閑話#4-2 ~第三師団長の困惑~
会議室は概ね席が埋まり挨拶も一通り済んでいた。今回は三男が誘拐の当事者だったこともあり、ひとしきり絡まれもした。半月前に放牧場の肥溜めに落ちて救助した子どもが誘拐されて町の結界の外で生き延びて帰って来たのだ。報告書に記載できない事柄のすり合わせのための会議だ。みな好奇心を抑えられない。
遅れているのは第六師団長。いつものことなので誰も気にしていない。どうせ会議で同じことを話すのだから、今詮索される時間が長引いていることが腹立たしい。
「遅れてすまなかった。申し訳ない」
珍しく謝罪の言葉を口にしながら第六師団長シモンが着席した。遅刻を気にするタイプではなかったのに謝罪するということは会議を早く進めなければいけない事柄があるということだ。
「皆もそろったところで、今回の誘拐事件の捜査状況及び被害者が重複している山小屋事件の関連性を確認しておきたい」
団長が挨拶もなくいきなり切りだしてくるということは、誰かしら新情報を得ているのか?
「山小屋事件と今回の誘拐事件は、関係性はあるが関連はしていない。そこんところは混同しないでいただきたい」
シモンが唐突に核心を突く。隠密行動に特化する第六師団が明確な証拠でも掴んでいるということか。
「被害者のひとりであるカイル少年の親族が今回の誘拐事件のきっかけになっていると思われるが、山小屋の件には関与していない」
第六師団に先を越された!カイルの母方の親族の情報は誘拐事件の前に掴んでいたのに!!
「山小屋事件の報告書には親族とは法的に縁が切れたとなっていたが、それは父方の親族のことだ。母方の親族は“緑の一族”と呼ばれる特殊な一族の出身者だ」
全員がどよめいた。あたりまえだ。存在は聞いたことがあっても、お目にかかることはまずない一族だ。否、集落だ。
“緑の一族”は国境を越えて移民することが慣習的に認められており、法的には我が国の国民ではない。魔力の高い荒野を数十年単位で移動し、ここぞという場所で開墾してしばらく定住する。その際、滞在国の基準で納税もするが、徴兵には応じることはなく、特定の国の国民として扱われることはない。我が国に来ていたことさえ、カイルの母の身元調査書を読むまで俺は知らなかった。
「“緑の一族”について知らない人はいませんね?はい、いません。ご存じのように国境を越えてくる流浪の民ですが、ここ20年程我が国のとある領に開墾して村を形成しています。場所については、当方は把握していますが、この場でも明かせません。穀物価格に影響を及ぼすからです。“緑の一族“が定住する地域は魔力が高く豊作が約束される、と言われているからです。実際にどうかはわかりませんが、”緑の一族“を拒む国はありません。かと言って公に居るとも言い難い、一族が去っていった時の風評被害は国一つ滅ぼしかねませんから」
もったい付けた説明する奴だ。
「カイル少年の母はその村の出身であり、7才の洗礼式において魔力量を認められ、王都の初級魔法学校へ入学しています。当然ですが寮生です。寮では6人部屋でしたが、問題行動はなく、口数が少なくおとなしくて、いつも本ばかり読んでいたと、認識されていました。薬草学を中心に大変良い成績を残されますが、上級学校へは進学されていません。10才で親族に嫁入り先の村を紹介され、花嫁修業と称してその村に引っ越します。実際に結婚するのは15才でしたが、貧困の村に薬草の知識を持ち込むために派遣されたようなものでした」
「少年の母の説明がえらく長いな」
まだまだ続くのだが、確かに多少の省略があってもいいだろう。この中には結論ありきが好きな連中もいる。
「二つの事件の不可解な部分を理解するためには必要な説明だ」
しびれを切らして俺が割って入った。
「第三師団もカイルの母については誘拐事件前に把握していたが、あまりに一族が特殊過ぎて、事情を把握しておかないと理解が及ばない。きちんと順を追って聞くべきだ」
「ああ。ありがとう。そうなんだ、山小屋の結界を強化したのはカイル少年の母で間違いないだろう。初等魔法学校卒程度の知識でできることではない。“緑の一族”の知識があったんだろう。そんな優秀な彼女が10才で村に入ったが村人はぞんざいに扱った。開墾しても瘦せた土地で、村の女の子は口減らしで早々に嫁に出す中、自分の娘を手放した村人にとって10才で食客になったようにしか見えなかったんだろう。婚姻するまで市民権がなかったことも侮られる理由になった。15才の時に開墾してもなかなか土地の当たらない三男の木こりを夫にあてがい独立させた。