御前模擬試合 #2
「火炎砲って見た目は派手だけど、赤の六番と五番の二人の土壁で抑え込まれてしまうのなら、別な技に切り替えたら良いでしょうに。せっかくの青一番なのにもったいない位置を陣取りましたね」
戦闘力の高い上級魔法学校生の青一番が、初級、中級魔法学校生の赤の六、五番の土壁に火喰い蟻の魔法陣を重ね掛けした守りを崩せずにいた。
「後方二列目の下級生の布陣に守りの魔法陣を多く持たせたからでしょう。六番と五番で角の青のタイルを囲み、更に四番を配備して結界を強固にしたうえ、角の青の一番を完全に塞ぐ形で築き上げた壁外側に水魔法の魔法陣を描いて電流系の魔法を防いでいます。押されているように見えた状況で良く頑張りました」
実況するかのようにキャロお嬢様とミーアは記録を取りながら感想を言った。
「蝸牛の魔術具をどこに仕込むと思いますか?」
「あの壁を崩せるなら赤の六番が守るタイルでしょうね。あそこを青に染めて青の三番が守るタイルと繋げても、赤チームは中央に構えている赤の一番が即座に奪還に入るでしょうから、そこでリーダーを退場できれば、あとは守りに徹すれば勝てますわ」
「今にも崩れそうな青の四番のタイルに仕込んであれば、赤は即座に負けそうですよ」
燃え上がる味方を放置せずに触れたり、消火のために水魔法をかけたりすると、関与した人間も、くすぐり、もしくは悪臭に襲われるように改良してある。
「赤チームはまだ魔術具を仕込んでいないのかな?」
「誰が魔術具を持っているのかわからないから、展開が読めなくて面白いな」
イザークとウィルが赤で誰が蝸牛の魔術具を持っているか予想を立てている。
二人は前線に居る上級魔法学校生を予想しているが、思考が駄々洩れな選手たちなので、ぼくとケインにはハッキリとわかっている。
青チームはキャロお嬢様の予想通り青の一番が、赤チームは小生意気だった赤の六番が最弱だから狙い撃ちされることを予測して所持している。
最初に青の一番に襲われた時に、赤チームは上級と中級魔法学校生の三、四番をぶつけたのは、あえて自陣奥に誘い込むためだった。
勢いに押された六番が蝸牛の魔術具を仕込む前に五番のタイルに逃げ込んでしまったのだ。
無理もない。
九才の少年に十五才なのに髭の生えた大柄な少年が突進してくるんだもん。
赤チームとしては土壁が壊れかけた青の四番を崩すタイミングで、赤の六番の結界を崩す予定に切り替えたのだろう。
ケインがここまでの様子に頷きながら呟いた。
「赤が優勢かな」
青の四番の結界を補強していた青の五番の結界に亀裂が入ったところを狙って、赤の二番が水鉄砲を放ち、中央に居た赤の一番が氷結魔法で水鉄砲の放水を凍らせて壁を破壊した。
同時に赤の六番が魔力切れの演技をし、赤の四番に救助される隙に、青の一番が赤の六番の土壁の魔法陣を焼き切りタイルに手をかけ一気に染め上げようとした。
罠にかかった青の一番は発動した蝸牛の魔術具によって青い炎に包まれた。
赤の一、二番は自陣の中央のタイルを三番に任せて、青の四番が守っていた列を一気に突破し二枚のタイルを染めた。
赤チームは一枚失い二枚染めたので、六対六の引き分けに持ち込めたが、燃え上がる青の一番に水魔法で助けに入った青の二番も炎に包まれた。
救助に入った選手まで燃え上がったので、観客は、どうなっているんだ!とどよめいた。
選手たちには事前に魔術具は前回のものより悪辣になっていると説明してあったのだが、炎を見ると反射的に水をかけてしまうようだ。
「これはくすぐりでしょうか、それとも悪臭ですか?」
「悪臭ですね」
膝をついて口元を抑えた二人の様子を見てミーアが言い切った。
みぃちゃんとみゃぁちゃんが即座に笛を吹き、青一、二番の札を上げて退場を宣言した。
えずく二人にキュアが上空から回復薬をかけながら、二人にかけられた魔法を解いた。
みぃちゃんとみゃぁちゃんのスライムたちが網に変化し退場になった二人を包み込むとみぃちゃんとみゃぁちゃんが競技台から引きずって下ろした。
