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春の神事

「なんだかんだ、七大神の祠の全ての祠に参拝出来ちゃったわね」

 光る苔を摂取していない三つ子たちも、豊穣の神の祠を含めると八つの祠に魔力奉納することが出来たのだ。

 一日の総魔力使用量を逆算して魔力奉納させているような、神々の意向がある気がしてしまう。

「カイル兄さんの総魔力奉納量がえげつないことになっているよ」

 どの祠でも兄貴とシロの分まで要求されたので、一つの祠で三万ポイントも溜まったのだ。

「その分で、お土産をたくさん買えて良かったよ」

 夕食前に亜空間経由で寮の研究室に行って、ガラス細工のスライムのフィギュアにそれぞれの色を付けたのだ。

 研究室から一歩も出なかったけれど、寮内は寮生の親族たちで本大会に向けて盛り上がっているだろう。

 精霊神の祠にもたくさん並んでいるだろう。

 精霊神の祠には寮にいる間は毎日参拝しているのだ。

 今日くらい勘弁してもらうことにした。

 家族たちとそのスライムには色付けしたフィギア、というかガラス玉は好評で、夕食時に帰ってきた父さんとハルトおじさんが食いついた。

「テーブルの上にぽつんと置かれていると綺麗なガラス玉だな、としか思わないが、俺のスライムの模型だ、と聞くと、愛着が沸くね。……うん、可愛いよ」

「ハハハハハ。本当だ。ジュエルのスライムの模型だと思うと羨ましくなって、自分のスライムにも作ってやろうと思うよ」

 こういうただ笑える話題はいいねえ、とハルトおじさんは朗らかに笑った。

 明日以降、王位継承権を放棄している末席の王族と教会関係者を七大神の祠の広場に派遣して、精霊が出現した時に備えることになったそうだ。

 シロの予測通りに事が動いている。

 奔走した二人は大変だったのだろう。

「楽しいよ。カイル。今回の魔獣カード大会は間違いなく王都に多大な魔力をもたらす」

 子どもたちが父さんとハルトおじさんの苦労を気遣っている気配を察して、ハルトおじさんが言った。

「ちびっ子たちも気が付いているだろうけれど、王族に生まれるというのは不自由なことが多い。だけど、明日のご飯が食べられないかもしれないなんて心配はないんだ。その時点で、生まれながらに恵まれていたんだよ」

 豊かになった辺境伯領で育った三つ子たちだが、大人との交流が多いから、かつて厳しかった北の大地で苦労した老人たちの話を聞いているので、素直に頷いた。

「私はね。豆のスープを食べるまで、乳母の子どもの親戚たちの暮らしまで思いを馳せることはなかった。王政に携わらずに王族として生きていくことが決まっていた人生だったから、下級貴族や庶民の暮らしを知りたかっただけだった」

 幼いころのボリスも、貴族の責任から逃れたくて平民になることを夢見ていた。

「五才を過ぎたらしなければいけなかった魔力奉納も、辛くて何度も、明日熱が出たらいいのに、と思っているような悪い子どもだったんだよ」

「王様が奥さんをたくさんもらわなくてはいけないのは、魔力奉納が大変だからなんですか?」

 無礼講の気配を察したアオイが、きわどい質問をした。

「ああ。もちろんそれが一番だけど、国で一番偉い人を操ろうとしていろんな毒饅頭が仕掛けられるんだ。王族に生まれて成人するのは十二人に四人くらいだ。これは王都に生まれて三才児登録した幼児が成人登録する割合からみると若干低いくらいで、おかしな数字じゃなかったんだ」

 ハルトおじさんが具体的数字を出すと、割合の学習を済ませている三つ子たちが顎を引いた。

「「「死に過ぎじゃないか!」」」

 三つ子たちは死亡率の高さにギョッとした。

 成人するまでに三分の二が死亡するのに、この数字に新生児は含まれていない。

「それが土地の魔力の限界だと言われているんだ」

「人が増えすぎると土地の魔力が人口を支えきれなくなる。だから、生まれても死ぬものだ、とされていた。だが、こうして人々の行いで土地の魔力は増えるんだよ。生まれてくる子どもたちは死ななくていいんだ」