二人はそれでも森で薬草を採取したり、自分たちで原野を切り開いては、わずかな畑を作り倹しく暮らしたが、収益は村で分け合うものという理念で稼いだ分は巻き上げられた。そこに子どもが生まれたため生活はさらに厳しくなった。困った夫婦は山小屋の管理人募集を行商人から聞いて、村長を保証人にして応募した。応募者は数組いたが、カイルの母がとびぬけて学力があったため採用となった。現場では事務仕事もこなせる計算能力もあったから、次の現場でも採用されるのが内定しているほどだった。カイル君の存在は公的記録には記載されていない黙認された存在だった。ゆえに山小屋事件では犯人に気づかれずに済んだかもしれないし、たまたま隠れたところがよかったのかもしれない、といったところです。カイル少年の引き取りを拒否した村ですが、村人が採取した薬草では質が落ち行商人も通わなくなりさらに貧しくなりました。今年の冬を越せる収穫量もないようです。カイル少年に薬草の知識があることが分かれば取り返そうと躍起になることもあるでしょう」
シモンは饒舌に語るがその線はほとんどない。俺はすかさず反論した。
「だが、父方の村には今回の誘拐事件を起こすだけの財力がない。市場での騒ぎは計画的で、すでにかなりの金がバラまかれているのを第三師団が確認している。三人を攫った実行犯はすでに逮捕されていて供述によると、前日に荷物運びの依頼を受けた際、過剰な前金を受け取っており、当日子どもを攫って運ぶ仕事だと聞かされ、断ろうとしたが前金を受け取ったことですでに誘拐未遂事件の犯人だから実行しなくても騎士団にタレコミを入れてやると脅された、と証言している。子どもは必ず保護者に返すから、一寸だけ怖い思いをするだけだと言われ実行し、成功報酬は前金の三倍で実際受け取っている。さらに、荷馬車の便乗も先週の三才児登録の市に来ていた農村の者に予約を入れて前金を渡している。村人が受け取った金で酒を買うと言っていたのを覚えていた。証言通りに荷馬車には3樽も酒があったが、本人は行方不明だ。さらに市で半額の安売りが始まったら買ってほしいと金を渡された人物が20人もいた。渡された金の差額が報酬だと言われたそうだ。あの村の財力ではそんなことは到底無理だ」
シモンは俺に否定されるのを前提に話していたようでやけに嬉しそうにうなずいた。
「そうなんだ。今回の犯人は相当羽振りがいい。そこで母方の“緑の一族”なんだ。複数の冒険者ギルドに依頼を出している。依頼内容は、とある子どもの生活環境調査依頼だ。なぜかうちの領には出されていない。エントーレ準男爵が領主様お気に入りのお抱えの技師だから忖度した情報になるのを避けたのだろう」
ジュエルを家名で呼ぶ奴はここではシモンしかいない。叙爵して賜った家名を出すことで平民上がりなのを強調してくる。嫌味臭い。
「“緑の一族”はとても変わった一族だ。娘たちの嫁ぎ先での扱いに難があったら、嫁だけでなく生まれた子ども全員を引き取る契約をして嫁に出す。そんな条件でも、彼の一族を嫁に迎えると子々孫々まで繫栄するとも言われており、一部の豪商には歓迎されている。その辺りも一族が金に余裕がある一因だろう。だが、嫁いでいく娘たちは帰りたくなったら離婚調停もなくあっさり引っ越してしまう。おまけに一族の村は隠されているから、嫁ぎ先としてはたまったもんじゃない。ある日突然跡継ぎもろともいなくなるんだ。“緑の一族”独自の連絡手段があって、夜逃げの協力をしているんだろう。なんの予兆もないらしい。家財にはいっさい手を付けていないし、婚前契約書もあるから法的に訴え出ることはできない。嫁は見えない範囲でも嫁ぎ先に尽くしているから、いなくなったらあっという間に零落する。カイルのいた村も多分に漏れなかった。村の収入源の一つであった薬草の質が下がり買取不可となったり、魔獣に蹂躙され畑が荒らされ収穫量も減ってしまい、劇的な減収を余儀なくされた。“緑の一族”の嫁を粗末に扱うと碌なことにならない、とも言われている。カイルの母が一族の娘たちと違ったのは、娘が夜逃げしたのではなく殺され、子どもは別の男つまりジュエルに連れ去られたというところだ。ギルドへの依頼内容は子どもの育成環境調査、保護が必要なほど虐待されていた場合は料金上乗せで緊急保護、経費は別途請求で、となっている」
そこまでは俺たちも調査できていない。
「それじゃあ質の悪い冒険者が関与している可能性が高いということか?」
「第六師団の報告に上がっているのはここまでだ。後は正式に冒険者ギルドに依頼を受けた冒険者を確認すればいいだろう」
息子の事件なのに先を越されたのは悔しいが、解決への道筋と思しきものがわかったのは幸いだ。
「有益な情報を、ありがとう」
