魔獣カード大会魔獣部門特別見本試合 #2
スライムたちはポケットからこっそりと見るのでは物足りなくなったのか、気が付けばみんな主人の肩に乗っていた。
ちびっこ飛竜の魔法陣を読み解こうと、父さんたちもみんなお行儀を捨てて前のめりになっている。
隣の辺境伯のボックスでも領主様とキャロお嬢様が身を乗り出している。
先ほど炎が止まったところまでは安全が確保されていると確信した多くの観客たちが、観覧席で前のめりになっている。
キュアも出現した魔法陣を読み解き、素早く防御の魔法陣を出した。
ちびっこ飛竜は魔法陣に魔力を流すと、火鼬が3匹出現しキュアを囲んで火炎砲を放つと、3羽の大鷲が羽ばたいてキュアを取り巻く3つの炎を大渦にした。
「魔法カードの使用枚数に制限がないのはずるいな。もう六枚もカードを使っているじゃないか」
ハルトおじさんが呟いた。
強力な炎がキュアを焼き尽くすように思われるほど時間が経過してから、主審のイシマールさんの飛竜が、クルックー、と一声を発した。
『飛竜の里の幼体飛竜の攻撃の時間は終了です』
ちびっこ飛竜が魔法陣を消すと、火鼬と大鷲も炎と共に消え失せた。
キュアが立っていた場所には、卵型の黒焦げの物体がプスプスと煙をあげていた。
「……蒸し焼き卵?」
キュアの蒸し焼きが出来上がっているのなら、主審の飛竜が止めていただろう。
黒焦げの卵型の土壁がパラパラと崩れ落ちるとつやつやの金属が現れた。
三匹の土竜が崩れ落ちた土から顔を出して観客に無事をアピールするかのように手を振ってニヤリと笑った。
土竜に余裕があるのも当たり前だ。
黒焦げの土が剥がれ落ちたキュアの卵(?)は、まるでチタン合金かタングステン合金か、とでもいうように炎の渦を耐えて銀色に光り輝いていた。
土竜三匹と言えばフエが所有するレアカードを思い出す。
キュアはちゃっかりレアカードの魔法陣を読み取っていたのだ。
銀色の卵に真横に亀裂が一周入った。
銀色の卵の殻の上部を羽で持ち上げたキュアが、お尻をフリフリ現れた。
日曜日の夕方のアニメのミカンから出てくる猫の絵が脳裏に浮かんで、噴き出した。
ぼくの失態は観客たちの歓声にかき消されて目立たなかったが、ぼくたちのボックス席内の注目を集めた。
ぼくは精霊言語で兄貴とケインにイメージ画像を送り付けると、二人とも噴き出した。
思念を拾ったみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちも笑い出した。
何が面白いの?と三つ子たちに詰め寄られたが、キュアが可愛い、としか言えなかった。
競技場では生還したキュアが魔法陣を消すと、土竜と卵の殻は消えた。
場内は割れんばかりの歓声に包まれた。
『凄まじい攻撃でしたが……、なんと!!王立魔法学校の幼体飛竜にはダメージが全くありませんでした!!』
アナウンスがキュアのノーダメージを伝えると、会場内は、あの攻撃でダメージがないのか!とか、あの卵の技は何だ!とどよめいた。
「土竜のカードにいったいどれだけの仕掛けがしてあるんでしょうね」
ハルトおじさんは制作者の母さんがいるから、その場で尋ねた。
「あれはキュアが上手に土竜のカードを使いましたね」
卵型に土壁を作るのは普通の土竜カード一枚で素早く作り、鉱山に住む土竜と、フエの土竜のリーダーカードで、土壌の希少金属を集めて要塞のような卵の殻を作り出したらしい。
「キュアはよくよくカードを研究したんでしょうね。普通のカードとほとんど見分けがつかないのよ」
母さんの言葉に、明日の自分たちの試合を控えた、みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが熱心に聞き入った。
「雑魚カードの中にも種類がたくさんあって微妙に能力が違うんですね」
「ええ。魔獣だって生き物ですもの。生息地の違いや、育成状況で個体の能力に差が出るものでしょう」
母さんの答えにハルトおじさんは唸った。
「それじゃあ、同じ魔獣の魔獣カードの魔法陣でも、そもそもたくさんのカードに触れているキュアの方が、飛竜の里の幼体飛竜より有利ということか」
「そうでもないはずですよ。飛竜の里でたくさんの里の子どもたちと遊んでいますから、キュアより実際に勝負しているカードに触れる機会は多かったはずですもの」
お婆の観察は的確だ。
キュアの交友範囲は家族と一部の寮生だけだ。
「なるほど。勝負はやってみなければわからないのか」
『それでは、王立魔法学校の幼体飛竜の攻撃の番です』
手を振って観客の声援に応えていたキュアは、真顔になって小さな右手を突き出し、魔法陣を出した。
大きな一つの複雑な魔法陣に見えるが、小さく何枚ものカードの魔法陣が重ねてある。
「キュアは本当に熱心に勉強したのね」
母さんも感心している。
