王都料理
「辺境伯領では見慣れている、ということなのかい?」
ぼくたちは頷いた。
三つ子たちは精霊たちの出現にイザークたちが驚いたことに驚いている。
みぃちゃんとみゃぁちゃんが自分たちの番が待ちきれなくて、ベルトのポーチから顔だけ出すと使用人たちの肩がびくついた。
この事態を見慣れているイザークは、魔獣たちが出てきても構わないよ、と許可してくれた。
キュアもスライムたちも飛び出してきて運命の神の祠に魔力奉納させろ、と無言でイザークに圧をかけた。
「魔獣たちも魔力奉納をしてください。領地に役立つ魔力です」
あれ?
イザークは離れていても祠の魔力が領地に役立つことを知っている?
跡継ぎ教育の過程にあるのかな?
「イザーク様、それは……」
見かねた執事っぽい人が止めに入った。
「魔法カードの本大会が開催されたらスライムが神々に祈ることは当たり前になるよ。それまでは見たことを誰も言わなければ何も問題はない」
「……出過ぎた真似をいたしました」
素直に謝った執事を褒めるかのように精霊たちが執事の周りをクルクル回り出した。
魔獣たちも順番に並んで魔力奉納をすると精霊たちが祠の周りを点滅しながら回りだし幻想的な雰囲気を醸し出した。
「うわあ。これは魔力たっぷり奉納できたようだね。うちの祠も頼みたい……」
「ラウンドール公爵に内緒にしてって約束したよね」
「うん。約束した」
「あっ。カイルのご家族が王都に滞在中にうちの母が是非ともお茶に誘いたいって言っていました」
「ラウンドール公爵家とは滞在中にお茶の約束をしているからその時にお願いするよ」
父さんがウィルに約束済みなことを伝えると、ラウンドール公爵家と懇意にしているうちの家族全員がイザークの領の祠に魔力奉納をする、派閥を全く無視した行ないに使用人たちも気付いたようで、首筋がぴくぴくした。
魔獣たちも全員魔力奉納を終えると精霊たちは次々と消えてしまった。
ほうっ。
どこからともなく深いため息が漏れた。
「精霊たちはどこにでもいるから、また会えるよ」
ぼくがそう言うとぼくの家族とウィルが力強く頷いた。
人間と精霊たちがもっと近づいた暮らしをしなければ、世界が破滅に向っているような流れを止められないのかもしれない。
イザークに別れを告げて馬車に戻ったぼくたちは、運命の神は機会があれば容赦なく魔力を奉納させる神なのか、と語り合った。
「イザークの領地がそこまで魔力枯渇をしているとは思えないから、これはうちの祠に魔力奉納をさせるまいとした運命の神の策略かと勘繰ってしまいそうになったよ」
ウィルがそう切り出すと、母さんもお婆も自分たちの予想以上に魔力を奉納することになった、と言った。
「三つ子ちゃんたちは大丈夫だったかい?」
「「「手加減されました!」」」
神々はやっぱり取れるところからしか魔力を搾り取らないようだ。
兄貴が形だけでも魔力奉納をしようとしたときに、ぼくとケインは自分たちが魔力奉納したとき同様にゴッソリとダブルで持っていかれた。
さすがに神様に誤魔化しは駄目だよね。
ラウンドール公爵家でも使用人たちが並んでお出迎えしてくれた。
玄関で待ち受けていたのはラウンドール公爵とウィルの兄だけで、夫人とエリザベスはいなかった。
父さんが代表して挨拶に行くと公爵と次期公爵候補は満面の笑みになった。
「「「父さん大歓迎されているよ」」」
三つ子たちが窓に張り付いてその様子を見ていた。
「ラウンドール公爵は魔術具オタクで父さんの大ファンだからね。ウィルのお兄さんも感化されているんだろうね」
最新型馬車を間近で見たくてうずうずしているのか、ラウンドール公爵の指がせわしなく動いている。
父さんは長旅で疲れた幼児の存在を持ち出して内装見学を後日に持ち越しにした。
高位貴族をサラッとあしらえる父さんの話術を見習わなくては。
