第一回魔獣カード大会魔獣部門 低級魔獣クラス本大会 #7
「えっ……あ、……こ、降参、ですか……?」
この大会で、魔獣使役者が降参を宣言するのは初だったため、主審が母さんの言葉を理解するのに少しだけ時間がかかった。
その間にぼくのスライムがキダチチョウセンアサガオのラッパなような花に入り込んだ母さんのスライムにピンポイントで狙いをつけた虎が雷電砲を放った。
防御を一切放棄した母さんのスライムは一輪のキダチチョウセンアサガオの花と共に電撃をもろに食らった。
「早く試合を止めて!」
「し、試合終了!ジーンのスライムは使役者の降参宣言により試合放棄とみなします!」
審判がそう宣告した時には、一輪のキダチチョウセンアサガオと共に焼けて縮れた母さんのスライムが花畑の上にポトンと落ちていた。
試合終了の宣告と同時に競技台脇に控えていた精霊たちが会場中に広がった。
ぼくのスライムがやらかしてしまったキダチチョウセンアサガオの幻覚成分を除去するために、会場内を精霊たちが清掃魔法をかけた。
ありがたい。
試合終了の宣告を受けた、ぼくのスライムが魔法陣を消し去ると花畑は消え去り競技台の上は二匹のスライムと主審と副審しかいなかった。
母さんのスライムは全く何も魔法陣を出していなかったのだ。
「……第三会場、勝者、カイルのスライム!」
主審の一声の後、ぼくのスライムは母さんのスライムに駆け寄って、回復薬の魔法陣を出した。
母さんのスライムが正気に戻ると、試合が終了していることを理解して狼狽えた。
観客たちは何がどうなっているのか理解できずにざわついたが、第二会場から閃光と爆音が響いて耳目がそちらに集まった
“……キダチチョウセンアサガオだね……。咲いていたのは第一ターンから気が付いていたのよ。風下に立たないように気をつけていたのに……”
母さんのスライムが悔しそうに思念を漏らした。
“……知っている。あたいが風魔法で集約したエキスをぶつけようとしても、あんたはずっと逃げていたもん”
二匹のスライムが楽しんで対戦している間に、不意にキダチチョウセンアサガオの香りを嗅いだのだろう。
季節を無視して咲き乱れた色々な花の香りに誤魔化されたのかもしれない。
“……今回は本当にあたいが負けよ。すべてのカードの魔法陣を知っていても、すべてを避けることは出来ない。そんなことは、はなからわかっていたけれど、自分を過信しすぎていたから幻惑に負けたのよ”
“……あたいもここまで効くとは思っていなかったの。裏ワザの一つぐらいにしか考えていなかったの。ジェニエがあんなに警告していたのに甘く考えていたよ”
チョウセンアサガオは自宅から離れた畑でお婆が厳密に管理して栽培している。
回復薬が間に合わない場合の麻酔薬の一つとして辺境伯領の騎士団に卸している危険薬品の一つだ。
薬害や幻覚薬の依存性について製薬所に出入りするために詳しく学んだ時、スライムたちも一緒に学んでいた。
“……無自覚でもう一度嗅ぎに行こうとするなんて、自分の行動ながら信じられないよ”
母さんのスライムが薬物依存の恐怖をぼくにスライムと熱い抱擁を交わしながら言った。
“……あたいもこんなことになるなんて思ってもいなかったよ。あんな無防備なアンタにあんな攻撃をしてしまうなんて……”
観客たちには競技台上で勝負を終えて友情を確認しあうようにハグしているように見えているが、精神系の薬物に自制心が働かなくなることの恐怖を二匹のスライムが語り合っている。
ぼくのスライムもキダチチョウセンアサガオの影響を受けていたらしい。
精霊たちが二匹のスライムを労わるように取り囲んだ。
どうして母さんのスライムが棄権することになったのか訳が分からずにいた観客たちは、精霊たちが語り合う二匹を囲んで踊るように回り出したことで、突然の試合終了に精霊たちが理解を示す何かがあったのだろうと勝手に解釈をし始めた。
精霊に囲まれたスライムたちは競技台で四方向に優雅に挨拶をした後、各々の主の元に戻った。
精霊たちを引き連れてぼくのスライムが胸に飛び込んできた。
なんとなく後味が悪い勝利に全力で喜べないでいるぼくのスライムに、よくやった、とご褒美魔力を上げた。
納得いかない気分はキダチチョウセンアサガオの成分を研究する情熱につぎこもうね!
