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第一回魔獣カード大会魔獣部門 低級魔獣クラス本大会 #3

 第二会場ではちょうどお婆のスライムとイシマールさんの妹のルカクさんの兎が対戦していた。

 あの兎がシチューになる寸前だった兎か。

 全身真っ白なフカフカな毛に目の周りだけ真っ黒な毛だけど、パンダというよりは歌舞伎の隈取のように凛々しい美しいウサギだった。

「カッコいい兎だね」

 そう言ったハルトおじさんは、みぃちゃんのスライムに勝利したハルトおじさんのスライムの二回戦が第二会場の第四戦なので兎を見たさに足を止めたぼくと動線が被ったのだ。

 ハルトおじさんのスライムの次の対戦相手はこの試合の勝者だ。

「そうでしょう。妹の自慢の兎です」

 第一会場二試合目だったイシマールさんが応援に来ていた。

 退場になっていない、ということは……。

「みゃぁちゃんのスライムに勝ったんだ!」

「ああ。何とか勝てたよ。魔力勝負というより、戦法の勝利かな」

 うわわ。

 従軍経験のある元飛竜騎士の戦法って何だろう?

 母さんのスライムと対戦する前に、ぼくのスライムの二回戦の相手はイシマールさんのスライムだ。

 簡単には勝てないだろう。

 お婆のスライムの猛攻をルカクさんの兎が土壁をピンポイントで補強しながら戦っている、面白そうな状況をしり目に、ぼくのスライムの二回戦の登録に行かねばならないので第一会場の受付に急いだ。

 ゆっくり観戦したかった。


 ぼくの両肩に乗っているスライムたちは思念を漏らすことなく集中している。

 次の対戦相手は総魔力量対決ではない。

 戦いを知り尽くした男のスライムとの対決だ。


 第一会場の受付で二回戦の出場登録を済ませると、ケインのスライムと辺境伯領出身なのに親族の伝手を使って他領から出場登録をした人のスライムとの対戦中だった。

 みゃぁちゃんのスライムがイシマールさんのスライムに負けた直後の対戦だから、頭をいったん冷やしたのか、直情型だと思っていたケインのスライムがゆっくりと相手の出方を見ながら戦っている。

 “……負けて学ぶことだってたくさんあるわ”

 ポーチから顔だけ出しているみぃちゃんが思念をよこした。

 ぼくのスライムたちは思念を遮断して両肩の上で置物と化している。

 “……なんだかわかるよ。私も圧勝したけど、実践の学びをもっと探求した方が良かったのかと思うんだ”

 同じく鞄から顔だけ出したキュアが言った。

 “……ジーンは凄いよね。すべての魔獣を見たわけでもないのに、図鑑の生態分布から特性を推測して魔法陣を構築するんだもん”

 それはぼくも思った。

 生き物はみな同じじゃない。

 生まれ持った素質に、環境に適合して育ち、神様のご加護で突然変異も起こる……。

 だああああああああ!

 それだ!

 母さんは魔法陣を段階的に変化させている!

 ぼくたちの家族や学習館の前身である遊び部屋で遊んでいた魔獣カードは魔獣の生まれ持った素質に伝説の要素を魔法陣に組み込んであるのだろう。

 次の進化はハルトおじさんが本格的に事業展開を始めた時に、量産型が印刷で製造されるようになった時に出身地の違いを紛れ込ませたのだろう。

 遊び心いっぱいな母さんならキャロお嬢様の金箔の装飾を施されたものより、何の変哲もないカードに特殊性を持たせてみたくなったのだろう。

 “……ご主人様。正解です。緑の一族が世界中に散らばっているというカカシの話を聞いて、ジーンはたくさん流通している低級魔獣に地域性の属性を加えました。更に、神々に注目を浴びるとご加護が増えることに注目して、リーダーのカードを作りました”

 知っていたのなら何で教えてくれなかったの?

 シロに問いただしたら思念を遮断された。

 うわぁ、久しぶりだな。この感覚!

 精霊は自分の都合で情報を出し惜しみしたり、誘導したりする。

 魔獣カードはみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが楽しんでいる娯楽だから情報を出し渋ったんだ。

 前々から何となく感じていた、ぼくの魔獣たちとの対立、というか、そこまでではないにしても、確執?そんなに対立していない……。

 “……いたずらっ子だった精霊の残滓だよ”

 みぃちゃんがシロになる前の精霊たちとのやり取りを精霊言語で映像をつけて、ぼくにぶつけるように送ってきた。

 肩から下げた鞄に居たキュアもその思念を受け取ったようで、鞄がバイブレーションのように震えるほど笑っている。

 自走式掃除機で踊りを踊るように唆されて、回転させられて飛ばされたり、洗濯機の魔術具のご褒美のカリカリの量を増減させられたりしていた。

 一時、カリカリが急激に減ったのは精霊たちと遊んでいたからなのか!

