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低級魔獣部門試合終了

「気のせいでなければ、今世界を救えと言われなかったかい?」

 ハルトおじさんが試合を終えた自分のスライムを抱えて言った。

 ぼくのスライムもぼくの胸に飛び込んできて、ぼくの膝の上に居るみぃちゃんやみぃちゃんのスライムや頭の上に居るキュアに、よくやった、おめでとう、と祝福されている。

 上級精霊は競技台を消して、ゆったりとした一人掛けのソファーを出して腰を掛けると、ハルトおじさんの疑問に答えた。

「出来る範囲で、と神々は仰っている。行った先々で結界が浮いていたら繋ぐだけでいいんだ。カイルが世界の救世主になるというより、知り合った人々のことを結局カイルは放っておかないのだから、神々の後ろ盾を受けた方が楽に事が進むだろう」

 それはそうだろう。

 旅先でお世話になる人が窮地に陥っているのなら、自分の出来る範囲で何とかしたいと思うのが人の(さが)だ。

 魔獣たちも、そんなことは当然だ、と上級精霊の言葉に頷いている。

「ラインハルトの目が黒いうちは、この王国もまあ、そこそこ安泰だ。ああ、あのハロハロも何とかまともになる兆しが見えている。面白いよ、ガンガイル王国の変化はもうカイルがいなくても止まらない。この次カイルが行くところに味方が少ないなら、神々の後ろ盾を受けて、好きに振舞えばいい。そこから起こる変革を神々も楽しみにされている」

 ぼくは王都でそれ程何かを成し遂げたとは思えない。

 王都の魔法学校に進学したのに魔法学校に通っていた期間は短く、いつもどこかに出かけていた。

 三年目にしてようやくずっと王都に滞在していたけれど、研究室に籠もりっぱなしだった。

 ぼくが王都に来たことで何かが変わったのだとしたら、ぼく以外の人たちが頑張ったからなんだ。

 そしてその人たちは今では信頼できる人たちだ。

「ぼくの実績なんて、きっとそう遠くない未来に誰かが成し遂げるものですよ。飛行の魔法も古文書の解読も、挑戦し続ければきっと王都の研究所でも出来ることです」

 上級精霊とハルトおじさんが同時に笑った。

「ハハハハハ。そうだな、いずれ誰かが成し遂げるだろう。だが、事が動き始めたのはカイルの存在があったからだ。森に生息している野生のスライムに自我や思考の欠片は備わっているが、カイルに出会わなければここまで成長しなかっただろう。ジュエルや家族たちの力でそこそこ成長したところもあったとて、魔獣に文字を覚えさせようなんて発想はそう出てくるものではないよ」

 ああ、そうだった。

 でも、その発想は兄貴とのやり取りがあったからなのだ。

 何とかコミュニケーションを取りたくて木札や黒板でやり取りをした。

 左手の薬指のお守りの指輪の陰に潜んでいる兄貴の欠片がくすくす笑っている気配がする。

「いずれ誰かがやることかもしれないが、それがいつになるかはわからない。ガンガイル王国が現辺境伯領のガンガイル公国でしかなかった頃から、街に鉄の箱が走る未来があるから主要道路を広く作ること、雪深い冬でも市民生活を円滑に行うためにいずれ地下に街を作る、という野望が語り継がれてきたんだ」

 いつか実現するかわからない数百年単位の話を信じてきた、とハルトおじさんが言った。

「辺境伯領では時が動くまでの事前準備を、至らないながらもそれなりにしていた。だが、王都では違った」

 ハルトおじさんは王家の王族教育の中に(きた)るべき時に備えろ、という内容はあったが、王国の領土が広がるたび、王族にすり寄る貴族たちに常識の基準がすり替えられてまともな王族教育になっていなかった、と語った。

 ハロハロの存在だけで実態の片鱗が伺える。

「カイルは王都に仲間が出来たように、帝国に行っても友人と呼べる人物に出会うだろう。だが、それでもラインハルトのような時の権力者と対等に渡り合える強力な後ろ盾はいなくなる。カイルはいつだって出来るだけ自分で解決しようと試みるから、神々はいつもハラハラしながら見守っていたんだ。神々が後ろ盾になることは、神前試合が出来るようなスライムを育て上げた褒賞であるし、結界を繋ぐ依頼は神々がいつでもカイルに接触できるきっかけに過ぎない」

 それでは神々が、いつもぼくの動向を見ているということに他ならないのではないか!

 “……ご主人様。今までもそうでした”

 うーん。そう言われればそうかもしれない。

「繋ぎの魔法陣は辺境伯領伝来のものを使用するわけには行きませんから、簡略化したものでかまいませんか?」

 メモパッドを取り出して、世界の理に繋ぐための辺境伯領家の家紋っぽい部分を取り除いた魔法陣を描いて上級精霊に見せた。

「ほほう。悪くはないがこの魔法陣にはカイルの痕跡が少ない。ここをこうしてこうすれば誰も使用していないカイルの魔法陣になる」

 上級精霊のアドバイスをハルトおじさんはそっぽを向いて見ないように気遣ってくれた。

 上級精霊が教えてくれたのは、ぼくの記号だ。

 神殿試合の優勝スライムの使役者として褒賞として魔法陣の記号を授かってしまった。

 ……ぼくの魔力に紐づけされたぼくだけ使用可能な魔法記号だ。

 古代魔法陣を読み解く際に使用できない魔法陣と混同してしまう、神に認められた者のみが使用可能な記号だ。

 神々の後ろ盾ってこういうことなのか。

「人が言うところの上位貴族というのはこの記号を行使するかしないかの違いでしかない。一族の末裔と自称していても魔法陣を使いこなせないものが継いでしまっては、結局守りの魔法陣を維持できなくなってしまうのだ」

