スライム祝勝会
スライムたちが競技台上空で勝利の舞を舞い終わると、精霊たちが消えていった。
『本会場での午前の部は全て終了いたしました。午後の部の観覧券をお持ちの方以外は順番にご退出お願いいたします……』
退場の順番を促す場内アナウンスが流れると二匹のスライムたちが戻ってきた。
神々の祝福を授かった二匹とも誇らしそうに主の胸に飛び込んできた。
神々の祝福についての大会実行委員への詳しい説明はハルトおじさんに任せて、ぼくは魔獣たちを引き連れて家族の待つ観客席に急いだ。
午後からはみぃちゃんとみゃぁちゃんの試合があるからお弁当を持参してきたのだ。
ボックス席に着くなり、ぼくのスライムの優勝を祝ってくれた。
兄貴と三つ子たちと父さんと母さんお婆が、良かったねえ、とぼくと魔獣たちを労ってくれると、キャロお嬢様とウィルやハルトおじさんの執事まで拍手で迎えてくれた。
神の祝福を受けたぼくのスライムをみんなが触りたがると、調子に乗ったぼくのスライムは分裂してみんなに撫でて貰いにいった。
ウィルやキャロお嬢様も重箱のお弁当を持ち込んでいたのでたいそうな宴会になりそうだった。
ぼくはみんなも質問したいことが多いだろうから、と昼食は亜空間で済ませることを提案した。
全員の賛同を得たのでシロの亜空間でちょっとした祝勝会をすることにした。
「それじゃあ神々はスライムたちの試合を楽しんでくださっていたの?」
「それぞれの神様が私たちのスライムを応援してくださっていたの?」
「そうだね。ぼくとハルトおじさんのスライムが目に見える形で祝福を受けたけど、それぞれの試合に色々な神様が応援してくれようだよ」
どのスライムをどの神が推していたかの説明は犬のシロに丸投げして、お弁当を楽しむことにした。
ウィルのお弁当の海老カツサンドのタルタルが美味しい。
「これは魔法学校でも魔獣部門を作らなくてはいけませんわ」
キャロお嬢様が自分のスライムも戦させたかった、と残念がると、ウィルは部室に魔獣用の競技台と事故防止の結界を用意しよう、と賛同した。
「兄さんたちは帝国留学の試験が明日なのに余裕があるよね」
ケインが現実を思い出させた。
「帝国はいま留学生を搔き集めているから、よほどのことがない限り落ちることはないよ」
「その余裕発言は亜空間の外で言えないのではありませんか」
キャロお嬢様は帝国の魔法学校は地方受験会場を増やしているだけで合格基準が下がっているわけではない、と独自の情報を披露した。
「余裕をかましているわけではないけれど、ぼくたちにはアレックス先輩という後進の育成のために留学対策を指南してくれた先輩がいて……」
ウィルがみんなで海に行った時の馬車の中を学習会をと称してキャロお嬢様に説明した。
物は言いようだ。
「試験が終わったら王都を離れて家族旅行に行くんだろう?」
「うん。しばらく国を離れるから家族で出かける機会を設けるのもいいかなって、父さんたちが企画してくれたんだ」
ウィルが、あのお寿司がまた食べたい、とハルトおじさんと同じことを言うとキャロお嬢様も羨ましがった。
「旅行に行くことが気軽に出来るような治安の良い状況を維持することが必要ですわ」
キャロお嬢様は辺境伯領がいかに平和で、気軽に街ブラが出来るかを語った。
二年連続で避暑に来ているウィルはとっくに知っていたが、キャロお嬢様の話を聞き入っていた。
上級精霊が言っていた王国の変革を知りたくなってウィルに質問した。
「辺境伯領の発展は辺境伯領主に伝わる変革への道筋みたいな伝承があったらしいんだけど、ウィルの領地にも何かあるの?」
ぼくの問いにキャロお嬢様はうちには伝説の伝承が異常に多いから、王家にそれを伝える役目もあるのよね、と政略結婚が継続されている理由をサラッと言った。
「そうなんだ。やっぱりあるよね。でも、使えない文字や魔法陣からの混乱で、うちもかなり失ったものが多いんだ。兄が今そっちの研究に夢中になったから、万が一のために、ぼくにも跡継ぎ教育が回って来たよ。うちの伝承は穀倉地帯ながら繊維業の伝承が多いんだ。古代魔術具には、今は動かせない紡績、機織りの魔術具が沢山あって、必ず動かせるようになる、という伝承があるよ」