 “……シロは寂しかったんだね。魔獣カードは先の予測がつくシロとは誰も遊んでくれないもん”

 キュアが核心をついた。

 そっか、寂しかったのか。

 でも、ぼくもシロと魔獣カード対戦はしたくない。

 あれ?

 シロは誰が優勝するのか、もうわかっているのかな?

 “……ご主人様。確定している未来はありません。……勝負の行方を神々も楽しみにされています”

 勝負に精霊たちが干渉している気配はないけれど、スライムたちの魔法陣の技のキレの良さから、この競技場内の精霊密度が濃いのがわかる。


 ケインのスライムが最後の攻撃で手加減を止め、対戦相手のスライムを戦闘不能にして勝利した。

 次の試合はぼくのスライムの番だ。

 誰が勝つかがわからないから勝負は面白いのだ。


『第一会場、第四試合、受付で抽選を始めてください』

 場内アナウンスが流されたので再び受付に向かうと、イシマールさんが小走りでやって来た。

「どっちが勝ちましたか?」

 スライムたちがくじを引いている間にお婆のスライムとルカクさんの兎の勝敗の行方を訊いた。

「まだ決着はついていないが、ジェニエさんのスライムが優勢だよ」

 第二会場はまだ第二試合で止まっている。

 第一会場は母さんのスライムが、第三会場はぼくのスライムが試合開始早々に勝利してしまったため、第二会場が進行が遅く感じてしまう。

『試合会場の変更の案内をいたします。第二会場第三試合を第一会場第四試合の前に行います。登録選手の移動をお願いいたします』

 父さんと辺境伯領の文官がスライムを抱えて駆け足で第一会場に来た。

「……この大会、ハルトおじさんとルカクさん以外辺境伯領出身者ですよね」

「まあ、そうだな。魔獣部門は辺境伯領と関係者以外、使役魔獣が魔法陣を行使できると思えないから、数年間は辺境伯領がこの部門を制するだろうね」

 イシマールさんはイザークやウィルが一般大会に出場するようになるまでは無双するだろうと言った。

 ぼくとイシマールさんがそんな話をしていると受付のテーブルから圧がきた。

 ぼくたち二人がスライムたちを見ると、ぼくのスライムが後攻のくじを持ち、ハルトおじさんのスライムが先行のくじを持って、よそ見をするなと睨みつけるように圧をかけていた。

