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閑話#17 元国王の驚愕

 何でこんなことになったのだろう。

 死ぬはずだったのに死にきれなかった、ゆえに国語の指導を受けている。

 真っ白な世界に長い時間過ごしている間に言葉が変化して、常識も変わっていた。

 外では無駄な口を利かないことを約束して、魔獣カード大会とかいうお遊びの大会に連れて行かれた。

 戦争の継続を避けてガンガイル王国に併合されて、本当に平和な時代になったようだ。

 魔獣が描かれたカードを魔術具の上に置くと魔法のエフェクトが出て対戦相手と競うゲームだ。

 変則的に進化している魔獣もおり、よく研究されているカードだ。

 二人一組で戦うペアの部の決勝戦は両チームガンガイル出身者でガンガイル本家の独壇場だった。

「どの部門も辺境伯領出身者が制していますよ。とはいえ、魔法学校では優勝を独占できませんでしたから、今後は我が領もこの部門でも引けを取らないようになりますよ」

 朕の、いや私の子孫の現ラウンドール公爵が口に出さない私の疑問に答えた。

 このゲームはよくできている。

 競技台上でしか魔力を発しないカードは、まるでこの世界の人間そのものではないか。神の箱庭でしか魔力が行使できない。


 外の世界に行った人はいないのに、この世界は箱庭だと彼は言った。

 だが、行こうとした人はそれなりにいるらしい。

 死んで転生するつもりが、死にきれなかったと彼は言った。

 転生しようと企んで死んでも転生先が外の世界とは限らないのに、無駄な抵抗だ。

 ましてや、人間に転生できるとは限らない。

 蟻んこに転生してでもいい、別の世界を見てみたい。

 ……彼はそう言った。


「クレメント叔父上。大会主催者のハロルド王太子に謁見の予約があります」

 ああ、今の名前はクレメントになったのだ。

 奇しくも私の二回目の名前だ。

 私はいつも死の直前に前世を思い出す。

 そして、三度の人生は全て特権階級に生まれた。

 私が生まれ変わるたびこういった立場なのは、この世界で貴族として生きていくための使命があるのではないか、とあの白い世界で考えた。

 だが、私を奇跡のように救出した少年はガンガイル領の緑の一族の末裔だというではないか。

 使命を果たすのは必ずしも特権階級生まれでなければ成し遂げられないという訳ではないのだろう。

 それにしても、伝説の精霊使いは緑の一族にしかもう現れないのだろうか。

 精霊使いだから神々から使命を与えられるのだろうか?


 魔獣カード大会の会場を出て馬車に乗り込む。

 ガンガイルが支配する世界は魔力に満ちており、そこら中に春の花が咲き誇っている。

 王宮内に案内されるのかと思っていたが、馬車は城下町に向っていた。

 大きな教会の側に光と闇の神の祠の広場が……人で溢れている!

「ここからは馬車を降りて徒歩でお願いします」

 ラウンドール公爵に促されて馬車を降りると大きな白い板を囲む大勢の人々がいた。

「あの白い板に魔獣カード大会の試合を再現して映し出しています。だから観覧券を買えなかった人々はここに集まって来て、祠に魔力奉納をしてから試合を楽しむのです」

 これだけの人々が魔力奉納すれば平民とはいえかなりの魔力が集まるだろう。

 その上、食べ物や土産物を扱う屋台まで出ている。

 ここでの商売にも課税をしているならば多くの税収を集められるだろう。

「野外会場だけでもこの他に五会場もあります。地方からこの大会を見に来ている観光客もいますから魔力的にも経済的にも大成功ですよ」

 この大会を主催したのが王太子殿下なのか。

 ガンガイル王国の将来は安泰だ。

「やあ、アル。こちらが長期療養していたという叔父様ですか?」

 公爵に気軽に声をかけられるということはこの青年が王太子殿下なのか?

