初級魔法学校卒業
「あなたは生物として当然の反応を示したのです。そのことがあなたを慕う精霊たちを動かす原動力となりました」
シロがそう語り掛けるとウィルのご先祖様はひれ伏した。
「あなたの判断はある意味間違ってはいませんでした。ラウンドール家と領地はあなたが去ったのち二百年以上も結界を護り続け繫栄しています。あなたが誓約した相手はとうに死んでいます。今後あなたが生きていくのにあたって命を代償にする必要はありません」
シロの言葉にウィルのご先祖様は肩を震わせて涙を流した。
「自死を持って事なきを得る、という姿勢を後世に美談として残すことは、多くの精霊の支持を得ることは出来ませんでした」
後世の人間も死んで責任を取らされることになる、とシロは続けた。
「精霊も精霊ですよ。私もかつてやらかしました。ですが、私は多くの精霊の共感を得て、中級精霊になれました。あなたも中級精霊は無理でも火の神直属の妖精になれば、二百年経たずに何とかなったんですよ」
“……妖精程度ではラウンドール王国は護れないよ”
もうラウンドール王国は存在しない。
火山口にずっと張り付いていた精霊は時代が変わっていることを知らなかったのか。
キュアとみぃちゃんとスライムたちが残念な表情をした。
「まあ、ラウンドール王国はないけれどラウンドール公爵領が存続しているのだから、あなたが中級精霊になりたいのならあなたが努力をすればいいでしょう。世間知らずすぎるから、うちのご主人様に迷惑をかけないようにしなさい」
シロの世間知らずと言う言葉に、突然出現したご先祖様を茫然と見ていたラウンドール公爵はご先祖様が時代錯誤な存在になる可能性に気付いた。
公爵は簡単な自己紹介と、ご先祖様の死後の歴史を伝えた。
「二百年以上時が経ってしまい、領城も改築して昔の面影は少なくなっております。長年病気療養していた大叔父と言う設定で私共の城で暮らしていただけないでしょうか」
「最後の国王と同じ名前と言うのは問題があるので名前を考えてください」
ラウンドール公爵とウィルがこう言うと、ご先祖様の表情が曇った。
「新しい名前、か……。今や朕は国を潰した暗君ということなのだな」
肩を落とすご先祖様に、キュアが言った。
「あなたは精霊たちに慕われていたから命を繋いだ。そして、こんなにたくさんの精霊たちがあなたの救助を手伝ったんだ。人間たちがどう判断しようとあなたは生きているべき人なんだよ」
「結果的に亡国の王ですが、領城で詳しくお話しますが、あれから多くの国が結界を失いました。あなたは最善の行動をした最後の国王です」
ラウンドール公爵はそう言ってご先祖様の手を取った。
「そしてカイル君ありがとう。君がご先祖様の存在に気付かなければ、我々だけでは存在していることさえわからなかった。本当にありがとう」
ラウンドール公爵は瞳に涙をにじませてぼくに頭を下げてくれた。
そんなラウンドール公爵を押しのけてご先祖様は跪いた後土下座をした。
「……っ!この少年が朕を助けてくれたのか!誠にかたじけない……かたじけない……!」
……言葉遣いが古臭い。
「ぼくはただ、友人のウィルの言葉で、あなたが子孫に思念を送っていることに気付きました。救出されたのは二百年以上あなたが諦めずにいたからですよ。頭をあげてください」
「そんなに謙遜されるとは!なんと……慎ましい……!!こうして、こちらの神獣様をお遣わしくださり、誠にありがとうございます」
ウィルのご先祖様はぼくだけでなく、キュアやみぃちゃんやスライムたちにも一匹ずつに丁寧に跪いて地面に頭をつけて礼を述べた。
ぼくが見たことも無い作法だ。
「カイル君。ご先祖様は王都のタウンハウスに送ってもらえないだろうか。ご先祖様には現代の常識を覚えてもらうのが最優先のようだ。ウィリアムの卒業式が終わってから一緒に領地に向かうことにしたい」
この人を放置する危険性を感じ取ったラウンドール公爵は、自身で面倒を見ることを決めたようだ。
「ではみなさんを送り届けましょう。ウィルは港町で良いのかな?」