「息子の仇は直接討ちたいだろうと思ってここまでにしておいた。領主様からえげつないほどせっつかれてうちの直営部隊は不眠不休だよ」
だからジュエルにあたりがきついのか。今回はお気に入りのジュエルのためというより孫娘が遊びに行くためなんだ。相当圧力がかかったことだろう。
「なるほど、山小屋事件と誘拐事件については関連性がないとみて間違いないだろう。第六師団は引き続き山小屋事件の情報を探ってくれ。各人は今回の事件の疑問点を洗い出してくれ」
「子どもたちが避難したという洞窟の確認はできたのか?」
「毎日朝晩調査をしているが、洞窟の存在は確認されていない、その上周辺の魔力量も全く異常がない。辺りで精霊を見たものもなく、おそらく正式な報告書には記載されないこととなりそうだ」
「城の祠の一件が口外法度となったからか」
「………」
「口に出せないものを言わせるな」
「えっ、えっえっ、いやなにそれ。なんで俺が知らないんだ!」
諜報担当のシモンが知らないのは小気味いい。
「口外法度は口外法度だろ」
「ほかに質疑はないのか?」
「あの大山猫変異の解明は?」
「第四師団の管轄になった。以後そっちに聞いてくれ」
「周辺の魔獣との対比に必要な捕獲数が足りない。解明はまだ先だよ。沼魔獣の出没も疑われている。そっちの方が最優先だ」
「その他の質疑は?」
「騎士団の食堂でもラーメンが食べたいんだが、調理人に作り方を教えてくれないか?」
「ジェニエさんに聞いてくれ。あとあれは“うどん”という食べ物らしい。ラーメンは別物だ」
「なに?それ?なんなんだよ!」
「あー、ラーメン食べたい」
「だから、うどんだって」
「そうだ。ジュエルのうちに行こう!」
「落ち着くまで待ってやれよ」
「もう質疑がないなら解散でいいな。次回は冒険者ギルドでの検証を終えてからだ」
会議を締めて退出しようとする団長を捕まえて別室に引きずり込んだ。
本日の嫌になる仕事である最後の報告がある。
「こんなところに引きずり込んで、もしかして最高機密の連絡でもあるのか?」
盗聴防止の魔方陣が敷かれた小部屋は大熊みたいな団長と二人きりで入るには狭く、できることなら使いたくなかった。
「もしかして、じゃなくて本当に最高機密になるはずです。誘拐に使われた荷馬車が発見された方法はご存じですよね」
「ああ、玩具の鳩が子どもたちの魔力を追ったんだろ」
「それなんですが、ケインの糞を追いかけていたんです。ジュエルは気になるととことん追求するやつなので、排せつ物の残留魔力に着目して自宅のトイレを調べたそうです」
「………うん、まあ…必要な調査だな」
「トイレの下水を浄化しているのは低級な粘性魔獣なのはご存じでしょう。ジュエルはその粘性魔獣に洗浄魔法をかけてから分裂させて瓶に入れて飼い始めたのです。粘性魔獣は家族の魔力に染まっていて、独楽を回し続ける程度の魔力操作を行使できたのです」
「確かに……あり得ないとは言い切れないな」
「ジュエルは言うんですよ、『貴人のトイレは専用で粘性魔獣もその人にしか染まっていないんじゃないか?』って。上位になればなるほど、トイレは専用になるのは事実ですから」
「そ、それは、貴人の魔力に染まった低級魔獣を使役できるということか!!」
「試してみるために、ジュエルは王都の初級魔法学校で初級魔獣使役師の資格を取りに行くからと、移転陣の使用許可を求めています。可及的速やかに、かつ極秘に検証が必要だそうです」
「それは間違いない。オイ、そのことを領主様はご存じなのか?」
「ラインハルト様が把握しておられます。そちらから密奏されておられるかと」
「これは国家機密級の内容だ。魔法学校にはどう理由付けするのだ?」
「はっ、自分も初等魔法学校で初級魔獣使役師を取得してきます。理由は大山猫の赤ん坊を飼うことにしたが、家族に害をなすようなら使役獣にするため、としておきます」
「それならば、ジュエルと二人で行くのに不自然さがないが、子どもたちの誘拐事件は領外には出さない情報だ。どうやって赤ん坊を保護したことにするんだ?」
「ジュエルが勝手に拾ってきたで十分です。学生時代から超がつくほど変人なのは有名です」
「そうなのか」
「はい。問題ありません」
「移転陣の使用は許可しよう。表向きはキャロラインお嬢様がおねだりしていた王都で流行りのレースのリボンでも買うことにしておこう。火急の問題は領主様のトイレに人知れず警備強化をしなければならないことだ………」
その仕事が俺に回ってこなければいいが、初級魔獣使役師なんて一日で取れてしまう。やっぱり俺しかいないか……。城の警備は第一師団の担当だ。俺の出番はないはずだ、多分。