毒と薬は表裏一体なんだ。
“……あたいも研究を手伝うわ”
防毒マスクでも作らないと魔獣たち全員がハイになったら研究室が大変なことになりそうだ。
「幻覚植物の扱いについては家に帰ってから相談しましょうね」
母さんはぼくがキダチチョウセンアサガオに興味を持ったのはお見通しのようで、魔獣カード大会や家族旅行が終わるまでは研究に手を付けないでね、と念を押して家族の待つボックス席に下がっていった。
それにしても精霊たちがいつまでもぼくのスライムに付きまとっている。
今回の勝負にも神々の推しのスライムが別れたのだろうか?
“……ご主人様。ジーンのスライムを火の神様が、ご主人様のスライムを、土の神様とその眷属神、運命の神様、それに火の神様の眷属神なのに料理の神様が推しておられました”
なにそれ!?
ぼくのスライムを推している神々の数にも驚くが、火の神様の推しが連続で負けている。
火の神様の眷属神の武勇の神様は辺境伯領で人気の神様なのに……。
あれ?
魔法学校の魔獣カード大会でも辺境伯寮生が優勝を独占していない……。
神々は勝敗をそんなに気になさっていないのかもしれない。
シロが笑っている気配がしたが、気にしないでおこう。
神々の意向なんて所詮人間には計り知れないものだ。
第二会場は第三ターンまで試合が進行しており、ケインのスライムとハルトおじさんのスライムの得失点差は108ポイントで、ケインのスライムが大きなダメージがなく逃げ切れば勝利が確定する試合の最終局面だった。
会場内を精霊言語で探ると試合状況が見えてきた。
競技台の上はケインのスライムの陣は砂漠で砂の中に幾つもの蟻地獄を作り、かくれんぼスタイルでハルトおじさんのスライムを翻弄している。
水攻めにしたり、氷漬けにしたり、火炙りにしたり、とハルトおじさんのスライムも魔力量に物言わせた攻撃でダメージポイント蓄積させようとしているが得失点差を覆す決定打が出ていない。
“……ハルトおじさんのスライムはまだ使用していない魔法陣を競技台に仕込んでいるよ”
本能で魔法陣を読み解くのか、キュアの解析は早い。
“……あら、本当だ”
みぃちゃんは魔法陣を見つけて嬉しそうだ。
残り時間あとわずかというところで、ハルトおじさんのスライムは最後の魔法陣に魔力を流した。
大量の砂鼠がケインのスライムの潜んでいる穴を特定し、一気に掘り出すと、砂鼠の数の力で蟻地獄を無効化した。
掘り出されたケインのスライムが大鷲に乗って飛び立とうとしたところに、猛スピードで走り込んできた砂猫が強烈な猫パンチを食らわせた。
大鷲を一撃でノックアウトしたところで主審が声をあげた。
「第二会場、攻撃終了!勝者は……ハルトおじさんのスライム!」
会場中が揺れるほどのざわめきが観客席から起こった。
ハルトおじさんのスライムの最後の砂猫の一撃は、特別な技に見えなかったのに、得失点差を覆してしまったのだ。
“……砂鼠の中にリーダーのカードがあったようね”
ぼくのスライムは決勝戦の相手に決定したハルトおじさんのスライムの出した魔法陣が消えていくのを眺めながら考察した。
“……姉さん、リーダーのカードは厄介だねぇ”
“……大丈夫さ。最初から魔獣たちが強化される可能性を考慮して作戦を立てればいいのよ”
精霊たちに祝福されながら抱擁を交わすケインのスライムとハルトおじさんのスライムを見ながら、ぼくのスライムは覚悟を決めたように思念をよこした。
光る苔本体を食べていなくても、ハルトおじさんのスライムは女性のスライムに昆虫を多用したり、ウィルやぼくたちの使役魔獣である鼠や猫を最後の攻撃に用意したりする心理戦、もとい狡猾な作戦で決勝戦まで勝ち進んだのだ。
決勝戦はきっとえげつない戦いになるだろう。
『当会場の午前の部最後の試合となります、低級魔獣部門決勝戦を第三会場で行います。出場選手は第三会場受付に集合してください』
場内アナウンスが流れると、ケインはスライムたちをつれて観客席に移動した。