「不死鳥のカードは魔獣部門でも禁止になったのだろう?」
一枚の破壊力が強すぎる不死鳥のカードは、発行部数の極端に少ないレアカードの使用禁止、という新しい規則が本大会で採用されたので、魔獣部門でも使えない。
「不死鳥のカードを幼体とはいえ飛竜が使ったら会場の結界を壊されそうですよ」
父さんがハハハ、と笑って言った。
競技場では飛竜の里の幼体飛竜が防御の魔法陣を出した。
キュアを見習って土竜のカードで卵型の土壁を作るようだ。
フエの土竜カードはないようで、三つの卵を作り出し交互に逃げ込んで耐える作戦にしたようだ。
相手の防御が完成するまで、キュアは魔法陣に魔力を流さないで待った。
先ほどの飛竜の里の幼体飛竜のターンでは、攻撃と防御を同時にしたため、観客に防御の技が良く見えなかったことを考慮したようだ。
余裕を見せたキュアが魔法陣に魔力を流すと、四匹の灰色狼がブリザードを起こし、氷の粒が三つの卵の土壁の周りをキラキラと輝きながら囲んだ。
リーダーの灰色狼がブリザードの息を強く吐くと、氷の粒があちこちで結合し始めた。
氷のナイフが無数に出来上がると、三つの卵型の土壁を四羽の大鷲が取り囲み、大きく羽ばたいて氷のナイフを風魔法で加速させ、卵型の土壁を針鼠にでもするかのように、ザクザクと突き立てた。
そんな上空に巨大な電気鰻が現れた。
大きな魔法陣の正体は電気鰻で、灰色狼や大鷲は電気鰻の手足として動いていたに過ぎなかった。
電気鰻ってこんなに大きくなるものなのか!?
上空の電気鰻が電流を流すと、卵型の土壁に刺さったすべての氷のナイフに電撃が走り、土壁がボロボロと崩れ落ちた。
灰色狼たちはブリザードで氷のナイフを作り続け、大鷲の羽ばたきが崩れ落ちた土壁に容赦なく氷のナイフを突き立てようとしたところで、主審と副審の飛竜たちが癒しの吐息を飛竜の里の幼体飛竜に吹きかけた。
「勝負あり!」
主審通訳のイシマールさんが拡声魔法を使って叫んだ。
「やっぱりこうなったか!」
父さんは優しい飛竜たちが主審と副審を務めたら、一方的に攻撃を受けたら勝負をすぐ止めに入ることになるだろう、と予測していた。
ハルトおじさんが顎を擦りながら唸った。
今日のメインの見本試合があっけなく終わってしまったのだ。
高額観覧券を購入した観客たちが怒りだすことを危惧しているようだ。
「キュアは凄かったねえ」
三つ子たちは迫力のある飛竜の幼体の対戦に、鼻息を荒くして興奮している。
競技場ではイシマールさんの宣告を受けたキュアが魔法陣を消し、魔獣たちやエフェクトが消失した。
審判の飛竜たちが真ん中の卵型の土壁の残滓の中を心配そうに覗き込んでいる。
『見本試合規則に乗っ取りまして、ただいまの攻撃は、攻撃が強すぎて相手に多大なダメージを与える、と主審副審の両方が判断して強制介入がありました。よって、ダメージポイントの判定不能となり、勝負ありとなりました』
アナウンスの解説が流れる中、飛竜の里の幼体飛竜が立ち上がって審判たちに体調の確認を受けている。
立ち上がった幼体飛竜に会場内から安堵の声と拍手が沸き起こった。
父さんとハルトおじさんは母さんからキュアの技の解説を詳しく聞き取り、灰色狼のリーダーのカードに仲間のカードの力を増幅する機能があり、電気鰻を巨大化させたことを知った。
キュアと飛竜の里の幼体飛竜が上空で仲良く勝負ありのダンスを踊っているのを、観客たちは喜んで見ている。
警備の飛竜騎士の飛竜たちも踊りたそうに見守っている。
そういえば、飛竜の里の飛竜たちはプロポーズ成功の時にみんなで踊っていた。
もう勝負が終わったんだから、競技場を破壊する心配はなくなったことだし、みんなで踊ればいいのに。
「飛竜たちはお祝い事で良く踊るようですから、警備の飛竜や審判たちにも踊ってもらえば時間稼ぎが出来ないかな?」
父さんとハルトおじさんに提案すると、賛成した二人は予定時間よりはるかに早く終わった試合会場の欲求不満を解消するために、魔術具の鳩を飛ばして各所に連絡を入れた。
大会本部もすぐさま了承する返信をよこした。
ハルトおじさんと父さんは時間が余った時の対策として、OHPの魔術具を事前に用意してあり、キュアや飛竜の里の幼体飛竜の技を大判解説することを検討していたのだ。
精霊言語で飛竜たちに勝利の舞を踊る許可が下りたことを伝えると、飛竜騎士団にも集合の合図の閃光弾が上がった。
飛竜騎士団の飛竜たちは集合場所で騎士たちを降ろすと、審判の飛竜たちと合流してキュアとちびっこ飛竜を輪になって囲んで優雅な踊りを上空で披露した。
観客たちが拍手喝采をしている間に、ぼくは一旦亜空間に移動してた。
フエの特別な土竜のカードを目印に色を変えたOHPシートで作成し、ハルトおじさんに貸し出した。
貴重なカードだ。
誰にもあげないぞ!
