事情聴取
騎士団での事情聴取は三人とも同じ日に呼ばれたが、バラバラに聴取されるようだ。四日ぶりにあったボリスは家族に何度も同じ話をしなければならず、今日もまた同じ話を繰り返して言わねばならない事にうんざりしていた。子猫のお世話が唯一の楽しみで毎日ミルクの回数が多くて大変だとこぼしていた。哺乳瓶を差し入れすると喜んでいた。ヒカリゴケはうちで三つとももらえることになったので、哺乳瓶一つではお礼代わりにしてはつり合いがとれない。なにか考えなくてはいけない。
母さんとお婆がボリスのお家で続報を待っていた時、居ても立っても居られずに、台所を借りて小麦粉を練って、ひたすら練って、大量にラーメンを作って騎士団に差し入れしていたらしく、すれ違う騎士たちに何度もお礼を言われた。助けてもらったのはぼくたちの方なのでお礼を言いあう事を繰り返した。
聴取する騎士は団長を含む師団長六名がそろいもそろってクマのように大柄で円卓の会議室が手狭に見えた。
お茶とお菓子が用意されており、和やかに談笑しながら始まった。みんなラーメンの話からはじめるのだが、どうやらお婆はうどんを打っていたようだ。かん水の研究で違いをはっきりさせるためにうどんも打ってもらったことがある。違いは説明したはずなのに、麺類はみんなラーメンが固有名詞になってしまいそうだ。
そんなことをのんびり考えていられたのは本当に冒頭だけだった。誘拐の経緯だけでも何度も話を戻して繰り返し同じ話をさせられる。
「犯人は『黒い髪の子ども』ではなく『黒っぽい髪の子ども』と言っていました」
些細な違いを何度も聞かれてボリスの苦労が理解できた。
荷馬車を飛び降りてからは、ぼくも東西南北を見失っており、影がどっち向きのどのぐらいの長さだったか、なんて全く覚えていないことも繰り返し聞かれた。
「ススキをかぶせようと思ったのは、とにかく魔獣に気づかれないようにするためです」
「おしっこをとび散らかしたのは、子どもは何かと競争する生き物だからです」
「頭が痛くなったのは考えすぎたからです」
「精霊らしきものが現れたら、不安なことは頭から消えます」
「商業ギルドで飴玉を貰えたのは、商業ギルドがお婆を不当に扱ったことに対する謝罪の意があります」
「旗を取り付けたことに安堵して、周囲への警戒を怠ったため、魔獣の接近に気が付きませんでした」
何度も同じことを聞かれると、もう定型文のように考えなくてもスラスラ言えるようになってしまった。
「ふむ、言っている内容に矛盾点はない。こんなに小さいのによく詳細を覚えていたね」
終わり際に騎士団長に褒められたが、もう疲れていて愛想笑いもできなかった。
部屋を出る前に師団長の一人として参加していたボリスの父に個人的に礼がしたいと声をかけられた。
「今回ボリスが生きて帰ってこれたのは君がいてくれたおかげだ。ありがとう」
騎士団の偉い人なのに人目を気にすることもなく頭を下げた。
「いえ、ぼくもボリス君のおかげで助かったと思っています。干し肉をもらったことだけじゃなく、ぼくが用心してなかなか踏み込めないところで先陣を切ってくれました」
「君はあの子をそう評価するのかい?」
「緊張感のある場面でも和ませてくれるし、ケインが落ち着いていられたのもボリス君のおかげです」
ボリスの父はぼくの視線に合わせるように両膝をついてかがんでくれた。できるだけ威圧感を出さないように気を使ってくれたのだろうけど、それでもぼくは見上げなければならなかった。
「うちは子どもが四人いて、上三人の男の子や親族にも騎士団関係が多いせいか、みんな揃って腕白で乱暴な悪ガキだ。だが、あの子は格別に手がかかる子で、考える前に行動してしまうきらいがある。街の外では一晩どころか一刻だって生きていられないだろう」
「町から遠ざかる荷馬車から飛び降りないくらいの分別はありましたよ。ぼくがススキを探しに行ったときは、その場から動かずケインの面倒を見ていてくれました。木のうろに頭から入っていった時は焦りましたが、ぼくら兄弟だけだったらためらってしまって時間を浪費しただけだったでしょう」
「安全確認もせずに侵入するなんて馬鹿のすることだ」
「精霊がそばに居ると本当に警戒心が低くなるんです」
「君は飛び込んだりしないだろう?」
「ビビりで、根性なしだからです。山小屋で生きのこったのは母親のスカートの中に隠れていたからです。弱虫だから周囲を警戒ばかりするんです。精霊がそばに居る時でも何度も不安になりました。そうすると精霊が解決策を示してくれたんです。そんな精霊が入っていく場所ならボリスの方が正解です。実際日没が迫っていましたから」
「君はボリスを信頼しているんだな」
「信頼していますが、用心はしますよ。次に何をするのか予測がつかないところもあるので」
