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王都見物

 ぼくたち家族のスライムが魔力奉納に列を作っていると、ラウンドール公爵家のスライムたちも並びたい、と自己主張するようにそれぞれの主の肩に乗った。

「スライムたちが賢く、強くなるのは学習の他に魔力奉納もあるのですね」

「それもありますが、スライム用の回復薬もあります」

 ラウンドール公爵が魔力奉納の重要性を聞くと、父さんは回復薬を例に出して底上げしているものの存在を匂わせた。

 魔力奉納を終えたスライムたちに精霊たちがご褒美のようにクルクル回った。

 公爵のスライムたちも三つ子たちのスライムの後に続き魔力奉納をした。

 全てのスライムたちが魔力奉納を終えると、精霊たちは別れを告げるかのようにぼくたちの周りで点滅した後、花の影へと消えていった。

「……貴重な体験をさせてもらった。ありがとう」

 ラウンドール公爵がぼくたち家族に頭を下げた。

「先祖からの伝承の中に確かに精霊の記述はあった。だが、近年の私たちはそれを神々と同様に、目にすることのできないものを具現化して記述したものだ、と思い込んでいた」

 公爵が誠実にラウンドール家の精霊の認識を語ってくれた。

 ウィルや調査員からの報告で、港町でのクラーケン襲来時や、飛竜がたくさん居る飛竜の里に精霊が出現していることから、特級クラスの魔獣がいなければ出現しないと考察していたようだ。

 言われてみれば、ウィルが精霊たちを目撃した時には、いつも大型魔獣がいた。

 見た目の小さな飛竜が一匹、みぃちゃんとみゃぁちゃんとシロは中級魔獣にしか見えない。

 スライムたちに至っては一般的には下級魔獣だ。

 そんな魔獣しかいないのに精霊たちは現れた。

「不死鳥の貴公子の誕生の際に現れた精霊たちは、本物の不死鳥を見て集まったわけではありません」

 父さんが公爵の考察を訂正した。

「……祭りの予感、というか、楽しいことの気配で出現しているのかもしれません」

 ラウンドール公爵家の中で最も精霊たちに遭遇したウィルが正解を言い当てた。

 公爵と父さんが顔を見合わせた。

「……これは大騒ぎの予感しかしない」

 大人や魔法学校生のぼくたちは気付いたが、三つ子たちとエリザベスは小首を傾げた。

「明日は魔獣カード大会の前夜祭が行なわれるんだよ。キュアの見本試合の前に神事が執り行われて、お祭りのようになる。だけど、キュアたちの試合は観覧券がある人しか見られないから、七大神の祠の広場に特設会場が設けられて予選会の良かった試合を再現するんだ」

 ウィルの説明に幼児たちが頷いた。

「魔法学校の魔獣カード大会より、たくさんの人たちが集まって、祠にたくさん魔力を奉納するんだよ。きっと王都のあちこちでたくさんの精霊たちが現れるだろうね」

 幼児たちも明日以降の大会期間中の王都が、大騒ぎになるかもしれないことを理解した。


 お茶会は庭で解散になった。

 ぼくたち家族は急いでハルトおじさんの敷地内の別館に戻り、父さんは関係各所に鳩の魔術具を送った。

「本当に出るかな?」

 ぼくたちの部屋に子どもたちが集合して、精霊たちのことをお化けのように三つ子たちが話し合っている。

 “……ご主人様。おそらく大量の精霊たちが出現します。神々もこのお祭りを楽しみにしておられます”

 犬の姿のシロが神々の意向を伝えた。

 今日のラウンドール公爵家の精霊たちの数が、昨日のイザークの屋敷より多かったのは、魔力奉納で持っていかれた魔力の量の多さから推測して、運命の神と豊穣の神との二神の間で競争でもしているのかと勘繰りたくなる。

 各領地を代表した選手たちが領地の護り神たちに熱心に魔力奉納をして、それを神々がお喜びになれば、精霊たちがはしゃぎだすだろう。

 神々や精霊たちにご贔屓の選手が居たならば……精霊たちがあちこちで競うように出現するかもしれない。

 “……ご主人様。王家と教会が自分たちの都合の良いように人々を扇動するでしょう”

 各々が自分たちに都合の良い解釈を浸透させようとするということか。

 それで騒ぎが落ち着くなら、まあいいか。

「父さんとハルトおじさんたちが明日、人々が大混乱を起こさないように手配してくれているよ。起こるか起こらないかじゃなく、何があっても大丈夫なように気を配ることが大事なんだよ」

