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受験当日

「試験問題あるよ!」

 受験勉強頑張ってね、と言われて仕方なくみんなを亜空間から見送った後、魔本が飛び出してきて言った。

 うん。文書化した情報を全部網羅している魔本に過去問が載っていないわけがない。

 魔本が秘密保持の誓約書に記名しているわけがないから、簡単に見せようとするんだろう。

 ぼくは明日、誓約書に記名するのだけれど、誓約書に可逆性があればぼくは何らかの罰を受けることになるかもしれません。

 妖精型のシロが魔本の上に乗り、魔本が勝手に開こうとするのを止めた。

「ご主人様の洞察は正解です。魔本を使用して受験対策をすると誓約書の規約違反に相当します」

 ズルは駄目だってことだよね。

 落ちたら冒険者になって世界中を旅しようかな。

「ご主人様。太陽柱の欠片の中に受験に失敗して冒険者になる未来はありませんでした」

 ちょっと現実逃避に考えてみただけだよ。

 最高得点で合格しようとしているわけではない。まあ、合格しなければいけないだけだ。

 ……勉強する気が起きない

 そんなことより帝国の地図が見たい。

 ディーが派遣された地域とボリスたちが移動した地域の土地の魔力量を、辺境伯領の魔力量と比較して色分けした地図を取り出した。

 辺境伯領を超える豊な土地はなかった。

 気候情報も併せて記載し、前世の地空の地理情報と併せて考察すると、ユーラシア大陸のような大きな大陸と東西南に広がる諸島で構成されており、南の端は赤道付近の気候のようだ。

 東西南北の端は未知の世界で探検に行って帰ってきた冒険者はいない。

 天文学は気象学と一緒くたにされており、神々の意向で世界が成り立っていると考えられている。

 まあ、ご加護が空から降ってくる世界なんだもん。

「ご主人様。ご加護が空から降ってくるなんて近年全くなかったようです」

 スライムたちも魔本が開かないように両脇からのしかかり、地図を覗き込んだ。

「ボリスたち一行が旅をしてから一年経って、祠巡りが浸透しているなら土地の魔力は増えているはずだよね」

「それでも魔力が増えていなかったり、逆に減ったりしているような土地は、世界の理と繋がっていないのかもしれないね」

 ぼくのスライムとみぃちゃんのスライムが、地図を見ながらボリスの一行が滞在した地域で特に貧しかった場所を触手でポンポンと示した。

「私が上空から探ったら目立つかなぁ」

 飛竜の赤ちゃんは目立つだろうな。

「結界を繋ぐ必要のある個所でしたら、現地に赴けば私ならわかりますよ」

 シロは不確定な太陽柱からの情報より現地で探るのが一番だと主張した。

 その土地で本来の結界の情報を受け継いでいる一族の末裔に任せるのが、その後の管理もちゃんとしてくれるだろうからぼくが全部請け負う必要はないはずだ。

 現地の人と仲良くならなくてはいけない。

「そうですね。ご主人様が結界を繋いでしまった方が簡単に済む事でも、長い目で見たら現地人が維持出来る結界の方がより安定した世界になります」

 誰でも上級魔法を学べたら適任者が探しやすくなるけれど、情報を公開しすぎると誰にでも家の鍵を開ける暗証番号を教えるようなものだ。

「適性がない人間が知識だけで魔法を行使したら、魔力枯渇で死ぬだけだよ。魔法学を学ぶ上で選別が行なわれなかった時代は悲惨なことになっていた」

 魔本がスライムたちを押しのけて、弟子を次々と死なせた魔術師の手記のページを開いた。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんの肉球が文面にたくさんある時代の手記だ。

