第一回初級魔法学校魔獣カード大会決勝戦
「その栗色の髪の少年の立ち位置に私がいるはずなんですが」
会場内でぼくのスライムがOHPの魔術具に変身すると、どこからともなくハルトおじさんにぼくの助手認定された研究員のオレールがやって来た。
「よく来た、助手よ!」
ぼくは面倒な交渉事を助手に任せることにした。
この会場の警護騎士隊長には承認してもらった、スライムたち魔獣がすることに反対しない、という確約を初級魔法学校魔獣カード大会決勝戦会場限定で、ハロハロの護衛の騎士たちに周知徹底してもらうことにした。
「もっと魔術具に係わることがしたいです!」
「今回は新しい魔術具を使用しないでスライムたちだけでやるつもりだから、スライムたちの行動を制限されないようにすることは大切な仕事なんだよ」
「スライムの可能性を知るいい機会じゃないか!」
「こんな機会は辺境伯領でもめったにないねぇ」
「ス……スライムの可能性……」
ぼくが面倒ごとをオレールに押し付けようとしているのを察して兄貴とケインが援護してくれた。
「ケイン。寮生たちのスライムを集めてくれないかい。どうせやるなら派手にやろうよ!」
決勝戦開始ぎりぎりの土壇場でぼくたちに頼んだんだ。
好きにやらせてもらおうじゃないか。
ぼくのスライムはOHPの魔術具に、ケインのスライムが原画を忠実に再現したOHPシートに、みゃぁちゃんのスライムが蓄音器とレコードに変化した。
鳴り物を禁止されたけれど、選手入場とハロハロの登場時に爆音で音楽を鳴らしてやる!
会場に来ている辺境伯寮生や関係者のスライムをかき集め、光ることが出来るか尋ねると、色は様々だが全員光ることが出来た。
スライムたちを光量や色分けをして配置を決めた。
“……あなたたちは優秀なスライムよ!あたいたちでこの大会を盛り上げるのよ!!”
ぼくのスライムが精霊言語でスライムたちを鼓舞すると、物凄い熱量でスライムたちが、おおおぅ!と答えた。
ケインのベルトに付けられたポーチからみゃぁちゃんが顔だけ出して出番はないのか、とぼくをじっとり睨んだ。
みゃぁちゃんとキュアの出番は考えていなかった。
シロも何かやりたいかい?
“……ご主人様の命とあれば何でもしますが、踊りは勘弁してください”
シロは妖精型ならいざ知らず、犬の姿で踊りたくない、ときっぱり拒絶した。
嫌なら強制はしない。
みゃぁちゃんとキュアには出場選手のエスコート役を頼むことにした。
さあ、ここからがショータイムだ。
『皆様、大変お待たせいたしました。ただいまより第一回初級魔法学校魔獣カード大会決勝戦を始めます。選手入場です。温かい拍手でお迎えください』
待ちかねた観客たちが選手たちを迎えようと拍手をすると、選手入場口に控えていたスライムが火花をアーチ型に放つ中、二足歩行のみゃぁちゃんと少し上を飛ぶキュアがエスコートをして選手たちが入場した。
OHPの魔術具の競技台に扮したぼくのスライムが居る舞台中央まで、選手たちが歩いていく花道をスライムたちが光り、蓄音器に扮したみぃちゃんのスライムが軽快な入場曲を流した。
観客たちの度肝を抜く演出に場内が一斉に沸いた。
スクリーンには決勝出場選手の似顔絵が映し出される。
スライムたちは共感性が高く、ぼくのスライムの指示を忠実に再現し、紹介される選手にスポットライトを当てた。
『本日の決勝戦は王太子殿下がご観覧されます。皆様ご起立願います』
アナウンスが流れると観客たちは一斉に起立した。
スライムたちはハロハロの入場口を一斉に照らし、BGMは国歌に切り替わった。
観客たちが条件反射のように斉唱すると会場内は厳粛な雰囲気になった。
そんな会場に入場したハロハロの王族スマイルがちょっと引きつっていた。
無茶ぶりされる側の気持ちを思い知ればいい。
ハロハロは王太子らしく自分の隣の席が三つ空いていることに気付いても顔に出さず、観衆に手を振ってから着席した。
『皆様ご着席ください。それでは本日の第一試合を開始いたします。初級魔法学校第三学年決勝、ラウンドール公爵領出身ウィリアム選手対、ガンガイル辺境伯領出身ラルフ選手です。両者位置についてください』
出場者のアナウンスに合わせてスクリーンに似顔絵が映し出され、本人にスポットライトが当たる演出を、ハロハロは楽しそうに瞳を輝かせた王族スマイルで見ていた。
ぼくたちは本大会では出場者だから手伝わないもんね!