「ぼくのスライムが後攻ですね。お手柔らかにお願いします」

「ハハハハハ。俺のスライムは負けないように精いっぱいやるだけだよ」

 そんな話をしていると第一会場の競技台から閃光と爆音がした。

 黒い煙が競技台を覆っている。

「先攻は父さんのスライムだったんだよね」

「やり過ぎだろう」

 主審が清掃の魔法をかけて煙を収束させた。

「第一会場、第二会場の第三試合、勝負あり!ジュエルのスライムの勝利」

 競技台の上では父さんのスライムが誇らしげに胸を張り、対戦相手のスライムが溶けたバターのように広がっている。

「家族のスライムたちの戦いを見て興奮している状態で、なかなか自分の試合が回って来なかったんだ。待たされた分だけ容赦なくなったんだろうな」

 第三会場では母さんのスライムとマルクさんのスライムの試合が始まっている。

「お待たせしました。第一会場第四試合出場選手、位置についてください」

 第一会場の主審に促されてぼくとイシマールさんのスライムは競技台に向かった。


「第一会場、第四試合、試合開始」

 主審の一声に、先行のイシマールさんのスライムが競技台全体に魔法陣を広げた。

 みぃちゃんのスライムのようにひたすら隠れることを阻止したのだろう。

 ぼくのスライムはみぃちゃんのスライムを参考にした土魔法に風魔法を組み合わせた土竜と大鷲のハイブリッド要塞を作り競技台の上を浮いている。

……見た目は羽の生えたチョコボールだ。

 イシマールさんのスライムが展開した魔法陣は捕食植物の幼体だ。第一ターンでは自分の魔力を極力使わず相手のダメージでポイントを稼ぐつもりだろう。

 飛んだぼくのスライムはノーダメージだったが、飛べないスライムは完全に餌食になるしかない嫌な手だ。

 イシマールさんのスライムは虹鱒三匹の水鉄砲で三方から羽の生えたチョコボールみたいなぼくのスライムを集中攻撃した。

 ぼくのスライムはチョコボールの下部にも羽を生やし、大鷲の羽ばたきで水を跳ね返した。

 イシマールさんのスライムにしては単調な攻撃だ……。

 そう思った時には、ぼくのスライムのチョコボールの羽が切断されて競技台に落ちていった。

おまけ ~緑の一族と公爵子息~


 従妹たちが商会まで毎日迎えに来てくれる。

 みんなで図書館に通って勉強したり、カフェテリアの一角で魔獣カード無双したり、楽しい学校生活を送っている。

 商会の手伝いや、週末はジャニスさんのパン屋さんでアルバイトさせてもらえるし、祠巡りでポイントが貯まるからからお金の心配もいらない。

 初級魔法学校の教育課程が変わって難しくなった、と年上の兄弟がいる生徒たちが嘆いていたが、辺境伯寮生は常識を学んでいるんだから難しくなっているわけではない、と言って初回の授業で合格していくのが当たり前だった。


 学年を越えて受講するようになると、意地悪そうな同級生と会うことも無くなった。

 このまま卒業まで関わることも無いだろうと軽く考えていた。


 魔法学校の魔獣カード大会は学年別だった。


 予選会の審判員は大会実行委員が務めているのでルールに則って判定してくれる。

 私が連勝するのは魔法学校に入学する前から飛竜の里や緑の一族の村で特訓していたからに過ぎない。

 おさがりの魔獣カードは上級魔獣のカードは少なく、低級魔獣カードでいかに勝つかをみんなで研究したのだ。

……毛色の違う溝鼠は意地汚い手を使う。

……育ちの悪い奴は浅ましい勝負を仕掛けてくる。

 初級魔法学校の廊下で見ず知らずの生徒たちにすれ違いざまに呟かれる。

 突然足を差し出して転ばそうとしたり、背中をドンと突き飛ばそうとされたりすることはよくある。

 大奥様との特訓で足を差し出されたら跳んでかわせるし、背中を押される前に向きを変えて相手が勝手にバランスを崩して転ぶようにもできる。

 予選会の会場を出ようとしたときに扉の両側から足を投げたしている二人の男子生徒がいた。

「フエちゃんの側に近寄ってくる人って、自分の体の大きさを把握していないのか、だらしなく足を出したり、突進してたりする人が多いよね」

 冷笑の貴公子の異名を持つウィル先輩がハッキリと回りに聞こえる声量で言った。

 魔法学校でもウィルと呼んで欲しいと本人に言われているが先輩をつけることで勘弁してもらっている。

 公爵子息だなんて知らなかったから気さくに呼べたのだ。

 知ってしまうと恐縮してしまう。

「出入口を塞ぐなって、教育を受けたことがないの?」

 ウィル先輩は貴族らしい上質な生地の制服の男子生徒たちに嫌味を言って避けさせた。

「一位通過しそうだったのに、予選会を一敗したのはなんでかな?」

 ウィル先輩は私の予選会の成績を全て知っていた。

「……負けないと、最上位クラスに残っている二人の平民を苛めてやる、と書かれた手紙が靴箱に入っていました」

 ウィル先輩にエスコートされながら移動するととても目立つ。

「証拠を残してくれるなんて親切な脅迫だね。手紙を見せてもらえるかな?」

「手紙はもう大奥様に鳩の郵便で送りました」

 どんな些細な嫌がらせでも毎日大奥様に報告している。

 下駄箱の脅迫文は他人を巻き込むものだからすぐに報告をした。

「いつも一緒の従妹がいないのに会場を出ようとしたのは何でかな?」

「基礎魔術の先生から職員室に来るようにと伝言をもらったからです」

「その伝言を知らせに来たのは誰だい?」

「今日の試合に負けなければ苛めてやる、と指名されていたうちの一人です」

 ウィル先輩はハハハハハ、と軽快に笑った。

「わかりやすい罠なのに一人で向かおうとしたのかい?」

「職員室まで無事にたどり着けたら私が勝ちのゲームだからです」

「寄り道しながら罠を迂回するってわけだね?」

 ウィル先輩は職員室と別の方向に歩いていたことで、私の作戦に気付いたようだ。

 足を止めると、私の手を一瞬離して踵を翻し、再び私をエスコートして職員室に向った。

「どんな罠を仕掛けているか気になるじゃないか。一緒に見に行こう!」


 優しさなのか自分の好奇心を満たしたいだけなのか、ウィル先輩はよくわからない人だ。

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