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魔獣カード大会魔獣部門特別見本試合 #1

 神事はエンターテインメントではないのだから、厳かであればそれでいいのだろう。

 でも、神様役は美男美女が演じてほしい。

 ぼくたちは誰も口には出さなかったが、たるんたるんのお腹や二の腕と天然のお胸を揺らしながら踊る中年のおじさんを残念に思っている。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんは神事そのものに興味があるようで、ベルトのポーチから顔を出して真剣に見つめている。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんは踊りが上手だから新しい踊りを覚えたいのかもしれない。

 “……カイル兄さん。この踊りの配置、芽吹きの神の魔法陣かな”

 グルグル輪になって踊る人たちの一人が時折、輪の中を直線移動する。すべての動きを重ねたら幾何学模様が出来上がる。

 魔法陣だろうね。

 “……魔力を垂れ流して踊ったら、芽吹きに関係する魔法が起こるのかな?”

 兄貴も考察しているようだ。

 後で魔本に聞いてみよう。

 競技場中央では、芽吹きの神役の中年男性が春の嵐を再現するかのようにストールをたなびかせながら疾風を表現するかのように激しくステップを刻むと、お腹とお胸も細かく揺れた。

 手足の先までしなやかに動かし、軽快に踊る中年男性の技術は本当に素晴らしい。

 芽吹きの神役の中年男性が出てきた時と同様にストールを被って退場すると、ほどなくして音楽も終わり、神事のダンスが終わった。

 神官服の男女は退場することなく左右に分かれて整列した。

 まだ神事が続くのだろうけど、よそ見をするなら今だと踏んで、振り返ると、整然と座っているハルトおじさんの顔は満面の笑みで、父さんの顔が引きつっていた。

 ぼくにつられて振り返ろうとする三つ子たちを、ぼくと兄貴とケインで頭を押さえた。

 ハルトおじさんの顔を見たら爆笑してしまう。

 リーン、と鈴の音が会場内に響くと、先ほど退場した中年男性が大司祭の衣装を着て、鈴のついた大きな槍を持って再入場してきた。

 先ほどはカツラだったのだろう。この髪型には見覚えがある。

 ふさふさに蘇る前のハルトおじさんの髪型、後方の毛で前髪を形成する、形状記憶毛髪のような髪型は、円盤型の小さな帽子をかぶっていてもあの時のハルトおじさんと同じだ、と確信できる。

 大司祭はハルトおじさんの親族に違いない。

 大司祭が競技場の中央で独特の節回しの祝詞を唱え始めた。

 不自然に音が抜ける箇所もあるが、独特なリズムに乗せてラップのように唱えると、時折、槍につけられている鈴を鳴らした。

 “……カイル兄さん!古語だね!!”

 “……発音してはいけない音を抜いた状態でそのまま継承しているなんて、これはこれで凄いな”

