魔術具の貸し出しとスライム用の回復薬をセットにして交渉したらあっさり折れたよ」

 圧力をかけて無理やり任命したわけではない、とハルトおじさんが言った。

「スライムは魅力的ですね。私も飼育してみたいです」

 クレメント氏が何度も頷きながら言った。


「出発直前に呼び止めて申し訳なかったね。だが、話が出来てとても良かった」

 ラウンドール公爵がそう言って、帝国留学出発直前会議を閉めた。

 会議も結果は、出来るだけたくさん世界の理から離れている結界を繋ごう、という当初の目標の確認だけになってしまったのだが、転生を繰り返す男を探す、という隠れたミッションが加わった。

「無茶をしないで、何かあったらまた亜空間に呼んでくれ」

 ハルトおじさんがぼくと兄貴とウィルに言った。

「それではみなさん戻りますよ」

 ぼくがそう声をかけると、兄貴が精霊言語で伝えてきた。

 “……赤毛でそばかすがある少年”

 兄貴が二人の少年のうち赤毛をロブだというのなら、ぼくは水色の髪の少年だ。

 “……負けた方がロブのスライムの教育担当だね”

 赤毛!水色!ぼくとみぃちゃんのスライムたちもこの賭けに乗った。


 公爵子息が親し気にぼくの耳元で何か囁く姿に驚いた表情をしたのは、水色の髪の少年だった。

 勝ったか!

「同行するラウンドール家の親戚を紹介するよ。同学年なのに魔法学校で顔合わせをしなかったのはラウンドール公爵領の初級魔法学校を卒業したからなんだ」

 その設定は兄貴の学歴で使った手段だ。

「彼はケニー、こっちの赤毛の彼はロブだよ」

 負けちゃった。

 そうだよな、スパイが簡単に表情を読まれるわけがないよね。

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