第一回魔獣カード大会魔獣部門 低級魔獣クラス本大会 #1
魔獣部門は辺境伯領以外の会場は予選らしい予選がなく本大会に出場しているので、トーナメントの抽選には見えざる神の手(実行委員)の介入があったようだ。
出場魔獣十六匹中、七匹がうちの家族のスライムなのに誰も一回戦から対戦しないのだ。
そのうえ、階級分けが破綻していた。
エントリーした魔獣の魔力量ではなく、一般的な階級分けで低級中級上級魔獣と分けられてしまうと、スライムたちは低級魔獣だ。
兎や栗鼠や鼠と同等に扱われる。
光る苔を摂取したぼくたち家族のスライムが低級魔獣扱いなのだ。
魔法学校生で出場登録をしているのは魔法学校の大会に出場しなかった、ぼくとケインしか登録していない。
ウィルやイザークの砂鼠は登録していないので、実力を発揮する機会が与えられなかった。
きっと来年は魔法学校でも魔獣部門が出来るだろう。
魔獣部門の会場は前日の見本試合同様、守りの完璧な騎士団の競技場だった。
ぼくたち家族が競技場に着いた時には抽選会が既に終わっており、対戦相手が決定していた。
家族で登録しているスライムたちは、ぼくとケインと父さんと母さんとお婆とみぃちゃんとみゃぁちゃんのスライムたちで、みぃちゃんとみゃぁちゃんのスライムたちは、ぼくとケインの低級使役魔獣としてぼくたちだけスライムを二匹登録している。
辺境伯領からはうちの家族以外に二匹の出場登録があり、ボリスの父マルクさんと、イシマールさんのスライムたちが出場する。
キュアたちの見本試合はOHPの魔術具で何度も検証したことで、レアカードの存在と発動条件が両方そろわなくてはキュアの技が再現できないことが証明されて、号外の瓦版が各所に立ち(提供、メイ伯母さんの商会)夕方には試合結果を歌にした(飛竜騎士団の飛竜の踊りや精霊たちの出現を叙情的に表現した)吟遊詩人が街角や七大神の祠の広場で歌い上げ、瞬く間に魔獣部門の奇抜さが王都中に広がった。
……魔獣部門はヤバいらしい。
そんな噂が先行して魔獣部門の観覧券の転売価格は天井知らずに上がり、当日券を求めて騎士団の門前に早朝から座り込む人たちがいる、とウィルが鳩の郵便で知らせてくれていた。
面白い試合展開にしなければ観客は納得しない。
そんな重圧を感じているのは人間だけで、スライムたちは鼻息も荒く(鼻はないし呼吸をしているのかはっきりしないが圧力でそう感じる)昨日からずっと脳内で模擬戦でもしているのか会場の雰囲気をガン無視している。
ぼくとケインは自分たちの猫たちとスライムたちの三匹の魔獣の対戦に付き合うために、今日の対戦スケジュールを確認して行動しなければならず、父さんと母さんとお婆も勝ち進む予定でいるため、三つ子たちの引率は兄貴が担当する。
過保護なハルトおじさんは未成年の引率で侮られないように(精霊魔法を使う兄貴は多分無敵だが念のために)、ハルトおじさんの執事を貸してくれた。
王都で今一番熱い現場の最前線に行けるので、役得なお仕事でございます、と快諾してくれた。
まだらな白髪を粋に感じさせる初老の男性が、昨日と同じボックス席にホクホクした顔で座っている。
ウィルとキャロお嬢様も自分たちの家でボックス席を押さえているくせに、兄貴と三つ子たちに合流している。
「ケイン。キャロお嬢様が手を振っているよ」
「みんなに向けて手を振っているんだよ」
広い競技場内は出場魔獣の使役者と審判と受付しかしないので、お揃いの服を着た目立つぼくの家族たちの集団にキャロお嬢様が手を振っている。
ぼくたちが手を振り返すと、三つ子たちがぴょんぴょん跳びはねているのが見えた。
みぃちゃんとみゃぁちゃんの試合は午後からなので、ぼくとケインのベルトのポーチから顔だけ出している。
キュアも大人しく鞄に入っている。
「魔獣使役者十四人中五人がうちの家族だぞ。二回戦以降対決するけれど、手加減はしないからな」
父さんだって勝ちたいんだ!と大人げない勝負をすることを宣言した。
順調に勝てば二回戦は、父さんのスライム対ケインのスライム、母さんのスライム対マルクさんのスライム、お婆のスライム対みぃちゃんのスライムかハルトおじさんのスライム、ぼくのスライム対みゃぁちゃんのスライムかイシマールさんのスライムと対戦することになる。