 ハルトおじさんは本当にいい笑顔で言った。

「でも、人口が増え続けたらいずれ全員を養えなくなるのじゃありませんか?」

 ケインの質問にハルトおじさんが首を横に振った。

「古代文献では安定した世界になると出生率が下がっていくんだ。丁度良いところで、出生率が安定する」

 古文書を読み解き始めたハルトおじさんがそう言った。

「三人子どもを儲けた夫婦が、四人目五人目も安産の神に祈らなくなるからですよね」

「出産は命懸けだ。穏やかな家庭が築ける子どもの人数が居たら、それ以上は夫婦も望まないだろう?」

 母さんの三つ子の出産ではらはらした父さんとケインはウンウンと頷いた。

「国土に魔力が満ちていくのを日々実感するんだ。こんな喜びを感じるとは私が君たちくらいの年齢の時には思いもよらなかったよ」

 ただ魔力を提供する素質のある子として育てられたハルトおじさんの人生の一端を語ってくれたに過ぎない。

 この世界の魔力バランスが整えば、王族は側室を儲けなくても結界を維持することが出来るのだろう。

「魔力が満ちた世界なら誰も飢えて死んだりしない、ということですか?」

「ああ。誰もが幸せに、とはいかないだろうけれど大飢饉を乗り越える備蓄のある世界を目指しているよ」

 三つ子たちは王都に集まる人たちが、みんな七大神の祠に魔力奉納をしたらとんでもない魔力量が集まることに気が付いて目を輝かせた。

 そんな話をしていると、夕飯の準備が出来たと母さんとお婆が言いに来た。

 厨房から漂う匂いでわかっている。

 今日の夕食はカレーライスだ!