ド派手な演出に右口角を上げて苦笑したウィルは、OHPの魔術具の側で屈んで身を潜めているぼくたち三人を見つけて、吹き出しそうになるのを堪えた。
「余裕があるじゃないか。ウィリアム君」
「いやぁ、あそこに縮こまっている三人がこの大会に出場していたら、君の出番はなかったんだよ」
対戦相手に意識を切り替えたウィルが試合開始直前の相手を煽った。
「そんなことは百も承知……じゃなくて、出場できなかったのは貴様の方だ!」
そんな芝居がかったセリフを言うタイプではなかったので、汚い言葉を使ってごめんね、と小声でウィルに謝った。
辺境伯寮生が決勝に上がってくるのは予想していたが、騎士コースの猛者ではなく、地味な歴史オタクのラルフが勝ちあがったのだ。
気にしないよ、偶には大声でいきがってみるのも良いじゃないか、とウィルも小声で返答した。
毎朝、辺境伯領に迎えに来るウィルとラルフは顔なじみで、軽い冗談を言い合える仲なのだ。
急遽ぼくのスライムのOHPを使用することになったので、両者が今回使用するカードを審判とケインのスライムに先に見せる。
競技台の上で実際に使用できるのは各自七枚だが、予備で五枚のカードを所持できる。
計十二枚のカードを相手の出方を見極めて使用する。
ケインのスライムは分裂して二十四枚のカードに変身した。
スライムのカードを審判が両者に手渡して準備が整った。
『試合始め!』
OHP の競技台の上に両者の最初の一枚が出されると、キターーーーーー、と精霊言語で叫ぶぼくのスライムの興奮が伝わってきた。
悪ノリしたみゃぁちゃんのスライムが効果音を会場内に響かせ、ケインのスライムはうっすらとカードを光らせて存在感を出した。
おおおおおおお。
会場にどよめきが響いた。
ウィルもラルフも最初の一手は可愛らしい小型魔獣を出したのだ。
ケインのスライムが頑張って魔獣カードに描かれた魔獣が小首をかしげて動いた。
可愛い!と、場内の女生徒たちが騒めいた。
「一角兎!?」
「地栗鼠!?」
ラルフの一角兎は可愛い顔をして凶暴な小型魔獣なので、残りの手持ちのカードの組み合わせ次第で多様な攻撃が期待できるが、ウィルの地栗鼠は愛らしい顔が特徴だけの本当に地味な小型魔獣だ。
魔獣カードの中でも幼女に人気のカードで実戦向きではない。
「ウィルはエリザベスに自慢したいからこのカードを出したのかな?」
兄貴が小声でそう言うと、ウィルはウインクをして肯定した。
キャー、カッコイイ!