 服装は豪奢でお洒落だが、文化史の本で学習積みの私には平民の服装だとわかる。

「やあ、ハロハロ。こちらがクレメント叔父上です。田舎で長期間療養していましたから、王都の変化に戸惑っているようです」

 上位貴族で王都の魔法学校に入学していないことはまずないそうなので、昔と変わって戸惑っているという設定になっている。

「クレメンスさん、ごきげんよう。私はよく王太子に似ていると言われる、ハロハロです」

 本音を窺わせない柔和な笑顔とガンガイルらしい容貌から、彼が高貴な血筋であることを容易に推測出来た。

 王太子そっくりさんの設定で市井をお忍びで散策されているのか。

「クレメントと申します。素晴らしい大会に圧倒されております」

 まずまずの挨拶だったようで、ラウンドール公爵が小さく頷いた。

「まあ、クレメントさん、そんなに固くならなくて結構です。クレメントと言えばその昔ラウンドール王国が健在だったころ五代目の王と同じ名前ですね」

 ハロルド王太子はラウンドール王国の歴史に精通しているようだ。

「夭折された王と同じ名前だったせいか、成人後体調を崩して領に引きこもっていたのです」

 名前を決める時にウィリアムが、夭折した王の名が言い訳にふさわしいのでは、と言い出して決まったのだ。

 前世の名前を呼ばれた時にはこの子孫には何もかもお見通しなのかと冷や汗が出た。

「お元気になられて何よりです。ああ、せっかくですから何か召し上がりませんか。最近の王都では食文化は下町の方が美味しいものがあったりしますからね」

 ハロルド王太子はそう言うと屋台を案内し始めた。

 買い食いなんて、三回の人生を合わせても初回の幼少期に彼と屋敷を抜け出して畑の苺を摘まみ食いし、その後申し訳なくなり、指輪を苺に嵌めたらそれで足がついて屋敷を抜け出したことがバレてしまったこと以来だ。

 私の神妙な表情に二人が笑った。

「私も思い切って外に出かけるようになったのは、ほんの数年前からです。外に出なければわからないほど私の目は曇っていました」

 毒見も無しに屋台の料理を買って食べるなんて、王太子としての自覚が足りない人物だ。

 ラウンドール公爵が購入した、ソースのかかった丸い焼き菓子のようなものを一つ一口で頬張ったハロルド王太子は、行儀悪く口をフーフーとすぼめて息を吐いた。

「焼きたてはお熱いですから、お気を付けください」

 売り子の娘が笑顔で忠告した。

 それは口に入れる前に教えるべきだろう。

「タコ焼きは熱々が良いんですよ」

 ハロルド王太子は涙目でそう言った。

 料理と言うものは舌をやけどしないために、温くなったものを提供するべきじゃないか。

「そうですね。熱々の時は外側がカリッとしていてトロっとしたお出汁が利いた中側をより一層美味しく感じさせるんですよね」

 売り子の娘がうっとりとした顔でそう言った。

「まあ、叔父上。行儀など気にせずお召し上がりください。口に入れたらフーフーするのが熱を逃がすコツですよ」

 ラウンドール公爵も見本のようにたこ焼き口に入れるとフーフーした。

 高貴な衣装のおじさんが人目を気にせずフーフーしている姿に、売り子の娘が可愛い、と言っている。

 可愛いのか!?こんなおじさんが!

 この時代の価値観が全くわからない。

 そう言えば屋台で買い物して立ち食いする人々は貴族らしい衣装の人も多く居る。

 なんてことだ!

 まるで伝説の時代のようではないか!!

 古代、人々と精霊と神々が席を同じにして食事をした時代があったらしい。

 最初の人生の時でさえ、精霊も神々も見たものがほとんどいない時代だった。

 私の驚きをよそに、ラウンドール公爵はたこ焼きを一つ掬って私に差し出した。

「アーンしてください♡」

 声をかけたのは売り子の娘だが、食べさせようとしているのはおじさんだ。

 私はためらいつつも口を開けた。

 うん。熱い!

「フーフーですよ♡」

 可愛い声は売り子の娘だが、私の目の前で口をすぼめているのはおじさんだ。

 熱い塊のソースが凄く美味しい。

 口の中に唾液が溢れてきて熱い塊を噛むとカリッとした触感と柔らかく豊かな旨味の塊が……それがまたとても熱い。

 フーフーとラウンドール公爵も一口で食べて同じ表情ですると、ハロルド殿下と売り子の娘が鈴を転がすような声で笑った。

 可愛い、可愛いです、と二人は笑顔で言ったが、おじさん二人がフーフーしている姿が可愛いはずがない。

 だが、これは旨い。

 なんて旨味の塊なんだ。

 三度の人生で一番うまい食べ物だ。

 一つの食べものに二つの食感、いや、コリコリした三つ目の食感もある!