 手記を読み解けば魔法学校に意義があることがよくわかった。


 夕食の前にハルトおじさんがみぃちゃんとみゃぁちゃんを連れて帰ってきた。

 首輪のチャームに小さなプレートが増えており『神々の祝福を授かった猫』と記載されていた。

「教会洗礼式の時に子どもたちが触るような水晶の魔術具に手を置くように言われたの」

 みぃちゃんが夕食の席で優勝のお祝いに出されたマグロの刺身を賞味した後、教会で何があったのか説明してくれた。

 猫たちが喋ることにお手伝いさんはギョッとした顔をしたが、すぐに神々の『祝福を賜った猫』ならあり得る、と何も言わずにおかわりの刺身を用意してくれた。

「ルカクさんの熊も水晶に触れたら光ったんだよ。火の神様のご加護を授かっていたんだよ」

 みゃぁちゃんも刺身のおかわりをもらいながら言った。

「あたしたちは七大神全ての神からご加護をもらったから、司祭たちが大騒ぎしちゃったんだよ」

 みぃちゃんとみゃぁちゃんの両猫に大司祭級のご加護が与えられた、ということで教会関係者は水晶の魔術具が壊れたのではないかと疑ったようだ。

 競技場に降り注いだご加護の光は王都中の人が目撃していたし、ハルトおじさんのスライムも七大神のご加護を授かっていたことが判明すると、魔獣部門の決勝進出魔獣には神々のご加護を授かることが出来る、と考えるべきだということになったらしい。

「そうは言っても、いい試合をしなければご加護がもらえるとは思えないね」

 ハルトおじさんは自分のスライムにタイのお刺身をあげながらそう言った。

「母さんたちのスライムはご加護をもらえたのかな?」

 アリサは大会に出場した他の家族のスライムもいい試合をしたのに、と言った。

「ルカクさんの熊にご加護があったように、天から降ってくるほど大きくはなくてもご加護があるだろうね」

 食卓テーブルに上がっていたみんなのスライムたちは頷いた。

「試合後に体が軽くなったような気がするよ」

「分身の扱いが楽になったかな?」

「色を変えられるようになったよ」

 スライムたちがご加護の効能を話していると、お婆のスライムがハルトおじさんのスライムを真似てパールピンクに変身した。

 電紋はないが色だけはそっくりになれた。

「あら、凄いわね。使える魔法の種類が増えていそうね。後で調合でもして試してみましょうね」

 お婆がそう言うと、ハルトおじさんが真顔になった。

「ジュンナさん。明日カイルが試験を受けている間に上級錬金術師の試験を受けてみないかい?」

 ハルトおじさんは若返ったことでお婆の魔力が増えているはずだから、試験だけ受けて資格を取得してしまおう、とお婆に勧めた。

「私は上級魔術師指導資格を持っているから、試験を行うだけで資格を取得させられるよ。明日は帝国受験の関係者以外魔法学校に居残っていないだろうから、サッサとすませられるよ」

「ついでにジーンも魔獣使役師の資格を所得しておこうか」

 母さんとお婆はスライムたちと使役契約をしていないのに大会に出場していたのか!