ハルトおじさんはぼくの隣に笑顔でやって来た。
「いよいよ決勝戦だねえ。ワクワクするねえ」
ハルトおじさんは楽しそうにそう言ったと、ハルトおじさんの手の中に居るスライムは回復薬の瓶を抱えてがぶ飲みして決勝戦に備えている。
「そうですね。楽しみですね」
ぼくも笑顔で応じて、ハルトおじさんの真似して回復薬の瓶を取り出してぼくのスライムに与えた。
“……あたいの魔力は足りているけれど、万全を尽くすために飲むわ”
ぼくのスライムは瓶に顔を突っ込む勢いで回復薬をあおった。
そんな様子を楽しむように精霊たちがぼくたちの周囲をフワフワと漂った。
神々がどちらかのスライムに偏って推しているようなことも無いようで、精霊たちはぼくとハルトおじさんに同じくらいの数に分散している。
魔獣カード大会に身分差なんか関係ないのが証明されているようで嬉しくなった。
ありがとう、精霊たち。
精霊たちはぼくの感謝に応えるようにキラキラと点滅した。
精霊たちのド派手な演出で会場内を移動するぼくたちに観客たちが拍手をした。
二匹のスライムが受付で運命のくじ引きをすると、ハルトおじさんのスライムが先攻でぼくのスライムが後攻になった。
『ただいまより、低級魔獣部門決勝戦を行います。先攻ハルトおじさんのスライム!』
場内アナウンスに紹介されてハルトおじさんのスライムは競技台に上がった。
『後攻はカイルのスライム』
ぼくのスライムも弾みながら競技台に上がった。
精霊たちが大人しく競技台の脇に避けると主審が声を張り上げた。
「第三会場、第五戦、低級魔獣部門決勝戦、攻撃開始!」
二匹のスライムが素早く魔法陣を展開した。
競技台の三分の二以上をぼくのスライムの魔法陣が覆った。
これでハルトおじさんのスライムは競技台からはみ出てしまう象のカードのような大型魔獣のカードを使用できない。
ぼくのスライムは卵型の泥団子に閉じこもりながら自陣を密林に仕立て上げた。
ハルトおじさんのスライムは七匹の火鼬を横一列に配置して密林を焼き払いながら、スライム自身が大鷲の背に乗り風魔法で火力アップさせた。
競技台一杯に咲き誇っていたピンク色の花は萎み固い殻に覆われた。
火鼬の軍団が徐々にぼくのスライムの密林を焼き払いながら進行してくると、炎に包まれたぼくのスライムの卵型の要塞は合金の姿を現した。
お婆のスライムはこの要塞を構築する前に毒キノコの胞子でやられてしまったんだ。
今回ぼくのスライムは間に合ったようで、攻撃にさらされてもびくともしていない。
だが、火鼬の軍団がぼくのスライムを取り囲むように密林を焼き払い卵型の要塞に集中砲火を食らわせた。
競技台は焼け野原で、もはやぼくのスライムの影響力がないかと思われたが、最初に焼かれたところから新芽が出始めあっという間に競技台一面にピンク色の花を咲かせ、葛の蔦が火鼬の足払いをしながら成長した。
山火事でタネを飛ばす品種を活用して他の植物の種も飛ばしたようだ。
「第三会場、攻撃終了!」
スライムたちが魔法陣を消すと、ぼくのスライムのダメージポイントが算出された。
本体のスライムにはダメージがなく、密林も攻撃終了までに回復していたので、ダメージポイントを56と抑えることが出来た。
「第三会場、攻撃開始」
主審の一声で攻防を入れ替えた二匹のスライムが魔法陣を出した。
ハルトおじさんのスライムは素早く卵型の泥団子の要塞に羽を生やして上方に逃げた。
陣取り合戦より、先に要塞を確実に作り上げることに全力を尽くしたようだ。
ぼくのスライムは競技台全体に魔法陣を張ったが何も魔獣は出てこなかった。
だが、ハルトおじさんのスライムの立てこもった、羽の生えた泥団子の要塞の泥がはがれて競技台に落ちた。
泥が落ちた羽の生えた合金の要塞がよろよろと墜落してきた。
墜落した合金の要塞にはスライムがベッタリ張り付いて金属を食べていたのだ。
ぼくのスライムはスライムの魔獣カードを使用してハルトおじさんのスライムの要塞を壊したのだ!!
