団体戦
「あああああ!情報戦に負けた!!」
ラルフはそう言うとガックリと項垂れた。
ラルフはウィルが金に糸目をつけずに強い魔獣カードを買い漁っている、という情報をもとに一角兎の特攻隊の作戦を立ててきたようだ。
「愛好家が高額になっても希少カードを収集するのは良くある事だよ」
弱いカードで決勝戦を勝った方がカッコいいじゃないか、とウィルが満面の笑みで言った。
それはラルフも考えていたからこそ一角兎を初手の一枚にしたのだろう。
「君がぼくの情報を知っていたように、ぼくも君が一角兎のカードを集めていたことは知っていたよ」
手の内のカードの中から最近入手したものを使いたくなるのが人の性だ。
ウィルは一角兎の対策をしっかり練ってきていたのだ。
「参りました」
ラルフが頭を下げてウィルに右手を差し出して、二人が力強く握手を交わすと、観衆たちが大声援で二人を労い拍手をした。
「一角兎のカードを転売して利益を出すまでが今回の作戦なんだろう?」
ウィルがラルフの肩を引き寄せて耳元でそう言うと、観衆の女生徒から悲鳴のような歓声が上がった。
「勝負に手加減はしなかったよ。でも勝負に負けても元手を回収したって良いだろう」
「ああ、回収どころか上回るよ」
「あの二人は魔獣カード以外で何か勝負をしていたの?」
審判が疑問に思うほど二人はお互いの顔を近づけて話した後、仲良く肩を抱きあった。
『……!勝負を超えた友情が二人に芽生えたようです!』
実況のアナウンスが適当なことを言うと、観衆たちは二人の友情に拍手喝采をした。
世の中は見た人が見たいように真実を作るんだな。
ざわつく会場にアナウンスが響いた。
『王太子殿下が退出されます。皆様ご起立願います』
アナウンスを受けて貴賓席を見ると、ぼくたちが座るはずだった席にオレールが居た。
面倒ごとの全てを引き受けてくれたオレールに敬礼。
ぼくたちが身を正すと、BGMは国歌に切り替わり、起立した観衆は国歌斉唱をし、スライムたちがスポットライトをハロハロへと集中的に照らす中、王族スマイルを絶やさず、王太子殿下然とした、堂々とした所作で退出した。
厳粛に王太子殿下を送り出した後、辺境伯領応援団がラルフの健闘を称える合唱を始めた。
美しい歌声に場内はうっとりと聞き入ったが、勝利バージョンを歌えなかった恨みが精霊言語で聞こえてきて、ぼくたちは苦笑した。
ハロハロが中級魔法学校の会場に移動すると、当初の予定の一回戦であった団体戦を始めることになった。
従妹たちと辺境伯寮生という、ぼくたちの身内同士の戦いは、従妹たちは魔獣カードの販売元の親族の娘たちということもあって、まだ市場に十分流通していない希少カードを連発して対戦相手や観客の度肝を抜いた。
レアカードをふんだんに使いつつも、戦術も練り上げられている。
三対三の対決は一勝一敗で均衡し、会場内の応援団も二敗を喫したくない辺境伯領の応援団が喉から血を出すかというような勢いで声援を送っている。
「肩の力を抜いて行こうよ」
競技台の前で向かい合った両選手の吐きそうなほどの緊張感が気になって声をかけた。
「勝てば官軍、負けても辺境伯領出身の選手が上位を寡占した事実は変わらないよ」
「この舞台に立てただけで皆勝者なんだ。この場を思う存分楽しんで悔いのない戦いをしてね」
ぼくたちがそう声をかけると、二人とも笑みを見せた。
団体戦の大将戦の重圧は相当なものなのだろう。
審判員とケインのスライムに手札のカードを開示して勝負は始まった。
白熱した勝負だった。
正攻法の勝負は観客にも次の手が読みやすく、あちこちで良いぞ!待ってました!と技が決まる度に合いの手が入る。
それもこれも、魔獣カードに扮したケインのスライムがぼくのスライムのOHPの競技台の上で、どう魔獣を動かしたら観客を夢中にさせるのか、試合を重ねる度に研究したようで、スクリーンに映し出される戦いに観客たちが本気で没入している。
一進一退の勝負は七枚目の最後のカードの選択に託された。