「せっかくの卒業旅行なのだから予定通り行動しなさい」
そうか、これは卒業旅行なのか。
それなら友人が一緒でもおかしくない。
どうやら、ぼくは家族旅行と卒業旅行を同時に行っているようだ。
キュアとみぃちゃんがポーチと鞄に飛び込んで、スライムたちがポケットにおさまると、シロが姿を消した。
「これが、本物の精霊使いか……っ!」
ウィルのご先祖様が叫んでいたけれど、そのまま強制送還した。
説明はラウンドール公爵に任せよう。
「ただいま!」
ほぼ貸し切りなのに同じ宿を取っていたウィルと帰還すると、家族に取り囲まれて事の顛末を話した。
火山でずっと焼かれていたわけではないことを知って、三つ子たちはホッとして寝る支度を始めた。
「……二百年以上前に自殺しようとした亡国の王様を救ったのか」
「今は公爵家の血縁者として我が家に滞在してもらうことになるでしょうね」
ウィルは伝説のご先祖様の帰還を喜びつつも、ラウンドール公爵家も魔力供給者は多ければ多いほどありがたいし、過去の家長と父上の魔力比較ができるのも研究し甲斐がある、と現実的なことを言った。
「なんで、人類の魔力は衰退していったのかな?」
ケインの素朴な疑問にウィルのご先祖様の証言が解明のカギになるかもしれない。
「魔法に希望が見いだせなくなったのかな……」
ウィルの呟きは土地を護る結界を必死に維持してきた一族の苦渋がにじんでていた。
「ウィル君の旅行の日程はどうなっているんだい?」
父さんは深刻な話題にならないように話を逸らせた。
「明日は港町をゆっくり散策した後、飛竜の里のオムライス祭りに向います。港町でクラーケン撃退を祝う祭りが出来たように、ラウンドール公爵領でもお祭りを何かしたいと考えているので、視察ですよ」
ウィルは言い訳の引き出しがとても多い気がする。
「神様たちがこんなに喜んでくださるなんて、昔はさぞかしお祭りが多かったのかしらね」
「おとぎ話の伝承を再現してみるのも良いかもしれないね」
オムライス祭りはパエリア祭りの発展版のようなものだ。そういうのも有りかもしれない。
ぼくたちはそれからこんなお話を再現してみたいといった、おとぎ話の話題で盛り上がった。
お祭りは人々と精霊と神々を身近に感じさせてくれる貴重な機会なのかもしれない。
翌日は港町の祠巡りをした後で螺鈿細工の体験をしたり、カキの養殖を見学したりした後で、飛竜の里に向った。
ウィルはちゃっかりうちの馬車に同乗していた。
旅は道連れ世は情け、ということらしい。
実際、道中の素材採取も、街道脇でした昼食の調理も、みんなでやったことがいい思い出になった。
車の上部の引き出しを引くとテントが出たり、洗い場やコンロが出てきたりして、快適な調理場が出来た。
ぼくたちは目立つ護衛は連れていなかったけれど、道中で食事を共にするキャラバンが居たので彼らは父さんが雇った護衛だろう。
母さんとお婆は魔獣暴走から立ち直った廃鉱跡の温泉街に涙を流して喜んだ。
ここから起こった悲劇でみんな最愛の人を失ったのだ。
「私たちは幸せよ」
「これからも幸せになるために努力するわ」
家族みんなとウィルで慰霊碑に花をささげてから温泉に入った。
ルカクさんの兎や熊とスライムたちが魔獣カード対戦をするのを、みんなでワイワイ言いながら観戦した。
廃鉱の温泉宿で一泊した後飛竜の里に向った。
飛竜の里のオムライス祭りは里の人々と教会関係者が協力して開催されたので、ぼくたちは特にお手伝いをすることなく一般参拝者として魔力奉納した後オムライスをご馳走になった。
ハルトおじさんは緊急の際以外呼び出すな、と伝言を残し、きちんと休暇を取って参加した。
亜空間経由でコッソリ参加すると呼び出しを食らうので、イシマールさんの飛竜に乗って駆け付けた。
三つ子たちは顔なじみの子どもたちと合流して遊びに行った。
里の人たちが張り切ったのでオムライスソースはカレーソースの種類が増えていた。
ディーが南方探索で入手したココナッツチップスをポアロさんの奥さんにお土産としてあげたので、子どもたちのために甘いカレーも開発してほしい。