「ああそうだ。あの子にはいつも用心しなければならない」
ボリスの父は僕の肩を両手でポンポンと叩くと立ち上がった。
「洞窟で寝る前にボリスと少し話したんです」
「さっきの聴取では話さなかったことかい?」
「個人的な相談事でしたから」
「相談事?」
「子どもらしい荒唐無稽な話です。だから、内緒です。またうちに遊びに来させてくれますか?約束したんです」
「もうしばらくかかるが、落ち着いたら大丈夫だろう」
「ありがとうごさいます」
「こちらこそ、ボリスをよろしく頼む」
「幼児のうちは身分も気にせずに友達でいられます。だから、頼まれるようなことは何もありません」
ボリスの父ははははっと笑って僕の肩をばしっと叩いた。手加減してくれたのだろうが、今度のは結構痛かった。
聴取の部屋をでてケインと合流すると、ケインの聴取は擬音語だらけでわかりにくかったせいで途中から父さんが介入したそうだ。三才児に事件の経緯をまともに聞こうとする方がおかしい。
騎士団の食堂で昼食をすませた後で、精霊神の祠にお参りに行くことになった。母さんとお婆はその時に合流してみんなでお参りする。
食堂ではボリスと二人の兄が食事をしていた。
「こんにちは。ボリス君とお兄さんたち。私は今回ボリス君と一緒に誘拐されたカイルとケインの父です。大きい方がカイル、ちょっとだけ小さい方がケインです」
父さんが流れるように自己紹介すると、同席の許可をとらずに同じテーブルについた。
「今回は大変お世話になりました。ぼくはボリスの長兄のオシム、こっちが次兄のクリスです。王都の初級魔法学校に在籍していますが夏季休暇で帰郷しておりました。当日騎士団の訓練を見学していましたが、ぼくたちが家族に付き合っていたらこんな事態は避けられたかもしれなかったのに、申し訳ありませんでした」
ボリスの兄たちは席を立って大きな声で謝罪するので、食堂に居る騎士たち全員の注目を集めてしまう。
「いやいや、頭を上げて座ってください。犯人は現場に男性陣が居なくなってから騒動を起こして攫っている。子どもの背丈ではどうにもならなかっただろう。子どもたちを護れなかった女性たちにも言ったんだが、あの場で誘拐を防ぐのは難しかった。今後市場、いや町の安全のためにどうすべきかに力を入れていかなくてはいけない」
ボリスの兄たちは髪や瞳もボリスと同じ色で顔もよく似ているのだが、何が違うのか年上になるほど顔つきが凛々しく、騎士の子どもらしく見える。実際、立ち姿も座る仕草も態度も騎士っぽい。ボリスの話を聞いたときは意地悪なお兄さんたちだと思ったが、本気でボリスの心配をしていたのだろう。言い回しが乱暴なだけなのかもしれない。
「ここのごはんは、おいしいね」
空気を変えてくれるのはいつだってケインだ。弟はかわいい。ボリスの兄たちも可愛いものを見る目でケインを見ている。本当は優しい人たちなのだろう。
「ボリスと一緒に食べるからなお美味しいよ」
「カイルやケインと一緒にお腹いっぱい食べられるなんて、生きててよかったよ」
ぼくたち三人は頷きあっている。
「帰ってきてからのボリスは言葉遣いもまともになったし、母親の言う事もよく聞くようになったんです」
「別人のようと言うほどではないんですが、やっぱり死にそうなほどの苦労をすると、変わるんですね」
人間の本質なんてそんなに変わらないから、ただの幼児期の反抗期じゃなかったなら、数日で元に戻るかもしれない。
「さっきボリスのお父さんと話したら、数日たって落ち着いたらまた遊びに来てもいいって言ってたよ。いいでしょ?父さん?」
うちの父には事後承諾になるところだった。
「ああ、町の治安が確認されたら。かまわないよ」
「うわぁ、うらやましい。ジュエルさんのお宅は訓練施設が充実していて、おまけに王都の飛竜部隊を退役されたイシマールさんがお手伝いに行かれているって伺っています」
「うちの領から飛竜部隊に入るなんて憧れの人です」
あれ?そんな人うちにお手伝いに来ているのか?厩舎の人か?
「ああ、イシマールさんが領の騎士団にいた頃乗っていた馬が処分されそうになっていたところをうちで引き取ったんだ。そのご縁で、厩舎以外の雑用まで手伝ってくださるいい人ですよ」
ボリスの理想を体現した人がうちに来ているんだ。灯台下暗し。
「君たちが夏休み期間に落ち着けば一緒に来たらいいよ」
「「ありがとうごさいます」」
兄たちも嬉しそうだ。これでボリスの自宅での待遇がよくなるといいな。まずは本人がこのまましっかりした状態が続けばいいだけだと思うけどね。
「ボリス君もこの後精霊神の祠にお参りに行くのかい」
「はい、兄さんたちも一緒にお参りしてくれます」
「うちもこの後家族と合流するから一緒に行こう」
よし!計画通りに後はボリスに任せよう。




