魔獣カード大会狂騒曲 #2
ケインとぼくのスライムたちは七台のOHPの魔術具で順繰り回りながら一度に七面勝負をしていたのだ。
「これはまた興味深い魔術具ですね」
屋台で働いていた魔獣たちを連れてきてくれたメイ伯母さんの親戚の商会の人が素っ頓狂な声で言った。
「魔力使用量の少ない映写機、というか投影機です。操作してみますか?」
ケインは魔力量の少ない一般市民でも操作できるか試すべく被検体にしたいようだ。
「えっ、良いんですか?」
「明日の七大神の広場の話は聞いています?」
兄貴が商会の人に噂になっているか確認を取った。
「ええ、聞いていますとも。奥様や大奥様まで屋台を七大神の祠の広場に出店しようとおおわらわです。飛竜便を使ってでも海産物を仕入れようかと利益計算をしていますよ」
お祭りに屋台があるのは良いな。
仮設トイレも必要だな。
「何か考えているの?」
「人が集まるにはトイレの問題があるかなってね」
「スライム飼育の時のおまるって仮設トイレに応用できないかな?」
さすがケイン。目の付け所が良いね。
「ジュエルおじさんに連絡を入れようか?」
他人がいる時は父さんと呼べない兄貴が提案した。
「「いいね!!」」
ぼくとケインは即座に答えた。
「でも、明日の話なのに大丈夫ですか?」
辺境伯領の遠さを気にした商会の人が言った。
「七大神の祠の広場の会場は王太子殿下の肝いりの案件なのです。飛竜便を使ってでも成功させなくてはならないのです」
それなら食材の仕入れは無理か、と項垂れた商会の人に、美味しいものは裏ルートで運搬するから任せておいて、と耳元で呟いた。
とたんに笑顔になった商会の人にみぃちゃんとみゃぁちゃんが対戦するOHPの魔術具の魔力供給を任せてみたが問題なく作動した。
「これはうちの冷蔵庫の魔術具に魔力供給することを考えたら屁でもないですよ」
「それなら明日、七大神の祠の広場で生徒たちが使用しても魔力枯渇の心配はいらないですね」
ケインが念を押して確認すると、魔法学校の生徒たちなら自分より魔力が多いだろうから間違いなく大丈夫だ、と太鼓判を押してくれた。
“……ご主人様。この映写機の失敗はほとんどないでしょう”
シロが見る未来でも問題なさそうだ。
「イザークにこっちの準備は完了したって、手紙を送るね」
ぼくがそう言うと兄貴とケインも頷いてくれた。
内緒の物流の情報を得た商会の人は満面の笑みで急いで帰った。
入れ替わるように決勝進出を決めた面々が研究室にやって来た。
「私も姉さんたちも決勝戦に勝ち進めました!」
フエと従妹たちが、花が満開したような笑顔で報告に来たら、間髪を入れずにキャロお嬢様とミーアがやって来た。
「私、やりましたわ!」
「お嬢様が決勝進出です!」
こちらも満面の笑みで報告に来た。
「「「キャー!おめでとうございます!!」」」
「あなたたちもおめでとう!」
女の子たちが輪になって互いに抱擁を交わしている。
キュアとみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちも祝福の舞を踊り始めた。
「「「可愛いね」」」
この研究室で女の子が男の子より多く居ることは珍しい。
「いや、何とか勝てたよ」
ウィルが決勝進出を決めたということは、今頃辺境伯寮はあれているだろう。
「みんなおめでとう!喜びを語り合いたいけれど、このずらりと並んだ魔術具が気になるよ」
「みんなは七大神の祠の広場の話は聞いている……」
「……もう出来たのかい!!」
兄貴が同じ質問を繰り返していると、息を切らしてイザークが駆け込んできた。
「ああ。素晴らしい!騎士団が現在会場を押さえている」
イザークの説明によると会場のスクリーンにするパネルは騎士団側で七つとも制作中で、実況として準実行委員が三人一組で七つの会場に派遣されることになった。
実行委員の一人が鳩の魔術具で試合状況を確認して残りの二人が再現するのだ。
「それでは、魔法学校まで来なくてもこの映写機で試合が見れるということですね」
キャロお嬢様の言葉にイザークが頷いた。
「今日は大盛況だったが、明日はもっと混雑することが見込まれるから、一般市民の来場者を規制したいんだ」
