大会の意義
帝国留学中のガンガイル王国メンバーのみで結成された競技会のチームが予選の初戦に勝利した。
ボリスの手首について行ったスライムたちが喜んで報告してくれた。
奇策や珍妙な魔術具を使用したわけではなく、ハルトおじさんのスライムの分身がさらに細かく分裂してスパイとして参加チームの練習に潜入して情報収集に励んだ結果、手の内を知り尽くしたガンガイル王国チームが漁夫の利に見えるような形で勝利したのだ。
ぼくの研究室でハルトおじさんが小躍りしながら初戦突破を喜んでいる。
キュアがハルトおじさんの頭上でクルクル回り、みぃちゃんとみゃぁちゃんがハルトおじさんの両側で一緒になって踊っているのを、イザークとオレールがギョッとしたように見ていた。
ケインはもちろん、ウィルとキャロお嬢様とミーアは踊る猫には馴れている。
スライムたちが一列に並んでラインダンスを披露するまでが魔獣たちのダンスの一連の流れだ。
「おじさま。毎回、今回のように内偵情報で勝てるものではありませんでしょう?」
「まあ、そうなんだけれど、今年度は一勝できるだけで十分存在感は出せたよ」
競技会で初戦を突破するチームはだいたい決まっており、結成一年目のチームが勝ちあがることなど皆無と言っていいらしい。
「私の時代は、競技会の参加は他国との交流目的ですから、参加することに意義があるということになっていました」
オレールは遠い目をして共同チームで参加した思い出を語った。
騎士の育成にも使用する魔術具にも回復薬にもお金がかかり、単独チームで参加できることは国力を誇示する絶好の機会なのだ。
「私の時代は騎士たちの魔力量がものをいう戦い方が主流だったな。魔術具を乱用すると、こざかしいと言われたものだ」
「私の時代では予選は談合が横行していましたが、本大会では騎士の技量がものをいう展開になりました。私見ではありますが……」
オレールは額に手を当てて深くため息をついてから言った。
「私たち人間は、もしかしたらだんだん魔力量が減少しているのではないでしょうか?」
イザークが顎を引いて驚いたが、ぼくたちはなんとなくだが予測していた。
「何だよ!その当たり前だとでもいう空気は!」
「祠巡りが当たり前になる前の人たちに魔力量を期待するのはどうかな……」
ケインが核心をついた。
「あああぁ……そうだった!」
オレールがガックリと項垂れた。
「王国の方針としては、祠巡りと魔力量については隠蔽する気はさらさらない。魔力奉納をせずに土地の魔力を消耗し続ければ、世界の魔力バランスが崩れる。そうなればクラーケンのような大型魔獣が魔力を求めてガンガイル王国へ押し寄せることになる」
ハルトおじさんの説明にウィルとぼくたち辺境伯寮生は深く頷いた。
ケインやキャロお嬢様とミーアはクラーケン襲来を伝聞でしか聞いていないが、辺境伯領や飛竜の里と帰省の際の往復で見る他領との差は歴然としているから推測できる。
ボリスに同行したスライムたちから上がってくる他国の情報は、そんな王国の地方よりもっと酷いものだった。
旅人をもてなす余力のない村々では若者の離村が多く、結果として魔力奉納も少なくなり土地が痩せていく悪循環に陥っていた。
ボリスたちは滞在先の祠で目一杯魔力奉納をして、シロが秘密裏に差し入れした回復薬を飲んで旅を続けた。
新型馬車の動力源は魔力なので、魔力を消耗したら即座に回復薬を飲んで、盗賊や魔獣の襲撃に備えていた。
そんなボリスたちの魔力に惹かれ、年老いて卵を産めなくなった鶏が屠殺される日に馬車に逃げ込んだり、ポニーのアリスに恋をした驢馬がついて来たり、と珍道中を繰り広げて帝都にたどり着いた。
魔力奉納を続けた一行は帝都のガンガイル王国寮にたどり着いた時には、当然ながら魔力量が成人騎士より多くなっていた。
海路で移動している女子たちを迎えに行く商会の一行に、ボリスの兄たちが護衛に立候補して魔力奉納で最強になる!と宣言して出かけた。
安全な旅に欠かせないのが回復薬なので、ボリスのお守りのスライムたちを分散させてオシム君に携帯してもらい、シロが引き続きサポートした。
旅の費用を辺境伯領主が負担したが、辺境伯領主は十分な投資になった、と回復薬の費用も大盤振る舞いしてくれた。
どうやら、ガンガイル王国辺境伯寮生が魔力奉納をした土地は魔力が回復していく、という伝説を作りたいようだ。
