おでんパーティー
「カード制作会社の関係者家族が大会の上位を独占すると良くないじゃないか。カイルとケインは一般大会の魔獣部門で出場することが決まっているよ」
兄貴が助け舟を出してくれた。
そうだった。魔獣部門があったんだ。
忘れていたのか、とみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが無言で睨んできた。
「王都の一般大会の予選会も大盛況なんだけれど、魔獣部門は応募者が少ないからぼくとケインは登録しただけで本大会出場が決まっているんだ」
王都では魔獣部門は予選会が行なわれるほど応募者が居なかったのだ。
応募者はハルトおじさんのスライムしかいないという散々な状態だったので、みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたち四匹はランキング戦をすることなく本大会出場が決まってしまった。
王都では誰も魔獣に魔獣カード対戦をさせようなんて考えなかったようだ。
三つ子たちの顔に笑顔が戻った。
それぞれのスライムを鍛え上げれば良いだけなのだ。
魔法学校の魔獣カード大会の優勝者は名誉と記念品しか授与されないが、一般大会は賞金が高額だ。
クロイの瞳が輝いている。
「飛竜の里の飛竜の魔獣カード大会は幼体のみ参加可能となったんだよ。成体の飛竜は魔獣カードの魔法陣を覚えるより自分で魔法をぶっ放したい欲求が強すぎて、ポアロさんが止めに入る事態になったんだ」
キュアがそう言うと、フエには様子が目に浮かんだようで鈴が転がるような声で笑った。
「わたしは特別枠で魔獣大会の模範試合として里の代表飛竜と直接対決することになったんだよ」
キュアは誇らしげに胸を張った。
一般的には珍しい飛竜の対戦ということで、ハロハロはちゃっかり観覧券を高額で販売した。
観覧券はどうせ高額で転売されるんだから最初から高額で販売して、当日券を抽選にした方が一般市民も観覧できる、と主張してそうなってしまった。
抽選の席も買い取られて転売されるだろうが、面倒だからあえて指摘しなかった。
何事も試行錯誤が大切だ。
辺境伯領の予選会には父さんも母さんもお婆も参加しなかったが、魔獣部門はスライムたちが黙っていなかったから参加したらしい。
「領主様のスライムが飛び入り参加したことがあって、番狂わせを起こしたんだよ」
母さんのスライムが参加しなかった予選会に辺境伯領主のスライムが参戦し、決勝で父さんのスライムと戦うことになったようだ。
「いや、俺のスライムは頑張った。決して空気を読んで怯んだわけじゃないんだ。実際ヤジは酷かった。領主様のスライムは見た目も美しいし、見栄えのする技を連発できる魔力量で、負けるが勝ちの勝負だったよ」
ぼくも公開の試合で辺境伯領主のスライムにあたったら、ぼくの魔獣たちには負けてくれ、とお願いするだろう。
「その予選会は領主様のスライムが優勝したんだけれど、予選会にはその後出場にならなかったので、上位ランクにならず、本大会には出場されないよ」
お婆が顛末を教えてくれた。
辺境伯領ではスライムの使役が流行っているから参加数が多すぎて、まだ予選会は終了していないということだった。
領外の親戚を頼って他領から出場しようと画策する人もおり、辺境伯領の熱量は凄かった。
「父さんと母さんとお婆のスライムたちは上位にいるから、誰かは予選突破できそうだよ」
アリサは嬉しそうにこぶしを握って興奮していった。
「誰かのスライムが王都の本大会に出場することになったら、仕事も休みを取ってみんなで王都に旅行しようかと話しているのよ」
母さんは出場権を獲得してから知らせようと思っていたのよ、と言ったが、三つ子たちが嬉しそうな顔でもじもじしている姿に、秘密にしているより楽しみを共有する方を選んだようだ。
「いいね。家族旅行!」
メイ伯母さんの一家が緑の一族の村に行ったことを知ってから(旦那さんは留守番していた)、母さんたちはうちも家族旅行をしたいと思っていた。
「長期休暇が取れるの?」
ケインは父さんが二日以上仕事を休んだことがないので、そこを確認した。
「ああ。王都での本大会の七日間とその後の卒業式まで、王都に滞在許可が出た。場合によっては王都で仕事の依頼を受けるかもしれないから、王都に借家を借りてある」
「あら、うちに滞在してくれればいいのに」
ジャニス叔母さんや従妹たちが、おいでおいで、と連呼してくれたが、父さんは首を横に振った。
