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ラウンドール公爵家と火山の秘密

「家督を継いだらすみやかに火山口の祠に報告を兼ねた魔力奉納に行くことになっている。その後も年に一度は魔力奉納に行くことが領主の義務の一つだよ」

 ラウンドール公爵はいきなりの亜空間への招待で、始めは床を触ったりジャンプしたりと好奇心旺盛で話が進まないかと思ったが、ご先祖様が生きながら焼かれているかもしれない、とウィルが爆弾発言をしたことで正気に戻った。

「そこは一族の聖地で、他人が入れないということはないですか?」

「聖地だが管理者には平民のおじいさんもいる、普通の祠だよ」

 ご先祖様が自殺した場所に鎮魂の碑が置かれ、山の神様と火の神様の祠を祀っているようだ。

「祠の側なら死霊系魔獣は出ませんよね」

「聖地だから魔獣除けの結界を施してある」

 ぼくとラウンドール公爵の会話に、ウィルが、今から行くのか?という表情をした。

 “……ご主人様。魔獣襲来の余地のない強い結界が張られています”

 みぃちゃんとキュアがポーチと鞄に入った。

「ちょっと確認に行きましょうか?」

「やっと転移の魔法を見せてくれるんだね」

 ウィルを飛竜の里からラウンドール公爵家の玄関先に放置した時から、転移の魔法が気になっていたラウンドール公爵はウキウキした声で言った。

 二百年以上前に自殺したご先祖様が生きているかもしれないなんて信じられないのか、転移して火山を見に行く遠足気分になっているようだ。

「まあ、見て見なければわかりませんよね」

 ぼくがそう言うと、シロがラウンドール公爵領の火山口の祠まで全員を転移させた。


 夜間に外出することがほとんどないこの世界で星空を見ることは滅多にない。

 火山口付近の二つの祠はとても小さく神社の灯篭くらいの大きさだった。

 火山口の奥からマグマの光が漏れているだけで、祠の周辺は真っ暗だった。

 ぼくとみぃちゃんのスライムたちがトンボの羽を生やして飛んで辺りを照らした。

 ラウンドール公爵とウィルのスライムはまだ飛べないので、懐中電灯のように二人の掌の上で光った。

「せっかくですから魔力奉納をした後、火山口に近づいてみましょう」

 山の神の祠にラウンドール公爵、ウィル、公爵のスライム、ウィルのスライムの順に魔力奉納をすると精霊たちが集まって来て辺りを照らしだした。

「あれから我が家では家族全員が朝晩、魔力奉納をしているのに精霊たちが現れることはなかったんだが……」

 ラウンドール公爵家のお茶会での魔力奉納で精霊たちが集まってきたのを再現しようとしても出来なかったようだ。

「精霊たちの気分次第なのか、カイル君たちがいないと出現しないんだよ」

 ウィルも自分が精霊たちを見る時はいつもぼくが居ると言った。

「こんな時間に魔力奉納をするお礼かもしれませんよ。火の神様の祠にもお願いします」

 ラウンドール公爵に魔力奉納を促し、ぼくと魔獣たちも順番に魔力奉納をした。

 火の神の祠にも全員が魔力奉納を終えると、どこからともなく笑い声がした。

 ラウンドール公爵とウィルには聞こえていなかったが、二人のスライムたちには聞こえたようで主人の肩の上でブルっと震えた。

 中級精霊が居るような気配がするが、シロほどの存在感がない。

 妖精なのか?

 “……妖精じゃないもん。精霊だもん!”

 ずいぶん幼い思考だな。

 “……幼くないもん!お前の精霊よりずっと長生きしてるもん!”

 シロは間もなく六才だけど人間社会で生活しているから、精神的に成長している。

「この子は本当に中級精霊なの?」

 しびれを切らしたキュアが言った。

「「中級精霊?」」

 ラウンドール公爵とウィルは、脈絡なく突然中級精霊、と言い出したキュアを見た。

「あり得ないねぇ。精霊たちの数が足りないのに妖精になるのを拒否して、中級精霊にもなれない中途半端な存在になって、どうしようもなくなっているんじゃないかな」

 みぃちゃんがそう言うと、シロが肯定するような感情を送ってきた。

 “……なんだよう!そいつらが悪いんじゃないか!あいつの子孫なのに精霊たちを連れてこないんだもん”

 いや、きみの性格に問題があるから、こうして今精霊たちが集まって来ているのに合体して中級精霊に昇格出来ないでいるんじゃないかな?