周囲の土地に魔力が極端に少ないようなら、魔獣の襲撃が増えそうだが、商会の一行が帰国の道中で魔獣除けの薬草を売り払っていた。
メイ伯母さんの親族は本当に商売上手だ。
ぼくたちは折に触れて情報交換をしていたから知っていたけれど、イザークとオレールには魔力を求めて魔獣が襲撃してくることが衝撃的な真実だったようだ。
「ガンガイル王国寮生は徒党を組んで帝都の祠参りをして神頼みで初戦突破した、と噂されておるぞ」
ハルトおじさんが愉快そうに言った。
「おじさま。でしたら尚更、二回戦も勝たなくてはいけませんわ。神頼みは大切なのです」
帝都で祠巡りを流行させましょう、とキャロお嬢様は意気込んだ。
「帝都で祠巡りが流行ったらみんな強くなってしまうではないですか。そんな敵に塩を送るような……」
オレールはそう言った直後にクラーケン襲来の話を思い出したようで口を噤んだ。
「周辺国が安定しなくては真の国家安寧はもたらされないのですね」
公爵家跡継ぎ教育が始まっているイザークが言った。
「ああ。そうだよ。キャロやイザークは自領を継がなくても、知識を繋ぐ者としてしっかり覚えておかなくてはいけないよ。自分たちだけが幸せになる世の中は、長い目で見たら世界を崩壊させてしまうことになるんだ」
目の前の自分たちの利益ばかり見ていたら末代の子孫たちに恨まれてしまうよ、とハルトおじさんは笑いながら大事な話をした。
「私も学校の敷地にばかり籠もっていないで、七大神の祠巡りに行ってきます」
オレールがそう呟くと、祠巡りに行かないから墜落する魔術具しか作れないんだよ、とスライムたちに容赦なく突っ込まれていた。
王立魔法学校魔獣カード大会は予選大会を勝ち抜いた上位者が選出され、前夜祭を含めた二日間で、開催されることになった。
授業はその間お休みで、来客の多い機会を活かすべく学校の他の俱楽部活動も活動展示の許可が出たので、さながら学校祭のようになってしまった。
商業ギルドに仮登録すれば生徒たちも物品販売が認められ、起動可能か怪しい魔術具を販売しようと企む者もおり、生徒会長のイザークは多忙を極めて研究所に顔を出す時間が減った。
「兄さんが出店すると大騒動になるから初級魔法学校の生徒会から、出店は遠慮してほしい、と言われていなかったっけ?」
「販売するのが魔術具じゃないからいいんじゃないかな」
ぼくが競技会に関係のない魔術具を制作していると、ケインに何やっているの、と首を傾げられた。
ウィルやキャロお嬢様たちは魔獣カード大会の準備で忙しく、研究室には珍しくケインしかいないので兄貴が実体化している。
「せっかくシロが蒟蒻を探し当ててくれたから、屋台を出そうかと思って」
王都は春の気配がしてきたが、まだまだ風は冷たいので、おでんの屋台を出店しようかと思案して、保温の魔術具を試作していた。
一口サイズの串にして、一本の価格を抑えたらきっと飛ぶように売れるだろう。
「蒟蒻って食感が微妙なアレだよね」
ケインはディーが最初に作った蒟蒻を試食していた。
ぼくには懐かしくて完璧な味だったが、ケインには手間がかかった割に不味くもないけれど美味しくもないもの、といったちょっとがっかりした食品だったらしい。
「おでんは蒟蒻が主役じゃないよ。出汁のしみた大根やさつま揚げ、卵、牛すじも良いね。そういった主役級の脇に必ずいてほしい食材なんだ。あの食感に出汁の味がしみ込んだら、そこそこに美味しくなるのは想像できるだろう?」
出汁の効いた料理が好きなケインはゴクンと涎を飲み込むだ。
兄貴はハハハと笑った。
「うん。美味しそうな気がしてきた」
素直なケインは可愛い。
「たこ足なんかが入手出来たら、たこ焼きより見た目が衝撃的で注目を集めそうだね。新しい食材に躊躇う人も居るだろうけれど、蒟蒻はそこまで口にしにくい形状ではないうえ、出汁の味も楽しめる。なにより素晴らしいのが、どれだけ食べても太らない」
「あんなに手間がかかるのに栄養が無いの!」
「お腹のお掃除をしてくれる効能があるとてもいい食材なんだよ」
「……どれだけ食べても太らないって、女性には魅力的な言葉じゃないかな」
兄貴も母さんが喜びそうだ、と言った。
「兄さん。その魔術具の制作の目処が立ったら自宅に帰ろうか?」
「ジャニス叔母さんにも声をかけて、家でおでんパーティーでもしようよ」
メイ伯母さんに海産物を頼むから、結局大人数になりそうだ。
