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ひとりじゃない

「駄目だ、と言っているのになぜ触るのでしょうね」

 体をくの字に折り曲げて悶絶している研究員を生徒たちが取り囲んで冷めた目で見ている、シュールな絵面になっている。

「好奇心は猫をも殺す、っていう諺が遠い国にあったんだけど」

 ぼくがそう言うとみぃちゃんとみゃぁちゃんがぼくを睨んできた。

 “……あたしたちは死ぬような馬鹿なことに首を突っ込んだりしないわ”

 みぃちゃんが精霊言語で抗議してきた。

「アハハハハ、猫たちが抗議の視線を送っているよ」

 ハロハロが軽快に笑った。

「まあね。うちの子たちはそんなにお馬鹿じゃないけれど、この話には続きがあって、好奇心を満たされた猫は満足して生き返りました、となっているんだ。猫は九回生き返るという逸話のある地方の話だよ」

 炎の中で体をくねらせて悶える研究員を指さした。

「これ、どうしよう?好奇心の赴くまま悶絶させておく?」

「自分から罠にかかった鼠を助けてあげてもいいのではありませんか?」

「降参の合図は知っているんだからもう少し様子を見ようよ」

「笑い茸のエキスはまだ発動していないんだろう?」

 同情する声よりも検証を続けることを望む声の方が多い。

「本人に聞いてみよう」

 ハルトおじさんはしゃがみ込んで研究員にまだ耐えられるか訊いた。

 本人は奇声を発するのを我慢しているから歯を食いしばり肩上下に揺すりながら首を振った。

「続行を希望しているようだ」

 ハロハロの言葉に研究員は床を叩いてギブアップした。

 流石に気の毒なので即座に魔法を解いた。

 いい大人が何をしている、と研究員はハルトおじさんから叱責を食らってしまった。

「お、お目汚しをして、失礼いたしました」

 平伏する研究員に、そっくりさんだから気にするな、と言いつつも、ハルトおじさんは大人が子供の手本にならないようなことをするな、と叱責を続けた。

「まあ、叔父上。私は正直なところ、赤チームが誰もこの魔術具にひっかからなかったので、彼が餌食になってくれて面白かったですよ」

 ハロハロが間に立ってマヌケな発言をした。

「ど、どど、どうしてもカイル君とお近づきになりたくて……」

 研究員がもじもじしながら言い訳をしているが、本音を駄々漏らしにしている彼の思考では面白そうだから触ってみた、となっている。

「この人いつも空から落ちている人だね」

 イザークが指摘すると、気付いてくれましたか!と研究員は笑顔で言った。

「痛いのが好きなのでしょうか?」

 キャロお嬢様が怪訝な顔をして一歩下がった。

「落ちたいんじゃなくて、飛びたいんだよ。結果だけ見るとそりゃあ変な人だけど、まともな魔術具を作ったら偉人になれるかもしれない人だよ」

 ケインが相手を貶さないギリギリの言葉で面子を保てるように言った。

 誰も触りたがらない魔術具を触ってくれたんだ。

 少しぐらい話を聞いてあげても良いだろう。

「蝸牛の魔術具の感想を聞かせてください。ハルトおじさん。この人は上昇するだけなら三階まで飛べる魔術具を制作しています。上手に着陸できるようになれば有効な魔術具になるかもしれません」

 おや、やるねぇ、という表情をハルトおじさんがした。

 こうしてキャロお嬢様にドM疑惑を持たれた研究員もアンケート調査の対象者としてここから話に加わることになった。


 仲間が増えてぼくは人手がある有難みをかみしめることになった。

 ドM疑惑を持たれた研究員のオレールは、素材採取の襲撃時に公開した浮かぶタイルの魔法陣を自力で発展させ、進行方向を自在に操り(少しだけ)飛べる魔法陣に改良していた。

 実用性のない魔術具でもハルトおじさんは面白ければ大喜びする人物だからオレールをたいそう気に入ったようで、ぼくの研究室に度々遊びに来てはオレールが落ちるのを笑いながら見ていた。

「毎度毎度こうやってカイルの魔獣たちに救出されるんだから、お礼にここで働いたらどうだ」

 ハルトおじさんの一言で、オレールは助手として研究室に入り浸ることになった。

 そうなるとキュアとみぃちゃんやスライムたちは遠慮なくオレールの前でお喋りをはじめオレールが腰を抜かすことまでが、ぼくたちの仲間として認識される通過儀礼のようになった。


