魔獣カード大会狂騒曲 #4
「羞恥心という言葉を忘れてしまいたいよ」
ドンドコドン、チリンチリン……。
『いけいけ、辺境伯領!いけいけ、ガンガイル!』
ドンドコドン、チリンチリン……。
こんな音をずっと聞いているとケインの嘆きも理解できる。
ぼくたちの空飛ぶ絨毯は火の神の祠の広場に近づくにつれて、観戦を希望する多くの人を集めていった。
人の流れが魔法学校に向かう人数より火の神の祠の広場へと向かう人数の方が増えているように見える。
「でも、こうやって人の流れを作れたんだから良いじゃないか」
上空から見る火の神の祠の広場には既にたくさんの人が集まっていた。
「これが決勝進出者の似顔絵ですね。確かにお預かりいたしました」
進行役の準実行委員に二、三年生の決勝進出者の似顔絵を手渡した。
これは素晴らしい、と関係者が似顔絵を覗き込んで口々に言った。そんな様子をケインのスライムが写真に収めている。
後で美術部員たちにあげよう。
キャロお嬢様の対戦の実況会場ということで、辺境伯領騎士団で見たことのある顔が何人もいる。
応援団の半分がその人たちと合流した。
ラーメン屋台のおっちゃんも今日はここで営業するようだ。
中継を見に集まってきた人たちは必勝祈願に魔力奉納をする辺境伯領出身者につられて、まずは魔力奉納の列に並ぶ。
祠から少し離れたところに板を繋げ合わせて即席で作った大型スクリーンが用意され、実行委員が手で影絵を作って試験作動しながら集まってきた人たちを和ませている。
座席を用意する時間が無かったのだが、人々は敷物や椅子を持ち込んで場所取りをしている。
屋台はそんな人たちから離れたところにずらりと並んだ。
焼き鳥、お好み焼き、ホットドッグ、たこ焼き、ポップコーンの屋台もある。
仮設トイレはスクリーンの反対側に六個も設置されていて、絶対に成功させたいという、辺境伯領の執念を感じた。
「土の神の祠の広場にも行かれるのですよね。こちらは人の集まりが早いので、もう昨日の試合を実演しようかと検討中です。足並みをそろえた方が良いでしょうか?」
いつまでも影絵のデモンストレーションで時間を持たせられないのだろう。
映写の魔術具を操作する人手が足りているのなら構わないかな?
「土の神の祠の広場で聞いてみましょう」
「光と闇の祠の広場が校外会場の本会場だから実行委員に鳩の魔術具を飛ばそうよ」
ケインはそう言って自分の鳩の魔術具を取り出した。
「個人で持っていると便利ですね」
大会用の鳩の魔術具は大会の進行状況の連絡用しかないそうだ。
辺境伯寮生はだいたい個人で所有している。
「辺境伯寮生ってお金持ちが多いですからね」
準実行委員たちが羨ましそうに言った。
ぼくたちはお金に困っていないが、寮生全員が裕福な家庭の出身ではない。
「祠巡りでポイントを貯めたり、休日にアルバイトしたりする生徒も多いからね」
「寮の掲示板に募集がたくさん貼られているから、みんな頑張っているよ」
兄貴とケインは寮生たちが頑張っていることを強調した。
「返事が来たら、ぼくのところまで帰ってくるように設定しておいたからもう飛ばせるよ」
ケインは早く手紙を仕上げるように促した。
辺境伯寮生たちは、よく学び、よく働き、よく遊ぶのだ。
遊ぶときの本気度が凄いから、こうして鳴り物まで持ち出している。
ぼくたちは残りの半分の応援団を土の神の祠の広場の会場に運んだ。
もちろん彼らはずっと鳴り物を鳴らしていた。
土の神の祠の広場には黒髪の女性が火の神の祠の広場より多かった。
人の出は火の神の祠の広場と変わらず、屋台も多く出店しているのに、落ち着きを払った人が多かった。
こっちにも辺境伯領から来た人が居たので残りの応援団と合流した。
騒がしくなるのはこれからだろう。