競技場上空では飛竜の踊りたちにつられて、競技場の中からも外からも精霊たちが集まり始めた。
群れのように集まってきた精霊たちに、観客たちは声を失った。
大会関係者たちもあっけにとられたように口を開けて空をポカンと見上げている。
“……今のうちに準備を進めよ!”
シロに精霊言語で呆けた人たちに喝を入れてもらった。
ぼくや兄貴やケインだと精霊言語でも声質がバレそうな気がしたのでシロに頼んだのだ。
「港町の精霊たちの規模くらいは集まって来ていますね」
いつの間にかぼくたちのボックスに移動してきたウィルが言った。
「精霊たちって踊りが好きなのかな?」
「楽しい雰囲気が好きなんだよ」
「こんなにたくさん高いところに集まったら、王都の遠いところからも見えるかな?」
三つ子たちがワイワイと話していると、幼少期に不死鳥の貴公子の誕生を祝う際に学習館から精霊たちが不死鳥を象ったのを、みんなで眺めていたことを思い出した。
「「「間違いなく見えているよ」」」
ぼくと兄貴とケインは、懐かしいね、と笑いあった。
おまけ ~緑の一族の温情~
オムライスのお祭り後、教会から偉い人たちが視察に来ることになった。
教会関係者の中に国内の子どもたちの誘拐を手配した人に関わった人もいるかもしれないから、王国出身子たちと一人だけ肌の色が違うぼくは、緑の一族のところに数日間避難することになった。
「面白そうだから行ってみるという動機で良いんじゃないかな?」
カイルはいつもぼくの心が不安に揺らぐと、優しい言葉をかけてくれる。
……緑の一族に会いに行こう!
族長代理の黒髪に緑の瞳の美女は代理ではなく、上級精霊によって若返った族長自身だった。
カイルが関わっているらしいが、聞いていい話じゃなかったようで詳細は誰も教えてくれなかった。
緑の一族はぼくたち一家を救出しようとしていたが間に合わなかったようで、父と妹は保護されたが母は間に合わなかったようで既に死亡していたらしい。
若返った族長のマナさんに、間に合わなくって済まなかった、と抱きしめられながら謝られた。
ぼくがお世話になる家の奥さんから、さらに詳しく一族の話を聞いた。
族長は精霊使いで、この世界の魔力の流れを整える使命があるそうだ。
世界中に一族が散らばっており、危機に直面すると救助に向かうが、間に合わないことも多々あるらしい。
国に帰って保護された父と妹と暮らすことも可能だけれど、帝国の土地の魔力が不安定だし、ぼくを騙した教会関係者の組織が抹殺されたわけではないので危ない、と警告された。
ぼくは妹より精霊使いになる素質があるらしく、守りが固い飛竜の里か緑の一族の村に居てほしいと言われた。
孤児院のみんなと兄弟同然なので離れたくない、と言うと理解を示してくれた。
「フエちゃんが安全だと思えるところで伸び伸びと育ってくれたらいいのよ」
奥さんはそう言うと、うちの娘と義姉妹になってくれると嬉しいわ、と言った。
優しく受け入れて貰えるのが嬉しい。
「おねえさんになってね」
小さな女の子に手を掴まれておねだりされると、何も考えずに、うん、と言ってしまった。
おねえさん、おねえさん、と嬉しそうに手をブンブン振られた。
……かわいい。
妹ももう言葉を話し始めているだろうか?
村では強要されるようなことは何一つ言われず、遠い異国で育ったぼくを、よく帰って来たね、と誰もが優しく声を掛けてもらえた。
「精霊たちは気に入った人間を、自分の思う通りに動かそうとするところもあるのよ。カイル君のように精霊たちの言いなりにならないような強い意志が必要なのよ」
そこから一族の愚痴が始まった。
カイルやマナさんが転移する時に通過する亜空間に、一族の者が閉じ込められることが多々あるらしい。
精霊使いの資質は、精霊に好かれていることと、精霊を拒絶できることが必須ということだった。
なんとなくだが理解できる。