「精霊が集まって、中級精霊になるのか!子孫の我々が精霊たちを連れて参拝に来なかったから中級精霊になれず、ご先祖様が火山口で二百年以上も火炙りになっているのか!!」

 事の重大さに気が付いたラウンドール公爵が狼狽えた。

 シロは精霊のやらかしを説明するのを嫌うから聞かないと教えてくれない。

「ぼくはとある理由があって、精霊使いではないけれど、中級精霊と親しくしています。このことは辺境伯領主様もご存じで詳しいことは口外法度となっています。今から見るものは夢か幻ということで処理してください」

「「真名にかけて約束しよう」」

 ラウンドール公爵とウィルは口約束でも魔法効力を持つ誓約を口にした。

 ぼくはシロに妖精型で実体化して事の経緯を詳らかにするように命じた。

「私がこの哀れな精霊に代わってご説明いたしましょう」

 妖精型のシロが空中に浮かび上がるように出現すると、ラウンドール公爵とウィルはグッと顎を引いた。

 ロリ顔で巨乳の奇妙な外見がぼくの好みだと思われなければ良いな。

「かたじけない、よろしくお願いいたします」

 その昔、ラウンドール王国が周辺国の戦争に巻き込まれ国力を削がれ、ガンガイル王国の庇護下に入る決意をした最後の国王が自らの死と引き換えに敵対勢力にガンガイル王国に膝をつくことを認めさせた歴史をシロが語った。

「ここまではご存じでしょう」

「ああ、ガンガイル王国はラウンドール公爵領としてほぼ独立自治の状態を保証してくれていた。それを分家の貴族たちが独立したままでも戦争を乗り切れる、戦い続けろ、とまあ玉砕まっしぐらな案を支持していたんだ。国力が削がれたら国を護る結界が崩壊してしまうのに、分家が結界を支える魔力を提供しないくせに文句ばかり言うのは、いつの時代も変わらない」

 ラウンドール公爵が疲れたように言った。

「史実にあるように自らの命と引き換えに抵抗勢力の説得に成功し、ラウンドール家とこの土地の繁栄を願う祭りを開催し、人々が見守る中火山口に身を投じたのですが、威勢のよさに共感した精霊たちが集まって、彼を救うべく契約を持ち掛けたのですが、少し精霊の数が足りませんでした」

 みぃちゃんの予想通りじゃないか。

「ではご先祖様は……」

「生きていますよ。精霊は力が足りないながらも火山口内に人一人分の亜空間を作り、時間の止まった世界に彼は居ます」

「それではマグマに焼かれているわけではないのですね!」

 白い亜空間にずっと閉じ込められている状態は、煉獄地獄ほどではなくても拷問だと思う。

「焼かれてはいませんが、快適ではないようです。彼は子孫たちに何度も思念を送っていますよ。確かに祠を建てたことで亜空間を維持する魔力を集めることは出来ましたが、精霊たちが中級精霊になれるほどの精霊たちは集まりませんでした」

 今もこんなに精霊たちが集まっているのに中級精霊として実体化できないでいる。

「……精霊たちは人身御供という考え方が嫌いなのです」

 シロがきっぱりと言った。

「自らの命を差し出して大勢を救うという考え方は尊いけれど、別の解決策があるはずなのです。同族の命を担保に繁栄す……」

 “……た、たすけ…て……”

「ご先祖様が助けて言ってるよ」

 シロが御託を並べる間に、強めの思念が割り込んできたことをキュアが言った。

「何とかならないかな、カイル」

 ウィルが切ない目をしてぼくを見た。

 友だちになってから三年経つけれど、付きまとうことはあってもウィルから何か頼みごとをされたことはない。

「私が彼を救助することは出来ますが、ご先祖様を慕う精霊たちを私が吸収してしまうことになってしまいます。何せ、格が違いますからね」

 ちょっと鼻につく言い方だけど、ウィルのご先祖をずっと助けてきた精霊がシロに吸収されたら自我が消失してしまうのかもしれない。

 シロの不甲斐なかったころでも上級精霊が決して手を出さなかったのは、干渉して強いものが弱いものを吸収してしまうのを避けたのだろう。

 上級精霊はシロの自主性を尊重し守ってくれていたのか。

「それはご先祖様を救ってくれた精霊が、消滅してしまうということでしょか?」

「そういうことではありません。消滅はしませんが、私はすでに実体化できる集合体なので、私の中で今の自我を維持するのは難しいでしょう」

 シロとラウンドール公爵が中途半端な精霊の話をしている間に、キュアとみぃちゃんとスライムたちが、キュアが飛んでスライムたちが蜘蛛の糸にタングステン合金を混ぜて網で掬おう、と魔法を使って物理的に(?)引っ張り上げる作戦を立てていた。