得失点差でわずかながら上まっている辺境伯寮生は、防御を固めてしのげば勝利できる局面だ。
観客たちの声援は、守れ!守りぬくんだ!という声や、男は引くな!攻めろ!と僅差で勝つより圧勝を望んで攻め続けることを期待している声も多い。
従姉が勝つには攻めるしかない。
従姉の最後の一手は守りが薄いと踏んだ辺境伯寮生は満を持して電気鰻のカードを出した。
スクリーンにバチバチと帯電した電気鰻が現れると、辺境伯領の応援団は勝ちを確信して、おおおおお、と興奮した声を上げた。
しかし、従妹は三枚出していた灰色狼のリーダーのカードを最後の一手として出した。
強化したブリザードで電気鰻の攻撃を拡散させ、直後に電気鰻を凍り付かせ見事逆転勝利した。
観客たちはスクリーンでスパークした電気鰻の技に驚き、その後ブリザードが辺境伯寮生のカードを襲うと辺境伯領の応援団から悲鳴に近い金切り声がでた。
『勝負あり!勝者仲良し従妹とゆかいな仲間たちの大将!』
まさかの二連敗に辺境伯領応援団は肩を落としたが、ほとんどの観客たちは可愛い従妹たちの健闘を称えた。
「灰色狼を四枚も出してくるとは……」
「ブリザードは煙幕にも防御にも攻撃にも使えますから七枚中四枚使用しました」
「ああ、いい勉強になったよ」
ガックリと項垂れていた辺境伯寮生チームも、可愛い従妹たちが握手の右手を差し出すと顔を赤らめて手を出した。
『当会場は休憩時間に入ります。観客の皆さんは一度会場から退出してください』
城内のアナウンスを聞いて思い出した。
おでんの屋台を手伝っているみぃちゃんとみぃちゃんのスライムと交代しなければいけない。
ぼくたちは実行委員と午後の打ち合わせをして屋台へ急いだ。
各会場で休憩の時間がずれていたので屋台の人の流れは途切れなく忙しかったようだ。
ぼくたちも手伝おうとしたら、初級の会場の演出の話はすでに学校中に知られており、屋台まで手伝うなんて働き過ぎだ、とみんなに止められた。
ぼくが出店した屋台なのにお客さんとしてぼくたちはおでんを食べていた。
お手伝いはみゃぁちゃんとみゃぁちゃんのスライムに任せることになった。
「辺境伯領チームは強かったけれど手の内が予想の範囲内だったことが敗因の一つだよね」
蛸足に齧りつきながらウィルが言った。
「魔獣カードに興味がなかった私には正攻法の戦法の方が見ていて楽しかったですよ」
ぼくたちに合流したオレールは初心者らしい感想を言った。
「いや、でも地栗鼠は可愛かったですよ。あの勝負は王太子殿下もお喜びでした」
ぼくたちが居なかった空席をその場の寄せ集めの人で埋めることになり、魔獣カードのルールを全く知らなかったのに殿下の隣の席になったオレールは冷や汗が出たらしい。
「殿下はお優しい方でしたから、一つ一つのカードの魔獣の特徴や技の解説をしてくださいました。本当は今日一日初級の会場に居たかったようでしたよ」
他の会場にはOHPの魔術具がないから、小さい競技台を遠くから眺めて実況のアナウンスを聞くしかないからね。
そんな話をしながらおでんをぱくついていると、たこ焼き屋やお好み焼き屋の差し入れを辺境伯寮生からもらった。
午後からもよろしく頼むということらしい。
「ああ、やっぱりここに居た」
上級魔法学校の生徒会役員たちがぼくたちの席に割って入ってきた。
「午後からの王太子殿下がご覧になる試合に君たちのスライムを貸してほしいんだ」
柔和な笑顔の上級魔法学校の生徒会長は、初級の会場はもうスライムは必要ないだろう?と貸して当然と言った口調で言った。
「その話は実行委員にもうお断りしてあります」
「警備隊長に確認してください」
「会場の演出を急遽変えるということは警備が一番困るんですよ」
ぼくとケインと兄貴が即答した。
「初級の会場で大丈夫だったのだから問題ないだろう?」
上級魔法学校の生徒会長は貸し渋るなよ、と柔和な笑顔の下で苛立っている。
「会場が違えば条件が全く違うんですよ。警備計画を舐めていますね。まったく、下級生を上級生が取り囲めば言う事を聞くと思い込んでいるようですが、こんな公衆の面前でみっともない」