準実行委員と話していると、ケインの鳩の魔術具が戻ってきた。
昨日の試合を実演する開始時間は各会場に任せるということに決まったようだ。
『お集りの皆さん!本日の決勝戦の開始時間まで、昨日行われました様々な名勝負をここで実演してみます』
準実行委員のアナウンサーが拡声魔法を使ってアナウンスをすると、大人しかった観衆から地響きのような歓声が上がった。
熱量はどこの会場も一緒だった。
土の神の祠の広場の会場は演出が上手だった。
観客は決勝戦を見に来ているのだ。
決勝進出者の試合を中心に実演し、勝負が決まると勝者の似顔絵をスクリーンに映し出し、決まり手の解説と入れる。
観客たちは推しの選手の名前を何度も叫び、似顔絵が出るたび、可愛い、と連呼した。
「フエたちは王都ですっかり顔が売れたね」
「明日から買い物に行くだけでも声をかけられそうだ」
ぼくとケインは大会を辞退してよかった、と心から思った。
「別会場も見に行こうかい?」
ぼくがそう言うと真剣に勝負を観戦していたみぃちゃんとスライムたちがぼくを睨んだ。
“……試合は全て文書化されているから後で見せてあげるよ”
魔本がそう精霊言語で皆に語りかけると、大人しく空飛ぶ絨毯に乗ってくれた。
喜んだのはキュアだった。
飛竜は赤ちゃんでも目立つから今日は鞄におとなしく入ってる覚悟をしていたので、後で魔本に勝負を見せてもらえることをことのほか喜んだ。
一般大会で見本試合をするのに無様な戦いをしたくないようだ。
魔法の絨毯の上で魔獣たちが自分たちの戦いに備えて、今見た試合について激論を交わした。
「人間の魔獣カード対戦ではカードの魔法陣を時間差で重ねるだけだから、技の組み合わせのエフェクトが弱いんだよね」
「本物の魔獣は感覚だけで魔法を放つから、魔法陣では魔獣たちとちょっと違うんだよねぇ」
「魔獣カードの魔法陣の重ね掛けが出来る魔獣は本大会でも希少だと思うよ」
兄貴がみぃちゃんとスライムたちに言った。
「辺境伯領のスライムたちなら出来るよ」
「イシマールさんの妹さんの熊は出来るかな?」
「あの子ねぇ……、ずうたいはでっかいけれど頭が固いんだよ」
「でっかいのは、うすのろなんだよね」
飛竜に喧嘩を売るようなことをみぃちゃんとみぃちゃんのスライムが言った。
「そうなんだよね。魔獣カード対戦は魔獣カードの魔法陣の魔法を使うって限定されているから、頭の固い成体飛竜たちにはじれったい競技なんだよね」
キュアが大型魔獣を擁護することなく、飛竜視点で語り出した。
“……飛竜の里の成体の飛竜たちには縛りがある中で戦うのは、騎士団時代の心的負担を思い出してイライラするのです”
犬型のシロが重い言葉を言った。
使役契約の騎士を庇いながら戦った記憶を思い出すのなら、飛竜の里で魔獣カードをするのは良くない事なのだろうか。
ケインも兄貴も同じことを考えたようで顔が曇った。
「飛竜の生涯は人間よりずっと長いから魔獣カード対戦のような平和な遊びが浸透したら、この楽しみを理解してくれるようになるよ」
キュアは長い目で見ればいいことだよ、と言った。
娯楽が充実するためには平和な世界が必要なんだ。
他の祠の会場を上空から見ながらそう実感した。
「光と闇の祠の広場で実行委員が手を振っているよ」
ぼくたちは手を振り返して、顔を見合わせた。
「降りる?」
「「やめとこうよ」」
面倒ごとを頼まれそうな気配を感じて、ぼくたちは笑顔で通り過ぎることにした。
決勝出場者全員の似顔絵を頼まれても困るからね。
おでんの屋台に顔を出して、みゃぁちゃんとみゃぁちゃんのスライムとみぃちゃんとみぃちゃんのスライムが店番を交代した。
決勝戦はまだ始まっていないのに露店を目的に来た人で屋台は賑わっていた。
「七大神の祠の広場はそんなに盛り上がっているんですか!」