「明日からの勝負の健闘を祈って今日はカツカレーよ!」

 キュアの勝負飯は飛竜の里名物のカレーだよね。

「なんでカツカレーが勝負飯なの?」

「華麗に勝つからに決まっているじゃん」

 みんなで無駄話をしながら食堂に移動すると、魔獣たちの席も用意されていた。

「今日は魔獣たちもみんなで食べましょう」

 スライムたちにも小皿にカツカレーが、大食漢のキュアには大皿のカツカレーが、みぃちゃんとみゃぁちゃんにはマグロのしぐれ煮の乗った皿が出た。

 ハルトおじさんがみぃちゃんの皿をじっと見た。

「お酒の肴に、後ほどお出ししますね」

 みぃちゃんがやらないよ、と言い出す前にお婆が間に入った。

「「「「「「「「「「いただきます!」」」」」」」」」」

 食事の挨拶は人間だけだ。

 お手伝いさんたちの手前、魔獣たちは精霊言語のみで大人しくしていた。

 食卓に魔獣がいる時点で普通じゃないけれど、ぼくたち一家にはこれが普通だ。

 お手伝いさんたちには馴れてもらおう。


 翌朝、父さんとハルトおじさんは早朝から出かけていた。

 キュアの試合の観覧席で合流するのだ。

 ぼくたちは見本試合前の神事から招待されていたので、母さんとお婆と三つ子たちはベージュを基本に、白のレースを指し色にしたなるべく目立たないような装いで出かけた。

 ぼくとケインと兄貴は相変わらず魔法学校の制服だ。

 気楽でいい。

「ハルトおじさんの馬車で出かけたら、目立たない事なんてないじゃないか!」

 ボリュームのあるレースのタイを締めさせられたクロイが不満げに言った。

 色こそ控えめだがレースをふんだんに使った豪華な衣装に三つ子たちは辟易しているようだ。

「今日はいつもより偉い人がいらっしゃるから、お口はしっかり閉じておいてね」

 母さんが三つ子たちに念を押した。

 ハルトおじさんの客人として扱われるので、観覧席が王族の近くなのだ。

 ぼくとケインはハロハロには馴れているが、母さんとお婆はいつも以上に背筋が伸びていた。


 騎士団の野外訓練場は闘技場のように段差のある観覧席があり、競技場内を飛竜騎士団が上空から警護しており、なかなか荘厳な雰囲気だった。

 一般観覧者はすでに入場しており、貴賓席の観覧券を持っているぼくたちは入場口にもたくさんの花が飾られた特別な入口から入場した。

 ラウンドール公爵家は公爵夫妻とウィルとウィルの兄だけだった。

 洗礼式前の子どもは自分たちだけだ、と三つ子たちが気付いて、今さらながら緊張したように肩をこわばらせた。

 そんな様子に気が付いたウィルが、腕を下ろしたまま小さく手を振って三つ子たちを励ました。

 豪華な貴賓席から少し離れたところに父さんとハルトおじさんが居るボックス席があった。

「王族のボックスの隣のボックスは辺境伯領主一族の席だから少しは気が楽だよ」

 父さんはまだ入場していない辺境伯領主席を指さした。

 ぼくたちは頷くだけで、口を開かずに大人しく着席した。


 貴賓たちが続々と入場して、辺境伯領主夫妻とキャロお嬢様も席に着いた。

 王族入場のアナウンスが入り、全員起立した。

 ハロハロの異母兄弟の王子王女の名前が呼ばれて拍手を受けながら入場した。

 最後にハロハロが王族スマイルを浮かべながら観衆の拍手に手を振って応えた。


 今日行われる神事は本来教会で行われるもので、春の芽吹きを喜び神に感謝する神事だ。

 ハロハロが着席すると、観客たちも着席した。

 競技場の入場口からラッパが高らかに鳴り響き、白い司祭服姿の十数人の男女が右手に花や若葉をつけた枝を持って入場してくると、音楽隊が演奏を始めた。

 司祭服の男女が輪になって踊り始めると、白地に金の豪華な刺繍を施したストールを被った白い女神の衣装を着た中年男性が登場して踊り出したのだ!

 ぼくたちの表情筋は限界まで試された。

 貴賓席から声が漏れることはなかったが、一般観覧席の方から、何かを誤魔化すような咳がたくさん起こった。

 芽吹きの神の役は教会で地位の高い人に違いない。

 洗礼式の踊りで七大神役が魔力の多い子が踊らなくてはいけないのと同様に、神事の踊りは一番魔力が高い人が踊らなくてはいけないのだろう。

 神事が教会以外で行われないのは、高位の教会関係者が女装姿を晒したくないからなのかもしれない。

おまけ ~緑の一族として~


 救世主の少年カイルは緑の一族の数少ない男の子だ。

 だけど、辺境伯領という、とても遠い北の果ての地の一般家庭の養子になった。

 ぼくもカイルのように自分の未来を自分で決めていいらしい。

 でも、この孤児院に居ると頼られることが多く、自分でも他の子のお姉さんのような気持ちになっているので、離れがたい。

 飛竜たちは可愛いし、里の人たちは親切だ。しかも、食べ物も美味しい。

 ここに居ればカイルが時々様子を見に来てくれる……。

 そう思うとやましさと恥ずかしさで胸がうずく。

 それでも、里の七大神の祠巡りにカイルが友人たちや兄弟たちと一緒に回ってくれると、心が浮き立つのを抑えられない。

 こんな心の揺れの一つ一つに泣きたくなるほど動揺する。

 過ちを犯してここに居るのに、村にいた時より幸せなことに気が付くと、背中にじっとりと汗をかいてしまう。


 ……イワシの頭も信心から……。……神に祈れ、という教えは子どもたちを拐した教会関係者と言っていることが同じだ……。

 カイルの思考がなんとなくわかった。

 違う!

 それは全く違う!!

 ぼくは脈略も無くカイルにまくしたてた。

「………誰かに魔力を搾取されるのではなく、故郷の平和を願って魔力を奉納しているんだ。……誰かが理不尽に蹂躙されて実現する平和は、恒久的平和になり得ないんだ」

 ぼくの剣幕にカイルは驚いた顔をしたんだと思った。

「その意見には全面的に賛成するんだけど、ぼくの理解が追い付かない。フエの知識が急速に増えているように思えるのだけれど、何かあったの?」

 ぼくは夢の中で色々な本を読んでいることを言うと、カイルとケインが、祠参りの子どもたちと別行動をすることになってしまった。


 余計なことを言わなければよかった……。

 不思議な夢だけど、本を読めることを毎晩楽しみにしていた。

 秘密にしなければいけないことを暴露したら、今までの幸運が消えてしまうのは、おとぎ話の定番だ。


 ぼくはやっぱりバカだった、と悔やみながら祠巡りを終えて孤児院のあるポアロさんの家に帰ると、美味しい匂いがしてお腹が鳴った。


 ……幸せが続いている。

 大きな大きな卵焼き。

 おとぎ話の中に入り込んだような素敵なお昼ご飯を目の前で仕上げてくれた。

 チキンライスだけでも美味しいのに、フワフワの卵焼きに包まれて、まるでおとぎ話の王様のご飯のように美しい紡錘形の卵焼きだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >だけど、明日のご飯が当たらないかもしれないなんて心配はないんだ。 →『ご飯が当たらない』?  食中毒の『あたる』ではないですよね?  検索してみたら、北海道弁で食事が配られることを『当た…
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