精霊とあそんだ子どもたち
「とりあえず面倒ごとは後回しにして、話を戻そう。精霊と遊んでどうなったんだ?」
「せいれいさんたちがだんだん消えていってさみしくなったの」
「日が傾いてきていたから、安全な寝床の確保に焦っていたら、精霊が一列に並んで、ついて来いっていう感じに数個の精霊がぼくたちの周りを回るから、そのままついて行ったんだ」
「「「!!!」」」
「どこへ行くのかとか、どのくらい歩いたかとか全く気にならなくなってしまって、気が付いたら洞窟の入り口の木のところに居たんだ。すっかり日も暮れてしまっていた」
「木のねっこのところに穴があったんだ」
「精霊たちは洞窟に入っていったから、ぼくたちも一晩洞窟で過ごすことにしたんだ。中は広くてヒカリゴケが発光していたから暗くなくて、ヒカリゴケがない奥の方には精霊たちが案内してくれたから、安全に水の湧き出るところに行けたんだ」
「おいしいお水だったよ。おなかは空いたけど」
「ああ、お前たちはほとんど食料がなかったんだね」
「ボリスが干し肉を三枚、ぼくは飴玉六個しかもっていなかったんだ」
「ほしにくをぜんぶ食べないでのこしたら、ごほうびひとつくれるんだ。あまくておいしかった」
「ああそれが、ボリスとケインが携帯食料を食べた後のご褒美がどうしたこうした言っていたやつなんだな」
「なんだい、それは?」
「携帯食料をたっぷり食べたのにご褒美をおねだりしたんだ」
「兄ちゃんやさしいもん」
「ケイン、飴玉は何回食べたんだい?」
母さん、やっぱりそこ聞いちゃう?
「よると、あさと、かえるとき、だから三回!」
ケインは指を一つずつ立てながら正解を数える。ぼくは気恥ずかしくて顔を上げられない。子猫を撫でる手がせわしなく動く。
「よく数えたね。お兄ちゃんは飴玉を食べたのかしら?」
「……みていなかった…」
「いいんだよ。いつ助けが来るかわからなかったから、できるだけ食べ物を残しておきたかったんだ。朝起きたら体もそんなに痛くなかったし、お腹は空いていたけど、体力は普通に戻っていたんだ」
「…ボリスは、たべものはみんなで食べたほうがいいって言ってたもん」
「そうだね。ボリスはみんなに分けてくれたね。ボリスは優しいね」
話題の主役をそらそうとするけど、大人たちは目を潤ませて、なんてけなげな子なのでしょう!という顔をしている。ぼくはただ、全員で生きのこりたかっただけなんだ。ぐずる子どもをなだめるより、飴玉一つでおとなしくしてくれるのなら、自分が我慢してでも手数を残しておきたかったのだ。
「自分の分まで分け与えるなんて、みんないい子だったのね」
よしよし、対象の分母がふえた。
「喧嘩にならなかったのも、みんなが無事に帰ってこれた理由の一つだろう。極限状態では仲間割れが起こりやすい」
「精霊がそばに居ると気持ちが落ち着くんだ。もう助からないんじゃないかとか、このまま飢え死にするのか?みたいな悪い方に考えなくなるような、危機感があまり働かなくなるんだよね」
「せいれいさんはきれいでたのしいよ」
「夜中に洞窟で子どもが三人だけで寂しくなかったのかい?」
「兄ちゃんとボリスが隣に寝てくれたし、せいれいさんがね、ふわふわしているのを見ていたらすぐねちゃったよ」
「あっという間に寝て、起きたら洞窟の入り口から光が差し込んでいて、ヒカリゴケはもう光っていなかったけど、奥の方では精霊たちが必要な個所で光ってくれたから、不都合も怖いこともなかったんだ。だけど、このままだと、救助の人たちに見つけてもらえないから、
日中は外に出て目立つものを木に縛り付けて目印にしようとしたんだ」
「みんなで木に登ったんだよ」
「洞窟から出てもあの生地を被っていたのか?」
「木に登るまで被っていたよ」
「騎士団の捜索も明け方から増員されたんだが、お前たちの魔力が全く検知できなかったんだ。それでもススキのトイレから人間が行けそうな範囲を重点的に捜索したんだ。お前たちが子どもだけで行動しているとは全く考えていなかった」
そうだよね、犯人が見つかっていないならそのまま連れ去られていると思うよね。
「ダメもとで、俺は鳩を何度も飛ばそうとした」
「もしかして父さん一晩中捜索していたの?」
「いや日が暮れるとおれはただの足手まといだから下がった」