 このコリコリしたものもまた噛みしめると旨味を感じる。

 ああああああぁぁ……屋台料理とはこんなに旨いものなのか!!

「熱いけれど旨い。とにかく旨い!」

「そうでしょう。病みつきになりますよ」

 ハロルド王太子はそう言うと次の屋台に案内した。

 売り子の娘はいってらっしゃい、と手を振っている。

 お決まりの順序で食べた方が美味しいものなのか。

 ラウンドール公爵が煮込み料理の屋台でいくつか見繕ってくれた。

 ここはおすすめに従って食べるときっと旨いに違いない……!?

「ク、クラーケンの幼体の足ではないか!」

「叔父上。クラーケンはタコではありません。イカでした」

「み、み、見たのか!実物を!!」

 仰天する私を微笑ましいものでも見るように二人が笑った。

「私は見る機会はありませんでしたが、ウィリアムが実物を遠目でしたが見ましたよ」

「ウィリアムはクラーケン討伐隊に参加したのか!あの年で!!」

「討伐はしませんでしたよ。南洋に帰ってもらっただけです」

「どうやってぇ!……緑の瞳の者たちか」

「ええ、そうですね。族長自身が対処してくれました」

「……彼の者は、精霊の(しもべ)と語りよるが、本物の精霊使いじゃ」

「叔父上。言葉が乱れています」

「ああ、すまなかった。取り乱してしまった。クラーケンに、緑の族長、南洋とくれば……ああ、頭が混乱する。南の砦は大丈夫なのか!」

「現状としてはかなり帝国に押されています」

 畳みかけるような私の質問に答えていたのはラウンドール公爵だったが、帝国の話を持ち出したのはハロルド王太子だった。

「ああ、なんてことだ。……詳しい話をいつかするが、今の私は頭が混乱しすぎている。そして私が落ち着いてから話す話は、荒唐無稽すぎてやはり私の頭がおかしくなっているような話になるだろう」

「落ち着いてからでかまいません。今日はそもそも顔合わせだけのつもりでしたから。さあ、温かいうちにおでんを頂きましょう」

 板を這わせただけの簡易のテーブルに移動すると、ハロルド王太子はクラーケンの足、いや、タコ足を私に勧めた。

 ただのタコの足だとわかっても、口にするのは躊躇われる。

「美味しいですよ。先ほど召し上がったものより柔らかく煮てあるのでまた違った食感なのです」

「アルはもう食べていたのか。そうか!魔法学校の大会もこっそり見に行っていたのか!!」

 ハロルド王太子が、自分はあの時そっくりさんではなかったから買い食いが出来なかった、と嘆いた。

 この王太子でこの国は本当に大丈夫なのだろうか……。

 うぬ?……先ほど召し上がったって……何を……。

 馬鹿は私だ!

 たこ焼きだって聞いていたじゃないか!!


 軟らかく煮たおでんのタコ足も旨かった。

「ああ、港町に視察に行きたいなぁ。一度でいいからハルトおじさんの自慢する寿司を食べてみたい」

「ウィリアムが卒業旅行で行っていますよ。あの味は現地で食べるのが一番です」

 ハロルド王太子の嘆きに、ラウンドール公爵がしたり顔で言った。

「行ったんだ!現地に行ったんだ!!どうだった、生のタコの寿司の味は!」

 ななななな、なんてこった。

 私の子孫はタコを生で食べたのか!?

「生も良いですが、茹でた寿司も美味しかったですね。ああ、タコやイカは踊り食いという食べ方がありましてね、生きているタコを捌いて、まだ動いている状態で醤油を少しだけ垂らして食べるのです」

 これにはハロルド王太子も驚きの声をあげた。

「「う、旨いのか!」」

「吸盤が口の中に張り付くけれど、まあ、そんなことは気にならないくらい美味しいですね」

 時代のせいじゃないはずだ。

 ラウンドール家がゲテモノ食いになっただけなのだろう。

 案の定、ハロルド王太子の顔が引きつっているではないか。

 私がおかしいわけではないようだな。

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