 ケインも兄貴も初めて聞く古語の発音に興奮している。もちろんぼくもだ。

 大司教が槍の鈴を細かく鳴らし、両手を天に向けて上げると、整列していた男女が両手、両膝を地につけてひれ伏した。

 天に掲げた大司教の槍の先端に、仕方ないなぁ、とでも言うかのように十数個程度の精霊が集まり点滅した。

 ショボい、と三つ子たちが堪えきれず噴き出した。

 兄貴がすかさず三つ子たちの筋力強化を図ったのか、急に大人しくなった。

 幸いにして、三つ子たちの呟きは、精霊たちを初めて目にした観客たちのざわめきにかき消された。

「あれは神事の秘儀か!」

「大司祭様の魔力の結晶か!?」

 神事につられて精霊たちが出てきたのだから、神事の秘儀と言えなくはない……かもしれない。

「おおお。神々が我々の祈りにお答えくださり、精霊たちをお使わし下さった!」

 大司祭が拡声魔法で美声を響かせた。

 この美声を聞かせるために、いつ精霊たちが出現してもいいように、大司祭が芽吹きの神役に選ばれたのかと勘繰ってしまう。

「神々に祈り、魔力を奉納せよ!」

 大司教の美声に答えるかのように観衆たちは口々に、神に祈りを、と叫んでいる。

 彼は選ばれた優秀な大司祭だ。

 この噂が王都内に伝われば、どの会場で精霊が出現したとしても、その会場に来た人々が熱心に魔力奉納をした証になる。

 きっと市民たちも各領地の応援団たちも競うように魔力奉納をするようになるだろう。

「素晴らしい儀式でしたね」

 大司祭たちが精霊たちを引き連れて退場していく様子を見ながら父さんが言った。

「なかなか上手くいったようだね。まあ、ラウンドール公爵にも手を回してもらっているので、市中での混乱をいち早く確認してその都度対応しよう」

 ハルトおじさんは万全とは言い難いが、対策を立ててあると言った。

 何かあるとしても本大会は明日からで、今日はキュアたちの見本試合だけで終わりだ。

 キュアはポアロさんと飛竜の里の代表飛竜と一緒に控室に居る。

 競技場を壊さずに、観客に怪我人を出さずに試合が終われば、今日は上出来だ。


『ただいまより、第一回ガンガイル王国魔獣カード大会、魔獣部門、特別見本試合を開始いたします。幼体飛竜の対決では技のエフェクトの規模が大きくなる恐れがあります。そのため、一般観覧者が競技場内に立ち入りされますと、大変危険です。競技場内は二重に結界が施されておりますが、観客の皆様は観覧席からお出になられないよう、お気を付けください』

 会場内に試合開始のアナウンスと注意事項が放送された。

 競技場内にイシマールさんの飛竜と嫁の飛竜が主審と副審として入場してきた。

 本物の飛竜の登場に場内が一斉に沸いた。

 いや、二匹は選手じゃないよ。

『本日の主審は元飛竜騎士団所属、ゴール砂漠の戦いの英雄イシマールの飛竜にして、除隊後も王国に残り飛竜たちとの友好関係を保つことに尽くしてくれている飛竜です。副審は主審の新婚のお嫁さんで、元飛竜騎士団所属でした。飛竜騎士団除隊後に婚姻が確認された飛竜はこの二匹のみです』

 場内アナウンスに観客たちが、おめでとう!とか、英雄飛竜は色男!なんて気安い掛け声が飛んだ。

 場内に非番の飛竜騎士か、元飛竜騎士が居るのだろう。

『試合判定の通訳として審判補佐を元飛竜騎士イシマールが務めます』

 イシマールさんが登場すると場内に拍手が起こった。

『それでは選手入場です。飛竜の里で幼体飛竜の頂点に達した幼体飛竜、対、王立魔法学校生預かりの幼体飛竜です』

 飛竜たちの紹介にぼくの名前が出なかったのはありがたい。

 ぼくは何も言わずに後ろのハルトおじさんを見ると、ハルトおじさんは胸元で組み合わせた手をさり気なく動かして王族ボックスの方を指さした。

 ハロハロが配慮してくれたようだ。

 魔法学校に飛竜の幼体が居るという事実に会場内がざわついた。

 飛竜は本来なら滅多にお目に掛かれない魔獣だから、王都に幼体が居ることが信じられないようだ。

 キュアとちびっこ飛竜が飛びながら入場すると、観客が想像していた以上の小さい姿に、可愛い、可愛い、と貴族席の方からも声が上がった。

 二匹はファンサービスなのか観客席のそばを挨拶でもするかのように飛んだ。

『二選手が飛んでいる範囲まで結界が施されています。観客の皆さんは決して競技場内に侵入しないようご協力お願いいたします』

 場内アナウンスに答えるように、二匹は少し中央に寄ってから観客席に向けて口から炎を吐き出した。

 場内は炎に包まれたが、炎は観客席の手前で見えない壁に遮られ、円柱の炎となって上に高く伸びた。

 おおおおおお。

 観客たちは注意喚起のアナウンスが大げさではないことに気付き、場内はどよめいた。

 炎が消えると、キュアもちびっこ飛竜も審判の飛竜たちやイシマールさんも黒焦げになっておらず、安堵の声が上がった。

『このように一般人にはとても危険です。試合中は席を立たないようにお願いいたします』

 飛竜騎士レベルの防御が出来ないと黒焦げになる現実を理解したことを、観客たちは拍手で応えた。

『ご理解いただけましたようですので、両選手は試合開始位置についてください』

 キュアはぼくたちの方に手を振ってから、競技場中央の白線が引かれた立ち位置に着いた。

『魔獣カード大会、魔獣部門のルールをご説明いたします。魔獣たちはカードを使用しませんが、市販の魔獣カードの技のみで競技を行います。くじ引きで先攻後攻を決め、攻撃と防御を交代で三セット行います。攻撃の際に相手の防御に完璧に防がれると攻撃ポイントは入りません。また、攻撃が強すぎて相手に多大なダメージが予測される場合は、審判が介入して攻撃を止めさせます。場内の結界を破壊する規模の技を出そうとしていると判断される場合も審判が介入いたします』

