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第一回魔獣カード大会魔獣部門 低級魔獣クラス本大会 #2

虫に関する描写があります、苦手な方はご注意ください。

 競技台の上の二匹のスライムはどちらが勝者かは火を見るよりも明らかだった。

 対戦相手のスライムは溶けたバターのように広がっていた。

 ぼくは対戦相手のスライムの使役者にスライム専用の回復薬を手渡して、ぼくのスライムの過剰攻撃を詫びた。

「いえ、構いませんよ。予想通り、初手で完敗です。でも、この回復薬は喉から手が出るほど欲しいので頂きます。どんな手段を使ったのか詳しく教えてください!」

 まくし立てるように質問が来たが、副審から次の試合が滞るから早く退場してほしい、と要望が出たので溶けかけのバターになったスライムを回収して対戦相手は下がっていった。

 “……実際にダメージが出過ぎないように回復薬の魔法陣も時間差で出したよ”

 ぼくのスライムはオーバーキルじゃないと主張をしたが、次の試合のみぃちゃんのスライムが、位置について、と呼ばれているのでそれどころじゃない。

 競技台の反対側では、ハルトおじさんのスライムがすでに競技台に乗っている。

 頑張れよ!

 ぼくがみぃちゃんのスライムを競技台に送り出すと、強烈な思念が飛んできた。

 “……わたくしはやり遂げます”

 ハルトおじさんのパールピンク色のスライムの思念だ。

 戦場に向かう武士のように覚悟を決めている。

 いや、ちょっと待て!

 この大会では命のやり取りなどない。

 完全に安全に配慮したエンターテインメント要素を含んだ大会だ。

 ちょっと玉取ってきます、なんて、やくざな世界観でもない。

 “……わたくしはあなたたちが憧れでした”

 競技台に上がったみぃちゃんのスライムにハルトおじさんのスライムが語り掛けた。

 そうか、心理戦か?

 “……あなたの姐さんたちの教えでわたくしは成長いたしました。ですが、今日の勝負は別です。姐さん、見ていてください”

 先ほど試合を終えたぼくのスライムがぼくの肩の上でこくんと頷き、みぃちゃんはベルトのポーチから頭だけ出してハルトおじさんのスライムをじっと見つめた。

 肩に下げた鞄からキュアも顔を出しているが、キュアは姐さんじゃなくて妹だよ。

「……両者位置についてください」

 主審の声に促されてみぃちゃんのスライムも所定の位置についた。

 “……あたいはまだ若いスライムだけど、うちの姉さんたちの教えを毎日聞いて育っているの。あなたとは育ちが違うのよ!”

 ハルトおじさんのスライムの声掛けを挑発と受け取ったみぃちゃんのスライムが、下町娘の根性をみせるわ!と、ハルトおじさんのスライムに啖呵を切った。

 スライムたちの性別はみんな女の子なのか?

 “……ご主人様。スライムたちには性別はありません。あの子たちが偶々、人格の形成過程で女性らしさを選んだだけです”

 今日は完全に姿を現す気のないシロがぼくの疑問に即座に答えた。

 そうか。

 一人称だけならキャットファイトのようだが、ハルトおじさんのスライムよりぼくのスライムたちが一歩先に成長して、指導する立場だったことに、コンプレックスでも持っていたのかもしれない。

「第三会場、第二試合、試合開始!」

 主審の一声に、二匹のスライムたちが即座に魔法陣を出した。

 先攻のハルトおじさんのスライムはキュアたちの見本試合から魔獣カードの魔法陣は使用枚数に制限がないことを学習し、無数の魔法陣を展開してきた。

 防御側のみぃちゃんのスライムは個性的な魔獣カードの魔法陣を出してきた。

 ベルトのポーチから観戦しているみぃちゃんがフフっと笑った。

 鞄から顔だけ出したキュアも楽しそうに二匹のスライムを見ている。

 “……さすがは王族のスライムだね。初手から魔力のごり押しで来た”

 “……あんなのたいしたことないよ”

