祝福を授かる猫たち
拮抗した得失点差で後攻の最終攻撃ターンになったみぃちゃんは完全に攻撃を当てるべく逃走ルートを断つ作戦に出た。
二羽の大鷲とさらにさらにその上に一羽のマダラハゲワシを待機させて上空への逃亡を阻止している。
競技台上にはみぃちゃんの出した葛が、みゃぁちゃんの防御の土壁を破壊しながら競技台全体を覆い、十五匹の土竜が地下への逃亡を警戒し、八匹の火鼬が隊列を組んで進行し、後方を五匹の灰色狼で固め、最後方に象まで出現させた。
みゃぁちゃんは全身に薄くしたスライムを身にまとい、火鼬の攻撃には葛の陰に隠れ、葛の茎にまとわりつかれるとするりと抜け出だし、ハヤブサの羽を生やし大鷲二匹の追撃をかわすと再び競技台の葛の中に隠れた。
広い競技台を縦横無尽に駆け回り、みぃちゃんの魔獣部隊を翻弄しながら疾走するみゃぁちゃんに観客たちの声援が沸いた。
大量の魔獣たちにスライム単騎で逃げ切るみゃぁちゃんはスーパーヒーローのようでカッコいい。
得失点差が少ない現状ではみゃぁちゃんが魔獣を出して防御しても、魔獣がやられてしまえばダメージポイントが高くなってしまう。
最低限の防御で当たらずに逃げ切るしか、みゃぁちゃんには勝ち筋が無いのだ。
みぃちゃんは容赦なく象の鼻の放水でみゃぁちゃんが隠れているところに放水すると、みゃぁちゃんはスライムを電気鰻に変化させ、象に威嚇しながら地中に潜った。
スライムを身にまとったみゃぁちゃんが電気鰻に変化しただけで観客たちは拍手喝采と同時に、防御側が攻撃の威嚇をしたことにブーイングが起こった。
みゃぁちゃんが全力で逃げる中、みぃちゃんが翻弄されているように見えるが、神前試合を間近で見学したみぃちゃんは計画的にみゃぁちゃんを追い込んでいた。
競技台上に魔力を通さずに隠していた魔方陣の主要箇所に、みゃぁちゃんが出したスライムと攻撃した際落ちた欠片からみゃぁちゃん魔力を集めている。
みぃちゃんはギリギリで勝つことなんて考えていない。
ドカンと一発キメてやる気で下準備に余念がない。
上空からマダラハゲワシが仕掛けに寸分の狂いもないように目を光らせている。
みゃぁちゃんは葛の陰から出現した絡新婦の蜘蛛の糸の攻撃も、魔力量に物を言わせて高速で移動することで逃れているように見える。
絡新婦の蜘蛛の糸が狙っていたのはみゃぁちゃんが身にまとっていたスライムの欠片だ。
まんまとすべての魔法陣に必要なみゃぁちゃんの魔力の欠片を集めたみぃちゃんは、仕掛けていた魔方陣に魔力を流した。
競技台に現れた魔法陣は、初級魔法の一年生が習う七大神の魔法陣だった。
全くゆがみのない美しい魔法陣が、みぃちゃんの出したスライムが象っていた。
これは審議が必要だ。
使える魔法は魔獣カードの魔法陣のみだが、魔獣カードで出現したスライムが魔法陣を出したのだ。
“……ご主人様。魔獣カードの重ね掛けもすでにルール上限界ギリギリな気がします”
うん。初大会だから限界値を試すためにも、まあいいか。
“……姉さんカッコいい!”