やはり上級貴族たちには精霊たちと共に暮らしていた時の伝承や、もしかしたら領主が精霊たちから漠然とした予知夢を授かっているのかもしれない。
「すべての価値観がひっくり返るほどの混乱の後は、魔獣除けの魔法陣を築くことが一番重要なことで、後回しになったそれ以外の知識の伝承が途絶えるのは理解できるよ」
ケインが全ての魔法陣が使えない状態になったらどうする、という究極の議題を出した。
「日没と同時に死霊系魔獣が襲ってくると考えたら、魔獣除けの結界こそが最優先すべきことでしょうね」
冬場の日照時間が短い辺境伯領出身のキャロお嬢様の言葉に三つ子たちが頷いた。
冬場は外に出られる時間が極端に短い不自由さを良く知っているもんね。
「でも、おとぎ話の中には日没と同時に家に籠れ、という記述がないものもあるんだよね」
いつもは控えめなアオイが言った。
「夜間に出かけたら死霊系魔獣に襲われるという表記は後世に書き加えられたものではないか、という推測も出来るんだね」
ウィルがアオイの話を真面目に考察した。
「おとぎ話や昔話の定番が時代と共に変化しているのかもしれない」
アリサもそう感じているようだ。
「のちの都合に合わせて改竄、というか、改定されている物語は幾つもありますわ」
キャロお嬢様は、封じられた神を語らないための改竄だと思っていたけれど、夜間外出を禁止するために庶民の娯楽本に規制が入ったのかもしれない、と考察した。
……あとを任せても大丈夫だと上級精霊が言っていたことはこういうことだったのか、不意にと合点がいった。
みんな個別に研鑽している。
この世界はただ破滅に向って突き進んでいるわけではない……。
だからこそ神々がこの続きを見てみたい、と希望の一端をぼくに託したのかもしれない。
「まあ、このおにぎりが美味しすぎます!何ですかこの味は!!」
キャロお嬢様が青のりと天かすを混ぜたご飯に、醤油味が染みた半熟卵が半分入ったおにぎりを口にして目を見開いた。
「おにぎりは天むすが一番美味しいよ」
エビ番長のミーアが居ないから二つ目の天むすをウィルが頬張って言った。
みんなで持ち寄るお弁当で新しい味に遭遇した時の喜びは格別だよね。
ぼくたちがお弁当の何が美味しいかという話題に移ると、大人たちがホッとした表情になった。
当面の難しいことは大人たちが対処しなければいけない事なのだ。
みんなの前で言えないことがまだあるのを察したのか、大人たちは口数が少なかった。
空になったお弁当箱を持って競技場の観覧ボックス席に戻ると、キャロお嬢様のご両親やラウンドール公爵夫妻など、上位貴族が入れ代わり立ち代わりやって来る社交の場と化し、ぼくたちの表情筋が笑顔で固定されることとなった。
ウィルが冷笑の貴公子になった育成過程が想像できた。
午後の部でようやくイシマールさんの妹さんのルカクさんと対面できた。
中級上級魔獣部門はイシマールさんの妹のルカクさんの熊とみぃちゃんとみゃぁちゃんしか登録がないので三つ巴戦になった。
競技台は低級部門の三会場を一つに合わせた大きな競技台が用意された。
“……姉さんたちの胸を借ります”
受付でクマが元気よく挨拶した。
三匹が対戦相手を決めるくじを引くと、一回戦が熊対みゃぁちゃん、二回戦が一回戦の勝者対みぃちゃん、三回戦は一回戦の勝者がみぃちゃんに敗北したら、みぃちゃん対一回戦の敗者、という試合予定になった。
午前中に精霊たちや神々のご加護が降ってくるという椿事が起こったため、観客たちは午後の中級上級魔獣の部では何が起こるかと楽しみにしている気配がする。
『お待たせいたしました。午後からの試合を再開いたします。中級上級魔獣部門は出場選手が少ないため、試合回数が状況により変わります』
場内アナウンスが三つ巴戦の説明を始めたところで、みゃぁちゃんと熊が先攻後攻を決めるくじを引いた。
みゃぁちゃんが先攻だ。
ルカクさんと熊は秒殺される予感に顔色が変わった。
「お手柔らかにお願いします」
ルカクさんがケインに頭を下げると、ケインも困り顔になった。
“……手加減なんて、生ぬるいことをしたら、神々のご加護が降って来ないじゃない!”