 攻撃力の強さを強調するような説明が続くと、観客たちはどよめいた。

『飛竜たちは回復魔法の使い手なので、通常の魔獣部門とは異なりダメージポイントは換算しません。一セットごとの攻撃ポイントの累積で勝敗を決めます。なお、ポイントが同数の場合は一セットのみ延長し、それでも勝負がつかない時は判定となります』

 競技場内ではイシマールさんがキュアとちびっこ飛竜に細長い棒を選ばせている。

『くじ引きの結果が出ました』

 キュアは先端が赤い棒を、ちびっこ飛竜は青い棒を引いている。

『飛竜の里の幼体飛竜が先攻を引きました』

 やったね!キュア。

 相手の手の内を測れる後攻が圧倒的に有利だ!

 二匹が再び試合開始位置に付き向かい合うと、中央にイシマールさんの飛竜が降り立った。

『それでは試合を始めます。先攻、飛竜の里の幼体飛竜』

 イシマールさんの飛竜が競技場の上部に飛び上がると、飛竜の里の幼体飛竜は少しだけ浮きあがってキュアに右手を付きだすと、掌の先に幾つもの魔法陣が現れた。

 ちびっこ飛竜は最初の一撃から魔法陣を複雑に重ねている。

 合わせ技と連続攻撃をやる気満々だ。

おまけ ~緑の一族としての決意~

 

 神々は存在する。

 カイルとケインが午前中に回れなかった祠巡りをすると言い出して山の神の祠で魔力奉納を終えると、火山でも噴火したのかというほど爆音がした。

「困っていた孤児たちを快く受け入れてくれた里の人の行いを神様はたいそうお喜びになったようです」

 神様が里の人たちに温泉を授けた、とカイルは無茶苦茶なことを言った。

 無茶苦茶なのはカイルの存在だった。

 いつもは転移の魔法でやって来るから空飛ぶ絨毯は初めて見た。

……こんな魔術具を作れるなんて、天才過ぎる!

 空飛ぶ絨毯でお湯が湧き出る場所まで移動すると、間欠泉に虹がかかり精霊たちも集まって来た。

「……美しい世界だね」

「世界中がこんな風に精霊たちが寛げる世界になれば、きっと平和な世界になるよ」

 ぼくの呟きにケインが答えた。

……この兄弟は視野が広い。

 ぼくと一つ二つしか、年が違わないのに世界の平和を見ようとしている。

 カイルは魔法の杖をひと振りすると巨大浴槽を幾つも作り出した。

 魔力が半端なく多いのか、疲れた様子も見せなかった。


 この日は急遽お祭りになった。

 お祭り騒ぎではなく本当に神事を執り行いオムライスを神々に奉納したのだ。

 巨大オムライスにたくさんの種類のソースを用意したから、お昼に食べたのと違う味も食べてみたくなる。

 何でも神々がそれぞれ違う味をご所望されたかららしい。

 神話やおとぎ話のような出来事が次々と起こる中、美味しいものをたくさん食べて幸福感がお腹だけじゃなく全身で感じられるようだ。


 カイルたちは教会の中で難しい魔法の話をしに行った後、帰宅することになった。

「温泉の方角を見なさい」

 祭りが続く会場内でポアロさんは大声を張り上げた。

 温泉の方角から光が打ちあがり、宵の口の空に大輪の光の花が咲いた。

 少し遅れてピュゥー・・・ドォン!とおおきな音がした。

「これが花火か!」

 カイル君のスライムだ、とポアロさんが説明してくれた。

……スライムにこんなことが出来るの!

 ぼくたち孤児のスライムたちもポケットから飛び出して、うっとりと花火を見上げた。

 精霊たちも花火に加わり、滝のように美しい光を放っていた。

「……なんて美しい世界なんだろう!」

スライムの花火が消えてしまうと精霊たちも消えていった。

「……神に祈りましょう」

 言いようがない寂しさに俯くと、コートニー先生がぼくの肩に手を置いてそう言った。

「カイル君たちの魔力は、本人たちの努力と熱心に魔力奉納をしたことで増えたそうよ。カイル君たちは凄いけど、普通の努力した人間なの。フエちゃんも頑張ろう」

 そうだ。

 努力もしないで、置いて行かれたような寂しさを感じるなんてバカだ。

 出来ることを何でもしなければいけない。

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