第一回魔獣カード大会魔獣部門 低級魔獣クラス本大会 #5
でかい!
ジョロウグモは雌の方が大きいとはいえ、お婆のスライムより大きいじゃないか!
リーダーのカードの効果をしっかり理解したうえで自在に使っているようだ。
防御ターンのお婆のスライムは卵型の合金要塞に閉じこもり蜘蛛の糸に絡まれて雷電虎の雷砲を食らっても耐えている。
お婆はうら若きジュンナとして登録しているので、心配そうに口元に手を当てて自分のスライムを見つめている可憐な姿に受付や実行委員の視線を集めている。
競技台の上の黄色と紫紺の巨大蜘蛛より、美しいお婆を見ていたい気持ちは理解できる。
あの合金の要塞の内装をどう処理しているかで雷の衝撃が変わるだろうけれどアースの代わりにジョロウグモの糸が放電しているなら被害はそこまでではないはずだ。
「第二会場、攻撃終了」
ハルトおじさんのスライムが魔法陣と魔獣たちを消すと、お婆のスライムが魔法陣を消してぽとんと落ちた。
……負けたのか?お婆のスライムが!?
主審と副審がお婆のスライムの状態を確認すると首を横に振った。
「第二会場勝負あり!勝者ハルトおじさんのスライム!!」
主審の判定が出るとお婆が涙ぐんでスライムのところに駆け寄った。
ハルトおじさんのスライムは勝負とはいえ、美女のスライムを執拗に嬲ったようで主審も副審も冷たい視線をハルトおじさんのスライムに向けた。
ぼくが見ていない時の試合内容が気になる。
聴力強化で会場内の声を拾うと、毒キノコ、毒胞子、という言葉が聞こえる。
お婆のスライムが土魔法で要塞を作る前に毒キノコが胞子を放ったようだ。
ハルトおじさんのスライムは知識と経験と魔力量も素晴らしいようだ。
お婆のスライムとの勝負に毒キノコを使うなんて、薬師のスライムに真っ向から喧嘩を売ったようだ。
お婆が回復薬をスライムに飲ませると、素早く回復したスライムは元気よく手を振って観客に大丈夫だとアピールすると、ぼくを見つけて思念をよこした。
“……幻覚茸にやられたわ。気をつけてね”
幻覚による判断力の低下が敗因なのか。
お婆がスライムを抱きかかえて豊満な胸元でよしよしするように撫でると、会場から拍手が起こった。
後で試合内容を詳しく聞こう。
第三会場ではケインのスライムと父さんのスライムが対戦している。
受付に寄った後、観客席に行くお婆を見送って、第三会場に急いだ。
競技台脇で観戦している母さんを見つけて近寄った。
「第三ターン先攻の父さんの攻撃よ。第一ターンの攻防は五分五分だったわ」
母さんはどちらか一方の応援をすることも無く、純粋に勝負を楽しんでいるようだ。
ケインのスライムはかくれんぼタイプで卵型の要塞をあちこちに作っている。
地形観察が好きなケインの使役魔獣らしく高低差のある要塞を自陣に作っている。
「戦い方に性格が出るのよね。ケインのスライムは慎重なところがあるけれど、攻撃となったら先手必勝とばかりに父親のスライムの横っ面を平気でぶん殴りに行くのよ」
第一、第二ターンでどんな攻撃をしたんだろう。
すごく気になる。
母さんは次の対戦相手であるぼくたちに情報を渡したく無いようで、具体的な戦法は何も語ってくれなかった。
父さんのスライムも息子のスライムに対して容赦がない。
競技台の上を湿地化し、三匹の鰐がしっぽで要塞を破壊し、電気ナマズで電流を流してケインのスライムを炙り出している。
「電流とか、爆破とか、父さん好きだよね」
「あなたもさっきやっていたじゃない。第三会場でも眩しかったわよ」
ぼくのスライムが、えへへ、と肩の上で笑った。
みぃちゃんのスライムは自分の敗戦も忘れてあの試合を見て立ち直った。
“……父さんのスライムも悪くないけれどケインのスライムもなかなかやるわねぇ”
母さんのスライムは二人がどんな魔法陣を出して戦っているのかお見通しのようだ。
ぼくのスライムもそのことに気が付いたのか、集中して競技台の上の魔法陣を読み解こうと目を凝らした。(目はない。全身で集中しているだけだ)
ぼくも試合に集中した。
あ!
ケインのスライムはゴムの木の魔法陣を使用している。
表面上は土壁で鰐に破壊されているように見えるがゴムの木とビーバーの魔法陣で絶縁状態の砦を建築しているんだ。
高低差はカモフラージュだ。ケインのスライムは沼の一番深いところに居る!