会場内から女生徒の歓声が上がった。
『これはこれは、ウィリアム選手。決勝戦という大一番に謎の余裕を見せてきました!予選会の記録でも地栗鼠を使用した人は誰もいません!!』
「ずいぶん舐めた真似をしてくれましたね。可愛い地栗鼠をいたぶるのはぼくの趣味ではありませんが、丸焼きにしてやりましょう」
ラルフは火鼬のカードを一枚出した。
巨大スクリーンに可愛い地栗鼠が火鼬の吐き出す炎に包まれるのが映し出されると、キャーやめて、と言う女生徒の声が響いた。
エフェクトがおさまると地栗鼠は黒焦げになっておらず、どうやら地面を潜る魔法陣を小さく出していたようで影響は全く無かった。
『ラルフ選挙の攻撃はウィリアム選手のカードに全く効果がありませんでした!』
「なかなか厄介な魔獣だね。土壁系の防御に穴をあけることも出来そうだ」
「水系の攻撃で無効化できるからそこまで活躍できないよ」
「可愛いしか取り柄のないカードだよね」
ぼくたちが小声で地味な勝負になりそうだ、と言っていると、ウィルが反撃のカードを一気に三枚出した。
『おおっと、ウィリアム選手大きく勝負に出たようです!』
大鷲の羽ばたきで一角兎と火鼬を抑え込み、虹鱒の水鉄砲が火鼬の炎の壁を打ち壊し二匹にヒットした。
三枚目の植物の種は今後の作戦の布石だろう。
『大鷲を脇役に使った見事な戦法でラルフ選手のダメージポイントを大きくしました!』
ダメージポイントが蓄積すると競技台の上の魔獣カードが戦闘不能とされ、制限時間前に試合が終了してしまう。
ラルフも三枚のカード出して対抗した。
雷電虎のカードを自身の一角兎のカードに乗せて強引に魔法陣を組み合わせ、そのまま一角兎をウィルの陣に突入させた。
虹鱒の水鉄砲で雷を誘導使用したが、ラルフは回復薬のカードも同時に出したので、威力の増した雷砲が虹鱒を直撃した。
帯電した一角兎が土に潜る地栗鼠に突撃して串刺しにしようとしたが、植物の種が芽と根を出し黒焦げになりながら一角兎に絡みついた。
ラルフの一角兎は戦闘不能になったけれど、同時に出した三枚目のカードも一角兎だった。
ラルフは一角兎を雷電虎の弾丸に使用する使い捨ての魔獣にしたのだ。
この作戦は相手がどんなに強い魔獣でも確実に仕留められる予定だったのだろう。
だが、実際はウィルの虹鱒と植物を退場に追い込んだものの、一番強い大鷲にはダメージを与えることが出来なかった。さらに、ラルフは手持ちのカードをあと二枚しか使えない。
『追い込まれたラルフ選手は大胆な戦法を使いました。一角兎が武器になるなんて誰が想像できるというのですか!』
実況は興奮しているが、分が悪いのはラルフの方だ。
「もう一度一角兎を出したのは不味い判断だったね」
「強めの魔獣を一撃で倒せる威力があるのに惜しいよね」
「ウィルには残り三枚があるから作戦を立て直せる余裕があるね」
思いがけない奇策が飛び出したことで観客たちも興奮している。
今日から一角兎と地栗鼠のカードの人気が上がるだろう。
ウィルは地栗鼠が投げる小石に大鷲の羽ばたきで加速させて攻撃すると、回復した火鼬が炎の壁で防いだ。
そこにウィルは二枚のカードを出した。
新たに競技台に出された手長猿が大きめの石を連続で投擲すると、大鷲の羽ばたきで機関銃のように加速させた。
その間に再び植物の種のカードで何かを仕込んだ。
ラルフは雷電虎と一角兎を打ち込む機会をうかがうが、手長猿はすばしっこく移動するし、地栗鼠はまた植物に守られることが容易に予想できた。
一発逆転を狙ったラルフがカードを一枚出すと、すかさずウィルも一枚追加した。
ラルフはスピード重視で豹を一角兎と雷電虎に重ねて出し、ウィルは成長剤のカードを出した。
帯電した一角兎を乗せた豹が手長猿を襲うまさにその時、成長剤で急成長した栗の木が大量のとげを落とし、大鷲の羽ばたきで強力な武器となって、ラルフの魔獣たちを襲った。
ラルフが最後の一枚を回復薬のカードを出し、復活した火鼬が炎をまき散らすと悲劇が起こった。
熱に爆ぜた栗の実によって、ラルフの魔獣カードは全部戦闘不能と判断されるほど、ダメージポイントを重ねた。
『勝負あり!勝者!ラウンドール公爵領、ウィリアム選手です……!!』
想像もつかなかった勝負の内容に言葉を失っていた観客たちが一気にどよめいた。
辺境伯領出身者が上位を多数占める中、ラウンドール公爵子息が地栗鼠と栗で勝利したのだ。
おまけ ~次期公爵候補の悪態