低級魔獣会場は競技場内に三会場用意されているので会場番号を呼ばれたらその会場にすみやかに移動しなければ失格になってしまう。
ぼくたちは自分たちの第一試合の会場に移動した。
ぼくのスライムは第三会場の第一試合で、みぃちゃんのスライムが同じく第三会場の第二試合なので移動せずに済む。
ケインも一回戦は両試合とも第一会場で移動なしだ。
本当に厳正な抽選の結果こうなったとは思えないが、会場をあちこち移動しなくて済むのは助かるから追及しないでおこう。
『各会場の第一試合第二試合の方、受付を行ってください』
第一会場の第一試合は、母さんのスライム対、辺境伯領騎士団員のはずなのに奥さんの実家で出場登録した顔見知りのスライム。
第二会場の第一試合は、マルクさんのスライム対、辺境伯領騎士団員なのに出生地で出場登録した人のスライム。
第三会場の第一試合は、ぼくのスライム対、辺境伯領の市電関係で見かけたことのある人が奥さんの実家で出場登録した人のスライムだ。
午前中に準決勝までの十四試合、一会場で四、五回戦こなさなくてはならないので、受付と同時に対戦相手と先攻後攻のくじ引きを同時に行った。
第一試合のぼくのスライムが先攻を引くと、対戦相手のスライムの使役者がガックリと肩を落とした。
「……一撃で戦闘不能にしないでくださいね」
「試合内容は本人に任せています。おそらく手加減はしないと思いますよ」
ぼくのスライムはくじの置かれた受付のテーブルの上で胸を張るようにプルンと震えた。
対戦相手のスライムも負けじとプルンと震えた。
「ああ、間に合った」
第三会場第二回戦みぃちゃんのスライムの対戦相手のハルトおじさんのスライムが、くじの置かれた受付のテーブルに滑り込むと、ハルトおじさんが良かった間に合った、と肩を撫で下ろした。
一般人、ハルトおじさんと登録していても、王族のそっくりさんとして、あちこちで呼び止められて会場内の移動を円滑に行えなかったようだ。
みぃちゃんのスライムとハルトおじさんのスライムが同時にくじを引いた。
先攻はハルトおじさんのスライムだった。
お手柔らかにお願いいたします、と言うかのようにみぃちゃんのスライムはハルトおじさんのスライムに頭を下げるように体の上部を傾げた。
ハルトおじさんのスライムも、こちらこそよろしく、とでも言うかのように体の上部を傾げた。
お行儀の良い振る舞いに受付のお姉さんの顔がほころんだ。
第二試合の二匹は外面を気にする余裕があるようだ。
「素敵なおじ様との対決ですが、ぼくの猫のスライムはなかなか奇抜なことを考えるスライムなので、おそらく手加減は致しません」
「私のスライムも本気でぶつかって来てくれることを期待しているはずだよ」
ぼくたちがそんな話をしていると第二会場の受付が騒がしくなった。
第二会場の第二試合はお婆のスライム対、イシマールさんの妹のルカクさんの兎だったはずだ。
「低級魔獣部門唯一のスライム以外の出場登録魔獣だ。勝ち進んでほしいところだが、ジェニエさんのスライムと対戦するなら難しいだろうな」
ハルトおじさんが残念そうに言った。
確かに異種魔獣対決は面白そうだ。
サッサと試合にカタを付けて、見に行きたいな。
『第三会場第一試合の出場魔獣は位置についてください』
場内アナウンスに従ってぼくのスライムは第三会場の競技台に上がった。
各会場の第一試合の出場魔獣が競技台に上がると会場内に拍手が起こった。
『ただいまから第一回魔獣カード大会魔獣部門、低級魔獣クラスの本大会を開始いたします。先攻後攻に分けた攻防を三回繰り返し、攻撃が利いたポイントを加算し、ダメージを受けたポイントを差し引いて、総合ポイントが高い魔獣が勝者となります。なお円滑に次の攻撃が出せないような深刻なダメージを受けた場合は、審判の判断で試合を中止しその場で敗退が決定します』
初回の攻撃でボコボコにすれば三ターンも試合をしなくていいのだ。
『試合開始の合図の後に使役者が使役魔獣に魔力を譲渡すると失格となります』
魔獣カードを使用しない魔獣部門では同じ魔獣の魔法陣でも魔法陣に流し込む魔力の量で技の効果に差が出る。
途中で使役者に魔力を譲ってもらえないということは、スライム自身の魔力量で勝負しなくてはいけない。
『魔力枯渇が疑われる場合は審判の判断で試合を中断いたします』
一回戦で魔力枯渇の心配はしない。
容赦なく叩きのめしてくれ!