「第三会場、攻撃終了」
父さんのスライムはケインのスライムに決定的なダメージを与えることが出来なかったようだ。
次のケインのスライムの攻撃ターンでダメージポイントを今回の攻撃ポイントより多く食らったら父さんのスライムは敗退してしまう。
ケインを応援したいけれど、父さんとハルトおじさんの上司部下対決も見たいな。
父さんのスライムが土魔法で砦を築く間に、ケインのスライムは特攻隊として豹と火鼬、砦の破壊者として象を出した。
勝たなくては後がない第三ターンは死に物狂いで出せる手を出し尽くすのか!
ケインのスライムは父さんのスライムの陣に豹を突進させると、背中に乗った火鼬が火炎砲で父さんのスライムの気を引いて、豹は植物の種をまき散らした。
父さんのスライムが築いた砦は、競技台の三分の一を占める体積の象に破壊され、火鼬に焼かれた地上に逃げ場が無くなった父さんのスライムは、大鷲の背中に乗って上空に避難した。
ケインのスライムは焼けた土地に回復薬の魔法陣を展開し、葛を急成長させ、葛の蔓を象が鼻を器用に振り回し大鷲めがけて投げ飛ばした。
象の強さは反則級だ!
父さんのスライムは葛の鞭の一撃で大鷲を失い、墜落する前にマダラハゲワシを出現させ飛び乗った。
マダラハゲワシなんて飛行機と同じ高度まで飛べる鳥だ。
この世界でも高高度まで飛べるのだろうか?
父さんのスライムは時間いっぱいまで上空に待機するつもりなのだろう。
象が出てきたら逃げるしかないよな。
「先攻だと、最終ターンで攻撃が決まりきらないと逃げるしか手段がなくなるのよね」
母さんがそう言うと母さんのスライムも頷いた。
“……試合の前半で逃げてばかりいると、高額観覧券を買ったお客さんに申し訳ないしねえ。最後に逃げるしか仕方がないのよ”
“……そうだねえ。つまらない試合にすると、来年から魔獣部門が無くなってしまうかもしれないからねえ”
母さんのスライムとぼくのスライムが世間話をするようにそんな思念を交わしているが、第一ターンから逃げるなよ、と確認しあっているようなものだ。
競技場は第三会場でしか試合が行われていないので、観客たちの視線は全てこの試合に向けられているのに、父さんのスライムは敵前逃亡してしまった。
観客たちは競技台の上でブンブン音を鳴らして葛の鞭を振り回している象に視線が釘付けだ。
今戻って来てもあの象の餌食になるだけだ。
「第三会場、攻撃終了!」
父さんのスライムが戻ってこないうちに試合が終わってしまった。
ケインのスライムが魔法陣と魔獣たちを消すと、父さんのスライムが出した土壁の残骸が消えたので、試合終了は理解しているようだが、視力強化しても目視できない程上空まで逃げたようで落ちてくるまで待つしかない。
観客たちも落ちてくるのを待っているようで、みんな上を見上げている。
あっ!居た!!
精霊たちにからかわれているのか、落下速度が速くて熱を帯びているのか、光り輝きながら落ちてくる物体がある。
パラシュートに変化してようやく観客たちにも目視できるようになると、うわぁぁぁぁぁぁぁ、と歓声が起こった。
パラシュートを開いて速度を落とした父さんのスライムに精霊たちがさらに集まって来たので、色とりどりに輝く塊がふわふわと揺れながら落ちてきているのだ。
綺麗!可愛い!素敵!
なんて言葉も聞こえてくるが、多分父さんのスライムは敗者だ。
土壁や大鷲を失った分のダメージポイントがあるはず。
父さんのスライムが競技台に戻ってくるまでは、ポイント差による負けか、反則負けか決まらないだけだろう。
あれだけ精霊たちが集まって来ているということは、どの神様が父さんのスライムを推していたのだろう?