父さんが王都で借りた借家はハルトおじさんの屋敷の別館だった。
家族で寛げるようにと別館を用意してくれたのだが、今回の王都滞在中のうちの家族の扱いはラインハルト殿下の客人ということになっていた。
公爵家の屋敷で公爵ご本人がお出迎えしてくれるわけだ。
「ラインハルト様に無茶を言える方は限られているから、ここまで押しかけてきて面倒ごとを押し付けてくる人物はいないだろう。ゆっくり過ごせるはずだよ」
父さんがそう言って別邸の中を案内してくれた。
そこそこに部屋数があったが、ケインと兄貴と同室にしてもらった。アリサはお婆と、クロイとアオイが同室という部屋割りになった。
お手伝いさんが五人もいたが、これでもハルトおじさんの気遣いで減らしてくれたそうだ。
当のハルトおじさんは新型馬車から馬を外して敷地内のドライブを満喫した後、ぼくたちの別館にずっといる。
ハルトおじさんにはぼくも個人的に面倒ごとの交渉を頼んでいることもあって、好きにしてもらって構わない。
夕食はハルトおじさんの要望でおでんと王都の庶民の名物料理の豆のシチューになった。
「辺境伯領で新しい味覚に出会うまでは、私はこれが世界で一番美味しい料理だと思っていたんだ」
ハルトおじさんは子どもの頃食欲が落ちた時に乳母が作ってくれた豆のシチューをそう言った。
何も食べずにわがままを言う幼少期のハルトおじさんに手を焼いた乳母の様子が目に浮かぶ。
毒見を済ませた冷めた料理より、使用人が食べている普通の料理が食べたいと駄々をこねたらしい。
なるべく栄養価を高くしようと乳母が苦心して考案した料理だと、大人になってから知ったらしい。
本来の豆のシチューはもっと質素なものだ。
魔法学校の食堂でもあるメニューだが、あまり美味しくない。
「懐かしい味だが、今では少し物足りない。だけど、これが美味しかった時代があったんだ」
「バターと炒めた玉葱にベーコンの塩気、ミルクで伸ばしたスープはブイヨンがあればもっと美味しいでしょうね。でも、これはこれで美味しいです」
ぼくは胡椒を足して味を調えた。
「王都では食事は腹が膨れたら十分という考え方で、貴族の食事も良い食材をふんだんに使用した物なら美味しいだろう、という程度だった。ああ。そんな中でもジャニスさんのパンは美味しかったよ」
庶民は食うや食わずの毎日で、一年を通して食料が安定したのは新しい神の誕生後の豊作からだ。やっと庶民でも十分なパンを年中口に出来る小麦の収穫量になったのだ。
「出汁の存在を意識した辺境伯料理に、港町の輸入や飛竜の里でのスパイスの栽培に成功してから味の幅が豊かになった。でもそれは庶民の話なんだ」
ハルトおじさんは牛蒡巻のさつま揚げを食べながら言った。
「屋台の味を再現した食堂はたいそう人気があるらしい。それに比べて貴族のパーティーはつまらないぞ。飯は不味いのに配膳の順序も決まっているから時間だけかかる」
ハルトおじさんは遠い目をしながら、港町のビュッフェは良かったなぁ、と呟いた。
父さんが肩を揺らしながら笑うと、母さんとお婆も、仕方ないですねぇ、と言った。
「大会期間中に王都を離れられないでしょうから、カイルに頼んでおきますよ」
「子どもたちにはまだ内緒にしていたんですよ」
「当日に驚かせようと思っていたんですよ」
父さんと母さんとお婆にそう言われると、ハルトおじさんは叱られた犬のような顔になった。
何も知らされていなかった子どもたちは今回の王都旅行にサプライズが用意されていることを察してしまった。
「本大会の魔獣部門が終わったら、港町のメイさんのところに行こうって計画しているんだよ」
「「「やったー!」」」
三つ子たちは海を見たいとずっと言っていた。
「海水浴にはまだ早いけれど、貝殻拾いや釣りをしましょうね」
話にしか聞いていない海に行けることに三人は大喜びだ。
「港町でお寿司を食べる時にハルトおじさんを亜空間経由で迎えに行けばいいんだね」