みぃちゃんの作戦に気付いたみぃちゃんのスライムが、精霊言語でみゃぁちゃんに作戦がバレないように必死に思念を押し殺していたのに、カッコイイ、という思念がポロリと零れた。
必死に逃げていたみゃぁちゃんがその思念を拾い、みぃちゃんの策に気が付いた時には、みぃちゃんの最後の技が炸裂した。
七大神の魔法陣が敵と認識したみゃぁちゃんの魔力を自動追尾し始め、みぃちゃんの隠れ場所を葛の葉についた水滴が光って知らせたのだ。
火鼬部隊の集中攻撃を大鷲がサポートした巨大火炎砲がみぃちゃんを襲うと、沼に逃げ込んだみぃちゃんを灰色狼たちが沼ごと凍結させて動きを止めた。
とどめの一撃を象が踏みつけて決めようとしたときに、主審が攻撃終了を告げた。
みぃちゃんはやり過ぎだ。
派手な七大神の魔法陣の裏側に、辺境伯領都の魔獣の襲来を知らせる魔法陣が組み込まれていた。
持てる知識と技術を総動員しながら隠匿すべきところをキチンと抑えた、と評価すべきなのだろうけれど、やり過ぎだ。
「中級上級魔獣部門、決勝戦、勝者カイルの猫!」
主審の一声に、観客たちより先な反応したのは、精霊たちと神々だった。
競技台は精霊たちの光で溢れ、魔法陣を消したみぃちゃんとみゃぁちゃんに、神々からの投げ銭のようなご利益の光が降り注いだ。
勝者のみぃちゃんだけでなく、みゃぁちゃんにも火球が飛んできた。
火の神様はみゃぁちゃんを推していたのか……。
神々と精霊たちの祝福を受けた両猫は競技台の上で姉妹猫らしく、お互いの健闘を称えてグータッチした後お互いの顔をなめ合うと、競技台中央で勝利の舞をするのかと思いきや、まさかの芽吹きの神を称える踊りを始めたのだ。
勝者のみぃちゃんが芽吹きの神役で、みゃぁちゃんが芽吹きの神を待ち望む神官役だ。
それに気付いたぼくとみぃちゃんのスライムが、蓄音器とスピーカーに変化して、春の神事の音楽を流し始めた。
いいのか!神事の模倣を猫がして!!
誰もがあの時言いたくても言えなかった、女神様役が酷すぎるだろう、という不満を解消するかのように、みぃちゃんとみゃぁちゃんをサポートした精霊たちが踊るように点滅して、二匹のダンスに華を添えた。
午後の部の試合数の少なさを、自らのダンスで時間調整をした二匹の猫は、神事の踊りを終えると優雅にお辞儀をした。
『本日の試合はこれで全て終了いたしました。退出の際、出口が大変混雑いたしますので、呼ばれた席順からご退出してください』
場内アナウンスがかかると、競技台上にOHPとスクリーンが搬入され、午前中の低級魔獣部門のハイライトを実行委員が魔獣カードで再演し始めた。
ぼくとケインは戻ってきたみぃちゃんとみゃぁちゃんを労いながら出口へと急いだ。
午後は試合が終われば馬車に集合する約束をしていたので、関係者出口から退場した。
「おめでとう!二人の猫たちのどちらかが優勝することは明白だったけれど、カイルの猫の方が一枚上手だったな」
先回りしていたハルトおじさんはみぃちゃんとみゃぁちゃんを手放しで褒めた。
「教会に挨拶に行かなくてはならなくなった。カイルは明日の試験勉強、ケインは腹痛を起こしていることにしてくれ」
ハルトおじさんはそう言うと、家族より先に馬車に着いたぼくたちに、座席を一つベッドに変形させてケインを寝かせ、ぼくに本を持たせた。
「猫たちは夕方まで貸してくれないかい?何かあったらスライムで知らせるから亜空間を使ってでも迎えに来てくれ」
ぼくとケインがみぃちゃんとみゃぁちゃんを見ると、二匹は任せてくれ、と頷いた。
ハルトおじさんが自身のスライムの分身を馬車に連絡用に残してくれることになった。
ハルトおじさんのスライムの分身にも電紋が刻まれていた。
スライム自身は電紋を気に入っているようで、これを見ると努力を怠ってはいけないと気が引き締まる、と言った。
