神前試合
亜空間に用意されていた競技台は本大会の競技場の物より広かった。
競技台の上に位置についたスライムたちに上級精霊が審判として立ち会った。
上級精霊の亜空間では競技台の横に豪華なソファーが用意されていたので、ハルトおじさんと並んで座った。
ぼくの膝にはみぃちゃんが座り、みぃちゃんのスライムはみぃちゃんの頭の上に乗り、キュアはぼくの頭の上に乗って観戦することにしたようだ。
「決勝戦前から精霊たちが会場に留まっていた時点で何かあると思っていたが……。今、神々がご覧になっているんだな」
「神々は王都の会場もご覧になっていたよ」
「まあ、だからこうなったのだが……。カイルは神様に会ったことがあるのかい?」
「ありませんよ!上級精霊が時々意向を伝えくださるので、オムライス祭りのソースの種類が増えましたよ」
ああ、そうだった、とハルトおじさんは天を仰いだ。
神々のご加護はありがたいのだから、多少の要望を聞くのは致し方ない。
上級精霊が試合開始前に、ぼくのスライムとハルトおじさんのスライムに向き合って言った。
「私は命に係わることでもない限り試合は止めない。今日の王都で奉納された魔力量なら、大会一回戦まで時を戻すことが出来る。両者とも思う存分やればいい」
神々が気に入る試合をしなければ、大会一回戦まで時を戻すということだろうか?
例えにしたって洒落にならない。
「上級精霊様が何を言っているのかわからないぞ」
「落ち着いてから説明します」
両スライムが試合開始を今か今かと待っている緊迫した状況なのだ。
「それでは、試合開始!」
上級精霊の一声で、両スライムが一斉に魔法陣を展開した。
競技台を制したのは、ぼくのスライムでハルトおじさんのスライムは自分の立ち位置に植物の種の魔法陣を仕掛けただけだった。
それ以外のスペースをぼくのスライムに明け渡したのは、土魔法の拠点を確保しただけなのだろう。
両スライムとも競技台の上の覇権争いは魔法陣を仕掛けただけで、最初に出した魔獣の背に乗って戦うことを選んだ。
ハルトおじさんのスライムは雄ライオンの背に乗って三匹のメスライオンを従えてた。
ぼくのスライムは三匹の子猫を従えた大山猫の背に乗っていた。
ライオン対山猫の勝負にハルトおじさんは、それでいいのか、と吹き出した。
みぃちゃんは無言で子猫時代の自分たちや母猫そっくりの大山猫親子を見つめている。
時間制限のない勝負でいきなり攻撃を出すこともせずに、両者はにらみ合った。
競技台上は両スライムが仕掛けた植物の種が芽吹き、ハルトおじさんスライムはブロッコリーのような形をした木が育ち、ぼくのスライムは辺境伯領の領都の外れの原野を再現した。
みぃちゃんが身を乗り出して競技台を凝視した。
神前試合に誘拐事件の後迷子になった場所を再現するなんて、ぼくのスライムは何を考えているんだ。
ライオンなんていない辺境伯領に、ライオンの群れが大山猫親子を取り囲んでいる奇妙な状況になった。
先に仕掛けたのはハルトおじさんのスライムで、メスライオン三匹が三匹の子猫を襲った。
大山猫が大口を開けて三匹の子猫の襲い掛かる雌ライオンたちに雷砲撃を三連打で放ち、子猫たちは母猫を囲んだ正三角形を描くように散り散りになって逃げた。
雄ライオンの背に乗ったハルトおじさんのスライムが炎の咆哮を大山猫に向けると、三方に散った子猫たちを起点に風の渦が起こり、炎を上方に逃がした。
「ほほう!子猫ちゃんたちは風魔法の使い手か」
魔法陣の基礎の形である正三角形で自分たちの魔法効果を高める作戦に出たことを、ハルトおじさんが褒めた。
ぼくのスライムは競技台の魔法陣を更に発展させて、雑草の陰に紛れ込ませた魔獣カードのスライムたちを、重ねた魔法陣の触媒に使った。
「さすが、姉さん!」
「神前試合で大型魔獣の力技ではなく、スライムを使った複合魔法で使用する神の記号を増やして、子猫たちの魔法を強化するなんて、粋だねぇ」
みぃちゃんのスライムとキュアはしきりと感心したが、自分そっくりな子猫が競技台で戦っているみぃちゃんは黙って競技台を凝視した。
ハルトおじさんのスライムとライオンたちは巨木化したブロッコリーのような木に登り、風よけに密集した枝の中に隠れた。
「あれは竜血樹だったのか。ライオンたちが傷つけた幹から赤い樹液が出ているよ」
ハルトおじさんは自分のスライムが無策で逃げ込んだわけではないことに気付くと、嬉しそうに言った。
竜血樹は飛竜が死んだ後に育つ木だと言われているが、飛竜の里には一本も生息しておらず生態はよくわからない。
「南の島に自生しているけれど、飛竜がその島を死に場所にしているわけではなく、伝説の竜が眠る土地らしいよ」
成体の飛竜は観光がてらに一度は見に行くらしく、キュアは飛竜の里で話だけは聞いたことあると言った。
ブロッコリーのような枝の頂点に出現した大鷲が子猫たちの風魔法に介入し、吹き荒れる風の渦の中に竜血樹の傷ついた幹から滴る赤い樹液を投下した。