ぼくはハルトおじさんの意図をくみ取って言った。
「そうしてくれると嬉しいな。あのお寿司の味が忘れられないんだよね。口に入れるとほろっとほどける絶妙な握り加減は、うちの料理人ではまだ再現できないんだ」
ぼくたちはそこからお互いの本大会期間中の予定を話し合った。
食事を終えたぼくたちは、大人がお酒をたしなんでいるので、ぼくたちの部屋に集まって旅の間にしたいことを話し合った。
「明日はラウンドール公爵家のお茶会にお呼ばれしているからもう寝ようね」
三つ子たちの心は王都観光より海釣りに関心が移ってしまった。
父さんたちはこれを心配して予定を教えてくれなかったんだな。
「正直、お行儀よくお茶を飲む会なんて、苦痛でしかないんだよね」
クロイがボソッと言った。
「ウィルの妹のエリザベス嬢は三つ子たちと同い年だから話が合うかもしれないよ」
ぼくがそう言うと、三人は顔色を変えた。
「……本物のお嬢様と話が合うとは思えないよ」
「……可愛い子だし、最近スライムを飼い始めたばかりだから、何とかなると思うよ……たぶん」
ケインがそう言ったけれど三つ子たちは浮かない顔だった。
ぼくが初めてラウンドール公爵家に招待された時もいやいやだったから、仕方がない。
「ラウンドール公爵家の祠参りが出来るかもしれないから、それを楽しみにしていようよ」
ぼくはそう言って、三つ子たちを部屋に送り届けた。
おまけ ~緑の一族の親族かもしれない~
……いつもお腹が痛かった。
集められていた子どもたちはみんな顔色が悪く、新しく来た子もすぐに顔色が悪くなった。
……いなくなった子どものことを考えても仕方がない。
甘い香りがすると余計なことを考えられなくなった。
覚えているのはそれくらいだ。
気が付いた時には暗い洞窟の中で、色とりどりに光る小さなものに囲まれて美味しい水を飲んでいた。
“……嫌なことは忘れなさい”
そんな言葉がどこからともなく聞こえてきた。
洞窟に集められた子どもたちには見知らぬ子もたくさん居た。
みんな一様に痩せてやつれていたが、洞窟の水の効能なのか顔色はよくなっていた。
この水が恐ろしく貴重なものだと知るのはもう少し先のことだった。
……自分たちは助かったのだ。
そう気が付くのにも時間がかかるほど自分たちは混乱していた。
小さな飛竜と猫とスライムを連れた一人の少年。
この子が自分たちを助けてくれた魔法使いだ。
洞窟から真っ白な空間を経て移動した先は小さい飛竜たちは三匹もいる飛竜の里だった。
大きな家に住む優しそうな年配の夫婦が、みんなよく来たね、と涙ぐんで迎え入れてくれた。
お世話をしてくれる綺麗な若い女性や、怖そうな顔のおじさんも本当に優しい人で、着替えのサイズを確認するから男女に分かれるようにと指示を出した。
自分は何も考えずに男の子の列に並ぶと小さな飛竜に蹴っ飛ばされた。
ああ、ぼくは男の子じゃない。
……何で変装なんてしていたんだっけ?
ぼくは甘い匂いに判断がおかしくなっていく過程を徐々に思い出した。
父と母と妹は無事だろうか……。
簡単に騙されてしまった自分が悔しくて仕方なかった。
「まあ、あなたは女の子だったのね。部屋割りは女の子のお部屋でいいかしら?着替えはどうする?」
ピンクの髪の綺麗な女性はおおらかな人で、好きな服を選んでいい、と言ってくれた。
ズボンの方が歩きやすい。
「あら、動きやすくていいわね。新しい服を作る時には女の子のズボンも考えてみましょう」
頭ごなしに否定するのではなく、ぼくの好みを優先しながら女の子の輪に入れるように気を使ってくれているようだ。
こんなバカな自分が、こんなに優しくされていいんだろうか……。
鼻の奥がつんとした。
……泣いたって取り返しがつかないんだ。
ぼくは顎を引いて込み上げてくる熱い思いをグッと押さえこんだ。




