第一回魔獣カード大会魔獣部門 低級魔獣クラス本大会 #8
くすんだ灰色の魔獣カードのスライムがハルトおじさんのスライムが作った合金の要塞をボロボロに崩していく。
鉄を食べるバクテリアのように、金属を好んで食べるスライムがいたのか。
“……姉さんいいぞ!やっちまえ!!”
みぃちゃんのスライムがぼくの肩から身を乗り出して応援している。
競技台大に墜落したハルトおじさんのスライムが大鷲を出して逃亡を図ろうとするが、競技台全体に魔獣カードのスライムが張り付いていて大鷲を包み込んだ。
何故だろう、大鷲を包み込んだ魔獣カードのスライムのてっぺんから煙が出ている。
蒸し焼きにされた大鷲の魔法陣が消えた。
ああ!この戦法は熱殺蜂球か!!
スライムの魔法陣に他の魔獣の魔法陣を重ね掛けしたんだ。
魔獣カードのスライムたちにもリーダーのカードがあるのなら、より強力な魔法を出せる。
低級魔獣部門はスライムたちが主人公で、スライムの魔獣カードで決勝戦を戦いたかったから、みんなこの手を隠していたのか!
“……あたしもスライムのカードは使い勝手が良いことに気が付いていたけれど、対戦相手がスライムばかりだからすぐに真似されてしまうと思って、取っておいていたの。やっぱり姉さんは気が付いていたのね”
“……うちのスライムたちを見ていたらスライムに可能性があるのはわかるけど、あたしは使いにくいね”
“……他にも強い魔獣がいるんだから、あえてスライムを使う必要はないかな”
みぃちゃんのスライムは興奮しているけれど、みぃちゃんとキュアはそこまでスライムの魔獣カードを重要視していないようだ。
競技台の上はすさまじいことになっている。
ハルトおじさんのスライムが魔獣カードのスライムの檻に閉じ込められて電流を食らっている。
公開処刑かといわんばかりの、スライム虐待ではないか。
ぼくのスライムはキダチチョウセンアサガオの影響はもうないはずだよな。
“……ご主人様。キダチチョウセンアサガオの影響はありません。第三ターンまで戦える状態にするために手心を加えています。手加減というより、実力を出し切るために相手の様子を見ています”
うん。競技台の二匹は別世界に居るように自分たちに酔っている。
“……スライムの可能性!それは自分たちで切り開くのよ”
“……ああ、わたくしは王族のスライムよ!王家の威信がどうこうではなく、この国を、この国の民を守れる力を国民に見せつけなくてはいけないのです!”
ハルトおじさんのスライムは電流を回避すべくゴムの木の魔法陣を発動させようとするのだが、競技台の上はぼくのスライムが魔獣カードのスライムで覆いつくしているので、根を張る隙が全く無く魔法陣が発動しない。
“……試合で土地を放棄したらいけないよ。土の神を蔑ろにして生物は生きていけないのよ”
土の神の僕と思われる一部の精霊たちが競技台脇で点滅した。
“……わかっているわ、そんなこと。王家の礼拝室で魔力奉納だってしているんだから!土地の魔力に繋がらなければ世界の理から離れてしまう。だからこそ、七大神全てのお力を借りて生きているんじゃない!”
競技台脇に控えていたすべての精霊たちが点滅した。
神々を敬う気持ちが無いと魔法を行使できない。
すべての神々の力がこの世界には必要なのだ。
ハルトおじさんのスライムは諦めることなく、土のいらない植物、エアプランツをスライムの檻の中に育てて、そこから土を作って絶縁体を作ろうと模索した。
「攻撃終了!」
主審の一声で、ぼくのスライムは魔法陣を消し、競技台の魔獣カードのスライムを消した。
ハルトおじさんのスライムは干し芋のように干からびて、体にはシダの葉のような電紋が刻まれている。
競技台を挟んでぼくの正面に居るハルトおじさんが主審に向って手を振った。
降参を宣言する気配を察したハルトおじさんのスライムが、止めてくれ、と言うかのように干からびた触手をハルトおじさんの方に伸ばした。
主審は試合を続行して良いものか、ハルトおじさんの口元を凝視し、副審は試合継続不能と判断すべきか迷っている。
副審が主審に声をかけようと歩み寄ろうとした瞬間、上空から火球が轟音と共に落ちてきてハルトおじさんのスライムに直撃した。
不甲斐ない試合をした王族のスライムが天から落ちてきた劫火に焼かれたのか!?
いや、ハルトおじさんのスライムは苦しんでいない。
場内の観客たちは競技場の結界を破って侵入した火球に一斉に身を伏せたが、一人が出口へと駆け出すと、悲鳴を上げた人々が出口に向って殺到しようと姿勢を変えた。
その瞬間、精霊たちが落ち着けと言わんばかりに観客席に溢れた。
精霊に触れた人々は足を止めて精霊を捕まえようとする。
そうして精霊たちと戯れることで、何が不安だったのかを忘れてしまうのだ。
競技台では火球の直撃を受けたハルトおじさんのスライムの干し芋みたいに干からびていた体が、ふっくらと膨らみ、炎を身にまとっているのに艶々としている。
……火の神のご加護を賜った?