手際よく退場者の処置を終えた魔獣たちに、観客は拍手喝采を送った。
魔獣たちは退場者を競技台横に着席させると、観客たちに優雅に一礼して試合再開の笛を吹いた。
「みぃちゃんとみゃぁちゃんの素早い判断で助かったな」
国王陛下の御前で嘔吐する寸前で退場になったことは幸いだ、とウィルが言った。
「青は主力の上級魔法学校生二人を失ったのは痛手だな」
イザークは序盤から力押しの作戦を取った青を推していたのか、残念そうに言った。
染め上げたタイルの数は同数だが、人数は四対六、しかも魔力量の多い上位者二名が退場になった青チームが圧倒的に不利だ。
だが、青チームの蝸牛の魔術具はまだ発動していない。
ぼくとケインはどこに仕掛けられているかはわかっているが、所持している青チームもリーダーの突然の退場に最終的に、どこに魔術具が仕掛けられたかわかっていない。
国王が臨席する正面一列の四タイルを赤チームがおさえ、出入り口側の奥の列を青チームが押さえている。
真ん中の列は上手から赤が二つ、下手から青が二つ押さえており、境目の四つのタイル赤青同数の選手が守っている。
赤チームには後方の防御に初級中級魔法学校生の六、五番が控えているが、先ほどの小芝居のせいではた目には実力が伴っているようには見えない。
あと一枚青の牙城を崩せば勝利する赤チームも、蝸牛の魔術具に当たれば形勢逆転を許してしまう。
そんな最中に赤チームのリーダーが青チームに揺さぶりをかけた。
「蝸牛をまだ発動させていないから、余裕があるのは君たちだ。たとえ上級魔法学校生が一人しかいなくてもね」
青チームに残った四人を煽った。
自分より上位者は帝国留学に行ってしまい、煽られ耐性が少ない上級中級魔法学校生の三人は目を泳がせた。
いきがっていた初級魔法学校生の一人は俯いてしまった。
赤チームはその挙動を見て蝸牛の魔術具を仕掛けたのは退場した青の一番か二番と判断した。
記録を取っていたキャロお嬢様たちやウィルたちも気付き、開始の合図から青の一、二番が通過したタイルから蝸牛の魔術具を仕掛けられた場所を予想した。
「上手の角のタイルが怪しいですわ」
「ぼくは真ん中の青のタイルだと思うよ」
退場した青の一、二番が染めたタイルに仕掛けてあるとよむのが妥当だ。
「青の六番は挙動がおかしいから、怪しいですね」
ミーアはキャロお嬢様が指摘した、上手の角に居る青の六番が、ずっと足元をチラチラ見ているのが気になるようだ。
あれが小芝居だったら名演技なんだけれど、彼はあまりに素直過ぎた。
青の六番の足元に蝸牛の魔術具があり、自分の魔力が漏れ出たら蝸牛の魔術具が発動するのではないかと冷や汗をかいている。
赤チームは青の五、六番が押さえているタイルは対面するタイルを守る赤の四、五番に任せて中央の列の二つに集中攻撃をかける作戦に出た。
赤の上級魔法学校生の三人が連携して、一人が土壁を強化し、残りの二人が水鉄砲に電流を流し、容赦ない攻撃を続け、青の三、四番を後退させた。
「タイルを染めるのはぼくがやります!戦闘不能に陥る可能性があるので一番魔力の少ないぼくがすべきです!!」
赤の六番が下手の端のタイルに手をかけた。
「その心意気に感謝する!お前に何があっても助けないが、みんなはお前を誇りに思うはずだ!!」
赤の一番が六番を見捨てる宣言をしたことで、赤チームは攻撃と防御に専念し、あえて六番を見ないことにした。
六番は震えながらタイルを染め上げたが青い炎は出現しなかった。
「染まりました!蝸牛はありませんでした!!」
六番の晴れやかな声に会場が歓声に包まれた。
「続けて隣のタイルも染めます!」
「よくやった!急がなくてもこちらの守りは堅い。回復薬を飲んでからでいいぞ」
赤の二番が労いの言葉をかけた。
「良いぞ!六番」
「もう一枚やっちまえ!」
観衆は赤の六番をまるでヒーローのように囃し立てた。
回復薬を服用した後の赤の六番の手はもう震えていなかった。
