大盛況
魔法学校魔獣カード大会は大盛況だった。
王太子殿下のハロハロが視察に来るのは二日目だが、初日から警備体制を万全にしたこともあって生徒や保護者以外の一般市民がたくさん来場したが大きな混乱は起こっていない。
各会場の案内看板を迷いそうな箇所に設置し、準実行委員と呼ばれるボランティアたちが使用可能なトイレや、食事処、待ち合わせで勘違いしそうな似たような名称の多い第二、第三校舎の案内を積極的にこなしてくれているからだ。
「イザークが中級学校の本大会出場者の発表会で、名演説をしてくれたからなんだよね」
魔法学校の魔獣カード大会では出番のないケインがおでんの具を追加しながら言った。
“……あれはなかなか良かったよ”
物見遊山で分身を送り込んだぼくのスライムが相槌を打った。
予選会を勝ち抜いた猛者たちを称えた後、敗退した生徒たちに後に語り継がれることのない英雄たちと称して、最終トーナメントで実力がありながら敗れたもの、実力を出し切れなかったものたちだ、とその健闘を称賛した。
参加者たちが感極まったところで、来年も開催するためには本大会を成功させることが必要で、初の試みなのに注目度が高く一般来場者が多数やって来るのに案内係が足りないことを熱弁したのだ。
志あるものは準実行委員として登録して、大会を支えてほしい、と熱く語り掛けたところ、話を聞きつけた上級、初級魔法学校の敗者たちも準実行委員を希望するボランティアが増えた。
生徒会やハロハロ護衛の騎士団と協議して、適切な場所に配置することが出来たのだ。
「初対面では印象が悪かったけれど、なんかこう鬱屈した闘志だけはあったよね」
兄貴が冷凍保存していた出汁を融かしながら言った。
辺境伯領主から、父さんの父方の親戚という設定で市民カードを発行してもらった兄貴は屋台を手伝いに来た親戚として実体化している。
帝国留学の時は飛竜の里の新設した初級魔法学校を卒業した設定が新たに加わることになっている。
ぼくが企画したおでんの屋台は、肌寒い露天のジャンク魔術具売り場の横に出店したのが功を奏して飛ぶように売れている。
魔術具オタクの研究員だけでなく、通常なら手の出せない魔術具を魔法学校生の試作品ということもあり破格値で入手できるとあって、一般市民たちもたくさん足を運んでくれた。
見たことのない食材にギョッとして見た人でも、みぃちゃんとみゃぁちゃんが椅子にちょこんと座っているだけで立ち止まって眺めてしまう。
出汁の香りと温かい湯気、一つくらいなら小銭で買える手ごろさとあって、気が付けば買い食いしてしまった。
おでんはカップに入れて提供される。
客は立ち食い用のテーブルで串に刺された熱々おでんをフーフー冷ましながら、先に出汁を飲んで目を見開いて、美味しい、と呟き味のしみた卵にかぶりつく。
最初の客が卵を幸せそうに食べていると、美味しそうだよ、と、通りすがりの人たちが立ち止まっておでんを食べる客を見る。
そこに、スライムが味噌だれの小皿を客にさしだし、卵につけるように無言で勧めるのだ。
あれはなんだ、と立ち止まった人たちも注目する中、客は勧められるがまま味噌だれをつけてもう一口食べると笑顔でスライムに、おいしいよ、と語り掛けた。
そこからおでんの屋台は行列ができはじめた。
そうなるとせっかくだから珍しいものでも食べてみよう、という客も現れ、たこ足の注文も出てくる。
柔らかく煮込んだたこ足を選んだ客には、スライムがからしを勧めた。
「ピリッとした刺激が好きな人にはお勧めですよ」
ぼくがそう言うと、数人の客がからしに手を伸ばした。
「ああ、こいつは良いね。味にしまりがでる」
「ちょっとスープを多めにくれるかい?まだ風は冷たいから、あったかいスープはありがたい」
生徒たちの露店を端からじっくり品定めをした人たちはすっかり体が冷えている。
あったかいスープの入ったカップを両手で包んで、湯気の立つ先に頬を赤らめた人の笑顔があるだけで宣伝効果は抜群だ。
みぃちゃんとみゃぁちゃんの客の注文を聞いて手早くカップにおでんを取り分けていく姿は、待っている人たちを和ませた。
キュアは後方で追加の具材を温める鍋を管理した。
飛竜が店頭で接客をしたらパニックを起こすほど人を集めてしまうから、今日は大人しく下がっている。
シロはメイ伯母さんの親戚の商会から亜空間経由で仕込み済みの食材の入荷を担当している。
ぼくとケインと兄貴は交代しながら販売、接客、仕込みを続けたので、品切れが起こることもなく売り上げだけがどんどん増えた。
スライムたちは接客を手伝うかたわらで食洗器を稼働し続け、立ち食いのテーブルも客が立ち去るとすぐに清掃魔法をかけて清潔に保っていた。