おまけ ~緑の一族とカード大会、その後~
魔法学校の魔獣カード大会は結果だけ見たら大成功だったが、魔獣カード倶楽部で反省会の後打ち上げをしようと、上級魔法学校の魔獣カード倶楽部から合同反省会のお誘いを受けた。
上級魔法学校の生徒会長が魔獣カード倶楽部の部長も兼任しているので、広い会議室に初級中級上級魔法学校の部員たちが集まった。
「大会成功おめでとう。優勝者ならびに上位入賞者の諸君おめでとう。運営に携わってくれた実行委員、ならびに急募で集まってくれた準実行委員にも感謝したい。皆さんありがとう」
魔獣カード倶楽部の部員の多数が実行委員や準実行委員として活動していたので、イザーク先輩は頭を下げた。
「大会運営の反省は実行委員に任せて、ぼくが今日議題にあげたいのは、大会の裏側であった成績上位者への嫌がらせや、脅しについてなんだ」
イザーク先輩は前置きも無くいきなり切り出した。
集まった部員たちは、脅し、という言葉に、まさか、そんな、と反応した。
「初級魔法学校生の一、二年生は辺境伯領の大審判や頭皮発光事件という言葉をよく知らないかも知らないかもしれないから、辺境伯領関係者の期待が熱い魔獣カード大会に裏で脅迫が行なわれたことが公になったら、脅迫者たちに恐ろしい罰が下るだろうと想像がつかないだろう?」
イザーク先輩の言葉に初級魔法学校の一、二年生は素直に頷き、内容をよく知っていると思われる部員たちは苦笑した。
「悪いことをしたら、まあ、それはそれは、恥ずかしい罰が突然下ることが、この国ではよくあることなんだよ。だからまあ、上級生はそういうことは表面化せずに、ネチネチと嫌がらせがあったりする。だから、中級上級魔法学校生の部員たちも他人事だと思わないで聞いて欲しいんだ」
イザーク先輩の言葉に上級生も表情を引き締めた。
「脅しの犯人も協力者もすでに確定されているが、被害者が情報公開を望んでいないので、詳細は伏せさせてもらいます」
ウィル先輩がそう言うと、みんな頷いた。
「でも、脅迫するようなそんな酷い人物を野放しにして良いのでしょうか?」
「実行犯にはそれなりの処罰があったようですよ。まあ、それぞれに事情があったようです」
キャロお嬢様が食い下がるとウィル先輩が窘めた。
私に最初の脅迫文を送ってきたのは入学式の後に絡んできた貴族たちだった。
自分たちの成績が振るわないのに、平民の私が先陣を切って授業を終わらせていったことが面白くなくて、脅迫文の前から平民のクラスメイトを苛めていたらしい。
平民の生徒を使って脅迫文を仕込んだが、苛めっ子の貴族たちの日頃の行いを商会の人たちは把握していたので、靴箱に入れた手紙を受け取った大奥様は、その日の夕方には五人の貴族の実家と商会は取引停止にして、売掛金の回収を迫ったそうだ。
商業ギルドにも平民の魔法学校生を虐める生徒の家だと根回しもしたらしい。
翌日の決勝戦に犯人たちが自宅待機になったのは。その貴族たちの平民の使用人たちが皆辞めてしまい、食事の支度さえままならない状態になってしまい家族に責められたからだ。
「平民の生徒だからといって学校で苛めをするような生徒のご家庭では使用人の扱いがまともなわけがないから、全員うちで雇うと声をかけたら誰一人残らなかったよ。うちは事業拡大中だから人手はたくさんある方が助かるんだよ」
大奥様は商人を敵に回してただで済むわけがないのよ、と朗らかに言った。