おでんを買わないならここに居てはいけませんよ、と味噌だれをたっぷりかけたおでんを片手に持ったイザークが割って入った。
「中級の会場ではスライムたちの演出はありませんでしたが、王太子殿下は試合そのものを楽しんでご覧になられていました。近々行われる一般の魔獣カード大会の本大会に向けて、演出のある会場とない会場を両方ご覧になって、本大会のご参考になさるのでしょう。事前準備通りの試合運びを御覧に入れる方が大切でしょうに」
イザークはそう言うと、ウィルの齧りかけの蛸足の串を見て、それ、美味しいの?と眉をひそめた。
「ぼくは好きだけど、苦手な人もいる食べ物だよ。先輩は味噌だれが好みなようだから、このソースも気に入ると思うよ」
ウィルはイザークにたこ焼きを勧めた。
イザークは喜んで一口で食べた。
「ああ、これは美味しいね。ソースも良いけど、外側がカリカリで中がとろんとして、その中にコリコリとした触感の美味しいものがある」
「そのコリコリとしたのがこれだよ」
ウィルは蛸足の串を手にして言った。
「ああ、これは凄い発見だ!その串を勧められてもぼくは食べなかったよ。そう、見た目が悪かっただけなんだ。だけど、これを食べて美味しいことを知ってしまったら、その見た目なのにすごくおいしそうに見えるよ」
品切れになる前に買ってこよう、とイザークが振り返ると、上級魔法学校の生徒会役員がまだいたことに嫌そうな顔をした。
「そんなにスライムが諦められないのでしたら、初級の会場に行ってスライムを貸してください、と大声で呼びかけたら良いですよ」
イザークの言葉を不快に思ったのか、上級魔法学校の生徒会長の柔和な笑顔が崩れた。
「イザーク先輩の言葉は本当ですよ。初級の会場には辺境伯領出身者が大勢いるから、大人でもスライムを飼っていますよ」
ウィルがイザークの話を肯定したので、ぼくたちもその通りだと頷いた。
上級魔法学校の生徒会役員は、ぼくたちが誰もスライムを貸しだす気がないことを理解して、初級の会場の方に行った。
「貸し出しする人なんているかな?」
「やってみようとする人はいるかもしれないね」
「上級の会場の警備担当者はスライムを入場させないと思うよ」
ぼくたちはそれっきり上級魔法学校の生徒生徒会役員たちのことを忘れて屋台料理を楽しんだ。
おまけ ~次期公爵候補の転換~
……八つ当たりをしてしまった。
腹を立てたのはぼくの個人的な感情に過ぎず、辺境伯寮生も闇の貴公子も関係なかったのに……。
あれから生徒会室には平穏な日々が戻った。
魔獣カード倶楽部関係で押し寄せる生徒たちには、カフェテリアの噂を知らないの?というだけで彼らはすぐさま引き下がった。
同人を一所にまとめると仲間たちで情報交換を盛んに始めるので、生徒会室まで押しかけて来る生徒はいなくなった。
副会長たちの性格が変わったり、能力が上がったりすることはなかったが、仕事が出来ない無能なくせに、人を蔑む視線を向けるな、とハッキリと言うことにした。
……平民の妾の子の癖に……。
「平民の妾の子の方がおまえより仕事が出来るのに、自覚がないから恥ずかしくならないんだね」
……貴族の常識を知らないから……。
「仕事をしないで偉そうな顔をするのが貴族の常識なら、そんな常識は知らない方が良いね」
未処理の書類を生徒会の面々が突きつけた。
「やってください、と丁寧にお願いして頭を下げろ。それが出来ないなら、職務怠慢で査問会を開いてお前たちの今までの無能さを晒してやる」
……売女の息子に味方する査問委員がいるものか。
「副会長はずいぶん汚い言葉を知っているんだね。公爵家の家人としてぼくの母を罵るのなら、君の家の家系図を調べようかい?」
家系図を調べて妾の存在が出てこない家系は辺境伯領主一族くらいだろう。
「……ぼくは何も言っていない」
「いや、ハッキリと言っているよ。聞いたことがないかい?公爵家の異名を」
……地獄耳の公爵家!