「この屋台の魔獣たちはよく働くねえ」
褒められるとスライムたちは体をプルンと震わせて可愛らしさをアピールした。
「この子たちが本大会の魔獣部門に出場するのかい?」
「そうですよ」
「飛竜戦の観覧券は高額過ぎて買えなかったから、魔獣部門の観覧券を買ったんだ。応援に行くから頑張れよ!」
スライムたちは触手で力こぶを作って応援にこたえると、客たちがどっと笑った。
「初級魔法学校はなかなか面白い試合展開になっているらしいぞ」
「ああ。なかなか白熱した試合がたくさんあったそうだね」
「だけど、観覧券がないと会場に入れないぞ」
無料の一般自由席も入場制限がかかるほど大盛況のようだ。
「中級魔法学校の方も入場制限がさっき出たよ」
「上級魔法学校ならまだ空きがあるかもしれない」
客たちの噂話に後方の人たちが上級魔法学校の校舎の方に移動し始めた。
「あいつら、間に合うかな?」
「間に合わないだろうな」
人の噂を聞いてから移動し始めても、たどり着くころには入場規制がかかっているだろう。
「俱楽部の活動展示は上級魔法学校の方が見応えがあるから、人の流れが上級魔法学校の校舎にも移動してくれた方が来場者の満足感があがるよ」
噂話に花を咲かせていた人たちの中に見覚えのある人が居た。
辺境伯領騎士団の密偵担当の第六師団の人だ。
大会が成功するように人の流れを陰ながら誘導しているのだろう。
魔獣カード大会にかける意気込みが辺境伯領だけ異常に高い。
この大会も辺境伯寮生が上位層を独占しそうな気がする。
“……ご主人様。フエや従妹たちは順調に勝ち進んでいます。ウィルもまだ残っています”
上位層はぼくの関係者ばかりになりそうだ。
「凄いよ!初級魔法学校の一年生の決勝進出者の一人は平民の女の子だ!」
うわぁぁぁぁ、と歓声が上がった。
ここの客は観覧席が買えなかった平民が多かったのでみんな大喜びだ。
「あの外国の血のはいった、可愛い子だろ。予選会であの子を見たんだ」
「ああ。あの子は強いね」
週末ごとに行われていた予選会も一般観覧席を販売していたようで、生徒会も実行委員もがっつり利益を出したに違いない。
「団体戦の準決勝にも平民の女の子チームが進出しているぞ」
「魔獣カードは女の子が強いのか!」
「初級魔法学校だけだよ。中級と上級の準決勝名簿には女の子の名前は無いぞ」
「盛り上がっているところ申し訳ありません。食べ終わった方は席を空けてください!」
魔獣カード大会の情報が舞い込んできてから、続報を聞こうとする人たちが屋台のそばを離れなくなってしまって、回転率が下がり始めた。
ぼくは屋台をケインと兄貴に任せて、生徒会室と実行委員本部に大会の進行状況を校内各所に掲示して人の流れを分散させるように助言をしたためて、鳩の魔術具を飛ばした。
映写機を用意して場外応援会場を作ればよかったかな。
「なんか企んでいるでしょう?」
動きの止まったぼくにケインが突っ込んだ。
「大きな白い布に映写機で撮影した試合を映し出せばみんなで見られるかな」
「高い観覧席を買った人たちから苦情が出るよ」
「映写機を欲しがる人たちが群がってくるよ」
現実的なアイデアではなかったか。
「準実行委員に試合内容を場外で再現してもらうくらいなら問題ないんじゃないかな」
ケインは目の付け所が良い。
将棋の大判解説のように試合状況を遠くからでも見えるようにすればいいだけなら簡単だ。
今日はもう無理だけど、明日の決勝戦には間に合うかもしれない。
兄貴とケインに相談すると、警備計画に差し障りが出そうだから、生徒会と実行委員の許可が出たら作ってみよう、ということになり、再び鳩の郵便を送った。
返事が来るより先にイザークが屋台の手伝いの人員を連れてぼくたちを迎えに来た。
「メイさんの商会の関係者の生徒だから、おでんの扱い方は知っています。あとはわたしたちが代わりますから生徒会長にご協力よろしくお願いします」
手伝いに来たのは生徒会と準実行委員の可愛い女の子たちだった。
看板娘になりそうだし、おでんの扱いを知っているなんて大歓迎だ。
「あのぅ。猫たちは残ってくださいますか?看板娘が居なくなると売り上げが下がってしまいます」
看板娘と言われて気を良くしたみぃちゃんとみゃぁちゃんは屋台に残ってくれることになった。
みぃちゃんとみゃぁちゃんのスライムたちも屋台に残り、イザークと一緒に生徒会に行くのはシロとキュアとぼくとケインのスライムたちにすぐ決まった。
「上級魔法学校の生徒会室に護衛の騎士団の隊長も集まっている。明日の決勝戦は今日より人が集まる見込みだから、場外応援会場の案は是非とも採用したいんだ」
イザークはそう言ってぼくとケインと兄貴に頭を下げた。