「ただ、やりきれないのは、実際に手紙を靴箱に入れたり、自分で自分の髪を切ったりした平民の女の子だよ。苛め抜かれて心が病んでしまっていたんだ。犯人たちの指示がなくても『苛められている可哀想な私』を演じることを止められなくなっていたんだよ」
大奥様はそう言ったが、私に対する妬みの気持ちもあったのだろう、あの髪の毛からは怨念の気配が漂っていた。
「フエ、弱い人はねぇ、責任を誰かのせいにしたい生き物なの。フエに嫉妬した貴族の生徒は辺境伯寮生たちと仲がいいフエには手を出せないから、平民の生徒たちに当たったの。平民の生徒たちは商家の子たちで、貴族との取引で何時も無茶を言われている商人たちを見ているから、反発できなかったのよ。普通は苛めっ子たちが商業ギルドから総スカンを食らう羽目になってホッとするところでしょう。それなのに、自分で髪を切ったあの子は、自分の不遇をフエのせいにして、フエが不幸になればいい、と怒りの方向を変えてしまっていたの。自分はこんなにひどい目に遭ったのだからフエも苦しめばいいと思い込んで行動したの。フエが直接その子に何かしたわけでもないのにフエの不幸を望むなんて考え方がおかしいのよ」
私に気にするな、と大奥様はそう言ったけど、胸の奥の澱のように嫌な感情が溜まった。
「フエ、あの子に同情しては駄目よ。いじめられた仕返しは苛めた相手にしなくては駄目よ。そうじゃないと苛めの連鎖が続いてしまうだけだわ。それにね、あの子の感情は良くないものを生み出してしまうのよ」
大奥様は私の両手を取って言った。
「ちょっとした他人の不幸を、そうね、滑稽に滑って転ぶのを笑うくらいなら、相手も笑って済むようなものなら笑い飛ばしてもいいけれど、自分の鬱屈とした思いを他人の不幸で晴らそうとしてはいけないの。次に自分が鬱々とした時に、また他人を不幸にしようとしてしまうでしょう。そういう負の感情に瘴気がそっと寄ってくるのよ」
大奥様は都市で出現する死霊系魔獣はそう言った人たちが呼び込むのだ、と真顔で言った。
「あの子は魔力も高い子だからラウンドール公爵領に引き取られることになったの。田舎でのびのびと過ごして才能を伸ばせば人の不幸を望まなくなるでしょう」
王都から田舎に行くなんて余計卑屈にならないかな。
「今は王都より地方都市の方が発展しているわ」
私の不安を察したように大奥様が言った。
「あなたの優勝のお祝いに夏休みには辺境伯領に行ってみなさい」
大奥様は意味深長にそう言った。
確かに、王都より飛竜の里や緑の一族の村の方が暮らしやすい。
カイルたちの出身領ならなおさらだろう。
「あなたは加害者の処罰を気にしなくていいのよ……」
私は加害者の厳罰を希望していない。
「加害者はそれぞれに十分反省出来る処罰が下ったようだよ。だけど、ぼくたちはこの件から学んで魔獣カード対決では身分を笠に着ない、偉そうにするやつを許さない、という雰囲気を作り出していかなくてはいけないんだ」
イザーク先輩はそう言うと、魔獣カード愛好家とは、という原則を打ち出した。
勝負は公平に行う。
弱小カードを侮蔑しない。
魔獣カード対戦をする人に何人たりとも上下関係はない。
ウィル先輩たちの決勝戦は低級魔獣のカードが活躍した。
弱いカードを活かしきれないのは己の戦略が足りないからだ。
部員たちにそういう意識が生まれた。
立場を振りかざして勝負するなんて魔獣カード愛好家ではない、と。