 いや、ここは火の神様の出番だろう。

 火山口で宙吊りになっていても耐えられる亜空間なんだ。

 熱への耐久性は高いだろう。

 いっそ山の神と火の神のコンボで溢れ出る寸前までマグマで押し上げてもらって……。

 いや、神々の御力ならラウンドール公爵領をマグマが埋め尽くす大災害になりかねない。

 上級精霊を頼れば二百年も健気にウィルの先祖を護っていた精霊が吸収されてしまう……。

 うぬ?

 こんなに精霊たちが集まっているんだ。その親分に頼んだらどうだろうか?

 ぼくの案にキュアたちが賛成し、やや大きくなったキュアの背にみぃちゃんとスライムたちが乗り込んだ。

「ご主人様!その案でやっちゃうのですか!!」

 シロが振り向いた時には、スライムたちを乗せたキュアが飛び立っていた。

 火山口上空でキュアが滞空し、ぼくのスライムが分裂して火山口周辺に飛び降りると、精霊神の魔法陣を構築した。

 精霊たちがぼくのスライムを保護するように寄り添った。

 どうやらスライムの丸焼きは避けられたようだ。

 魔法陣から円錐状に立ち上がる魔力を集約した頂点に右前足にみぃちゃんのスライムを持ったみぃちゃんがキュアの背中に二足で立ち上がると、釣り糸みたいにみぃちゃんのスライムを垂らし始めた。

 お釈迦様の蜘蛛の糸ならぬ、精霊神の助けを借りたスライムの糸を垂らして火山口の中に漂う亜空間を救出するのだ。

 精霊たちはみぃちゃんのスライムが熱にやられないように保護するかのように集まってきた。

 火山口から少し離れているぼくたちは、光り輝く糸しか見えなかったけれど、みぃちゃんのスライムの感覚を頭の中で共有できた。

 亜空間を探して火山口の中をフラフラと揺れているみぃちゃんのスライム様子がわかった。

 ぼくはウィルのご先祖様の気配を探るため、唖然としているウィルの両手をぎゅっと握った。

 この気配の欠片を探せ!

 火山口の中でプラプラしていたみぃちゃんのスライムが強力磁石で吸い付けるように亜空間を探り当てた。

「よくやった!」

 ぼくが絶叫すると、みぃちゃんのスライムが釣り糸を巻き取るようにみぃちゃんの右前足に戻ってきた。

 クルックゥ、とキュアが一声を発すると、ぼくのスライムは逆再生するかのように火山口の縁からキュアの背に戻った。

「……ああ。成功した方で良かった……」

 シロがボソッと呟いた。

 ……失敗するバージョンがあったのか。

「山の神様と火の神様に魔力奉納をして、奉納していない精霊神のお力を借りるなんて、日頃私に礼節をとやかく言うご主人様らしくありません……」

 シロの嘆きはもっともだ。

 ぼくたちのところにキュアが戻ってくると、ぼくのスライムがすぐさま飛び降りて王都の辺境伯寮にある精霊神の祠に変化した。

 きっと直接注意を受けたのだろう。

 ぼくは慌てて順番を間違えたことを謝罪しながら魔力奉納をした。

 申し訳ありません。好奇心が信仰心より先んじてしまいました。

 ぼくの謝罪を受け入れてくれたのか、キュアの隣にいたみぃちゃんのスライムが神々しく閃光を放つと、みぃちゃんの隣にやや狼狽えた様子の壮年のおじいさんが現れた。


「……誓約書で自害することを誓ったのにおめおめと蘇ってしまった。だが、死の直前にやり直しの機会を与えられると、高潔なる意思とは裏腹に、手を差し出してしまったのじゃ……」


 死に直面した人間が、助けてくれ、と言うのは至極当たり前の事だよ。

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