「知っているじゃないか」
もともとお告げの子とは他の人には聞こえない、人の心の内なる声を聞きとり、一族に告げる子どもを指していた。
それが礼拝室で神罰が起こり、その後魔力奉納をしたものはお告げの子しかいない、ということであって、異母兄たちが実際に礼拝室で魔力奉納してみたら神罰が起こらない可能性もあるのだ。
ぼくだけがこんな選べない状況になっている必要はないんだ。
「でっ、で……で、で、出来るわけない。さ、査問委員が、かっ……かっ、会長を糾弾しないはずがない!」
計算の出来ない会計は地獄耳の公爵家の噂は知っているので狼狽えているが、ぼくを支持する上位貴族はいないと踏んで査問会を開かせないよう脅しをかけた。
フフフ。
「君たちは自分の立場をなにも理解していない。我々に取ってつけたような実績を作るかのように生徒会の役員されているのか、考えてことはないのかい?残った人材の中で価値があるからだと本気で思っているなら考え直した方が良い」
鈍いところがある生徒会の面々も辺境伯寮生たちに言われた正論が堪えているようだ。
「思い至ったかい?我々はそもそも中途半端な世代になるんだ。旧態依然そのものの現在の上位者に従えば実力のある下の世代と相容れないことになる」
あえて言葉を切って、生徒会の面々を見た。
「君たちが何を言おうと、本当にぼくの代わりが居ないことにぼく自身が辟易しているんだ。生徒会長から降ろしたいのならやってみたら良いよ」
事実に思い至った面々は黙った。
三大公爵家の最有力跡継ぎ候補に面と向かって喧嘩を売ることをしてしまったのだ。
胸のもやもやは落ち着くことが無く、生徒会室を出たその足で向かったのは王都で一番美味しいパン屋の焼き菓子売り場だった。
詫びの品はもらった相手が確実に美味しいと思ってくれるものじゃなくてはいけないのに、闇の貴公子の関係者のお店しか思い浮かばないのだ。
……無様で良いじゃないか。ぼくがしたことは所詮許されるような所業じゃない。
「ありがとう。ぼくの叔母さんのお菓子を王都で一番美味しいお菓子だと選んでくれて、嬉しいよ」
驚くべきことにこう言ったあと、闇の貴公子はぼくのことを気にかけなかったことを詫びた。
人としての度量の大きさを見た。
彼の魔獣たちはぼくに敵意をむき出しにしているし、ぼくだってこんな謝罪で許されるとは思っていなかった。
闇の貴公子は、いや、カイルは、自分は正義の味方ではなく、面倒ごとを避けているだけだ、と言った。
すべての理不尽に自分が立ち向かっていかなくてはならないなんて、それこそ不条理だ、と言うのだ。
逃げ出せるものなら逃げ出したい。
だけど、現実的にはぼくの代わりになる人が自領にはいないのだ。
「一族の秘伝を聞いたんだね」
平民が知り得ない情報をさらりと口にした。
……上級のお告げの子は自分の考えを漏らさない。
父から聞いた通だ。
カイルの腹の内は全くわからない。
「大事なのは継承できる魔力と知識があるかどうかだけで、君はその最低ラインを越えただけだよ。……」
継承者が一人だけだなんて、ぼくの驕りだ。
先ほどまでぼくに対して敵愾心を持っていたはずのカイルの魔獣たちでさえ、ぼくの心情を読んで同情的になっている。
ぼくが知る狭い世界の中で、ぼくしか継承者が居ないだなんて嘆いていたのが馬鹿らしい。
カイルの魔獣たちなら、礼拝室で神罰を受けることなく魔力奉納が出来るだろう。
ああ、ぼくは厚かましくも、カイルに許しを請うたその口のまま、友だちになって欲しいと言った。
ポロリと零れた本音だった。
カイルは快諾してくれた。
下心がある友情関係で、今後入学してくる弟妹達や、王都に残していく同友たちを気にかけてほしいと言ったのだ。
カイルはぼくに残されたものがやるべきことを淡々と語った。
「それは王都に残った人がやるべきことだね」
ぼくは胸の内のもやもやが融けて、とこからともなく沸きあがってくる温かい思いに、自分の心臓の鼓動を打つのを耳で感じた。