『試合の開始、終了の合図は各会場の主審が行ないます。これより場内のアナウンスは各会場の選手呼び出しを優先するため、試合の実況は致しません。皆様各会場の主審にご注目ください』
会場アナウンスがそう告げると、第三会場の主審が両者に改めて位置につくように指示を出した。
スライムたちは所定の位置について向かい合い、覚悟を決めたように両者が頷いた。
「第三会場、試合開始!」
主審が大声でそう言うと、ぼくのスライムが即座に魔法陣を出した。
対戦相手のスライムが防御の魔法陣を出す前に魔法陣に魔力を流し、火鼬三匹と土竜二匹で正面の二方向からと地下トンネルから火炎砲を放ち、あっという間に対戦相手のスライムを蒸し焼きにしてしまった。
「第三会場、試合中止!」
主審の言葉にぼくのスライムは攻撃を止めた。
主審は対戦相手のスライムの防御が間に合わなかったため戦闘不能と判断した。
「勝負あり。カイルのスライムの勝利!」
ぼくのスライムが今大会の第一勝者だと思い聴力を強化した。
……第一会場第二試合開始!
はぁ?
母さんのスライムの試合はとっくに終わっていた。
おまけ ~緑の一族の養子~
緑の一族の養子になることを決めた。
決心のきっかけになったのは王都の魔法学校に進学することを勧められたからだ。
「王都の魔法学校に行っても、緑の一族の子になっても、あたしたちはずっとフエ姉ちゃんの心の妹よ」
飛竜の里の同室の女の子にそう言われて、ハナさんのうちの養子になって、メイさんの親戚として王都の魔法学校に通うことにした。
メイさんとジャニスさんの娘さんたち、カイルの従妹たちと義姉妹の関係になった。
三人でレンゲの花冠を被って、私たちは義姉妹よ、と誓い合うと、祝福してくれるように色とりどりの精霊たちがぼくたちの周りを点滅しながらクルクル回った。
何とも言いようのない幸福感で胸がいっぱいになった。
……母はこの儀式をしていたから助けが来ることを信じていられたのだろう。
メイさんの旦那さんの実家の商会は王都でも最大手の商会だった。
従業員寮があったが、母屋に部屋を用意してくれた。
大奥様は豪快な人で、メイの親族なら私たちの親族だ、とぼくを孫娘のように扱ってくれた。
「うちは大店だから、見くびられることはそうないけれど、フエは言葉使いを直しましょうね。魔法学校ではお貴族様が多いクラスになると今から予想できる魔力ですから、対策を立てましょう」
大奥様は一日中私を側に置き、話し方や、座る姿勢、歩く姿まで事細かく指導してくれた。
それは厳しい指導だったけれど、忙しい大奥様の時間を頂戴して指導してもらっているのだから、必死に体に叩きこんだ。
「魔法学校の制服は最高級の布で仕立てるわ。そんな恐縮した顔をしなくて良いの。これはあなたへの私たちからの合格祝いと同時に試練にもなるわ」
私はおそらく平民で一番の成績で入学することになるだろう、と大奥様は言った。
「あなたの賢さは滅多にいないレベルなの。お友達が優秀過ぎるから気付いていないのでしょうね」
大奥様が言うには、私が知っている魔法学校生たちは初級魔法学校の課程を一月程度で終えてしまう秀才たちばかりだから、私が考える普通の基準がおかしいらしい。
「肌の色以上に、貴方はとても目立つ存在になるでしょう。辺境伯領出身の有名人の親戚で、髪の短い美少女。あなたの存在自体を面白く思わない人が出て来るでしょう。だからこそ、隙が無い最上の生地の制服を着てほしいの。そのことが更に、人の嫉妬心に火をつけることになるかもしれないけれど、この制服があなたの戦闘服なの。どんな時も顔を真っすぐ上げていてね」
大奥様はそう言って、学用品も高級品を用意してくれた。
「こっちの学用品はあなたの新しい両親からのご注文の品だよ。あなたに選ばせたら遠慮して高価なものを選ばないだろうから、私に見繕ってくれ、と丁寧な手紙を頂いたのよ」
みんなの優しさに胸が温かくなった。
「泣かなくて良いから、笑顔になっておくれ。あ、悲しいことがあったらうちに帰って来て泣いて良いのよ。何でも私たちに相談してね」
持ち物を隠される、汚される、ということがあったら、すぐに相談しなさい、と約束させられた。
「相手が貴族だからって、その場で身を引いても、家に帰って来たらすべて話してね。私たちは商人だから、商人に喧嘩を売るとどうなるのか理解していただくだけよ」
平民が魔法学校で優秀だと受ける嫌がらせについて、入学前から入念に対策を立ててくれた。
ありがたいけれど、魔法学校とはそんなに恐ろしいところなのだろうか……。
入学式の前日に魔法学校から手紙が来た。
「フエ!さすが!天晴よ!!」
大奥様が小躍りするほど喜んだ。
私が新入生代表になってしまった。