「辺境伯領から王都にたくさんの人が押し寄せるはずだ。みんな勝つことしか考えていないから、最終日まで残る気で休暇を取っている。うちが魔獣カードの新製品を開発していることを知っている連中だから、押し掛けてくることが予想できるだろう」
ああ、そうなるよね、と従妹たちはがっかりした。
「「「泊まらないけれど遊びに行くよ」」」
ジャニス叔母の従妹たちと三つ子が約束をしているのを、メイ伯母さんの下の女の子が羨ましそうに見ていた。
「うちも大会を見に行くことになりそうだな。まあ、俺の母親も孫の顔を見れば喜ぶから構わないよ」
ジャニス叔母さんの旦那さんが、今度は俺も休みを取る、と張り切っていた。
おでんパーティーは王都への旅行計画を話し合う場となった。
王都の辺境伯寮でのおでんパーティーは中庭で精霊神の祠に全員がお参りしてから始まった。
一般大会より早く始まる魔法学校の魔獣カード大会の激励会のようになってしまい、必勝祈願でみんな真剣に魔力奉納をしていた。
ぼくとケインは魔獣カード大会の実行委員から外れているから気楽だ。
魔獣カード倶楽部で新作カードのアイデアをぽろっとこぼしたことで、実行委員として表立って活動すると、新作の情報を求める生徒たちに取り囲まれて仕事にならないだろうからと、言い出しっぺなのに役職から外されたのだ。
「餅巾着が一番美味しいです!」
ほっぺたを光らせたミーアが美味しそうにおでんにかぶりついた。
今回のイベントで一番働いているんだ。
たくさん食べて英気を養ってほしい。
「このすり身はエビの食感を残して入っているから美味しいよ」
ケインも功労者を労って好物のエビを取り分けてあげている。
「どうしてケインはミーアの好物を知っているのでしょうか?」
キャロお嬢様が首を傾げた。
「いつもエビフライを最後に食べているもん。わかりやすいよ」
ぼくがそう言うと近くにいた寮生たちも頷いた。
「好物はお腹が空いている最初に食べるから美味しいのではありませんか!」
「好きなものは取っておいて、大好物の味を最後に堪能して食事を終えると、幸せだぁと実感しても良いものだよ」
ぼくは好物で〆るタイプなので、ミーアの食べ方には共感できる。
「ええ。そう言われれば理解できます。けれど、お腹いっぱいになってからだと好物の魅力を最大限味わえないじゃないですか」
餅巾着でお腹いっぱいだと言っているミーアに、ケインが小さいから大丈夫だよ、あーんして、と強引に食べさせている。
見ている方が恥ずかしいシチュエーションだが、ケインはすり身を作るのに手間がかかることを知っているからその美味しさを普及させたいだけにすぎない。
「弟が天然のたらしに見えるのはどうしてだろう?」
「偶然ですね。私もそう見えています」
まあ、美味しい、と言ってミーアの顔が輝いた。
それを見たケインも笑顔になっている。
「二人の性格をよく知っているから、心の声まで、聞こえてきますのよ。あの二人、お腹いっぱいなのに同じようにすり身で作った、さつま揚げと竹輪も美味しいはずだから、半分こにして、仲良く食べようと企んでいますね」
キャロお嬢様が冷静に状況を把握している。
もしかして精霊言語の取得手前まで来ているのかもしれない。
犬としてそばに居るシロがコクンと頷いた。
小さなカップルの挙動を周囲の寮生が無言で見守っている空気に二人も気付いて、顔を赤らめた。
その仕草は可愛いけれどさらに誤解を招きそうだ。
キャロお嬢様が二人に近づいて、ケインが箸で半分こにした竹輪をおもむろに自分の箸でつまんで一口で食べてしまった。
お嬢様らしからぬ行動に、ケインはあっと言う顔をした、ように周囲には見えただろう。
実際はケインが自分用に取り分けた方に大量のからしが付いていたのにキャロお嬢様が一口で食べてしまったことに驚いたのだ。
案の定キャロお嬢様は涙目になった。
ミーアに嫉妬したキャロお嬢様がやけを起こしてケインの間に割って入り、涙しているように見えてしまうが、自分はまだお腹いっぱいじゃないから半分もらってあげよう、としかキャロお嬢様は考えていなかった。
キュアもみぃちゃんとみゃぁちゃんもぼくの両肩に乗っているスライムたちも、このコントのような状況に爆笑を堪えて震えているのに、ケインの方に乗っているみゃぁちゃんのスライムが堪えきれずに甲高い声で爆笑した。
ヒーヒー笑うスライムにぼくの魔獣たちはもう我慢できなかった。
「そんなにからしを付けたら涙が出ちゃうよね」