“……ご主人様。正解です。ご自身の推しのスライムが連続して敗北したことにしびれを切らした火の神様が、監禁されて電流を流され続けても諦めず打開策を模索したハルトおじさんのスライムに感激して、ご加護を投げてよこしました”
神様のご加護とは、こんな推しへの投げ銭のような感覚で賜るものなのか!
“……ご主人様。私も初めて見ました”
ハルトおじさんのスライムは炎に包まれながらもその身を焼かれることも無く、回復していく体を少し震わせて確認した。
オレンジ色炎に包まれたパールピンクの体には赤い電紋が消えることなく残っている。
“……大丈夫かい?……あんた、力がみなぎっているように見えるよ”
“……わたくし、回復した上に魔力が満ちています!かっ、神のご加護を得たようです!”
ぼくのスライムの気遣いに、ハルトおじさんのスライムは自分に何が起こったかを理解し始めた。
火球の魔力を吸収すべく、ハルトおじさんのスライムは魔力を己の体の中心に抑え込もうと、魔力操作に集中した。
あれ?
魔獣部門は試合中に魔力の譲渡を受けてはいけないから、ハルトおじさんのスライムは失格ではないか!
“……ご主人様。火の神様は試合続行をお望みです”
いや、それは……ぼくのスライムを推している他の神々がこの不正を黙っていないだろう……。
あっ!
ぼくのスライムが真っ白な光に包まれている!
“……やったー!光の神様からご加護を賜ったー!!ありがとうございます!”
これで立場は平等になった……じゃないよ!
どうなっちゃうんだ!
このまま神々のご加護の投げ銭合戦になるのか!!
突然体が浮くような感覚に身に覚えがあった。
真っ白な亜空間はシロの亜空間より空気が清爽で格の違いを感じる。
「上級精霊様!お招きありがとうございます♡」
ぼくのスライムは現状認識もままならない状態なのに、上級精霊の亜空間だと気付くとすぐに挨拶をした。
広い真っ白な亜空間に真っ白な競技台があり、ぼくのスライムとハルトおじさんのスライムとハルトおじさんとぼくが招待されていた。
鞄やポーチに入ったキュアやみぃちゃんと肩に乗っていたみぃちゃんのスライムも一緒に居る。
上級精霊は競技台の主審の位置に立っている。
この状況は、神前試合ということか!
「上級精霊様にお招きいただいた亜空間であることは理解しましたが、いったい何がどうなってこのような状況になったのでしょう?」
ハルトおじさんが上級精霊に尋ねた。
「ああ、なに。この度の魔獣カード大会を神々は殊の外お喜びになられて、お気に入りのスライムたちを応援していたんだ。ラインハルト。そなたのスライムの打たれ強さに感極まった火の神様がご加護と魔力を授けたのだが、カイルのスライムを応援していた神々が、試合の最中に魔力を譲渡するのは不公平だ、とご加護と魔力をカイルのスライムにも次々と与えようとなさったので、光の神がお止めになられたのだ。このままでは試合の続行は難しいということで、続きを亜空間で執り行えば神々もご納得されるだろうと光の神が判断されて、私が依頼を受けたのだ」
「光の神様からのご依頼でしたか。それはたいそう光栄なことです」
ハルトおじさんはこの無茶苦茶な状況に、七大神の介入があったことに驚きつつも、楽しそうな笑顔でそう言った。
「火の神様のご加護と魔力をいただけるなんて、大変光栄でございます」
ハルトおじさんのスライムが競技台の上で丁寧にお辞儀をした。
無作法に大喜びしたぼくのスライムも、ハルトおじさんのスライムを真似して丁寧に光の神に礼を述べてお辞儀をした。
「ああ。そう畏まらなくて良い。お前たちが伸び伸びと試合をする姿を神々はお喜びになられたのだ。……それと、注文が今入ってな……、攻防に分かれてちまちま戦うのはじれったいとのことだ。一回勝負で攻防を分けずに互いの力と技術をぶつけ合え、と仰っておる」
それは確かに見てみたい。
ハルトおじさんも少年のように頬骨をまるくした笑顔で瞳を輝かせた。
「「そのルールでやらせてください!」」
スライムたちもたいそう乗り気で、はつらつとした声で言った。
試合のルールは至って簡単になった。
使用する魔法は魔獣カードの魔法陣のみ。
試合開始の合図とともにお互いが攻撃してよい。
競技台から落ちるか、立ち上がって試合続行の姿勢を見せられなくなったら敗北。
時間無制限。
使役者の魔力譲渡、神々の介入は認められない。
人目を気にしなくていい亜空間なので、キュアとみぃちゃんも競技台脇で観戦すべく邪魔にならないように座り込んだ。
こうして上級精霊の亜空間で急遽、神前試合が行われることになった。




