初級魔法学校二年生決勝戦
まさかの辺境伯寮生たちの三連敗があって会場内は一時騒然とした。
だが、雑魚カードの裏魔法陣の発見と、ぼくとフエが泣いて喜んだのが見世物になったようで、いいぞー!若いの!!なんて掛け声も飛んだ。
「ごめんね。メイ伯母さんの旦那さんの全力の応援に感動しちゃって、フエがそれに答えるように頑張ったから感極まっちゃった」
ぼくがフエに謝ると、フエも私も同じだよ、と小声で言った。
「兄さん。だからそのやり取りが甘々に見えるんだって」
「無自覚って凄いよね」
ケインと兄貴がそう言って、フエに観衆の声援に答えるように促した。
別に二人の世界に浸っていたわけではないのだが、なんとなくばつが悪い。
フエが観客に手を振って勝利の祝福を受けているのを見ていると、妹の偉業を喜ぶ兄のような気持ちになる。
特別なご褒美を考えよう。
「優勝者に記念品でもと思っているのなら、ぼくももらえるよね」
精霊言語を取得していないはずのウィルに考えを読まれてしまった。
「友だちに何かプレゼントするのも良いよね」
ぼくがそう言うとケインは実用品が良いよ、と言った。
みんなに同じものを送れば誤解されずに済みそうだ。
「カイルって苦労した年下の子どもに弱いよね」
「それは誰だってそうだと思うよ」
みぃちゃんとキュアも頷いてくれた。
「「うちの家族は全員そうだね」」
ケインと兄貴も賛同してくれた。
「そうだよね。うちの領もそう言える人たちが快適に暮らせるようにしたいな。まだまだうちは弱さを見せると食い物にされるから、涙は見せるな、っていう教育なんだよね」
「立場のある人たちは大変だよね」
「いや。領民全体の意識がそういう感じだよ」
そうなのか……。人前で泣けるのは平和な状況下でしかできない事なのか。
「私は領民を泣くほど笑わせる領地にいたしますわ」
そう言って会話に割り込んできたキャロお嬢様は将来王家に嫁ぐ予定じゃないか!
「国民を泣くほど笑わせてくれるのですか?」
ウィルの軽口にキャロお嬢様は鈴を転がすように笑った。
「弟が不甲斐なければいつでもぶっ倒してあげる心意気ですわ」
キャロお嬢様はそう言うとフエに向き合った。
「うちの領民が熱くなりすぎてごめんなさい」
キャロお嬢様がフエに頭を下げると、うぉぉぉぉぉぉ、と低い唸り声が場内に轟いた。
フエは顔の前で両手を振って狼狽えた。
「あ、頭を上げてください」
頭を上げたキャロお嬢様はフエにウインクをした。
「人前で仰々しい真似をして申し訳ないけれど、これは領民たちにしっかりと見てもらわなくてはならないのよ。領民の不始末は領主一族がけじめをつけなくてはいけないの」
キャロお嬢様はそう言ってフエに右手を差し出した。
二人が固い握手を交わすと場内に割れんばかりの拍手が響いた。
「領主にはこの度量と度胸が必要なんだよなぁ。うちの兄に見せたいよ」
ウィルの小声の嘆きと重なるようにアナウンスが入った。
『本日の最終戦。初級魔法学校二年生の決勝戦を始めます。辺境伯領出身キャロライン選手対……』
割れんばかりの声援があがり、対戦相手の名前が聞こえない。
辺境伯領公女が対戦相手を敬え、と先ほど態度で示したのにあまり効果が無かったようだ。
辺境伯寮生が相手だから気遣いは無用ということだろうか。
フエはアナウンスと同時に選手控室に下がった。
辺境伯寮生に苛められなければ良いな。
観客席を見るとメイ伯母さん夫婦も下がっていた。
任せて大丈夫だろう。
「手加減無用ですわよ」
「……最善を尽くします」
応じた辺境伯寮生は恐縮して顎を引いている。
「皆さま、応援は平等に願います!」
キャロお嬢様は拡声魔法を使って応援団に呼び掛けた。