ゲラゲラ笑う魔獣たちを睨みつけて、ぼくはハンカチでキャロお嬢様の目元を拭った。
「ごめんね。箸で切り分けた時にたくさんからしが付いちゃったんだ」
ぼくとケインの言葉で事態を理解した寮生たちは、魔獣たちにつられるように笑い出した。
「たくさん種類がありますから、当日はもう少し小さくして販売した方が良いでしょうか?」
自分の失態に気が付いたミーアが顔から火が出そうなほど赤面して言った。
「仲良しさんで、半分こにして同じものを食べるのもいい思い出になりますよ」
キャロお嬢様はサイズダウンに反対した。
「ミーア。おでんのように種類が多いときは美味しそうなものから先に食べないといけませんわ」
「そうですね。おでんは気をつけないと美味しいものを食べ損ねてしまいますわ」
二人はそう言って頷きあうと、ロールキャベツを半分こにして食べようか相談を始めた。
心配そうに見守っていた寮長と寮監は、男女の機微について小声で語り出した。
おまけ ~次期公爵候補としての試練~
領地に蟄居しているはずの父が転移の魔術具でタウンハウスの本館にやって来た。
「一年で中級魔法学校卒業相当とは良くやった。今まで手加減させていて済まなかった」
謝るくらいなら具体的に配慮してくれればよかったのに、過ぎ去ってから謝罪されてもあの辛かった日々が変わることは無い。
今だって学校では相変わらず腫れもの扱いだ。
出来損ないの庶子だからろくな情報を与えられなかったから、辺境伯寮の大審判をすり抜けたなんてことも言われたが卒業相当まで履修したことでそんな流言はねじ伏せた。
そうなるはずだった。
「嫌味ですか。今年の初級魔法学校新入生代表の話は領地にまでは伝わっていないのですか?」
闇の貴公子は魔法学校の教育の在り方に一石を投じるかのように、すさまじい勢いで上級魔法学校へと駆け上がっていった。
「アレは別枠だよ。いや、これからお前に託す知識と切っても切り離せない存在だ」
ぼくの嫌味な態度に父は淡々と受け答えるかのように言ったが、突如、豹変してぼくの胸ぐらをつかんだ。
「夢物語だと笑ってもいい、だがなお告げを無視するな。それはお前も理解しているはずだ」
無言で父の手を振り払った。
ああ。
身に覚えがないとは言えない。
母に毒を盛るように指示していたのが、奥様と呼ばれるおばさんが指示していたことを幼いころから夢で見ていた。
「お前はお告げの子なんだ。一男一女だ。私には伝承すべき事柄があり、それを伝え得る我が子は一男一女だと夢のお告げがあった」
父の言葉に思い当たる節があり過ぎて息をのんだ。
母はタウンハウスの一角の別邸に囲われていることが辛く、何度も父に小さくても良いから敷地外に住みたいと訴えていた。
あれだけ母を溺愛していたのにもかかわらず、父は母の希望を叶えることは無かった。
『運命の神の祠を奉れ』
五才の登録を終えた直後から父に言われていたことだ。
王都にはタウンハウスのあるこの敷地にしか運命の神の祠は無く、この敷地を出てしまえば、ぼくは魔力奉納が出来なくなる状況だった。
……父が母を手放さなかったのはぼくが居たからだったのだ。
『数多の子どもを授かるが、そなたの知識を継げるものは一男一女のみ』
父の夢のお告げに適う子は本妻の子にはいなかった。
父の言葉に浮かんだ疑問がぼくを責めた。
一女である子どもはどこへ行ったのだろう?
「あの子は生後一年の壁を越えられなかったよ」
ぼくの疑問に答えた父の言葉で、忘れていた記憶が蘇った。
母が肌身離さず持っていた香り袋の中に入っていた小さな爪の欠片。
母が息を引き取った後、決して名を読んでいけないと言われていたやるせなさから、母が不安を感じるたびいつも握っていた袋を開けてしまった。
中にはとても小さな爪が入っていた。
あの時はぼくの赤ん坊のころの爪だと思っていた!
あの袋は母の遺灰ともに埋葬された。
あの爪を調べれば赤子が流行り病で死んだのではなく、毒殺だったと証明できるかもしれない。
ぼくが気付いた新事実に、激しい動悸を感じた時、ぼくに詰め寄って話し込んでいた父が泣き出した。
……それは反則だ。
母と、見たことも無い姉の命を奪った元凶はお前にあるじゃないか!
何であんたが泣くんだよ!!
「……私が生涯恋焦がれた相手はお前の母ただ一人だ」
嗚咽交じりに言った父の懺悔は、こんな人生をたどりたく無いと思えるような最悪な人生だった。
それは失われた王朝の復権を夢見る愚かな一族の話だった。