「ハロハロが来るから警備も今日より強化されるということか」
ウィルのハロハロという言葉にイザークがギョッとした。
ハロハロの話はフエも飛竜の里でよく耳にしていたので特段驚いていない。
自分しか驚いていない状況にイザークは、まいったなぁ、と頭を掻いた。
「さすがにぼくだって外では言わないよ」
「うん。なんだか細かいことで、いちいち驚いていられない気がしてきたよ」
イザークはそう言って、現時点で決まっていることを教えてくれた。
場外メイン会場は光と闇の祠の広場で上級魔法学校の二、三学年の決勝戦と、今日の試合の名勝負の再演を予定している。
空の神の祠の広場で上級魔法学校一年生と団体戦の決勝戦、水の神と、風の神の祠の広場が中級魔法学校の会場で、火の神と土の神の祠の広場が初級魔法学校の会場となった。
魔獣カード大会に執念を燃やす辺境伯領の公女が決勝進出を果たした初級魔法学校の会場を王都のスラム街の近くの火の神の祠にしたのは何か意図がありそうだ。
「まあ、北門に近い会場になったのですね。父が喜びますわ」
ミーアが手を叩いて喜んだ。
新型馬車の定期運行にむけた試験運行が王都と辺境伯領の間で始まっていた。
冬場も試験運行が行なわれていたようで、本大会で王都の宿が混雑することを見越した辺境伯領の魔獣カードマニアたちが王都のスラム街に目を付けて、大会期間に民泊として利用できるように交渉していたのだ。
上下水道が完備していなかったスラム街に民泊に協力してくれたら魔法で上下水道を設置してあげる、と買収して、王都での滞在先と滞在先の衛生環境を改善していた。
「本大会の時に休暇が取れなかった人たちが魔法学校の大会を見に来ているのです」
「来場者が異常に多いのって……!」
「「辺境伯領から大挙して押し寄せているからですわ」」
キャロお嬢様とミーアが声をそろえて言った。
「今日はお父様とお母様が揃ってお忍びで見に来てくださいましたわ」
「「「えっ!誰も気が付かなかったぞ!!」」
ウィルもイザークも驚いている。
ラウンドール公爵家の調査員にバレないなんて、キャロお嬢様の両親のステルス能力はそうとう高いようだ。
「ツッコミどころはそこじゃなくて、王都の下町の公衆衛生を辺境伯領がしたってことじゃないのかな」
兄貴がそう言うと、キャロお嬢様が問題ないですわ、と即答した。
「王太子殿下が直々に企画された大会を一般市民たちが協力したにすぎません。自宅を提供してくださった方々にささやかながらお礼をしただけですもの」
「辺境伯領としては王都での影響力を高めたいということではない、ということか」
ウィルとイザークは辺境伯領主が王都で自身の威光を高めようとしていないなら問題ないだろうと私見を言った。
「ただ単に自分たちが使うトイレを快適にしたいからなんだよね」
兄貴がそういう言うと、速達の鳩の魔術具が研究室の窓を叩いた。
兄貴に頼んでいた簡易トイレの返答を父さんが書面で送ってきたのだろう。
「七大神の祠の広場に設置する簡易トイレを飛竜便で運ぶことが決まったようだよ。王都の騎士団には連絡済みで、もう辺境伯領を飛び立っているようだ」
ぼくが手紙を要約すると、仕事が早すぎだ、とイザークが唸った。
「辺境伯領は上層部の判断が早いからね」
ウィルがそう言うと、イザークは深くため息をついた。
「上がしっかりしているということか。でもそんなにすぐに用意できるということは当たりをつけて事前準備をしていた人が居るはずなんだよなぁ」
「おじい様にいつも振り回されている人は察しが良くなっているのですわ」
キャロお嬢様の言葉にミーアが深く頷いた。
ぼくたちが明日の場外会場について話し合っている間に、OHP魔獣カードで遊んでいたみぃちゃんとみゃぁちゃんがイザークの側に寄ってきた。
「「決勝出場おめでとう!」」
そう言って出場者に勝利の舞を披露した。
「イザークは偉いよね。生徒会長や魔獣カード倶楽部部長の仕事をしながらも決勝進出を決めちゃうんだもん」
みぃちゃんとみゃぁちゃんのスライムたちが、イザーク偉いね、と褒め称えた。
「「イザークも出場していたんだ!」」
今日は生徒会長として働いている姿しか見ていなかったから、ぼくとケインは驚いた。
「知らなかったの?」
兄貴は知っていたのか!