みゃぁちゃんは鼻息を荒くしてそう思念を送った。
「うちの子は神々のお目に留まるために全力でやるそうです」
ケインの言葉に熊が震えた。
きっと武者震いだろう。
『両選手は位置についてください』
場内アナウンスに促されてみゃぁちゃんと熊が競技台に上がった。
「中級上級魔獣部門一回戦、試合開始」
主審の一声と共に、両者魔法陣を出したが、熊が防御の土壁を築く前に、みゃぁちゃんが広い競技台一面に葛を生やし、熊の土壁を成長するだけで破壊した。
圧倒的な魔力量の差を見せつけてみゃぁちゃんの葛の茎が熊を縛り付けた。
みゃぁちゃんは自分の母猫がモデルの大山猫を出すと、大口を開けて咆哮と共に閃光を発した。
閃光がおさまって目を開けた時には、葛に拘束されていた熊は一撃で黒焦げにされ戦闘不能になっていた。
「こ、降参を宣言します!」
ルカクさんが主審に宣言すると、場内が騒然とした。
この試合でみゃぁちゃんは“一撃で熊を倒した猫”という称号を獲得することになるのだった。
「試合終了。勝者ケインの猫!」
主審の判定の後すくに、みゃぁちゃんは回復薬の魔法陣を熊にかけて葛と大山猫を消しさった。
あっという間に熊に癒しを与えて競技台を降りたみゃぁちゃんに、場内から拍手が上がった。
後ろを振り返ることも無く颯爽と去る姿がカッコいい。
葛の拘束から解放された熊が立ち上がると観客たちは熊にも拍手を送った。
あっさりと負けてしまったが、魔獣カードの魔法陣を使える希少な魔獣なのだ。
“……大きな体の奴が一瞬で負ける、って見応えがあるね”
ぼくのスライムが大型魔獣と対決がしたかった、と思念をよこした。
受付に戻ってきたケインとみゃぁちゃんにおめでとうと伝えていると、ルカクさんが受付で第三試合も棄権する、と言い出した。
「第二試合でみぃちゃんとみゃぁちゃんが対決した後の試合がうちの熊さんの試合では格が違い過ぎでます。もっと強くなってから出直してきます」
ルカクさんはそう言ってケインとみゃぁちゃんに頭を下げた。
「対戦してくださってありがとうございます。ルカクさんの熊が出場してくれなかったら中級上級魔獣部門は開催されなかったかもしれません」
ケインの言葉に熊は嬉しそうな顔をした。
“……来年まで特訓して、また来ます”
“……ああ、頑張れよ!”
みゃぁちゃんが跳びあがって熊とグータッチをすると受付に居るみんなが笑顔になった。
第二試合にして決勝戦となった試合のくじ引きをみぃちゃんとみゃぁちゃんがすると、みゃぁちゃんが先攻で、みぃちゃんが後攻に決まった。
みぃちゃんとみゃぁちゃんの対決はお互い手の内を知り尽くしているので、試合展開が早く効果がないと判断すると容赦なく作戦変更をするので、見るものを楽しませた。
得失点差は56ポイントほどみゃぁちゃんが勝ち越して、第三ターン最後のみぃちゃんの攻撃ターンになった。
“……会場を破壊しない限界の出力でいくわ”
みぃちゃんが競技台で戦争でも始めるのかというような部隊を編成した。
“……全力で逃げるだけよ”
みゃぁちゃんもニヤリと笑った。