電紋はハルトおじさんのスライムを特別なスライムに見せた。
ぼくとケインはみぃちゃんとみゃぁちゃんの収納ポーチごとハルトおじさんに預けることにした。
「ルカクさんの熊も連れて、教会の偉い人に会ってくるだけだから、心配はいらないよ」
ハルトおじさんが自分のベルトに収納ポーチを二つつけると、みぃちゃんとみゃぁちゃんが跳び込んだ。
そんな話をしていると家族たちも合流した。
父さんはハルトおじさんと話が済んでいたのか、簡単な挨拶をしただけで、みぃちゃんとみゃぁちゃんを連れたハルトおじさんと別れて急いで馬車を走らせた。
「心配いらないよ。面倒なことをラインハルト様が引き受けてくださっただけだ」
不安げな顔をした三つ子たちに父さんが言った。
ハルトおじさんの屋敷の別館に戻ると、お手伝いさんたちがスライムたちの試合結果の詳細を知りたがっていたので、三つ子たちが魔獣カードを使って解説を始めた。
精霊たちが競技場に集まっている様子や、火球やご加護の光が競技場に落ちるのがハルトおじさんの屋敷からも見えたらしく、ぼくたちが帰って来たら話を聞こうとソワソワしていたようだ。
ハルトおじさんのスライムにカッコいい電紋が刻まれる様子を分身のスライムを使ってクロイが説明すると、庭師のおじさんは火球が王都上空に現れた時の状況を教えてくれた。
眩しい光を感じて空を見上げると轟音と火球が競技場の方に落下するのが見えて騒然となったが、競技場全体が精霊たちの出現で光り輝いていたので、神々の力が働いたのでは、と推測できたらしい。
ケインは別館で仮病のふりをする必要はなかったが、試験勉強に付き合うふりをして、三つ子たちを兄貴に任せて部屋に籠った。
父さんと母さんとお婆もぼくとケインの部屋に来てから状況確認を亜空間でした。
低級魔獣部門の決勝戦を上級精霊の亜空間で行って、ぼくのスライムが勝利したことや、神々から帝国留学への道すがら安定していない結界を繋ぐ仕事を拝命したことを伝えた。
「やっぱり緑の一族の末裔だね。神々からご指名を受けてお仕事を賜るんですもの」
母さんがそう言った。
「カイルは精霊と親しいから、神々からいずれお声がかかるだろう、とマナさんが言っていたのよ」
「成人してからだろうと思っていたけれど、早かったわね」
母さんもお婆もそれほど驚いていない。
父さんに至ってはハルトおじさんから聞いていたのだろう、神々の依頼の話が出ても眉毛を少し動かしただけで全く顔色を変えなかった。
「上級精霊が手伝ってくれるから、危ないことは回避できるはずだよ」
「結界を繋ぎなおした場所をスライム経由で教えてね」
地図好きのケインが結界の不安定な個所を地図に落とし込んだら何か見えてくるかもしれない、と興味深げに言った。
「教会関係はラインハルト様が対応してくださっている。神々のご加護を多分に受けた猫が旅先で教会関係者から手厚く扱ってもらえるように交渉してくださっているはずだ」
ぼくのスライムも神々のご加護を授かったが、外国ではスライムの評価がまだ低すぎるから、みぃちゃんに白羽の矢が立ったようだ。
「どこへ行ってもその街の教会に礼拝しなければいけなくなるが、土地の権力者に無茶を言われることを回避できるようになる」
ディーやフエたちの一件で教会のイメージが悪いが、教会は悪の組織ではなく、ヤバそうな組織が教会内に食い込んでいるというのが実態なのだ。
外国を横断するのに教会の庇護はあった方が便利らしい。
「なんにせよ明日の試験に失敗したら留学できないんだよね」
ぼくが笑いながらそう言うと、家族一同顔を見合わせて、勉強した方が良い、と口々に言った。
この状態で受験に失敗するわけにはいかないのだ。




