魔獣カード大会狂騒曲
「今日の来場者の人数が想定の倍以上来てしまったのですか」
おでんの売れ行きも確かに予想の倍以上になっている。
生徒の家族より一般入場者の方が多く、それだけ王都で話題のイベントになっているということだろう。
「敷地内への入場者制限をかけると学校周辺に抗議の市民が押し寄せてくることも想定できます。それならいっそ王都全体に群衆を散らしてしまってはどうかということで、七大神の祠の広場でその、大判解説というのをやれば勝負の行方をいち早く知ることが出来て魔法学校まで来る人を減らすことが出来るのではないかと思案しました」
イザークは急遽集まった各学校の大会関係者や警備の騎士隊長たちに説明した。
「確かにいい案だが今日の明日では周知の徹底が出来ないだろう」
「まだ決勝進出者が出そろっていない今が決断の絶好の機会なのです。会場出口や校門前に明日の試合経過を七大神の祠前で大判解説を実施することを告知しましょう」
警備の騎士たちは一般の本大会のことも視野に入れて群衆の分散化を前向きに検討している。
「いま試合状況を掲示している案内板に七大神の祠の広場会場の予告を出せば多くの人が目にするだろう」
「今から会場を押さえておくことも告知の一端を担ってくれるでしょう」
「七大神の祠の広場でロープを張って場所を確保して看板を設置するだけで注目を集めることが出来るな」
騎士団員も急いで魔術具の鳩を飛ばした。
「それでどういった魔術具を広場の会場に設置するのですか?」
上級魔法学校の生徒会長がそんなに簡単に新しい魔術具が出来るものか、という内心を隠して言った。
この生徒会長は人当たりの良い笑顔で、腹の中で罵ってくるタイプなので正直苦手だ。
「アイデアだけ出させて期日までに間に合わなければ権利を横取りする従来のやり方はやめてください」
イザークがきっぱりと不愉快そうに言った。
ぼくたちに対して言外でも喧嘩を売るというなら買ってやろう。
幸いこの部屋の壁は真っ白だ。
スクリーンの代用になるだろう。
ここで実演してやろうじゃないか。
ぼくとケインのスライムたちに精霊言語で変形するイメージを送ると、ケインと兄貴が笑顔になった。
売られた喧嘩は兄弟で買おう!
原理も魔法陣も何も教えてなんかやらない。
出来るものは出来るのだ。
亜空間で製作したら実際の時間を気にせず魔術具を製作できるけれど、そんなことを度々やっていたらぼくたちは不自然に年を取ってしまう。
だから出来るだけ簡単に作れて、七会場に分かれるのだから準実行委員でも扱える魔力の使用量が少ないものが良い。
前時代の学校の映写機と言えばこれだろう。
ケインのスライムは細かく分裂して透明度を上げた魔獣カードに変身し、ぼくのスライムが映写機本体に変化した。
記憶の奥にある小学校の資料室の片隅にあった機械。
用務員さんに質問したら電源を入れて見せてくれたアナログな映写機。
箱の中に光源があり、箱の上部に設置されたレンズの上に透明なフィルムに書いた資料を反射鏡で集めスクリーンに映し出すプロジェクターだ。
兄貴とケインがケインのスライムが変身した魔獣カードを使って、箱の上部のレンズの上で対戦すると、壁のスクリーンに対戦の状況が大きく写しだされた。
室内の誰もが息をのんで壁に映し出された魔獣カード対戦を見入った。
「これは……見事だ!」
最初に感想が出たのは警備騎士隊長だった。
レンズの上に出したカードの映し出す普通のオーバーヘッドプロジェクターをイメージしたのに、ぼくのスライムは気を利かせて競技台の魔法陣を組み込んだから、綺麗にエフェクトが出て、それも壁に映し出された。
優秀なスライムだ。
一勝負終わると拍手が沸き起こった。
スライムたちが変身を解いてタイミングを合わせて優雅に一礼すると、もう一度拍手が起きた。
そんな和やかな空気を一変させたのは上級魔法学校の生徒会長の一言だった。
「野外でどうやって映し出すのですか!」
「広場には手ごろな壁がない」
初級魔法学校の生徒会長も言ったが、騎士団員たちは気が付いていた。
「数枚の板を張り合わせて白く塗るだけで代用できるな」
映し出す方には全く魔力が必要ないお手軽さがいいのだ。
「問題は予算なんです。これを七台用意するのです。この透明な魔獣カードを十四セット用意するんですよ」