 上級精霊の言葉にハルトおじさんが頷いた。

「私が王位継承権を放棄できないのも、王家の末裔に正しき継承者が少ないからだよ。ハロルドはまだ首の皮一枚で王太子の座にいるに過ぎない。わたしは今、ガンガイル王国を離れるわけにはいかない立場だ。世界の崩壊を止める一助になりたいが、それは、王国内から支援することしか出来ない」

 ハルトおじさんが真面目な顔でそう言った。

「ガンガイル王国の内情からもわかる通り、世界の歪みの全てが、帝国由来ではない。帝国の侵略を受ける前に世界の理から切れてしまう結界が多々あるんだ」

 帝国の台頭などなくてもこの世界はすでに歪んでいたんだ。

 この状況で人類がいったん悲劇的終焉を迎えることになったとしても、神々はスライムたちのような異例な事態が起こらなければ、そのまま世界を創り変えればいいという意向を示してきた。

「出来ることを出来る範囲ですればいいだけだ。手に負えなければ私を召喚すればいい。神々の使いをするときに起こる障害に私を呼ぶことは人生に一度の召喚に当たらない」

 上級精霊の言葉にぼくはたまらず噴き出した。

 上級精霊は人生に一度呼び出しに応じると言ってくれてから、ぼくが人生の困惑する場面になると何度も助けてくれた。

 そんなことを考えていたら目頭に涙がにじんだ。

「カイルが人や魔獣を無条件で愛するから、私はカイルの手助けをするんだ。私の手が必要な時には私を呼びなさい」

「はい。よろしくお願いします!」

 ぼくが元気よくそう返答すると、愉快そうに上級精霊は笑った。

「では、競技場にお前たちを戻そう。時はラインハルトのスライムが火の神様のご加護と魔力を授かる前にしよう」

 上級精霊がそう言った時には、競技台で干からびたハルトおじさんのスライムがハルトおじさんに触手を伸ばし、試合続行の意思を伝えている場面だった。

「降参を宣言する!」

 ハルトおじさんが主審に高らかに宣言をした。

「試合終了!使役者の降参宣告により……」

 主審の声は火の神の火球の轟音にかき消された。

 あれ?

 火球が前回より大きいぞ!

 火の神様は神前試合で敗北を喫したにも拘らず、ハルトおじさんのスライムを気に入ったようだ。

 前回の二倍ほどの大きさの火球がハルトおじさんのスライムに直撃した。

 大きくなった火の神の祝福に精霊たちが一斉に光り出しクルクルと踊り出した。

 競技場から観覧席まで溢れでた精霊たちによって、観客たちはパニックを起こす前に心を落ち着かせた。

 ハルトおじさんのスライムが炎の中で回復しながら、炎を食い尽くすように抑え込んでいく様子を、観客たちも固唾を呑んで見守った。

 火の神のご加護と魔力を得てパールピンクに輝くハルトおじさんのスライムの体には、敗北の証である赤い電紋がギラギラと輝いていた。

 敗北を糧に強くなれ、という火の神のメッセージなのかもしれない。

「……試合終了でよろしいでしょうか?」

 ハルトおじさんのスライムの激変に主審があらためてハルトおじさんの意向を聞きなおすと、ぼくのスライムが真っ白な光に包まれた。

 あまりの光量に目を開けていられなくなり、光が収まるまで俯いていることしか出来なかった。

 光の神様の祝福は先ほどの二倍では利かなそうだ。

 神前試合での勝利のご褒美かもしれない。

 ……ことを治めるなら今がチャンスだ!

 ぼくはハルトおじさんと競技台の上のスライムたちに一芝居打ってほしい、と精霊言語で呼びかけた。

 光の神のご加護と魔力をぼくのスライムが抑え込み、競技台上の光が収まり目を開けると、競技台の上の二匹のスライムたちが天に向かって触手を伸ばし、大げさにひれ伏し、神々のご利益に感謝を示した。

 ぼくとハルトおじさんも競技台の両脇で天に向かって両手を伸ばし、恭しく地面にひれ伏した。

 そうすると訳がわからない状態の主審と副審も、ぼくたちに倣い天に向かって両手をあげた後、競技台にひれ伏した。

 ぼくとハルトおじさんが立ち上がって顔をあげると観客たちも深々とお辞儀をしていた。

「スライムたちの激戦に神々が祝福を下さった。敗北してしまった私のスライムには火の神様が、優勝したカイルのスライムには光の神様が祝福を下さったのだ!!」

 ハルトおじさんが拡声魔法で高らかにそう告げると、会場中から歓声が上がり、精霊たちが二匹のスライムたちを祝福するように競技台の周囲を点滅しながら周り出した。

 ぼくとハルトおじさんのスライムたちはトンボの羽を出して舞い上がり、共に勝利の舞を踊った。

 精霊たちも二匹のスライムたちを囲んで踊り、決勝戦終了にふさわしい華々しい演出になった。

 ざわついていた実行委員たちも正気を取り戻し、場内アナウンスが入った。

『低級魔獣部門決勝戦、勝者、カイルのスライムです』

 場内アナウンスに合わせて精霊たちがぼくのスライムの周りに集まって光り輝き、優勝者を称えた。

 ぼくのスライムを称えて会場中から拍手が起こった。

 おめでとう!よくやったね!!

 “……ありがとう。ご主人様!あたい、今とっても幸せよ!!”

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