商会の人が素っ頓狂な声を上げた。
構内の人の出が昨日と変わらない賑わいだから、広場の会場の状況が想像つかなかったようだ。
「寝ないで仕込みを頑張った甲斐があります!」
ぼくたちが顔色を変えると、仮眠は取りました、と元気よく答えた。
儲けの機会に乗れた充実感で動けているだけだろう。
「ぼくが昼まで手伝うから少し休んだら良いよ」
兄貴が交代を申し出たが、商会の人は楽しんでやっているからいいと、即答した。
「決勝戦の良い観覧席を空席にするのはもったいないですよ」
おでんの屋台の手伝いをしている人たちは口々に早く行け、と言った。
ぼくたちの観覧席は貴賓席の側で誰も交代して座りたくないようだ。
みんなにせかされて、ぼくたちは初級魔法学校の決勝戦会場に急いだ。
「いました!」
「三人ともいます!!」
ぼくたちが会場の入り口に着くなり、警備の騎士に囲まれた。
ぼくたちは、今日は、まだ何も問題行動を起こしていないはずだ。
実行委員長と初級魔法学校の警備担当主任のところまで丁重に案内されたので、何か頼まれごとがあるに違いない。
挨拶もそこそこに実行委員長が本題を切り出した。
「昨日のように決勝戦の会場でも映写の魔術具にスライムに変身してもらえないでしょうか?」
どうせ噂を聞き付けたハロハロが見たいと言い出したんだろう。
「スライムが映写機になることは可能ですが、似顔絵用の透明シートはもう在庫がありませんよ」
「そこは、魔獣カードに変身したようにスライムが変身出来ませんか?」
ぼくたちはケインの肩に乗っているスライムたちを見た。
「……上手く出来なかったからと言って、スライムを処罰したりしませんよね」
ケインが念のために確認した。
「お願いしている分際で、そんなことは致しません」
警備隊長の騎士が責任もってお守り致します、と言った。
ケインは両肩に乗っていた、自分とみゃぁちゃんスライムたちを手に取って、やってみるかどうか尋ねた。
二匹がコクンコクン頷くと、実行委員長と警備隊長は安堵したかのように深く息を吐いた。
会場内はすでに観客が入場しており、貴賓席にむかって白い板のスクリーンが用意されていた。
これは断ることは想定していなかったんだな。
「兄さん。引き受けて良かったよ」
ケインはぼくたちの観覧券の番号を見てそう言った。
「カイルとケインがスライムの使役で席に着かないのだったら、ぼくは消えてしまいたい」
兄貴がそう言うのもわかる。
あの席に一人で座るのは嫌だ。
一つだけ別格に豪華な椅子があり、その右隣りに三つの空席があり、空席の隣に校長先生が座っているのだ。
「三人で映写の仕事を担当しようね」
ぼくたちは観覧席に座らないことを決意した。
おまけ ~次期公爵候補の困惑
「大変良いものを見せてもらいました」
領主は何も気づいていなのか、車内の設備を見ただけで満足して挨拶をした。
ぼくの動揺にボリスだけが気付いたようで、走る下町なんだよ、と小声で言った。
よく見ると留学生たちは生活魔術具を移動中に作って在庫を蓄えている。
商会を同行しているから道中で販売することも可能だ。
「噂の飛竜の魔術具も見たかったですね」
ぼくがそう言うと、商会の人がもうすぐ来る頃です、と言って空を見上げた。
鳥のように小さく見えた影が次第に大きくなり、飛竜の形がハッキリと目視できた。
あれが魔術具だなんて信じられない。
本物の飛竜は見たことがないが、黄緑色に輝く鱗を再現した飛竜の魔術具は神々しかった。
そんなカッコいい飛竜の魔術具のお腹を商会の人が触ると扉が現れてお腹が開いた。
そんなところに収納していたのか、と苦笑が漏れた。
商会の人は木箱に入った積み荷を取り出すと、別の木箱を積み込んだ。
「何を受け取って、何を運び出すんだ」
領主のそばに居た騎士が商会の人に尋ねた。