“……ご主人様。火の神様がジュエルのスライムを、土の神がケインのスライムを推していましたが、精霊たちは高く飛ぶマダラハゲワシの実力を試そうと、唆して高高度まで飛行させたようです”
試合の最中に何やっているんだろう……でも、楽しそうだ。
後で感想を聞こう。
父さんのスライムが競技台に近づくとケインのスライムを推した土の神の計らいか、第三会場にも精霊たちが集まりだした。
「こういう綺麗なのは素敵ね」
母さんはうっとりして言った。
神々を満足させる試合をしたら、精霊たちに祝福してもらえるのだとしたら、準決勝、決勝戦は相当いい試合にしなければいけないだろう。
地上と上空の精霊たちが混ざり合うと、父さんのスライムが主審と副審の間に降り立ち、パラシュートを消した。
「第三会場、第四試合、勝者ケインのスライム!」
主審の一声に会場中から割れんばかりの拍手が沸き起こった。
今会場に来た人なら、これが決勝戦だったのではないかと思えるほどの盛り上がりだった。
おまけ ~緑の一族と魔獣カード大会~
魔法学校の魔獣カード大会当日はお祭り騒ぎだった。
大会会場以外にも倶楽部活動展示があったが、予選落ちした部員たちが予選会の名勝負を部室で展示したところ大盛況だったらしい。
私は自分の試合に従妹たちの応援にと、大忙しで朝方にチラッとしか見れなかった。
生徒たちの魔術具の露店や、屋台も出ていたので決勝進出を決めた従妹たちと一緒にカイルのおでんの屋台に行った。
「カイル君たちなら実行委員に呼ばれてなにやら魔術具を作りに行きましたよ」
はちまきのお礼と決勝戦進出を伝えに来たのに、居ないなんてちょっとがっかりだ。
「お嬢ちゃんたち決勝進出おめでとう。今日はもう片付けてしまう予定だから、これをおあがり」
カイルの屋台を手伝っていた商会の人が、私たちが来たら御馳走してほしい、とカイルが取り置きしておいてくれたおでんをくれた。
みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちたちが人前だから喋らないけれど、勝ったんでしょう?おめでとう!とばかりにミャァミャァ話しかけてきた。
スライムたちは無言で跳びはねてくれた。
それを見た通行人たちに、次々とおめでとう!明日も頑張ってね!と声をかけられた。
平民で決勝戦まで勝ち残った私たちのことを王都の市民たちは誇らしいらしい。
「ねえ、フエ、これ美味しいから食べてごらん」
串にささったフニャフニャな食べ物を従姉に差し出された。
こんな見たことも無い食べ物はカイルが考えた新しい食べ物だろう。
美味しい。
歯ごたえがしっかりあって出汁の味が染みている。
「味噌だれをつけても美味しいのよ……」
従妹たちと美味しいおでんを食べながら、明日もきっと、勝っても負けても楽しい日になると思っていた。
二日目の決勝戦は会場の熱気と演出が尋常じゃなかった。
王太子殿下がご臨席なさるということもあって、警備が厳しいことを想定していたから会場入りまでの間に何度も検問があり、時間がかかったが気にならなかった。
緊張して会場内に入ると、音楽が流れるし、スライムに光を当てられるし、場内アナウンスで名前を呼ばれると競技台の側の大きな白い板に私の似顔絵が映し出される過剰演出があった。
恥ずかしさで顔が赤くなりそうだったけれど、深呼吸して心拍数を整えた。
顔をあげて花道をまっすぐ歩くと、みゃぁちゃんのエスコートに促されて所定の位置に立ち、選手全員が揃うのを待った。
華やかな選手入場が終わると、国歌が流れ会場中で斉唱が始まると王太子殿下が入場された。
王子様然とした美青年で穏やかな笑みを浮かべている。
あの人が次期国王なのか……。
評判は微妙だけれど、存在に花のある人だな。
スライムたちに照らされて歩く王子様は私の人生に係わることのない雲の上の人だ。
それよりも、ウィル先輩の勝負が白い板に映し出されることに衝撃を受けて、王族がご臨席なことをすっかり忘れてしまった。
ウィル先輩は奇想天外な戦法で勝利し、従妹たちの団体戦ではハラハラし通しだった。
従妹たちが何とか勝利すると会場はお昼休みになった。
屋台はたくさん出ているけれど、混んでいるだろうから魔獣カード倶楽部の部室の隅で従妹たちとお弁当を食べる予定だった。
会場を出るとたくさんの人たちに囲まれた。
「優勝おめでとう!」
「いい試合だったよ!」
「次は嬢ちゃんだ!がんばってね」
みんな優しい言葉をかけてくれる。
「ありがとうございます。私たちは昼食に向いますから」
人ごみを押しのけて部室に向おうとした私に何かを押し付けてきた人がいたので、思わず握るとそれは封筒だった。
何とか部室にたどり着き部員たちに祝福されながら、みんなで楽しくお弁当を食べた。
「さっきの封筒って何だったの?」
従妹に言われて机の片隅に置いていた封筒を開けると、中には一房の茶色い長い髪の毛が入っていた。
「なにこれ?気持ち悪い!」
従妹の声にキャロお嬢様が振り向いた。
「どういたしましたの」
人ごみで押し付けられた封筒に髪の毛が入っていたことを告げると、ミーアが中身を改めてくれた。
髪の毛の他に紙切れが一枚入っていた。
『お前の聞き分けが悪いからこうなった』
書かれていた言葉に、この髪の毛が入学式の後に声をかけてくれた平民の女の子と髪の毛だと気が付いた。