「販売しないで、貸し出しにすれば実行委員会でも出せる金額になるんじゃないのかい」
ぼくが高額になる懸念を話すと兄貴が現実的な落としどころを提案した。
「透明な魔獣カードを十四セットも作らなくてはいけないから、実際に使用するしないに関わらずサッサと作り始めないと間に合わなくなります」
ケインがさらに現実的なことを言って、この場で早く決めろ、と圧をかけた。
魔術具の鳩が窓ガラスをコツコツ嘴で叩いた。
先ほどの騎士団の返信の魔術具の鳩にしてはいささか早いだろう。
真っ白な魔術具の鳩に騎士団員の背筋が伸びた。
「王族の伝書鳩ですか」
柔和な笑顔の陰でぼくたちを侮っていた上級魔法学校の生徒会長は王族の威信に弱いようで彼も姿勢を正した。
魔術具の鳩に敬意を示すなんて、正直くだらない。
「王太子殿下の直筆の手紙です。……王太子殿下は七大神の祠の広場の会場の設置を希望されております。後日開催される本大会でも実施できるように警備体制の増強、および予算の拡充を決断されました。私は騎士団本部で警備の強化計画案を作成して来ます」
隊長はそう言うと現場の指揮を副隊長に任せてすぐさま退出した。
「ぼくたちも研究室に籠もるよ。イザーク。屋台のお手伝いの子たちに挨拶してから下がるね。撤収はぼくたちがするから連絡用の鳩の魔術具を預けておくよ」
ハロハロの強権発動で話はついた。
ぼくたちは魔術具さえ作ってしまえば良いだろう。
「ああ。屋台の人手は彼女たちに任せて大丈夫だよ。撤収も商会の人たちに屋台を預けて明日の仕込みも頼んでいる。それより、魔術具の素材は足りるのかい?」
イザークは細かいところまで手配していてくれたようだ。
「七台、十四セットくらいの在庫はあります」
「後は頼んだよ」
「ああ。任せてくれ」
イザークはそう言ってぼくたちを送り出してくれた。
おでんの屋台はまだ大盛況だった。
イザークの手配でメイ伯母さんの親族の商会の人が手伝いに来ていてくれた。
「撤収も私たち出来ますが、猫とスライムは看板娘なのでまだ帰らないでください。寮まで責任をもって送り届けます」
“……乗りかかった船だもん、今日はここで働くわ”
“……あたいたち目当てのお客もいるわけだし、頑張るわ”
みぃちゃんとみゃぁちゃんも、みぃちゃんとみゃぁちゃんのスライムたちも納得しているようだ。商会の人たちにお願いして研究室に籠もった。
「七台あっても仕組みが簡単だからすぐに出来たね」
ケインも手伝ってくれたからOHPの魔術具七台は運びやすいようにスケートボードの魔術具の仕掛けも施すことが出来た。
「これに乗って遊びたくなるよね」
「安全装置をつけよう」
兄貴がつい子どもがやりそうな遊びを言うと、ケインは荷重や速度の制限をかけた。
十四セットの透明な魔獣カードを練成するのが厄介だったが、大きなシートを練成して精霊言語で一気に魔法陣を刻印した。
「まだ精霊言語をそこまで使いこなせないんだ。ぼくも頑張ろう」
ケインは練習したいから一セットだけ自分にやらせてほしい、と言って一人で頑張っている。
「ジョシュア兄さんは手伝わないでね」
ぼくが卒業したら兄貴も一緒に帝国に行ってしまうので、ケインは魔法の技術をあげて兄貴に依存せず、独り立ちしたいのだろう。
「なんだか寂しい」
「自立しようとすることは成長の証だよ」
ぼくは風魔法でカードを裁断しながら軽口を叩いた。
「出来た!出来たよ!!」
カード一枚を精霊言語で魔法陣を刻んで喜んでいるが、これなら手書きの方が早い。
弟に簡単に追いつかれるのも癪だからコツは教えないでおこう。
「魔法陣の細部まで正確に脳裏に思い起こせるのはカイルの才能だよ」
人には向き不向きがあるからケインはそれでいいんだよ、兄貴は続けてそう言ったが、ケインにゆっくり成長してほしいだけだろう。
「ぼくたちは兄貴がそばに居てくれるだけで嬉しいんだ。だけど成長したなって兄貴に認められるともっと嬉しいんだよ」
ぼくがそう言うと兄貴はそうだね、と笑った。
ケインが精霊言語の刻印を練習している間に、ぼくとケインとぼくのスライムで他のカードを仕上げた。
亜空間の中で魔力を使うとぼくとケインの魔力を使うことになる兄貴は、ただぼくたちを優しく見守っていた。
あれ、シロはどこから魔力を盗んでいるんだろう?