初級魔法学校の生徒会室は試練の場になった。
ぼくが嫌われ者なのははなから理解しているが、上級や中級魔法学校の生徒会の役員たちは、辺境伯領の存在自体が面白くないようで、誰も彼もが遠回しに辺境伯領を罵りながら平民をあてこすりにしてぼくの存在を貶めようとした。
「平民は貴族と接触する機会が少ないから、わからないのも仕方がないでしょう」
柔和な微笑で、ぼくをチラッと見てから上級魔法学校の生徒会長が言った。
ぼくがタウンハウスの別館で育ったことは、入学前に家で開かれた茶会にもパーティーにも参加していなかったことで、貴族社会にはよく知られていることだ。
謗る相手を平民と大きな範疇にしたことでぼやかしているが、素直に初級魔法学校の生徒会室について来なかったぼくへの当て擦りだ。
そんな生徒会室の雰囲気を初級魔法学校の生徒会役員たちが右斜め下を向いて耐えている。
彼らには辺境伯領に対する不満は無いようで、呼び出すことになった状況が嫌になっているようだ。
「無能を晒し合う機会をわざわざ設けたのですか」
強烈な一言を放ったのはボリスの妹だった。
嫌味を言い放つだけではなく、畳みかけるように解決案を提示した。
闇の貴公子の弟は面倒な連中のあしらい方まで伝授した。
至極真っ当な打開策と思われたが、上級、中級魔法学校の生徒会役員の面々は面白くないようだ。
……田舎領地の騎士団の師団長の末娘や平民貴族の嫡男ごときが自領の公女を差し置いて、王都の上位貴族の子弟に物申すのか。
みんな腹の中ではそんなことを考えているのに、柔和な笑顔を崩さずに話を聞き入っているふりをしている。
気持ち悪い。
ぼくは鼻を鳴らして悪態をついた。
「稀代の天才も所詮養子の癖に弟に持ち上げられていきがっているだけじゃないか」
辺境伯寮の大審判以来、誰も面と向かって言えないセリフを呟いた。
「口の利き方がなっていないから帝国留学の推薦を受けられなかったのか……」
「暫定で生徒会に残っている……」
辺境伯領公女とボリスに全く似ていないボリスの妹の二人の美少女に悪し様に罵られた。
痛快だ!
嫌味を言うのなら、このぐらいはっきりと正々堂々事実を羅列すればいいのだ!!
「あなたは身分だけで人を判断している。この場で平民がぼくとケインだけだからだ。ケインが嫡男でぼくは可哀相な孤児が養子になっただけだからそんなことが言えるんだ。平民と同じ部屋で同じ空気を吸っているのが嫌なんだろう?」
闇の貴公子は淡々と、この部屋に漂う嫌な雰囲気の本質を語った。
「可哀想な少年だね」
ああ、ぼくは可哀相な少年だ!
ぼくはこの貴族社会から離れるという選択肢は選べない!!
ぼくはさらに闇の貴公子を罵った。
「平民が強がって、でかい顔をしても魔法学校を卒業すれば、貴族の靴を舐める生活になるんだ。勘違いさせない方がこいつらの為なんだ」
場の空気が凍りつくと、上級魔法学校の生徒会長がへらへらしながら、ぼくを庶子ゆえの劣等感で弱い者いじめをしている、と闇の貴公子に囁いた。
悪者はぼく一人で結構だ。
解決策を提示されたのだから、サッサとこんな茶番を終わらせて解散すれば良いのだ。
辺境伯領の面々はそんなぼくの考えの上を行く論法で、生徒会室の上級生たちをぐうの音も出ないほど言い負かし、解決案の道筋をあっという間に付けてしまった。
事態を治めてくれた辺境伯寮生たちに、中級魔法学校の生徒会副会長がぼくの代わりに謝罪して礼を言った。
そんな副会長をまだわかっていないのか、という目で闇の貴公子が見た。
「……彼は庶子でお家騒動の外側に居たから大審判の腹痛も起こさず、こうして持ち上げられただけだ」
闇の貴公子は副会長が腹の中で思っていることを正確に発言した!
「彼の悪態は彼が受けた扱いをなぞっているだけだ」
闇の貴公子の一言で、ぼくを悪し様に心の中で罵っていた生徒会役員の顔色が変わった。
闇の貴公子もそうだったのか!
人が心に隠している悪意を聞き取れるのはお告げの子と言われている。
ああ、何ということだ!
お告げの子は、一族以外にもいるのか!!
「嫌なら、やめても良いんじゃないかな。自分を認めてくれない人たちの中にいるのは心が消耗してしまうよ。生徒会を辞めても、家督を継がなくても、魔法の腕があれば生活していけるよ」
闇の貴公子の弟がぼくに言った。
ぼくにも他の生き方が出来る選択肢があるのか……。
母が死んで以来、初めて目頭が熱くなった。