審判員とケインのスライムが二人の魔獣カードを確認して試合が始まった。
これは力技の勝負だった。
キャロお嬢様は最初の一手から最強のカードを出し、辺境伯寮生をなぶり殺しにする試合運びになった。
キャロお嬢様は攻撃特化で大型魔獣のカードをどんどん繰り出した。
大熊、ライオン、豹、象、サメ、大鷲。
対する辺境伯寮生は火鼬、土竜、蜻蛉、虹鱒、鯰、鷹、といった中堅と比較的強めのカードを繰り出した。
だが、ここからはダメージポイントを積み重ねる、まさしく虐殺のような試合展開になった。
大熊が火鼬の攻撃に怯むことなく、重い爪の攻撃を食らわせていく。そこを守ろうと土竜が土壁を築くも、象の水魔法が圧倒的物量で破り、大熊の猛撃をサポートする。
焦りを見せた辺境伯寮生は虹鱒を使って遠隔攻撃で距離を取って反撃の機を狙おうとするが、火鼬を倒した大熊が今度は盾となり、後方から豹とライオンが勢いよく突進してくる。
二匹があっという間に虹鱒を倒してしまうと、辺境伯寮生は蜻蛉と鷹の風魔法で最後の抵抗を試みるが、大鷲のたった一撃で蜻蛉も鷹も怯んでしまい、そこへサメが先ほどの象が撒き散らした水を活用して怯んだ二匹へと牙を向いた。
「私、手加減という言葉が嫌いですのよ」
「ぼくは頭脳戦で勝ち上がってきました。最強カードはそれ程持っていません!」
忖度抜きだと辺境伯寮生は訴えた。
「では、完膚なきまでにぶちのめして良いのですね」
小首を傾げてうっすらと笑みを浮かべたキャロお嬢様は美しかった。
冷酷の美少女が出した最後のカードに会場がどよめいた。
そんなカードがあったのか!
ぼくも初めて見るカードだった。
『で、で、出ました!私も目にするのは初めてです!これは不死鳥のカード!!』
不死鳥のカードから魔法陣が現れると、キャロお嬢様のカードは最上級の回復薬のカードを出したかのようにすべてのダメージが払拭され、辺境伯寮生のカードは全ての防御を突破され煉獄の炎に焼かれてしまった。
「……反則級に強すぎるカードだな」
母さんの設定する魔獣カードのレベルの差が凄まじい。
不死鳥のカードを出されたら敗北決定じゃないか!
会場の騒音デシベルを測れるのならこれが今日の最大だろうというレベルで歓声が上がった。
辺境伯領の応援団以外からも、不死鳥、不死鳥、というざわめきが聞こえる。
「……あんな最強のカードがあったんだ」
ウィルの呟きに、ぼくとケインと兄貴は知らなかったと首を振った。
『勝負あり!勝者、辺境伯領キャロライン選手です!』
圧倒的な勝利を手にしたキャロお嬢様が優雅に観客に手を振った。
『本日予定されていた試合は全て終了いたました。表彰式は後日一般魔獣カード大会本選で行われることになりました。お帰りの際出口が混みあいます。係員の指示に従って順番にご退場ください』
観客に退場を促すアナウンスが流れたが、あちこちで辺境伯領を称える歌声が上がり辺境伯領の旗を振り回しす熱狂の渦は治まらなかった。
強制的に退場させるために、みぃちゃんのスライムが行進曲を流し、OHPの魔術具や魔獣カードから元に戻ったぼくやケインのスライムたちが退場の順番が来た観客にスポットライトを当てて退出を促した。
こうして波乱尽くしの初級魔法学校の魔獣カード大会は終わった。
会場の片づけは実行委員たちに任せて、ぼくたちはおでんの屋台の撤収を手伝いに戻った。
「噂は聞きましたよ。裏魔法陣やら不死鳥のカードやらが出て、凄かったらしいですね」
売り切れで店じまいを早めにしていたおでんの屋台では、手伝ってくれた商会の人たちがぼくたちの帰りを待っていた状態だった。
「うん。女の子たちが大活躍して予想外のことが起こったよ」
