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閑話#4-1 ~第三師団長の考察~

過激な描写が含まれています。苦手な方はお控えください。

 騎士団の会議室には団長、各師団長の7名分の席が用意されている。まだ全員そろってはいないが、時間前行動が基本なのでボチボチ席が埋まっていくが、ギリギリに来る奴はいつも決まっている。

 今回の議題は吊橋現場山小屋強盗殺傷事件と先日の市場における幼児誘拐事件の合同協議となった。二つの事件は全く別のものだが被害者が重複しているため共通点がないか改めて検証することになった。極秘事項もあるため各事件の捜査担当者はおらず、報告書からの検証となる。



 山小屋強盗殺傷事件の方は俺が指揮を執った。現場に向かったのは吊橋素材のくず魔石の輸送先が変更されて山小屋に先に行ってしまったことへの不信感からだった。俺が直接行くような事案ではなかったが、現場代理人のジュエルや若い部下数名と共に向かったところ、それはもう酷いという言葉では言い尽くせない惨劇の舞台となっていた。

 遺体は目につく限りで6体。発見された遺体の多くは一部腐敗も進んでおり凄まじい匂いがした。連れて行った若い衆が現場から離れたところで吐くほどの状況で、さすがに俺も気が滅入った。全員死亡としか思えなかったが、どこからともなく子どもの声がした。

 そもそも、この現場は異常だった。測量の文官2名と護衛騎士2名管理人夫婦2名が常駐していたのに、護衛騎士は剣さえ抜いていない状態で刺殺されていた。至近距離からの鋭利な刃物、もしくは魔力で切った後心臓を一突きするといった殺害方法は6人とも同じで、犯人の人数はわかりにくかった。訓練された人間の犯行か、あるいは計画が綿密だったか、いずれにせよ生かす気はなかったのだろう。護衛騎士は外で切り捨てられており腐敗が一番酷かった。初夏の屋外とはいえ山小屋の気候では春の陽気程度なのに屋内の遺体との腐敗の差が激しく違っていて死亡推定時刻のずれは2~3日分であった。

 屋内の遺体はみな昼食の直後とみられた、というのも胃の中に残っていたのがのちのち判明した。騎士たちの食事は交代制だったようで、食堂に一人分残っていた。昼休みの最中に襲われたらしく、文官はみな事務所ではなく居間で殺害されていた。管理人は台所で片付けている途中、管理人夫人だけがその奥の管理人室でうつぶせに丸まって亡くなっていた。この夫人の遺体は常に日が当たらなかったせいか、一番状態が良かった。

 現場の異様さは遺体だけではない。山小屋の敷地には魔獣除けの魔方陣が敷かれていたが、それほど完ぺきなものではなかった。だから騎士が常駐していたのだが、全員遺体になってしまったのに、低級の魔獣、特に遺体漁りの被害が全くないのだ。本来この程度の魔方陣であれば、管理する者もいない状況下では低級の魔獣でも群れを成せば簡単に突破できるはずだ。ただ、この謎は後日あっさり解決する。魔獣除けの薬草が魔方陣に沿って植えられており、管理者不在でも管理者がいるときと同等、もしくはそれ以上に結界が強化されていた。騎士団や、建築部の記録にも記載されていなかったので、管理人夫婦によって植えられたもので間違いないだろう。だが、管理人夫婦は近隣の開拓村から公募で採用された、木こりの夫婦だ。森で薬草採取もしていただろうが、目に見えない魔方陣に沿って正確に薬草を植える知識があったとも思えなかったので、追加で身元調査を徹底することにした。

 調査当日は結界が強化されていることに気が付いていなかったので、死霊系の魔物に遺体が取りつかれている可能性もあったため、子どもの声が聞こえてきた時は、流石に焦った。

 死霊系の魔物は、日中は動き出さないが、現場の実行犯は騎士たちが抜刀する間もなく殺害しており予断は許されない。遺体の検証は玄関から近い方から順に行っており夫人は一番最後の予定だった。

 だが、例の子どもの声らしき音は夫人の遺体の方から聞こえていたため順番を変えることにした。丸まっていた夫人を横たえると、スカートの中に2,3才くらいの男の子が隠されていた。全く信じられなかった、この現場に生きのこりがいたのだ。

 現場検証は一時中断となり、とりあえず回復魔法が少しでも使える人員を早馬で呼び寄せた。男の子は水を少し飲んだだけで、眠ってしまった。衰弱が激しく、食事ができるようになるまでは移動させることもできないので、ここで回復を待つことになった。

 盗まれたものはくず魔石だけと測量の資料だけで、備蓄食料も個人の現金貴重品、騎士の装備品さえ手付かずに残っていた。犯人の目的は吊橋の設計技術だろう。

 非公開の最新技術の資料を山小屋の現場事務所に置いてあるはずもないのはわかりきっていることだ。寄せ集めのくず魔石や、特殊な暗号化された測量の資料は、たとえ内部の詳しい情報が漏れていて暗号が解読されていたとしても、他の現場で使えるものではないので、あまり価値がない。城の警備がきつくて情報漏洩が全くないからこそここが狙われたのだろう。うちの領に新しい橋ができ始めた前後からくず魔石を大量に買い付けているのは明白であり、隠し立てもしていない。すべてが橋に使われているわけでもないのも、ここ最近の生活魔法具の量産と合わせてみればわかるはずなのだ。

 あらかたの現場検証を終えると俺は先に領都に戻った。男の子、カイルの出身村の親族の話には心底気分が悪くなった。ジュエルがカイルを引き取ったことはこの子にとって最善策だと思った。両親殺害時の記憶が無いとのことだったので、それぐらいにしかカイルに対して、気にしていなかった。