里の人たちは温泉の熱を利用した温室栽培に力を入れているので、ココナッツの種を欲しがった。
シロに入手可能か聞いてみると、ディーが丁度海岸で拾っているから分けてもらえる、と言った。
「背の低い種類が良いな」
“……ご主人様。海の神様が丁度いいヤシの実を海岸に漂着させてくれました”
たくさん魔力奉納をしたご褒美をもらうかのようにヤシの実を六個もゲットすることが出来た。
「何か面白そうなことを企んでいるのかい?」
オムライスの試食もそこそこに温室に行こうとしたら、ハルトおじさんとウィルに見つかってしまった。
「ディー経由で南国の木の実を手に入れたので、三個くらい鉢植えにしてみようかと」
「全部で何個あるんだい?」
ハルトおじさん興味津々に聞いてきた。
「六個です。一個はここの教会に奉納して、残りの二個はお婆とメイ伯母さんにあげるつもりです」
「食べられるのかい?」
「完熟する前の柔らかい時期なら食べれたんだけどねぇ。ポアロさんの奥さんにお土産として渡してあるから分けてもらえばいいでしょ。美味しいからメイさんが取引先を探すって言ってたよ」
ぼくの代わりにぼくのスライムが説明してくれた。
甘いものが好きなスライムたちは、ココナッツチップスがすっかりお気に入りになっている。
「育つまでどれ程かかるかわかりませんが、樹液はお酒になるし、実は美味しいし、油も取れるし、外側からたくさん繊維が取れるし、育つのならば利用箇所が多くて魅力的な植物です」
ハルトおじさんはお酒と言う言葉に瞳を輝かせたが、熱帯植物がガンガイル王国で育つとは思えないからか、分けてくれとは言わなかった。
「地熱を利用した温室なら栽培できるかな?」
ウィルは領地の火山の地熱を利用したいのだろう。
「やってみなくてはわからないから、ディーにもう少し拾ってくれるように頼んでおくよ」
ココナッツが育つのならバナナもいけるかもしれない。
「まだ何か楽しそうなことを考えているみたいだね?」
植物担当のお婆が突っ込んできた。
「世界中の美味しい植物を集めてみたいね」
「兄さんはまず食べることを考えるよね」
ケインは港町でぼくがフグの実験をしていることを知っている。
「美味しいものは良いけど、危ないものは勘弁してね」
母さんに釘を刺された。
卵巣の糠漬け……。
禁断のグルメをこの世界でも試してみたいだけだ。
温室でヤシの実を植える鉢に芽吹きの神の魔法陣を描いて植えてみた。
ヤシの木に興味津々なみんなが魔力奉納をしたので、すぐに芽を出して南国の植物らしい葉っぱが出ると歓声が上がった。
「今日はこの辺りで止めておきましょう」
試験栽培ではいつもお米の話を持ち出されるので、大人しく引き下がった。
飛竜の里は夜でも安心して外に出ていられるので、お祭りの今日は子どもたちも特別に夜更かしを許された。
スライムたちに明かりをつけてもらって夜の露天風呂を堪能した。
「お風呂で泳いだらいけないよ」
兄貴が広い露天風呂にはしゃぐクロイとアオイに注意した。
父さんとハルトおじさんとイシマールさんはサウナに入っている。
「帝国に留学したら広いお風呂が無いのが残念だな」
ウィルがしみじみと言った。
「ガンガイル王国寮を改装しているから、ここまで広くなくても、大浴場は男女とも作ってもらったよ」
ボリスにつけたスライムからの報告で改装が順調に進んでいることを知っている。
「寂しくなるな……」
ケインが言った。
「フエたちを頼んだよ。ケイン」
ぼくがそう言うと、ケインが黙って頷いた。
来年度のケインは研究室に引きこもらないで、魔獣カード倶楽部の部室に顔を出すようにして、学校内のいじめ撲滅に向けて活動をする気らしい。
「風通しのいい校風にして、三つ子たちが入学したときには楽しい学校生活が送れるようにするよ」
「「ケイン兄ちゃん頑張って」」
飛竜の里からも来年度以降、フエ以外にも王都の魔法学校に進学する子どもたちが控えているので、クロイとアオイはケインを励ました。