 兄貴が三つ子たちに諭した。

「明日は大騒ぎになりそうだから、今日の内にジャニス叔母さんのところに遊びに行きたいな」

 アリサがそう言うとクロイもアオイも頷いた。

「ぼくたち一家の王都滞在には護衛の手配がされているはずだから、父さんに聞かないと駄目じゃないかな?」

 ケインがそう言うと、予定変更で退屈しているであろう三つ子たちを心配した母さんとお婆が部屋に来た。

「王都見物に行きましょう!」

「明日の予定の一部を今日と入れ替えれば良いだけよ。ジュエルはおいていくけどね」

 母さんとお婆は、明日キュアの見本試合が終わった後に予定していた王都の祠巡りを、今日済ませてしまおうと提案した。

 その提案にぼくたちが賛同したのは言うまでもない。


 新型馬車は目立つのでハルトおじさんの馬車で出かけた。

 王家の紋章の入った馬車で出かけるのだから騎士団の護衛が付いた。

「目立つ、目立たないで言ったら、この馬車の方が悪目立ちしていないかな」

 馬車の行く手を遮らないように、市民たちは道の脇に避け、先ぶれを出しに走るものさえいる。

「ハルトおじさんはこれが嫌だったんだね」

 クロイがしみじみと言った。

 三つ子たちはハルトおじさんの正体を王都旅行の前に聞いていたので、王族の暮らしに興味があったようだ。

「王族は国中の富を集めた生活が出来ると思ったのかい?」

「立場に責任が伴うってみんなが言っていたけれど、不死鳥の貴公子を見ていたら領で一番の贅沢な暮らしより、うちの子で良かったと思っていたよ」

 クロイの言葉にアオイもアリサも頷いた。

「公爵家の祠に参拝して実感したよ。王都と領城の両方で領主一族が支えているんでしょう?」

 アオイがすごいよねぇ、と言った。

「それに加えて、領地の護りの結界があるから、負担は相当なものだよ」

「じゃあ、ハルトおじさんは王族として国を守る結界に魔力を注いでいるの?」

「そういう事でしょうね」

 母さんが明言を避けた。

「貴人は替えが利かないから、こうやって手厚い警護が必要なんだね」

 アオイの言葉は間違っていないが、高位貴族が全てそう自覚しているわけではない。

「それは家の外で言えないことに分類されるわ。聞く人によっては不敬だと思われてしまうからね」

 お婆がうちの外で言ってはいけない会話の具体的な事例を話している間に水の神の祠の広場に着いた。


「祠の大きさは辺境伯領と変わらないけれど、広場はずっと広いのね」

 明日の場外会場の準備で人の往来が多い広場は活気があった。

 OHP の魔術具やスクリーンはまだ搬入されていなかったが、場所取りに椅子や敷物を置いてすでに待っている人もおり、仮設トイレがずらりと増設されたり、屋台の場所取りにロープが張られたりしていた。

 ラウンドール公爵家の祠で目一杯魔力奉納したので、兄貴とシロには参拝を遠慮してもらった。

 ぼくが魔力奉納をすると、兄貴とシロの分の帳尻を合わせるかのように、水の神はいつもより多めに魔力を引き出した。

 祠の中でキュアやみぃちゃんとスライムたちも代わる代わる魔力奉納を済ませた。

「大丈夫?」

 奉納に時間をかけたので、お婆と母さんが心配そうにぼくを見た。

「大丈夫だよ。魔獣たちも済ませたから時間がかかっただけだよ。魔力奉納では枯渇するほど魔力を引き出されないはず……と信じているよ。三つ子たちは大丈夫なの?」

「「「幼児だから手加減されているよ」」」

 祠巡りは全員の体調を気遣いながらゆっくり回った。

 途中でメイ伯母さんの商会に顔を出すとジャニス叔母の従姉たちが待っていてくれて、一緒にサンドイッチの昼食を食べた。

 商会の食品部門では明日からの本大会の屋台の準備でてんやわんやだった。

 辺境伯領からスラム街に滞在している人たちが、自分たちの空き時間にアルバイトをするようで、彼らのスライムたちがぼくたちのスライムほど動けないけれど、看板魔獣として活躍する予定らしい。

 魔法学校での魔獣カード大会でぼくが発注したスカーフやハチマキは会場でも注目され、一般大会でも各領地の応援団からオリジナルデザインの発注があり大盛況だった。

「辺境伯領から大量に木彫りの魔獣を仕入れたので、魔獣の皆さんの活躍を期待していますよ」

 鞄やベルトのポーチから顔を出したキュアやみぃちゃんとみゃぁちゃんに、魔獣フィギュアを大量入荷した商会の人が声をかけた。

 山積みにされている魔獣のフィギュアは飛竜と大山猫が圧倒的に多い。

 スライムたちが自分たちのフィギュアがないことに不満を漏らすように、ポケットから飛び出してそれぞれの主人の肩の上に乗った。

「いやぁ。スライムが売れないから仕入れないんじゃなくて、この透明感を出すのにガラスで作ると壊れやすいし、強化ガラスにすると途轍もなく高価になってしまうだろ。そうなると露店の商品じゃなくなるんだ」