ぼくたちが事の顛末を商会の人たちに説明していると、魔術具の露店販売をしていた他の生徒たちも話を聞きに集まってきた。
「それは初級の会場は大盛り上がりだったんでしょうね」
「辺境伯寮生の負け越しが決まった時は荒れたけれど、キャロお嬢様の不死鳥のカードで状況が一変したよ」
ぼくはそう説明しながら、火の神の祠の広場の会場を思い出した。
「兄さんどうしたの?」
「不死鳥のカードなんて存在していると思っていなかったから、OHPシートの魔獣カードで用意していなかったから実演で出来なかっただろうなって……」
「「あ!!」」
辺境伯領の連敗の後に決めたキャロお嬢様の必殺技がわからないなんて……。
「荒れているかな?」
「荒れているだろうね」
ケインと兄貴がそう言うと、撤収は自分たちで出来るから様子を見てきてほしい、と商会の人たちに頼まれた。
ぼくたちは空飛ぶ絨毯で急いで火の神の祠の広場に飛んで行くと、上空から見た様子ではどんちゃん騒ぎをしている人たちが大勢いるだけだった。
火の神の祠の広場の会場はスラム街の住宅に民泊している人たちが多く居たので、辺境伯寮生の負け越しを残念がったが、平民の女の子たちの活躍を住民たちと一緒になって喜んでいたようだ。
ぼくたちが降り立つと、土竜のカードは一体どうなっているんだ、とか、不死鳥のカードはどんな技を出したのだ、とみんなに詰め寄られた。
「残念ながら私たちの実演では土竜のカードを三枚出しても手紙にあったような技は出せず、本会場で凄い技が出たようです、としか説明できなかったのです」
準実行委員がアナウンスで何とか乗り切った、と苦労話をした。
あれはフエの持っている、一見何も変哲が無いように見える特殊な一枚がないと出せない技だ、と説明してケインのスライムがOHPの魔術具の上に乗って再現してくれた。
どんちゃん騒ぎをしていた人たちもスクリーンに釘付けになり、これは凄い、と自分たちの魔獣カードから土竜のカードを探し始めた。
ウィルと対戦したラルフが狙った一角兎のカードのブームより、土竜のカードの方が中古市場で高騰しそうだ。
準実行委員がもじもじしながらぼくたちを見た。
「あのぅ。もう片付けなくてはいけない時間ですけれど、キャロライン嬢の試合を再現してもらうことは可能でしょうか?」
「大丈夫だよ。それを心配してこの会場を見に来たんだ」
ぼくがそう言うと、店番をしていたみゃぁちゃんとみゃぁちゃんのスライムが嬉しそうに鳴いたり震えたりした。
他の会場が撤収したのに、火の神の祠の広場の会場は今日一番の盛り上がりを見せたのだった。
おまけ ~次期公爵候補の充足~
猛烈に忙しい日々が過ぎて行った。
早朝から転移の魔術具で領城の礼拝室で魔力奉納を済ませると、公爵代理の行動予定表に目を通し、早めに生徒会室に足を運び、講義時間前に魔獣カード倶楽部の部室に行く。
すべてに問題がないことを確認してからカイルの研究室に顔を出すと、察したスライムが美味しいお茶を入れてくれるのだ。
毎日が楽しくて仕方ない。
礼拝室の領地の護りの結界の怪しい記号を猫の肉球に置き換えて書き写しても神罰は下されなかった。
毎晩少しずつ書き換えて実験しているがまだ成果はない。
でも楽しいのだ。
「楽しそうだね。何かいいことでもあったのかい?」
「特別なことは何もないよ。ただ、毎日が充実しているだけだよ」
オレールにそう言うと彼も頷いてくれた。
「私も自分の魔術具の研究に大きな進展があったわけじゃないんだけれど、ここに居ると目からうろこが落ちるような思いをすることが多くて、毎日一から学び直しをしている気分です」
オレールは飛行の魔術具と共に省魔力の魔法陣の研究に目覚めた。