「ご主人様。魔力を盗むとは人聞きが悪いです。土地の魔力を拝借しているのです。中級精霊である私がいる土地は魔力の流れがよくなるのだから結果的には魔力が増えます」
なるほど、長期的に利息を付けて返しているのか。
「兄貴の魔法もそうなのかい?」
「ここは私の閉鎖空間ですから借りる魔力に制限がありますが、外で使えば土地の魔力も使えるはずです。だけど幼いころからご主人様やご家族の魔力を使っていたので、癖のようにご家族の魔力を使ってしまっているようです」
シロの言葉に兄貴はハッとした顔になった。
兄貴にも伸びしろがあったようだ。
「どこかで練習したいな」
「土地の魔力を使う練習は周囲に影響を与えるので、気をつけてください。精霊は育つ過程で少しずつ魔力量を多く使うようになりますが、ジョシュアさんは妖精以上、中級精霊未満の魔力量を操作できます。練習場所は選んでくださいね」
兄貴が練習した土地でその年の収穫量に影響を与えたらさすがに不味いだろう。
「不毛の大地とかならそもそもの魔力量が少ないから良いんじゃないかな?」
「さらに魔力枯渇させてどうするの」
「ご主人さまのお知り合いで不毛の大地に行かれた方がいないので移動できません」
ぼくたちがそんな不毛な会話をしている間に、ケインも魔獣カードを仕上げた。
商会の人がみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちを連れてきてくれた時には、七台のOHPの魔術具で研究室の壁に投影してぼくとケインのスライムが遊んでいた。
“……明日の屋台は交代してね!”
屋台で働いたみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちは自分たちが居ない間に楽しいことをしていた、と、プンプン怒り出した。
おまけ ~次期公爵候補の鬱積
「領の結界の魔法陣の魔法陣のアレを書き換えられたら、後継者は限定されなくなるのか!」
父は頷いた。
「あの魔法陣はご先祖様が多くの犠牲者を出して書き換えたものだ。礼拝室には直系親族しか入室出来ない。早急に魔法陣を書き換える必要があったご先祖様は、人海戦術でたくさんの妾を囲って、たくさんの子どもを儲けた。酷い話だが仕方がなかった」
父の話によると、そうやって増やした親族で結界の魔法陣を他の王国と比べたら比較的早くかけなおすことが出来たので、混乱する世界の中での立ち直りは早かったそうだ。
「その後、数世代は問題なく使用できたのだが、ある時から礼拝室で天罰が下ることが起きた。もうその世代になるとある程度世界も安定していたから国のために身を犠牲にしても魔法陣を解読しようというものは現れなかった。それどころか礼拝室に入ろうとすることさえ止められるようになってしまった」
小さいながらも王国の王族が次々と消えてしまえば、外聞だって悪いから家臣が必死に止めたのだろう。
「そうなると結界が弱い王国は即座に滅ぶだけだ。覚悟を決めた王子が礼拝室に向かうと誰も邪魔しなかった。それは消し炭にされた王が礼拝室で消えてしまう前に言い残した言葉があったからだ」
「……お告げの子」
「昔は親族に数人いたんだ。だが近年は二人か三人だ」
「ぼくに他の女児は、死んだのですね」
「……ああ。もう居ない」
「……辺境伯領の新入生代表のようにアレを読み解ければ…」
「駄目だ!お前は最後の希望なんだ!!アレに手を出してはいけない」
ぼくが死んだら領地の護りの結界に魔力を注げる人が居なくなってしまう。
「口外して人に頼ることも出来ないのならどうすればいいんだ!」
「……卒業後すみやかに結婚してくれ」
政略結婚のあげく本妻との間にお告げの子が生まれなければ妾を囲えというのか。
新たなぼくをぼくが生み出せというのか!
中級魔法学校二年目はまたしても初級魔法学校の話題でもちきりだった。
新入生代表は闇の貴公子の弟で、血縁がないはずなのに雰囲気が似ている、という噂だった。
自領の公女様と同学年なのに一歩も下がらなくて良い立場にあるのは親の威光があるからだろう。
独立したらさぞ苦労するだろうとしか気にしていなかったが、それさえぼくの思い過ごしだった。
辺境伯領公女は文武両道の才女で、闇の貴公子の弟は秀才だった。
ぼくがどんくさい公爵代理を見はったり、持ち上げられて不本意ながらなった生徒会長の仕事をこなしたりしている間に彼らは中級魔法学校課程をあっという間に履修し、ぼくは接触の機会を失っていた。
気にしていなかったなんて嘘だ。
キラキラした彼らに惹かれていたんだ。
本当は中級学校の校舎ですれ違ってみたいと、思っていたんだ。
がっかりした自分に気付いてその憧れを知った。
……どうでもいい。
祠巡りの実習に行こう。
何なんだよ!
平民の魔力が護りの結界に使用されているじゃないか!
なんであいつらは平民をそんなに蔑むんだ!!
平民は幼少期から領地のために魔力を注ぎ、貴族の子弟は温存して安穏と暮らしていたのか。
生徒会室では会計が出来ない会計が、副会長に大丈夫だよ、と言っている。
何が大丈夫なんだ!
期日までに仕上がらなければ、これだから半分平民の生徒会長は、と言ってくるくせに、大丈夫だって言うのならお前がその仕事をすればいいんだ!
議事録をまとめられない書記。
ここに居るのは、急場に持ち上げられた寄せ集めの出来損ない。
帝国留学に行けなかった事情持ちなのだ。