「白い犬はどこに行ったんだ?」

 いつものように執務の合間に遊びに来たハルトおじさんが、最近姿を現さないシロが何をしているのか聞いて来た。

 ぼくが大人しく学校生活を楽しんでいるので、日中はディーのところに出かけて蒟蒻を作ったり、サトウキビを探したりしてくれている。

 ディーの赴任先がもっと南方になればカカオの実も探してほしい。

「素材採取に出かけてもらっています」

 新参者のオレールもイザークも犬だけで素材採取に行っていることに何の疑問も持たずに、そうなんだ、と納得した。

 敵に仕掛ける魔術具は悪辣で性格の悪いものの方が効果的と、アンケートの結果から判断したぼくたちは競技会用の魔術具を量産した。

 そして、物好きな騎士コースの生徒と非番の王立騎士団員が検証を請け負ってくれた。

 人海戦術でどんどん新作が出来上がるので、ぼくはかなり楽をしている。

 魔獣カード倶楽部は小さな予選会を開いて優勝者をランク付けして競争心を煽り、本選に向けて盛り上がるよう、仕掛けていた。

「本選の決勝戦にハロハロがそっくりさんとして観戦に行くと息巻いていたよ」

 審判員の研修と称して各学校の魔獣カード倶楽部の部室を持ち回りで会場にして、市民との交流が盛んにおこなわれているから、そっくりさんが来るとしたら警備計画が変わるだろう。

「事前に知らせていただけると、生徒会役員としては本当に助かります」

 イザークは上級魔法学校の生徒会に警備計画を任せてそれを模倣しよう、と画策した。

「魔獣カード大会は参加費と前方の見物席を有料にしたから予算があるので、しっかり対策できますよ」

 初回の大会で黒字化に成功することは今後のために必要なことだ、とイザークは意気込んだ。

 最近のイザークはウィルの影響を受けて、例年通りやどんぶり勘定という言葉を嫌っている。

「予算は大事ですよね」

 オレールはぼくの魔術具に飛竜の鱗や爪がふんだんに使用されているのを知ってから、予算があれば何でもできる、と金の亡者になりかけている。

「最高の素材で何を作るか、ということなんだ」

 未だ安全に降りられない魔術具を作るオレールに問いかけた。

「ここで手伝うようになってから、自分の間違いに気付いたことがあります」

 魔法は魔力量と出来ると信じる力で実現するものだと信じて研究を続けてきましたが、ここに出入りする生徒たちは全く違っていました、とオレールが語った。

「カイル君は魔力量と発想力と両親のサポートによる確かな知識で様々な革新的な魔術具を作っていて、ウィリアム君やケイン君はカイル君の補助で優秀になって行ったんだと思っていました」

「それは概ね間違ってはいないな」

 ハルトおじさんが肯定した。

「ウィリアム君もケイン君もカイル君の影響は受けていることは間違いないけれど、自分自身の発想力を実現するための助言を受けているだけでした。私は彼らを甘く見ていました」

「卒業制作の魔術具は自分たちの発案でしたね」

 イザークも頷いた。

「競技会用の魔術具もカイル君に負けないくらい柔軟な発想で新しい魔術具を制作しています。自分は魔力量と理論が正しければ出来るはずだ、と思考が固まっていました」

 授業中で研究室に来ていないウィルとケインをオレールはべた褒めした。

「そこそこの上位貴族の親族だとそれなりに魔力量が多いから、今までの魔法を行使するだけなら、そこそこ優秀な魔術師だと勘違いしてしまう。それは今まで誰も空を飛んでいなかったからだ。安全に飛ぶための魔力はまるで足りていない」

 ハルトおじさんがオレールの致命的な欠点をハッキリ指摘した。

「そうです。私は自分が優秀な上級魔術師だと自負していました。それは学校で教わったことをそつなくこなせる程度の優秀さだったのです。新しいことをするのなら、今までの常識だけではダメなのです。彼らは新しいことを考えてはみんなで欠点を洗い出して実現可能な理論を構築し、高級な素材を惜しみなく持ち寄って良いものを作ろうとしているのです。誰も成果を奪われる心配をしていない。共同研究とは腹の探り合いで、気苦労の割に自分に何の権利も残らないから、やりたくないけど上から押し付けられる研究だと思っていました。でも、こんなに楽しいものだったんですね」