 みぃちゃんの見立てにキュアが突っ込むと、最強魔獣の基準で語るな、とぼくのスライムが更に突っ込んだ。

 ハルトおじさんのスライムが魔法陣に魔力を流して技を発動させた。

 蚯蚓(みみず)のカード魔法陣で土魔法に影響を及ぼし、肥沃の大地とすることで、鉱山土竜によるレアメタルの要塞化を阻止した。

 そして、みぃちゃんのスライムの土魔法による防御を弱体化させたうえで、虹鱒の水砲に灰色狼の氷結を加えてみぃちゃんのスライムの防御の土壁の破壊を試みた。

 みぃちゃんのスライムの防御の土壁があえなく崩壊するが、土壁の奥に塹壕を構築していた。

 そのまま鯉の滝登りの魔法陣で塹壕を城のお堀のように水攻めにした。

 みぃちゃんのスライムが塹壕に身を隠していたのなら、ダメージを負わせることが出来ただろう。

 しかし、奇想天外な思考の持ち主のみぃちゃんのスライムは定石通りの行動をしなかった。

 たくさんの見せかけの防御の魔法陣を張りながら、冬眠中の熊のカードの魔法陣を使い、お堀の塹壕より傾斜のある所を作り、更にその深くに籠城していたのだ。

 穴熊かよ。

「第三会場、攻撃終了」

 主審による時間切れの宣告で、ハルトおじさんのスライムの攻撃ターンはここで終わった。

「第三会場、両者位置について」

 スライムたちの攻防は多彩な技で競技台全体を使うため、常に試合開始位置に戻す手間がある。

 “……流石ですわ。わたくしの一回目の攻撃をダメージゼロに抑えるなんて素晴らしいですわ”

 “……あたいの守りは鉄壁よ。でも、攻撃の方が得意なのよ”

 みぃちゃんのスライムがハルトおじさんのスライムを挑発してた。

「第三会場、攻撃開始」

 主審の一声に、みぃちゃんのスライムは素早く魔法陣を連打した。

 ハルトおじさんのスライムが卵型の土壁の要塞を出すが、みぃちゃんのスライムの出した魔法陣がハルトおじさんのスライムの卵型の土に張り付いて土の中に消えた。

 “……あたいの攻撃は容赦ないのよ!”

 ハルトおじさんのスライムは自分が攻撃の時に使った蚯蚓対策として、鉱山土竜二匹分の固い土壁を素早く展開しようとしたが、みぃちゃんのスライムが仕掛けた魔法陣の発動の方が早かった。

 ギャァァァ。

 第三会場を注視していた観客の一部から悲鳴が上がった。

 ぼくもこういうのは苦手だ。

 ハルトおじさんのスライムの卵型の土壁から大量の蟻があふれ出てきたのだ。

 昆虫は嫌いじゃないけれど黒光りした小さな物体がわらわらとあふれ出てくるのは苦手だ。

 崩壊した卵型の土壁にリーダーを携えた灰色狼三匹がブリザードを吹き付けると、蟻の集団は動きを止めた。

 味方にも容赦ない攻撃だな。

 ハルトおじさんのスライムは土壁を再構築しながら虹鱒の水鉄砲を霧状に噴射し、灰色狼の攻撃を利用して卵型の土壁を補強した。

 灰色狼たちは即座に攻撃を止めた。

 “……フフフ。引っ掛かったね”

 ぼくのスライムが肩の上で笑うように震えた。

 みぃちゃんのスライムは最初に連打した魔法陣に仕掛けがあったのだろう、ハルトおじさんのスライムの卵型の氷結した土壁が爆発した。

 中から大量の蜂が飛び出したのだ。

 卵型の土壁の要塞の中で熱殺蜂球でもしていたのか!