おまけ ~次期公爵候補の宿命、未来~
ガンガイル王国に吸収されても公爵家として広大な領地を賜っておきながら、王家乗っ取りを長年にわたって画策してきた、愚かな一族だ。
父はそんな愚行を一族の悲願と言ってのけた。
「一族の悲願が何だというのだ。公爵領は元の王国の初期とほとんど変わらない広さを維持しているのではないですか!」
「それは我が一族が維持しなければならない結界の範囲だからだ!」
「だから一族は何も失っていない!ガンガイル王国の庇護下にある自治領と変わらないでしょう。これ以上何を望むのですか!ガンガイル家の庇護下にありながら辺境伯領に取って代わろうとするなんて、一族が最上位でなければ領土に何か問題が起こるんですか!!」
ぼくの詰問に父は言葉に詰まった。
「……そういうことだ。本家の嫡男教育は古き怨念を唯々受け継いできたのだよ」
父は跪いて項垂れると、自嘲気味に笑った。
「この立場を捨てることが出来たなら、お前の母をみすみす亡くすことは無かったんだ……」
そう言うと、子どものように泣きじゃくった。
司祭を呼ぶだけの母の簡素な葬儀葬儀でも泣くことのなかった父がぼくと二人きりの部屋でただ母の死を悼んでいる。
ぼくは黙ってその姿を眺めている事しかできなかった。
「すまない。みっともない姿を見せてしまった。公爵家の跡取り教育に疑問を抱いても、私には反旗を翻す胆力が無かった」
正気を取り戻した父は床に座り込んでぼくを見上げた。
「領地の結界を維持することが私たち一族の使命だ。それ以外はどうなっても構わない」
父はゆっくりとぼくに手を伸ばし、領地を不毛の大地にしないために必要なことだ、と言った。
「ついてきなさい」
そう言って立ち上がると、ぼくを転移の魔術具の部屋へと連れて行った。
「魔力の心配はいらない。ラウンドール公爵家にいらぬちょっかいを出した弟が廃人にされたが魔力供給なら出来る。フフッ。私は知っていて止めなかっただけだから蟄居で済んだんだ。敵に回す人間は選ばなくてはいけないよ」
父は意味深長そう言うと、縦置きの大きな棺桶のような箱にぼくと一緒に入った。
扉を閉めると白い光に包まれた。
その眩しさに目を閉じた。
「イザーク。着いたよ」
父にそう言われて目を開けると光は治まっていた。
扉を開けるとそこはぼくの知らない部屋だった。
「ここは領主館だよ。本当はお前が上級魔法学校を卒業した後に伝えるはずのことなのだが……。弟はもう駄目だ。どうしても今お前に託さなくてはいけない」
そう言って地下室へと案内する父の手は震えていた。
「ああ。気にしなくて良い。お前が今それを記憶してくれればそれでいいんだ。何も恐れることは無い。お前が口にしたり魔法陣をそのまま転用したりしなければ良いだけだ」
心当たりのある言葉にぼくの背筋が凍り付いた。
迷路のような廊下の突き当りにあった一室を父は礼拝室と呼んだ。
真っ白なその部屋に入ると、父は入り口の正面の壁に手をついて祈れ、とだけ言った。
壁に手をつくと魔力が吸い込まれていくように引き出された。
流れていく魔力の先をたどると領地を護る幾つもの結界の概要に触れる事が出来た。
全貌まではわからなかったが結界に使われている神々の記号に見知らぬものが一つ混ざっていた。
これはアレだ!
声に出しても書いてもいけない文字の魔法陣の記号だ!!
頭が真っ白になったが魔力奉納を止めることが出来なかった。
全身が震えだした時、父がぼくを壁から引き離した。
動揺するぼくに父は無言で回復薬を差し出した。
「アレが残っている魔法陣に魔力を流して生きていられるものが、我が一族の跡継ぎだ。お前は見事成し遂げた」
おいおい!
適性が無ければ神罰が下ってぼくは消し炭になっていたんじゃないか!!
「だから、お告げにしたがうんだよ。我が子の誕生にまず適性があるかないかを気にしなくてはいけない……」
父はそう言うとこの真っ白な部屋のペタンと座り込んだ。
一族の悲願なんてどうだっていいだろう!
こんな危険な結界がこの領地を支えているのだ。
適性者が居なくなればこの領土は護りの結界の管理者が居なくなってしまう。
そんなことになれば不毛の大地になりかねない。
「……理解したかい?国土を広げても結界を作り直す、ガンガイル王家の知識が必要なんだよ。こんな少人数しか継承できない結界ではこの領地は滅びてしまう」
ばくは言葉を無くして顎を引いた。
「そうだよ。公爵代理には適性がない。今この結界に魔力を注げるのは私とお前と呆けてしまった弟しか居ないんだ」
力なく父は言った。
「今年の新入生代表は入試で古代文字と思しき問題を解いた……らしい……」
……!?
闇の貴公子はこの領の救世主になり得るのか!?