「この領でご注文のあった、砂糖と蜂蜜と生地ですね。ほかは我々の追加の食材です。留学生たちは食べ盛りですからね。送り返すのはこちらで購入した地元食材や、道中で採取した素材です。王都は今景気が良いので、地方の珍しい食材が喜ばれるのです」
積み込まれた野菜や茸の種類を聞いて、そんなものが王都で売れるのか!と領主の護衛騎士たちも驚きの声を上げた。
「香りの強い野菜や茸は人気がありますね。高級食材として重宝されています。今回の野菜も人気が出るようでしたら、注文して栽培していただくことになるかもしれません」
商会の人の発言に、領主の側に控えていた文官たちの目の色が変わった。
辺境伯領の一行が通過する街道の宿場町は今後発展していくことになりそうだ。
ぼくがそんなことを考え込んでいると、ボリスが触ってみるかい?と誘ってきた。
飛竜の鱗をふんだんに使ったと思われる贅沢な魔術具は触れると、案の定魔力を吸い取られた。
フフ、とぼくが笑うと、ボリスもフフフ、と笑った。
留学生たちも笑いながら、とにかく魔力をよく使うんだ、と言った。
また魔力を使ったのか、と領主一族の顔は青ざめたが、帰る分の魔力はまだある。
名残惜しいがボリスたちに旅の安全を祈願した別れの言葉をかけると、領都を任せたよ、と大きな範囲を託された。
新学年が始まる直前にボリスの言葉をなんとなく思い出した。
魔獣カード倶楽部を創設したい、とまだ学校も始まっていないのに連日生徒会室に入部希望者が押しかけてきた。
「代表者を決めて書類を整えててから、出直してきて」
生徒会メンバー以外が生徒会室に入ってくると決まって言う言葉を、ぼくは顔を上げずに言った。
「やあ、中級の生徒会も迷惑をこうむっているんだな。ここは諸悪の根源である初級の生徒会に責任を取ってもらおう」
上級魔法学校の生徒会長は、中級魔法学校の生徒会役員を引き連れて初級魔法学校の生徒会室に行こう、と言い出した。
訳がわからない。
それは邪魔しに行こうと誘っているのではないか。
「上級魔法学校の問題は上級魔法学校で解決すべきことでしょう。初級魔法学校の生徒会室に押し掛けても解決しませんよ」
ぼくが当たり前のことを言うと、中級魔法学校の生徒会副会長が音を出さないように舌打ちをした。
……実家の不祥事でお前しか居なくなったから持ち上げられている庶子の癖に。
……半分平民の癖に、生徒会長だからって偉そうにするな。所詮実家不祥事が明らかにされていなければ卒業後は貴族の靴を舐めるように這いつくばらなければ生きていけなかった癖に。
生徒会役員たちはこのところ生徒会への風当たりが強かったから、反動のようにぼくを責める。
「まあそんなきついことを言わないで。元凶は初級魔法学校に在籍している辺境伯寮生なんだ。初級魔法学校に行って圧をかけるのだが正しい対処法だよ。田舎者たちに都会の流儀を教えてあげるのも親切だ」
上級魔法学校の生徒会長は柔和な笑顔でそう言った。
都会の流儀ってなんだよ!
上位者が下位者に脅しをかけることなのか。
「どの倶楽部活動も新学期が始まってから書類が整っている順に審査する、と返答すればいいだけのことじゃないですか。ぼくは行きませんよ」
そう言うとぼくは未処理の書類に目を通した。
上級魔法学校生徒会書記はおもむろにぼくが目を通していた書類を奪い鞄にしまい込んだ。
「責任感が強いことは良いことだよ。でもね、仕事を抱え込んだらいけないよ。ここは騒がしいだろう。初級学校の生徒会室に行こう!」
上級魔法学校の生徒会長は親切心に溢れた、わざとらしい笑顔でぼくに手を差し出した。
腹の中では融通の利かない堅物の平民上がり、と思っているのが嘲るような瞳の輝きでわかった。
笑顔で近づいてくる敵が一番厄介だ。