「母さんに相談しようかい?」
兄貴は分身を家族に着けているからいつでも連絡が取れる。
勝手に決めると怒られそうなので、まずは母さんに相談してみることにした。
魔獣カード大会の数日前に自宅でおでんパーティーを開くことになった。
ぼくとケインが魔獣カードそっちのけで何やら企んでいるのがキャロお嬢様にバレて、寮でもおでんパーティーをすることが決まり、食材発注はすべてメイ伯母さんに任せてしまうことにした。
「やだ、これ、こんなに美味しいのに、熱量ゼロなの!」
蒟蒻は母さんの心を射止めたようだ。
「色々な食材を食べた後に蒟蒻を食べると、お口がすっきりして良いのよ」
お婆も気に入ってくれたようだ。
三つ子たちは味噌だれが気に入り満面の笑みでおでんをぱくついている。
「若い子には卵や牛すじといった筋肉になりそうなものが人気ね」
メイ伯母さんはしっかり当日に向けてリサーチをしている。
「フエ姉さん、学校は楽しいの?」
アリサが従妹たちに囲まれたフエに尋ねた。
「姉さんたちが気を配ってくれるからとても楽しく過ごしているわ。魔獣カード大会は新入生部門で本大会に出場するのよ」
「「「うわぁ。すごいねぇ!」」」
三つ子たちがフエを尊敬の眼差しで見つめた。
「「私たちはチーム戦で本大会の出場権を獲得したわ」」
従妹たちもなかなか強いようだ。
「「「兄ちゃんたちは出ないの?」」」
ぼくとケインは言葉に詰まった。
弱いから本大会に出場しないわけではなく、カード制作会社の関係者だから出場辞退したけれど、三つ子たちは入学したら出場したいだろう。
よからぬ前例を作ってしまった。
おまけ ~公爵家庶子が次期公爵候補になって~
他人を蹴落として己の地位を確立する。
それは競争社会において当たり前の事だ。
母は妾となってしまったが、その後直接誰かを害した訳ではない。
妾として人生を終えることを本人が望んでいたのかもわからない。
ただ人に恨まれる立場になったことに怯えていたのは幼かったぼくにもわかった。
「私は神々の前で生涯の愛を誓った相手と結ばれたわけじゃない」
母がそう言って悲しく笑ったことを今でも覚えている。
だからといってぼくが母に慈しまれた事実は変わらない。
ぼくは別に不幸な子どもではない。
父や本妻やその子供たちが失脚した後、ぼくは幼いころから過ごしていた館を出て、公爵家のタウンハウスに移動することになった。
父や本妻たちは領地で蟄居という形になった。
父の従兄弟が公爵代理という微妙な立場になり宮廷の雑務を引き受けてくれることになった。
「今日は何があったの?」
彼は一々子どもに報告することでは無い、と言った顔でぼくを見たが、何がどうなっているのかわからない現状が苦しくて、毎日報告書を書かせた。
「前日と同じなんて言葉では、何もわからないよ。箇条書きでいいからもっとまともなことを書いてよ」
ぼくは毎日読んでも訳がわからない報告書を詳細に書くように指示を出した。
本宅の執事にも同様に、全ての書類を、たとえぼくが理解できないものでも、提出するように命じた。
中級魔法学校の講義は全て一度の受講で合格すれば時間はいくらでも作れた。
わからない言葉は子どもの特権で専門の教員を捕まえて質問しまくった。
この初動が後のぼくを救うことになるのだが、元々外聞が散々だったぼくは世間の目など気にしていなかったから、自分の足元を固めるために必死だった。
執事の言葉にそつなく返せるようになった頃、耳を疑うような話が舞い込んできた。
クラーケン襲来を闇の貴公子と冷笑の貴公子の活躍によって退けたというものだった。
春爛漫の王都を駆け抜けたその一報は、闇の貴公子の叙勲、成人後準男爵、というものだった。
朗報なのかもしれなかったが、ぼくにしてみれば、平民から貴族に上がったとしても苦労する未来しか見えないのに、といった憐憫の情しか沸かなかった。
しかし、彼はぼくの想定以上に“規格外”だったらしい。
誰が叙勲式で飛竜を賜るなんて思うものか。
そのうえ、闇の貴公子は飛竜の個人所有をしないという英断をした。
彼の目的は飛竜を解放することだったのだ。
誰がそんな野放図なことをすると思うのだ。
解放された飛竜が嫁を即座にみつけて、新婚旅行で傷を負った飛竜の赤ん坊を闇の貴公子に託すなんてあり得ないことだろう。
そのあり得ないことを実現するのが、闇の貴公子なのだ。
 