「ああ、頑張るよ!」
星空の下でケインが誓った。
翌朝、ハルトおじさんはイシマールさんと王都に帰ったが、ぼくたちはのんびり寄り道しながら王都に帰った。
魔獣カード大会最終日の表彰式に呼ばれていたが、晩餐会がセットだと聞いて魔獣たちが首を横に振った。
人間だけにしかご馳走が当たらないし(ハルトおじさん情報だとそこまで美味しくない)知らない人に撫でられるのを黙って耐えなくてはいけないだろうから嫌だ、ときっぱり断った。
ぼくたち家族も堅苦しい席より家族で過ごしていたいので、卒業式ギリギリまで旅を続けることにした。
卒業式前日にハルトおじさんの屋敷の別館に帰ると、お手伝いさんたちが大歓迎してくれた。
ぼくたちにまた会いたかったようだが、みぃちゃんやみゃぁちゃんたちがいなくなると、夜が静かで寂しかったらしい。
埃一つない廊下を掃除機の魔術具で爆走する二匹を見て手を叩いて喜んでいた。
ぼくは寮から卒業式に向かうので、辺境伯寮に帰った。
旅の土産を寮長に渡すと、卒業式前なのにもう泣いていた。
これから入学してくる弟たちも居るのでよろしくお願いしますと言うと、ぼくの肩をバンバン叩きながら、任せておけ!と言ってくれた。
卒業式には父さんが出席してくれた。
貴賓席には入学式の倍以上の貴族たちが参列していた。
魔獣カード大会の表彰式と晩餐会を欠席したぼくを一目見に来たようだ、とウィルが小声で言った。
ぼくは動物園の珍獣なのか?
卒業生代表として壇上で校長から卒業証書を受け取ると、父さんが力一杯拍手をしてくれた。
会場に居た卒業生も生徒会役員も来賓たちも全員が割れんばかりの拍手を送ってくれたので、ぼくは驚いた。
「君はそれだけのことをこの三年間で成し遂げたんだよ」
校長はそう言うと、ぼくと固い握手をした後、拍手をしてくれた。
ぼくは目頭が熱くなったから、少し上を向いた。
入学式の時の平民が新入生代表になった驚きで会場がどよめいたのとは違う、ぼくの魔法学校での実績を評価してくれたから起こった拍手と歓声だ。
ぼくは壇上で一礼をすると、卒業生代表答辞で、神々と皆様のお蔭でこうして充実した初級魔法学校生活が送れました、と感謝を述べた。
神々と、と言っただけで、精霊たちが壇上に現れて卒業を祝ってくれた。
涼しい顔をして壇上のぼくを見ているウィルは、また精霊たちを呼んでるし、と言いたげに、瞳が面白そうに輝いていた。
優秀な成績で魔法学校を卒業すると精霊たちが祝福に現れる。
ぼくの卒業後の魔法学校の噂にそんな話が加わるのだった。
精霊たちは卒業生退場まで会場内に留まり、卒業式をきらびやかに演出した。
ぼくたち卒業生が会場の外に出ると、溢れるように精霊のきらめきも一緒に出てきた。
そして、その外では、人数制限で会場内に入れなかった家族たちが拍手で迎えてくれた。
「卒業おめでとう!」
三つ子たちが飛び込んでくるのを、母さんとお婆と兄貴とケインが見守っている。
ぼくがみんなにありがとう、と言おうとしたら、後ろから大きな手がぼくのわき腹に伸びてきて、そのまま持ち上げられてしまった。
「俺の息子が卒業生代表だ!」
父さんはそう言うと、ぼくを肩車してくれた。
「お前がどんなに大きくなっても、俺が肩車をしてやるぞ!」
ぼくは洗礼式の後に父さんと、父と母のお墓参りをしに行き、肩車をされたことを思い出して、涙がこぼれそうになって空を見上げた。
……ああ。
こうやって涙が出そうになると上を向くのって、ユナ母さんの癖だったな……。
「そのうち、父さんより大きくなって、ぼくが肩車をしてあげるよ!」
ぼくが涙を誤魔化すように大声でそう言うと、周囲から笑いが漏れた。
「うわぁぁ!!」
ぼくのことを他人事のように見ていたウィルが、ラウンドール公爵に肩車をされていた。
他の卒業生より高いところに居るぼくたちを精霊たちが面白がって取り囲んだ。
キラキラ輝く卒業式になってしまった。
こうして、初級魔法学校の卒業式には親族が卒業生に肩車をするのが、いつしか伝統になってしまうのだった。