 商会の人がそう言うと、スライムたちはがっかりするように肩の上で平たくなった。

「透明感のある安価な素材があればスライムの模型も販売できるんですよね」

 クロイが大儲けの気配を察して考え込んだ。

「透明な素材はしばらくOHP魔獣カードに使用されるから原価は絶賛高騰中だよ」

 ケインが現実を突きつけるとクロイも肩を落とした。

「魔法学校に入学してから錬金術を勉強して、大儲け出来る素材を開発すればいいじゃないか」

 ぼくがそう言うとクロイもやる気を出した。

 色のついていないガラス製のペーパーウエイトのように重いスライムのフィギュアを記念に購入すると、スライムたちは喜んだ。

 後でそれぞれの色に加工してあげよう。

「自分で作った方が安く済むのに何で購入するの?」

 アオイに突っ込まれた。

「どこで誰と一緒に購入したかが思い出になるからだよ。クロイが錬金術を学んだら自分で作るだろうけど、今日ここで、第一回魔獣カード大会の記念品で買ったスライムの模型は一生の思い出の品になるよ」

 ぼくがそう言うと商会の人の目の色が変わった。

「ああああぁ、ありがとうございます!」

 商会の人はそう言うと、ガラス工房へ走って行った。


 色とりどりのビー玉に魔獣カード大会の刻印を施した大会記念グッズが王都土産の定番となるのだった。

おまけ ~緑の一族たち~


 極端に男の子が生まれない一族だから、男の子のふりをしたら一族の末裔として狙われにくくなる……。


 確かに母は言っていた。

 『助けは必ずやって来るから、今が我慢のしどころなのよ』

 悪い司祭に狙われないように、髪を切って男の子の格好をするように言った人は誰だったのだろう?

 

「……フエちゃんが良かったら、うちの一族に来てほしいな。訳あって後継者募集中だから、フエちゃんには素質があるから大歓迎されるよ」

 黒髪に緑の瞳の女性がそう言って微笑んだ。

……ぼくでも良いの?

 認められたような気がして嬉しさに顔が熱くなった。

 こんな騙されやすい、馬鹿な子なのに……。

「ぼくを引き取りたいと言ってくれる人が居ることは本当に嬉しいです。心が擽ったくなるような温かさを感じます。……うわぁ。なんだか涙が出てくる……」

 後から後から涙が溢れてくる。

 国にいる家族を思えば、引き取ってくれるという人が居ても頷いてはいけないのに、この温かく優しい人の親族に引き取ってもらえるのなら、幸せになれるような気がする。

 ……こんなバカな子が幸せになって良いのか……。

 ギュッと腕を引っ張られ、気が付いたら救世主の少年に抱きしめられていた。

 少年の肩がぼくの涙で濡れるのに、今日は泣いて良い日なんだよ、と言った。

「ぼくたちはこうやって、泣いて笑ってこの先も生きていくんだ……。それでいいんだよ」

 救世主の少年が背中を優しく叩いてぼくを宥めてくれた。

 おじさんの低い嗚咽が聞こえると、ぼくは高ぶる気持ちを抑えることが出来なくなり、しゃくりあげるように泣いた。

 声を出して泣くのは村を出てから初めてだ。

 すっと抑え込んでいた感情が解放されると、自分ではもう止めることが出来なかった。

 少年がぼくの気持ちを汲んでくれて、今すぐ返事をする必要も無く、遠く離れた土地に無条件でぼくを応援してくれる親戚が増えたがけだ、と優しく語り掛けてくれた。

 ゆっくりとぼくの気持ちが穏やかになっていった。


……うん。泣き過ぎた。

 ぼくが少年の肩から顔をあげると、みんなにからかわれた。

……家族と暮らしていた時のような気安さで、嬉しくなる。

 あんなに泣いたのにまた胸の奥が熱くなった。


 ここからの日々はただひたすら楽しいかった。

 勉強もお手伝いも無理なく楽しく取り組めた。

 飛竜たちのお世話はみんな当番を待ち焦がれた。

 ぼくたちがスライムを飼育したり、魔獣カードで遊んだり、祠参りをしたりしている間に孤児院の建物が出来上がり、学校も教会も新たに建てられることになった。

 教会関係者や新しい学校の先生も早めに里に来てくれたので、建物が出来上がるまでポアロさんの家に泊っている。

 若くてきれいな女性がポアロさんの家に居るので、里の男性たちがいつもお土産をたくさん持ってきてくれる。

 急激に恵まれた環境に置かれたことに心が時々ついて行かない。


 真夜中に目覚めて、清潔なフカフカのベッドに眠っていることに違和感を覚える。

 月明かりの中自分の手を見ると、もう痩せて筋張っておらず、ふっくらとムチムチしている。

 寝返りを打つと、心配したスライムがぼくの顔を覗きこむように近寄ってくる。

 ほっぺに冷たいスライムが当たると、慰めてくれるかのようにプルンと震えた。


……幸せになってもいいかもしれない。


 目を閉じると頭の中に一冊の本が現れた。

 読んでも良いのかな?

 そう考えただけで本が勝手に開いて読むように促した。

 おとぎ話、騎士物語……あらやだ、貴族の日記もある。

 フフフフ。


 すごく楽しい……!

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