「第三会場、攻撃終了!」

 主審の一声で、みぃちゃんのスライムは全ての魔法陣を消し、昆虫と灰色狼たちが消えた。

 ハルトおじさんのスライムも卵型の土壁の残骸を消し、ダメージが少ないことをアピールするかのように触手を伸ばして手を振るように動かした。

 主審と副審が代わる代わるハルトおじさんのスライムをチェックして判定が降りた。

「第三会場、ハルトおじさんのスライム、ダメージポイント150」

 判定ないように会場がざわついた。

 “……ご主人様。辺境伯領の予選会では一発退場のダメージポイントです”

「第三会場、両者位置についてください」

 主審の声に会場内が更にざわついた。

 試合続行なのか!さすが王族そっくりさんのスライム!といった感想が聞こえてきた。

 “……わたくしはまだまだ出来ますとも”

 “……あたいもあんたがこの程度の魔力でくたばるとは思っていないわ。勝負はまだ中盤よ”

 両者が所定の位置につきながら闘志をみなぎらせて向かい合った。

「第三会場、攻撃開始!」

 両者とも素早く魔法陣を展開させると、みぃちゃんのスライムは魔力量を見せつけるかのように土の城を構築した。

 派手な要塞に観客たちから、おおおおお、と歓声が上がった。

 ハルトおじさんのスライムは城を崩壊させるべく、蚯蚓と水鉄砲を放った。

 土の城は水の攻撃であっさり流された。

 崩れた土の城の中から現れたのは四角いセメントの箱だった。

 “……相変わらず奇抜なことをするのですね。ワクワク致します”

 ハルトおじさんのスライムの思念にみぃちゃんのスライムは答えない。

 ハルトおじさんのスライムは土竜三匹で穴を掘り火鼬二匹の火炎砲であぶり出しを図った。

 “……かくれんぼは終わりですよ。あなたはここです!”

 ハルトおじさんのスライムはセメントの箱ではなく、土の城が流れ落ちた残骸に土蜘蛛を放ち、泥ごと蜘蛛の巣に包み込んだ。

 みぃちゃんのスライムは蜘蛛の巣の中に居たようで、泥を丸く固めたかと思うと泥から大鷲の翼が生えた。

 翼の生えた泥玉が競技場上空へと飛び立とうとしたところを、土蜘蛛が蜘蛛の糸を飛ばして泥玉を捕まえると、ぶんぶんと上空で振り回した。

 プチン。

 高速回転させた泥玉を繋いでいた土蜘蛛の糸が切れた。

 羽の生えた泥団子は遠心力のなすがまま観客席の方へぶっ飛んでいった。

 現象認識したみぃちゃんのスライムは遠心力には逆らえず、辛うじて三つ子たちの居るボックス席に飛び込んで方向転換した。

「第三会場、試合終了!カイルとみぃちゃんのスライムが競技場から飛び出たため反則負けです」

 昨日の見本試合ほど強力な防御の魔法陣が競技場にかけられていなかったため、観客席まで飛び出してしまったみぃちゃんのスライムは反則負けになってしまった。

 “……ごめんなさい。着地しないで飛んでいるだけなら場外判定にならないと思い込んでいたの”

 みぃちゃんのスライムが羽の生えた泥団子のまま第三会場に戻ってくるなり、ぼくに謝罪の思念を送ってきた。

 両者のスライムが魔法陣を解くと、主審が改めて細かいルールを説明した。

「魔獣部門は魔獣が競技台から落ちたら反則負けだけれど、地面に体が触れずに競技台に戻ってこれたら反則ではなく試合続行です。今回は観客席まで飛んで行ったけれど、切り返して壁にも床にも触れずに帰って来れました。ですが、観客席は競技場外、と大会規約で決まっています」

 主審の説明にみぃちゃんのスライムはわかりましたというかのように頷いて納得した姿勢を見せた。

「いい戦いでしたよ。第三試合を行うのですみやかに退場してください」

 副審に促されたみぃちゃんのスライムはぼくの左肩に飛び乗ると、プルプル震えだした。

 悔しくて泣いているようだ。

「なかなかハラハラする試合展開だったよ」

 ハルトおじさんが勝利した自分のスライム撫でながら、ぼくとスライムたちに声をかけた。

 “……わたくし、どうしても勝ちたかったのです”

 “……勝負なんて、そんなもんよ”

 落ち込んでいるみぃちゃんのスライムに代わって、ぼくのスライムがハルトおじさんのスライムに答えた。

 “……わたくし、王族のスライムとして、どうしても優勝したいのです!”