 共同研究は上位貴族のお抱え技師が煮詰まった時、その筋の専門家に金を渡して解決してもらう研究ばかりだからな、とハルトおじさんが苦笑した。

「それもこれも、安心して研究できる土壌をハルトおじさんが作ってくれたからだよ」

 サイドテーブルに置いてあった魔獣カードをこつんと叩いて、ハルトおじさんが初めて魔獣カードで遊んだ時を思い出した。

「最初にこれを作ったのは実はケインなんだ」

 文字の練習としてケインが木札に魔獣の綴りを書いてキャロお嬢様と遊びだし、母さんが魔法陣を開発し、ぼくが競技台を発案し、父さんが制作したことを話した。

 大金持ちじゃないか、とイザークとオレールがぼくを見て言った。

「量産や販売の体制を整えてくれたのはハルトおじさんだよ。子どもの戯言がきっかけで出来たのに、ぼくの権利を明確にしてくれたんだ。どの魔術具もそうして発案程度のことでも権利が明確に認められているから、誰もが気兼ねなく意見交換ができるんだ。ハルトおじさんや辺境伯領主の元に居るから、これだけ自由にできるんだよ。ありがとう。ハルトおじさん」

 ハハハハハ、とハルトおじさんは高笑いをした。

「当然のことだ。立場に物言わせて権利を丸ごと奪っていては、研究者が研究成果を公表しなくなる。社会の発展を阻害して私腹を肥やしても面白い世界にはならないだろう」

 ハルトおじさんらしい考え方だ。

 常識を吹き飛ばす勢いで面白いことを追求する姿を見て、ハルトおじさんのことを父さんのヘンタイ上司だと思っていたんだ。

「カイルがお抱え技師にならないと言った意味がわかったよ。為政者が変われば環境が変わるかもしれない不安定な立場なんだね」

 イザークの言葉にオレールが強く頷いた。

「宮仕えの研究者は上の指示で研究方針を変えなければいけなくなることがよくあります。辞めたら自分の研究は放棄しなければならないのです。まあ、大体の研究者は自分の研究を放棄することが出来ずに残りますよ」

 オレールはハンググライダー型に変えた自分の魔術具の模型を撫でながら言った。

 オレールの発案をウィルが小型の模型で再現したのだ。

 模型はキュアが鱗を提供したので素晴らしい出来になったが、本体に使用する分までは提供していないので予算不足に悩んでいる。

 キュアがケチなのではなく、オレールの魔法陣が風魔法に頼り過ぎているので、キュアばかりではなくみぃちゃんもスライムたちも素材提供に反対している。

 もっと研鑽しろ、ということだ。

 そんなオレールを見てイザークが言った。

「ここに来ると考え方が変わりますよね。蝸牛の魔術具で拷問手前の刺激を受ける前に、カイル以外の飛び級している初級魔法学校生の手助けを受け入れる気なんて、さらさらなかったでしょう?」