舞い上がった樹液が下降気流に乗って赤い霧となって競技台に拡散された。
ぼくのスライムが子猫たちの風魔法を止めて抵抗したが、大鷲の風魔法に押し切られる形で赤い霧が競技台全体に朝露のように張り着くと、雑草の下に隠されていたぼくのスライムが張った魔法陣を象って赤い露が光った。
「……ほほう。これは見事な魔法陣だ」
ハルトおじさんが唸ったように、ぼくが見ても良く工夫を凝らした魔法陣だった。
辺境伯領都の七大神の祠の領都の護りの魔法陣を参考に、各神の属性に近い魔獣カードを競技台に配置し、ハルトおじさんのスライムが出した魔法陣の効果に干渉して魔力を縛り取っていたのだ。
ハルトおじさんのスライムは、競技台で魔法を使用するたびにぼくのスライムの出したカードに魔力を奪われ続けており、火の神のご加護と魔力の譲渡がなければとっくに魔力枯渇を起こしていたかもしれなかった。
「道理で体が重かったわけだ」
「あんたの竜血樹だってあたいの草原の魔力を拝借して急成長したじゃないか」
竜血樹のてっぺんに居る大鷲に乗ったハルトおじさんのスライムに向って、大山猫に乗ったぼくのスライムが叫んだ。
なるほど、お互いの魔力を循環させていただけか。
ハルトおじさんが余裕綽々で座っていられたわけだ。
「ハルトおじさんは竜血樹に詳しいのですか?」
「竜血樹の樹液は王家の秘宝だよ」
“……竜血樹の近くには恐ろしい魔獣が住み着いており、人間が樹液を手にすることは不可能といわれている。採取された文献はないぞ。そんなのハッタリだ”
魔本が思念を送ってきたが、魔本は文字情報になっていない口伝は知り得ないのだから、王家に無いとは言い切れない。
ぼくのスライムは大山猫に乗ったまま光と闇の神の属性の魔獣カードの魔法陣の側に駆け込み、子猫たちは競技台の各所に散らばった。
大山猫が辺境伯領都の教会の位置に、みぃちゃんそっくりの子猫が領城の位置に、みゃぁちゃんそっくりの子猫が邪神の欠片を封じていると思われる倉庫街の付近に、ボリスの猫に似た子猫が北門の位置につくと、ぼくのスライムが思いっきり魔方陣全体に魔力を流した。
赤く光る魔法陣の光が垂直に立ち上がると上空に不死鳥が現れた。
神前試合には使用禁止カードがない。
ハルトおじさんのスライムが竜血樹の枝が密集する中心に潜り込むと、不死鳥が煉獄の炎を放ち、竜血樹は炎に包まれた。
不死鳥より上空から一筋の光が差すと、黙って見守っていた上級精霊が声を発した。
「試合終了!カイルのスライムの判定勝ち!」
その一声にぼくのスライムが魔法陣を消して不死鳥たちを消し去ると、焼け焦げた竜血樹の枝の中にハルトおじさんのスライムが閉じこもっている竜血樹の赤い樹液の球体が現れた。
ハルトおじさんのスライムも魔法陣を消すと、まだダメージは負っていないようでパラシュートに変化してゆらゆらと降りてきた。
「火の神様からの伝言だ。ラインハルトのスライムは思い切りが足りない、せっかく竜血樹に昆虫たちを仕込んでいたのに活かしきれていなかった。不死鳥を出される前にもっと攻めろ、と仰っている。カイルのスライムには神々が感心されておられた。長年土地を護っている安定した結界の構造を利用して、次に来る手を何にでも出来る臨機応変さがあった。結果的に不死鳥を選んだが、それも正解だ。ガンガイル家と不死鳥は縁の深い魔獣だ。あの魔法陣の魔力をもっとも活かせる試合運びに持っていったことは天晴だ、と精霊神様が殊の外お喜びだ」
二匹のスライムは競技台に平伏して、神々の伝言を受け取った。
「人間の行いに神々は関与しないのだが、このままの世界を見ていきたい、と神々はお考えになられたようだ。世界の理から土地が切り離されている現状ではそう遠くない未来に、世界が崩れてしまう。まあ、そう言っても数十年単位の話だよ」
顔色が変わったぼくとハルトおじさんを見て、上級精霊が今すぐじゃない、と断言した。
「神々が土地の結界に介入されるのですか?」
ぼくは上級精霊に尋ねた。
「直接介入すればその地域の気候変動も起こりかねないから、カイルの手助けをしてやると仰っている」
はぁ!?
ぼくに何とかしろと言うのか!!
「まあ、そんなに難しいことじゃない。お前はもうすぐ帝国に留学するだろう。その時に行った先でフラフラしている土地の結界を固定すればいいだけだ。結界の端っこに世界の理と繋ぐ結界を張りつけて、この前邪神を封印する時に使った土竜の魔術具にスライムの分身を送り込めば、ある一定の深さまで潜れるだろうよ。その後は神々が引き受けてくださるそうだ」
神々の魔法陣を使って魔法を行使する、しがない人間のぼくに神々の依頼を断る勇気はない。
「出来る範囲のことしかできませんが、帝都への道中に必要な個所があれば、結界の補強をさせていただきます」
どうしてこうなってしまうんだろう。
ぼくが世界の理を維持する、その一助を担うことになってしまった。