 ジュエルはあれから出張をすべて断るようになり、傷ついた子どもをいたわるようにへんてこな玩具を作り始めた。ジュエルはもともと建設部に所属しているわけではなく、魔術具新規開発部というジュエルしか人員がいない部署で、とても他の人では考えつかないような奇想天外な魔術具を領のために開発するという特殊な仕事をしている。騎士団でも有用そうなものも多くあるので、定期的に事務所を訪れては昼飯を奢る代わりに変な魔術具を譲ってもらう交渉をしている仲だ。自宅を増設して遊び部屋を造ったとのことだったので、おそろしく手のかかる三男を行儀見習だと言い聞かせて遊びに行かせることにした。

 ジュエルは領主様の覚えもめでたい、というか、領主様自ら、王都から勧誘してきた人物なので、用心しつつ息子を行かせてみたら、領主様のお孫さんまでご臨席されていたので肝を冷やした。

 息子のボリスは存在自体が不敬の塊のように言動が酷いのだ。ジュエルの子どもはしっかりした子のようで、癇癪持ちで有名なキャロラインお嬢様を飽きさせることなく遊ばせた上に文字や数まで教えたらしい。うちの子どもたち全員を通わせたいと妻から報告があった。

 末っ子の教会登録が一緒になるからジュエル一家を市場の屋台で昼食を食べようと誘ったのは俺だった。山小屋事件の調査でカイルの両親の身辺調査の結果があがってきていたし、カイルの様子も見てみたくなったからだ。

 ジュエルの子どもたちは確かにその年にしては行儀がよくて賢かった。カイルも問題なく家族として受け入れられているのを見れて、安心もした。

 屋台で家族と別れて、騎士団の詰所に戻る前に市場の騒動の報告がきた。今日の市にはジュエルと親しい非番の騎士たちが様子を見に来ていたのだ。急遽起こった人々の混乱の収拾を図っていると、ボリスたちが誘拐されたのが発覚した。現場の采配を妻が取り始めてしまったので、ジュエルの家族を面倒見てもらうように頼んだ。

 末娘の証言から、麻袋を担いだ男たちをしらみつぶしに捜索したが、市場で麻袋を担ぐ男は当たり前だが複数人おり、全員からの聞き取りは時間がかかった。

 市場で安売り騒動を扇動した男は屋台の主人になりすました別人で騒動の最中に行方をくらませていた。四つある門すべてを閉鎖しても、すでに市を閉めて帰村したものもおり、捜査は完全に後手に回ってしまっていた。

 ジュエルは捜索に役立つからと鳩の玩具の調節に没頭し、彼の家族は騎士団にやたらと美味いなにかを差し入れし続けることで騎士たちの士気を高めていた。南門から商人の証言があった時には日没まで時間のないこともあり、スピード重視の隊を向かわせた。ジュエルがそれについていけたのには純粋に驚いた。騎士団の引退馬にあんな底力があったことや、その馬を乗りこなすジュエルの魔力を侮っていた。

 簡単に見えた荷馬車の捜索は現場が荒らされていたため、思うようにいかなかったが、あのジュエルの鳩の玩具が実力を示し、見事に荷馬車を発見した。地面はそこまでぬかるんでいないのに車輪が半分土に埋まっていた。動けなくなった荷馬車にはすでに乗っている人はいなかったが、馬はそのまま残されていた。逃げたのなら馬は連れていくだろう。

 不自然な現場には魔獣が絡んでいることが多い。細かく状況確認を指示していると、ジュエルが糞の入った木箱を見つけて息子のうんこだと言い出した。あの鳩はケインの糞の残留魔力を追跡してきたのだ。幼児は排泄の回数が多い。小用レベルでも残留魔力をたどれるようにこの場でジュエルは鳩の調整をし始めた。本当に優秀で、本当に変わった男だ。

 俺はこの現場の不自然さを解明するため、馬と車輪を確認した。馬は放置されていたところに人が来たために落ち着いたようにみえた。鳩がケインの魔力に反応しないくらいに離れる時間があったわりに、馬は付近の草を食んでいなかった。怯える要素があったのだろう。車輪が半分も埋まっているのに馬の脚には泥にはまった跡はない。動く沼の魔獣が出たのだろう。

 魔獣は馬をひとのみできるほど大きくなく、車輪を泥で埋めて荷馬車を止め、中の人間を狙ったのかもしれない。だとしたら馬を残して人がいなくなったのも説明が付く。

 ジュエルが再び鳩を飛ばせなければ、生存は絶望的だと思っていた。鳩は子どもたちの排せつ物を追いかけて、馬車が通った形跡など全くない草原にたどり着いた。刈り取られたススキが広範囲に散らばっており、匂いからも小用の跡なのがわかった。

 子どもたちは生きている可能性があることに現場の士気は上がったが、日没により人員や装備の入れ替えが必要になり、ジュエルは文句をいう事もなく領都に下がった。

 夜間は街道沿いに野営をしながらススキのトイレがあった辺りから徒歩で移動できる範囲の魔力探査で異常がないか確認したが、魔獣同士の戦いがいくつかあっただけだった。

 進展しない捜索にいら立つうちに夜が明け、ジュエルがすぐに駆け付けた。温かいラーメンが振舞われると士気は再び上がったが、捜索は再び膠着状態になっていた。

 動きがあったのはあきらめずに何度も調整していたジュエルの鳩が二羽とも飛び立ってからだった。

 昨日の草原をやや北上した箇所で二羽の鳩が旋回したのだ。

 カイルとケインが一緒に居ることは間違いない。願わくはボリスも無事でいてくれたらと、騎士たちと向かってみると、子どもたち三人だけで原野を()()()()()()

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