 ぼくのスライムはぼくの右肩でニヤリと笑った。(ような気がした)

 “……あたいが決勝でけちょんけちょんにしてあげるわ!”

 そうなのだ。

 ぼくのスライムは決勝までハルトおじさんのスライムに当たらない。

 その前の準決勝で母さんのスライムと対戦するのに、啖呵切っちゃったよ。

おまけ ~緑の一族の友人たち~


 入学式には大奥様が貴賓席に招待されていた。

 上位貴族に挟まれているのに臆することなく毅然と前を向いている。

 大奥様にあんなに指導してもらったのだから、俯いては駄目よ。

 自分に言い聞かせて新入生代表挨拶を終えた。


 入学式が終わるとクラス分けがあり、入試上位20人のクラスに私を含めて3人も平民がいた。

「フエちゃんの挨拶、カッコよかった!」

 平民の二人は新入生代表が平民だったことが誇らしかった、と小さな声で伝えてきた。

 祠巡りの流行に、商家の子どもたちは入学前から家庭教師を雇うことも珍しくないことから、いつか準貴族の子弟でない平民から新入生代表者がでるだろうと思っていたらしい。

 初回の授業の前に仲良くなれそうな生徒がいて良かった。

 創造神に魔法行使の制約をすると、ようやく魔法が学べる喜びに胸が熱くなった。

 初めて自分で書く魔方陣に興奮して手が震えてしまう。

……クスクスクス。

……毛色の違うドブネズミが震えているよ。

 入学準備で練習した罵詈雑言集の中にもあった、聞こえるか聞こえないかの声量で言われる悪口だ!

 あれは大げさじゃなかったんだ、と思うと始めて魔法を学ぶ興奮が冷めて手の震えが止まった。

 幾何学模様をコンパスなしで描く練習は散々してきた。

 私は初級基礎魔法の授業を一番早く終了させた。

 

 授業が終わると男女5人の貴族の生徒に取り囲まれたが、義姉妹の従妹たちがキャロお嬢様を連れて教室のドアを開けた。

「「「「キャー!フエちゃん。新入生代表おめでとう!」」」」

 従妹たちとキャロお嬢様とミーアが近寄ると、私を取り囲んでいた貴族の生徒たちがすうっと離れた。

「あの方たちは?」

 ミーアが尋ねると、私はまだ自己紹介もしていないので、と首を傾げた。

「あら、それはお邪魔してしまったようね。ごめんあそばせ。でも、お昼休みは限られておりますから、フエちゃんは私たちがお連れ致しますね」

 オホホホホホホ、と普段は滅多にしない高笑いをしながらキャロお嬢様は私の手を取って教室から出た。

「意地悪そうな相手に高飛車お嬢様ごっこを仕掛けるのがお好きなのです」

 ミーアが廊下を美しい姿勢で急ぎ足をする高等技術を披露しながら、キャロお嬢様の性癖を暴露した。


 連れて行かれた先は新設されたばかりの魔獣カード倶楽部の部室で、黒板に大きくおめでとう!と書かれていた。

 入学おめでとう!新入生代表おめでとう!と辺境伯寮生たちが祝ってくれる。

 カイルの親戚の女の子ということで皆歓迎してくれる。

 カイルは入学のお祝いに魔術具のペンをくれた。

 ペン先がジーンさんの細工で、市販されていない一品だ。

「魔力操作の授業が終わってから使ってね」

 ケインもこれがあると授業が捗る、と使用方法を教えてくれた。

 優しい生徒たちに囲まれて美味しいお弁当をたくさん食べて、幸せな気持ちでいっぱいになって午後の授業に臨んだ。

 

 午後の授業は楽しかった。

 辺境伯寮生の新入生が十人もいたからだ。

 お昼休みに魔獣カード倶楽部で一緒にお弁当を食べた縁が出来ていたので、自然と一緒に課題をこなした。

 皆優秀なので私が課題を終えるとすぐに皆も追いついた。

 嫌味や嫌がらせを受ける隙がないように守ってもらっているようで嬉しかった。

「私たちは優秀な人の手元を見て学んでいるんだから、私たちがフエを守るのは当然よ」

 辺境伯寮生は心構えが優秀なのだ。

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