「ジュエルの家族からスライムを奪えるような奴はガンガイル王国内に居ないだろうけど、せっかく王都に来たんだから取れる資格は全部取ろう」

 ハルトおじさんはそう言うと執事に魔法学校への手紙を代筆させた。

「三つ子たちは約束通り図書館に行こうね」

「「「うん!」」」

 ケインがそう言うと三つ子は元気よく返事をした。

 三人は動く本棚を楽しみにしていたのだ。

 閲覧制限があっても、魔獣図鑑や植物図鑑なら見れるので、三人とも今日の試合で出てきた外国の魔獣や植物を調べるんだと張り切っている。

 子どもが楽しめるような博物館や植物園があれば王都の観光も楽しくなるのにな。

「今なんか企んでいなかったかい?」

 ハルトおじさんがぼくの表情の変化を見逃さずに突っ込んできたので、王都が学術都市になればいいのにね、と博物館の話をする羽目になった。


 受験会場では受験生たちがペンを置いても、ぼくとウィルは問題を解き続けた。

 解き過ぎると面倒なことが起こりそうな予感がしたので、二人とも声に出せない文字が出てきたところでペンを置いた。

「ガンカイル王国は優秀な生徒が毎年いるなんて、素晴らしいですね」

 試験を終えたぼくたちに試験官が話しかけてきた。

「みんなが楽しみながら学んでいますからね。魔獣カード大会はどこかの会場でご覧になられましたか?」

「ええ、昨日の午後、学校に着くなり、校長たちに魔獣部門の決勝戦に連れて行かれました。ああ、あの素晴らしい猫は君の猫でしたね」

 試験官はぼくを見てみぃちゃんとみゃぁちゃんの戦いが如何に素晴らしかったかを饒舌に語った。

「帝国での競技会には魔獣も参加できますよ。一撃で熊を倒す君の猫が競技会に参加するのは楽しみですよ」

 一撃で熊を倒したのはみゃぁちゃんだが、決勝戦しか見ていないから、情報が混乱しているのだろう。

「熊を倒したのは弟の猫です」

「ああそうでしたか!熊を一撃で倒した猫を倒した猫でしたね」

 ぼくたちが魔獣たちを職員室に預けていると言うと、試験官は満面の笑みを浮かべて自分も職員室に用があるから、と一緒について来た。

 来年度は試験官を他の人に任せて休暇を取って大会を見に来る、と息巻いている。

 試験官は職員室で茶菓子をご馳走になっていた魔獣たちを見て、キャー、と乙女のような絶叫をあげた。

「優勝猫に、赤ちゃん飛竜!スライムたちも可愛い♡ まあぁ、砂鼠も賢そうね」

 中年のおじさんがオネエのような話し方になった。

「ご自宅で何か魔獣を飼われているのですか?」

「うちには猫ちゃんが三匹と犬が一匹いるんだけど……」

 ウィルは自分の砂鼠とスライムを紹介しながら、帝都での魔獣ペット情報を試験官から収集し始めた。


 母さんとお婆は無事魔獣使役師の資格を取得し、お婆はハルトおじさんと二人きりでジェニエとして上級錬金術師の試験を受けて合格した。

「これで制作できる回復薬の種類が増えるわ」

 今まででも十分な気がするが、上級錬金術師の制作した製品は信用度が格段に上がって、外国との取引も出来るらしい。

 原材料を大量消費できない世界なので、輸出規制がかかるからとても高価な薬になりそうだ。


 図書館にケインと兄貴と三つ子たちを迎えに行ってから、海に行く準備をした。

 王都は魔獣カード大会で盛り上がっていたけれど、ぼくたち家族は釣り道具を作ったりメイ伯母さんの家族へのお土産を作ったりして明日に備えた。

 亜空間を経由すればすぐに着くけれど、道中の景色も楽しもうということになったのだ。


 興奮した三つ子たちが早朝からぼくとケインと兄貴の部屋に押し掛けてきて、ケインと兄貴が一緒のベッドで寝ていることがバレて揶揄われた。

 わいわい騒ぎながら王都に残るハルトおじさんに見送られて、ぼくたちは新型馬車で港町に向った。

 街道に人通りが無くなると馬を馬車に乗せて高速移動するのは楽しかった。

 馬車の開発に携わっていたのに、この馬車に乗って旅をするのは初めてだ。

 途中で素材採取もしたが、オーレンハイム卿の子息の領地は素通りして港町に着いた。

「海苔の匂いがするよ」

 海の神の祠で馬車を降りると、潮の香りに気が付いたクロイが言った。

 みんながその言葉に笑って、お参りが終わったらお昼にしよう、ということになった。

 メイ伯母さんに到着を知らせる鳩の魔術具を送って、レストランで合流することにした。

 ぼくはハルトおじさんとの約束通り、レストランに着く直前でハルトおじさんを亜空間経由で迎えに行き、戻ってくると貸し切りのビュッフェ会場にウィルが居た。

 昨日の試験が終わった後、すぐ港町に向けて出発したらしい。

「みんなで食べると美味しいもんね」

 アリサが笑顔で言ったから、そうだね、と頷いた。

 これがいつのもウィルの行動力だった。

「街道が安全になったということだよ」

 兄貴がボソッと呟いた。

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