 オレールも苦笑した。

「はい。そうですね。一月前の自分にそんなこと言えば間違いなく怒りだしたでしょう」

「こんなことになるなんてぼくも数か月前は想像できませんでした。仲間が出来るって良いですよね」

 イザークとオレールがうんうんと頷きあっているのを、スライムたちが、あんたたちが丸くなったからだよ、と元も子もないことを言った。

 ここに居る三人の初対面の時の印象は微妙な人ばかりだもん。

祝!200話記念!おまけ ~三大公爵家の庶子と呼ばれて~


 父はこの王国で三大公爵家と呼ばれる、公爵家の中でも格上の公爵だった。

 ぼくはいわゆる妾の子。母は王都で流行りの歌劇団委員、とは言っても端役でしかなかったが、父が見初めて別宅に囲った。

母の歌声に僅かだが魔力が乗っていて聞く人を幸せにする、と父は言って本当に母を溺愛した。

ぼくには歌の才能がなかったが、ぼくは必ず家のためになる子だ、と言って本妻に反対されても認知し、最上級の家庭教師を付けてくれた。

洗礼式前のぼくは父の作り上げた小さな世界で幸せに暮らしていた。


ぼくが自分は庶子だと知ったのは物心つくかつかないかの三才児登録の時だった。

本来は教会に赴いて登録するはずなのに司祭を招いて三才児登録を行ったことを、本妻が激怒して屋敷まで抗議しに来たからだ。

家の従者が、奥様、と呼んでいるのは母ではなく高飛車なおばさんだった。

「妾を持つのは構いません。ですが、妾の子を実子として登録するとは認めません」

 怒りで顔を赤らめたおばさんが、ぼくを指さして金切り声をあげていた。

「お前がそういうのなら、私は三男を放逐する」

 父上がそう言うと、おばさんは黙って帰った。

 そんなことがあっても父は母を溺愛していたし、家令たちは奥様と呼ばれるおばさんが押しかけてこない限り、母を家人として扱っていた。

 ぼくもお坊ちゃまと呼ばれて育ってきた。

 地獄の日々は七才の洗礼式を終えて、王立魔法学校に入学してから始まった。


ぼくは言い様のない孤独に陥った。


母が死んだ。


母はぼくの食事を自ら作っていた。

従者たちはそんな母を、将来は平民の子とするためにしていると噂話をしていた。

だが、母は知っていただけだ。

この家の食事には少量の毒が混ざっている。

父がいる時は無く、父が不在の時にほんの少量だけ毒が入っていて少しずつ健康を損ねていくようにされていた。

「イザークが成人するまで生きられないのは悲しいけれど、人の悪意を受け続けて生きていくことは出来ないの。私の死を望む人が居るなら甘んじて私はそれを受け入れるだけなの」

 母は父に見初められて劇団を退団した時から心を病んでいたのだろう。

 今のぼくにはなんとなく理解できるが、幼かったぼくには母がぼくのことより自らの死を望んでいたようにしか思えなかった。

 家を仕切る家令がおばさんの手下だから、ぼくには従者たち全員が信用ならなかった。

 文字を覚えてからのぼくは母を蝕む毒を特定して父に告げるくらいしか思いつかなかったのに、知識を授かる魔法学校に入学した直後に母は死んだ。

 学ぶ意欲は入学早々消えてしまった。

 

 学校で友人などできるはずもなかった。

 庶子とはいえ三大公爵の落とし子だ。

 平民たちはぼくを見たら下を向き、口もきいてくれない。

 貴族たちは表立って馬鹿にしないが、庶子のぼくと縁を結んでも何の利益もない。

 父の親族の貴族たちには悪し様に罵られ、校舎の影に連れ込まれ、本妻の子たちより良い成績を残すな、と脅された。

 人生なんてそんなもんだ。


 華やかな貴族たちの学校生活の端っこに、ぼくはしがみついて初級魔法学校を卒業した。

 魔法学校でささやかな変革が辺境伯寮から起こっていたけれど、ぼくには関係ないことだった。


 母が死んでからも父は定期的に館にやって来てぼくの学習状況を確認していた。

 本妻の子どもたちより僅かばかり劣る成績表を見て、苦労を掛けるな、と言った。

 母のように歌えない、本妻の子たちより劣るぼくを、父は責めることは無かった。


 中級魔法学校に進学しても隣の校舎に移っただけで何も変わらない日々が続くと思っていた。

 入学初日にその考えが覆った。

 “闇の貴公子”が初級魔法学校に入学したのだ。

 黒髪に灰色の瞳の秀才の美少年。

 冷笑の貴公子に対抗する二つ名として蔭で囁かれるようになるのだった。


 父の親族が初級魔法学校の新入生代表にならなかった、というのは事前に噂で聞いていた。

 ラウンドール公爵子息が入学されるのだから当然だろう、と気にも留めていなかったが、新入生代表はド田舎の辺境伯領の平民貴族の養子だった。

 平民だからと嘲る気持ちは無かった。

 平民を否定することは、亡き母を否定することになる。

 ただ、平民という存在が、ぼくには悲しかっただけだ。

 歌好きの少女が歌手を夢見て歌劇団に入団し、高位の貴族に見初められたというだけで、夢をあきらめて幽閉されたかのように囲い込まれた。

 母に力が無かったから、いや、母の実家に力が無かったから囲い込まれた後に連絡することさえ許されなかった。

 父に見初められなければ、母は歌劇団で主演を務めることも出来たであろう実力があったのに、断れない立場だったのだ。

 ……平民とは悲しい生き物なんだ。

 ぼくの平民に対する見解はそんな感じだったので、闇の貴公子はさぞかし生きにくいだろうと思っただけだった。

 その後の大躍進とラウンドール公爵子息との友情から彼の二つ名は有名になった。

 だが、平民の彼を表立ってそう呼ぶ生徒は皆無だった。

 ぼくの世界のなにもかもが覆ったのは闇の貴公子がきっかけだった。

 辺境伯寮の大審判で、父も本妻も本妻の子どもたちも、全員腹痛に襲われて失脚することになったのだ。

 繰り上がりでぼくは次期公爵候補になってしまった。

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