「言ってなかったかな」
「「聞いてなかった」」
ぼくたちのやり取りを見てみんなが笑った。
「遠方に住んでいたのに、ジョシュアさんはケインとカイルと以心伝心みたいに見えたから不思議だったんですけれど、案外普通の関係なのですね」
キャロお嬢様がそう言うとみんな頷いた。
「ジョシュアが考えていることはわからないけれど、ぼくが考えていることはジョシュアにバレている気がするよ」
ぼくがそう言うと、みんなが当たり前だ、という顔でぼくを見た。
表情筋を鍛えてクールな男子を目指したい。
「「「イザーク先輩おめでとうございます!」」」
フエと従妹たちがイザークを祝福すると、可愛い女の子三人に囲まれたイザークは頬を赤らめて、ありがとう、と言った。
「イザークは凄いよね。今日一日あちこち走り回っていたのに、勝負は容赦なく手早く決めてかかっていたんだよ」
おでんの屋台でイザークの活躍を聞いたみぃちゃんが、手放しで褒めた。
照れ隠しにみぃちゃんを撫でながら、イザークが言った。
「なかなかの金額だったけど、ウィルから情報を買ったおかげだよ。ありがとう。ウィリアム君」
ウィルがハハハ、と笑うと、女の子たちが冷めた目でウィルとイザークを見た。
「まあ、情報を買って勝利したのですか!」
キャロお嬢様が顎を引いて二人を見た。
「情報も一つの戦術なんだよ」
ウィルは右口角を少し上げたキメ顔で言った。
そんなこんなで準備を追加して、魔法学校の魔獣カード大会は二日目を迎えることになった。
おまけ ~次期公爵候補の喜怒哀楽
日々は淡々と過ぎていった。
毎日やるべきことは積みあがっていくのでただそれをこなすだけだ。
卒業制作は議事録を自動筆記する魔術具を製作した。
雑談やヤジまで記録してしまうので書き直さなくてはならないが、取りこぼすよりましなので、生徒会で活用している。
闇の貴公子たちは上級魔法学校の実習で廃鉱の瘴気の浄化の見学に行ったら、王家の伝説の魔術具を解読して鉱山全体の瘴気を浄化する“一助”を担った。
古代魔術具を発動させたということは古代魔法陣を読み解いたということだろう。
一助なんて控えめな表現だろう。
古代魔法陣の研究は命懸けだ。
王族や、辺境伯領主が直接手を出せるはずがない。
ああ……羨ましい。
……いや、羨ましがっているだけでは駄目だ。
行動を起こさなくては、ぼくは父と同じ道をたどるだけだ。
毎日、生徒会の仕事をなるべく早く終わらせて祠巡りを怠らず、転移の魔法陣で領地の祠も巡り、今の自分に出来ることを必死にこなした。
領主館で蟄居している本妻とその子どもたちは、ぼくがひたすら祠を巡り礼拝室に籠っていることを、神頼みしなければ跡継ぎ教育さえ理解できないから必死だな、と嘲った。
馬鹿か!
年の順に父と叔父が死んだら、領の護りの結界に直接魔力を注ぐのはぼく一人になってしまうんだぞ!!
今ぼくが魔力を増やす努力をしなければ、お前たちだって安穏と暮らしていけなくなるんだぞ。
ぼくは本妻とその子どもたちに魔力奉納の量に合わせた予算しか振り分けないことを父に奏上した。
守られないようなら礼拝室で魔力奉納をしない、と明言した。
やってられないよ。
初級魔法学校の卒業生代表は、闇の貴公子の親友で辺境伯領師団長の三男だった。
胸の奥がむず痒くなる。
ボリスは確かに卒業生代表にふさわしい成績だった。
だが、功績の多くは闇の貴公子と一緒に行動したからだ。
ボリスの二人の兄は凡庸より少し上といった印象だったのにある年から急に輝きだしたのだ。
ボリスが五才になったころ闇の貴公子一家と交流をもつようになったのだろう。
環境が子どもを育てるのか?
それなら最高の教育を受けているはずの異母兄弟たちは何故にこんなに愚鈍なのだ。
何かが足を引っ張っている……?
一族の悲願が父の足を引っ張っていたように、ぼくの知らない何かがまだあるのだろうか?
辺境伯寮の大審判がなければ、ぼくはこんなに早く次期公爵候補にならなかったはずだ。
「イザーク様。そんなに根を詰められなくても、私に書類の分類を任せていただけたらいくばくか仕事の量を減らすことが出来ます」
公爵代理の書類に目を通しながら考え込んでいたぼくに執事が声をかけた。
ぼくが初めて礼拝室で魔力奉納をしてから、タウンハウスの本館の執事のぼくに対する対応が変わったのだ。
こんなぼくでも次期公爵として扱ってくれるようになったのだ。
「いや、構わない。ちょっと別のことを考えていたんだ。辺境伯領の留学生の一行がうちの派閥の領を通過して帝国に渡るだろう。あの新型の馬車を見てみたい、なんて考えていたんだ」
「そうでしたか。それでしたらなおさら私に仕事を振り分けてください。イザーク様のお時間さえ作れたら、彼の領地には転移の魔術具が使用できますから、手配することは可能です」
「そうか!出来るのか!!」
言い訳に使った言葉だが、あの最新鋭の馬車を見たかったのは本当だ。
「ええ、出来ますとも。何やら食材を運ぶのに飛竜型の運送の魔術具が定期的に飛んでいるそうです。運が良ければそれもご覧ななられますよ」
「ああ。見れたら良いね」
いつも無表情の執事がぼくを見て笑顔になった。
……そうか、ぼくが笑顔になったからだ。
ああ、そうだった。
母が死んでから、ぼくは最後に笑ったのがいつだったのか記憶になかった。