「でも寝ないで鳩の改良をしたんでしょ?」
「大人は数日寝なくても死なない」
噓つきな大人だ。過労死という言葉があるぞ。
「お前たちが木に登ってくれたおかげで鳩が反応できたんだ。飛び立った時は騎士団中が歓声で沸いたぞ。草原で鳩が旋回を始めた時は、嬉しかったが、生存確認ができるまで心配でならなかった」
「ぼくたちも鳩が見えた時は嬉しかったよ」
「生きててよかったよ」
それからケインは子猫を撫でながら、灰色狼と大山猫との死闘を擬音語だけで熱く語りだした。
家族みんなでそれを笑って聞いている楽しい時間が過ぎていった。
領地の地図にぼくたちの大冒険の場所が印されたのだが、南門を出た後に荷馬車が走った街道を下向きに見ると、ぼくたちが馬車から飛び降りた後の足取りは見事にひらがなの“の”の字を描いており、迷子になったら無暗に動いてはいけないことを改めて理解した。
「カイル、もう少し寝る前に話せるかい?」
子猫の世話はお婆とケインに任せて、居間に残って父さん、母さんと相談事をした。
どうやら、今回の誘拐事件での犯人捜しよりも、街はずれで子どもたちだけで生きのびた事の方が重大事案になってしまった様だった。
「騎士団の詰所で事情聴取をする予定だったのだが、領主様も話をお聞きになりたいとのことで、城に登城しなければならなくなった。ケインは一番幼いから直接口上を述べる必要がないが、おまえにはおそらくお声がかかるだろう」
「身分的にも、年齢的にもボリスが適役でしょう?」
面倒だし黙って下を向いていたい。
「あの子のそそっかしさは騎士団でも有名で、走り回るなと言われているところを走り回って肥溜めに落ちたり、触るなと言われている警報の魔術具を押したりとまあいろいろとやらかしていてな。あの子の家族は登城させないと思うんだ」
しっかり前科があったから、家族からのあたりがきつかったのか。ボリスの兄たちの性格の悪さを疑ってしまったが、そもそもボリスが家族に迷惑をかけっぱなしだったのなら仕方がない。だが、今回だけはどうしても引きずり出したい。
ぼくが口上を述べるのがいやだから、だけなのではない。ボリスのためなのだ。自己肯定感の低いボリスの自尊心を高める絶好の機会なのだ。
「それでも、ボリスが代表にならなければいけないよ。身分的にも後から問題になりそうだし、なにより、どんな粗相があってもぼくたち全員まだ幼いんだから仕方ないよ。とても登城できるような素養がないもん」
「そんな素養は先方も幼児には求めていないよ」
「どうにか公な謁見になるのを避けて偶然出会ってしまったようにできないかしら。そうしたら無礼講に持ち込めるでしょ」
森のくまさんでもあるまいし、うっかりお城で領主様に偶然出会うなんて状況がつくれるのか?無理だろう。
「子どもたちが偶々登城する状況をつくるのが難しいだろ」
三人でうんうん悩んでいると、子猫の授乳を終えたお婆とケインが戻ってきた。
「下の階にも、猫トイレを用意したよ」
「ありがとう。お婆」
「カイルとケインが無事に帰ってこれて、こんなに可愛い家族も増えたのも精霊たちのおかげだから、精霊神の祠にお礼参りに行きたいもんだね」
「「精霊の神様もいるの!」」
「「ああ、その手があったか!!」」
みんなの反応が、ぼくとケイン、父さんと母さんではっきり別れた。
「精霊たちを束ねる精霊神の祠はお城のお庭にあるんだよ。建国の英雄はこの領主様のご先祖様で精霊神のご加護を得てこの地を安寧に導いたとされていて、精霊神の祠は領主一族が管理しておられるんだ」
「それだ!」
「そういうことだ」
「だから何なんだい?」
「精霊神の祠にお参りに行かなければならないという事よ」
騎士団の事情聴取は騎士団の詰所で、領主様との面会はお城のお庭で偶然出会えば問題解決だ。祠に魔力奉納ができるのは五才からだから、ぼくたちはボリスの後ろでお祈りするだけでいい。偶々領主様に出会ってもぼくたちはボリスの後ろで畏まっていればいい。
「明日祠参りの許可を申請しておこう。騎士団の事情聴取はお前たちの体調を考慮して三日後ぐらいにしてもらおう」
やっぱり面倒なことになりそうだけど仕方がない。精霊に保護された子どもなんてレアすぎるもん。