肉球の魔法陣は役に立ったようだ。
「こんなところで寛いでいて、魔獣カード大会の方は大丈夫なんですか?」
「ああ。今忙しいのは実行委員だよ。生徒会は上がってきた書類を見てから不備がないか判断するだけだからね」
「魔獣カード倶楽部の部長として予選会は大丈夫なのかい?」
「ハハハハハ。ウィルの情報収集能力に助けられているよ。金額は高かったけど、その値は十分にあるよ」
相手がどんなカードを入手したかがわかればぼくは負けない自信がある。
対戦相手がぼくに嫌悪感を持てば持つほど手の内がわかるようになってきた。
カイルが頑張ってね、と応援してくれた。
ああ。友だちって良いな。
大会が近づくにつれて、さすがに多忙でカイルの研究室に寄れなくなった。
実行委員だけでは大会当日の運営に支障をきたしそうなほど一般入場者の数が多くなることが予想されたのだ。
「魔法学校の大会にそんなに外部の、というか、市民たちは来ませんよ」
上級魔法学校の生徒会長が言った。
上級魔法学校に平民が少ないこともあってか、一般市民が魔法学校に関心があるとは思っていないようだ。
世代間の考え方の違いがここにも出てくる。
「初級や中級魔法学校への平民の進学率が今年はとても高くなっています。王都出身の彼らの親族は気軽に来れますよ。それに大会期間の宿屋の予約率も高くなっています。一般本大会の観覧券を購入できなかった魔獣カード愛好家が、生徒の大会でも良いから見に来ようとしているからでしょう」
……平民の進学率が上がったから初級中級の魔法学校の生徒の質が落ちたのか。
いやいや。生徒の質は上がっているよ。
彼らは熱心に勉強するから早くに必修講座を履修して学内から居なくなっているだけだよ。
「それじゃあ平民たちの入場制限をすればいいじゃないか」
上級魔法学校の生徒会長の発言に警備担当の騎士が待ったをかけた。
王太子殿下が一般市民も含めた大会を開催するのにその前哨戦のような魔法学校の大会で一般市民を締め出すのは良くない、と主張した。
王太子殿下の存在を出されたら上級魔法学校の生徒会長も黙った。
「予選落ちした選手たちにも大会を楽しんでもらうために、実行委員として活躍してもらいましょう」
人手が足りないなら愛好家たちを巻き込めばいい。
「誰も最終戦まで負ける気はないでしょうから、募集しても集まるかどうか……」
現状認識がしっかりできている実行委員長が懸念点を上げた。
「本大会出場者の発表会で募集すれば良いでしょう。さすがに諦めがついて大会運営に携わることを選択してくれますよ」
この案が採用されて準実行委員という立場で大会を支えてもらうことに決まった。
「本大会を成功させることが魔獣カードをより普及させ、より多くの種類のカードが発売されることになるはずだ。魔獣カードの未来を君たちが切り開くのだ!」
こっぱずかしい大演説をして予選落ちした選手たちを準実行委員に勧誘した。
この演説のお蔭でぼくは魔法学校で魔獣カードの貴公子というさらに恥ずかしい異名をつけられることになってしまうのだった。
魔獣カードの開発者はカイルとケインの家族たちで、おそらく最強なのもあの二人なのに。
「決勝進出おめでとうございます!予選会を無敗で終えたのは上級、初級魔法学校生の中でも会長ただ一人です!!」
生徒会室に戻ると副会長代理や各役員代理たちがぼくの決勝進出を祝ってカイルの伯母さんの店の焼き菓子とお茶を用意してくれていた。
「ありがとう。君たちのお蔭で魔獣カード大会に出場できる時間が出来たよ」
「私たちも会長の手助けができて光栄です。決勝戦も頑張ってください」
……居場所があるって良いことだな。