青の陣の真ん中のパネルは青の二番が染めたタイルなので、さっき染めたタイルより蝸牛の魔術具が仕込まれていると推測できるのに、彼はためらうことなくタイルに手をかけた。
赤の六番から炎は出なかったが、彼の勇姿にまたもや観衆がどよめいた。
観衆の目が赤の六番に集中している中、みぃちゃんが笛を吹いて試合を中断した。
試合開始から魔力のごり押しで戦っていた青の三番の体がぐらついたので、魔力枯渇寸前と判断したみぃちゃんが退場の札を出した。
まだやれる、と回復薬に手を伸ばした青の三番をぼくのスライムが網になって包み込んだ。
審判の判定は絶対なのだ。
みぃちゃんに引きずられて強制退場になった青の三番に貴賓席から拍手が起こった。
ハロハロとハルトおじさんが、チーム唯一の上級魔法学校生になってしまい、チームの総魔力量が少なくなったなかでも意地を見せて頑張り続けた、その根性を称えて拍手を送ったのだ。
貴賓席からの拍手にならい観客たちも拍手を送った。
「なんだか良いね。選手たちの努力を認められたような気がするよ」
王国に残った自分たちに認められる機会があって良かった、とイザークが呟いた。
青の三番が競技台の横に座ると、一、二番に頭を下げた。
気にするな、とでもいうように二人は三番の肩をポンポンと叩いて労った。
みゃぁちゃんが回復薬を三番に渡して早く飲むように目力で伝えると、そのまま競技台に戻った。
審判の猫たちが配置に着き、キュアが試合再開の笛を吹いた。
青の三番が守っていたタイルに赤の二番と六番が乗り込んだ。
青チームは出入り口側の一列の下手から二枚目のタイルまで奪われて、残り三枚となってしまった。
赤の六番がタイルを染めたが、蝸牛の魔術具は発動しなかった。
競技台横で退場になった上級魔法学校生たちが青チームに降参するように声を上げた。
蝸牛の魔術具が発動したとしても赤チームは六番を見捨てるだけで極端に人数を減らすことは出来ない。
競技台に青チームの残った三人は座り込んでタイルを叩いて退場を選んだ。
キュアが試合終了の笛を吹いた。
「試合終了!赤チームの勝利!!」
ウィルが拡声魔法で結果を告げると、観衆たちが拍手をして選手たちを称えた。
観戦を終えた陛下が立ち上がると拍手がやんだ。
「此度の模擬試合、両チームともよう善戦した。即席のチームをまとめ上げた赤チームの勝利で終わったが、青チームも個々の技量は素晴らしかった。今後の学校生活で更に技に磨きをかけることを期待している。両者とも励むように」
陛下はそうお言葉を述べられると、護衛の騎士を引き連れて退席された。
ハロハロとハルトおじさんは当然のような顔で残っているので、観客たちは退席しずらい空気になった。
偉い人はサッサと下がってほしいな。
そんな不敬な考えが顔に出そうになったのだろう、兄貴に表情筋を固定された。
「私たちはその魔術具の概要を生徒たちに質問したいから残るが、皆は退席してよい」
ハロハロが非凡ならざる王太子らしく突然の我儘を言うかのように、お前たちはとっとと退席しろ、と言外に言い放った。
空気を読んだウィルが〆の言葉のように観客たちに声をかけた。
「検証へのご協力ありがとうございます。見学者の皆さんにも質問票へのご回答をお願いいたします」
出口では初級中級の魔獣カード俱楽部の部員たちが質問する形でアンケートを取っている。
人手があるのはとても助かる。
ぼくたちは競技台の片づけもそこそこに、赤チームと青チームの選手たちから感想を聞いた。
ハロハロとハルトおじさんが貴賓席から降りてきたので、選手たちは緊張で言葉に詰まってしまった。
「私たちのことは王族のそっくりさんだとでも思って、気楽に接してくれ」
二人は、いつものそっくりさんだから無礼講、という理屈を持ち出して、選手たちから細かい感想を聞きだした。
選手たちに同じことを何度も聞くのは気の毒だから、ぼくたちもメモパッドを片手に選手たちの言葉を書きとっていたから、後片付けをスライムたちや魔獣カード倶楽部の面々に任せてしまっていた。
「魔力を抜いていないタイルは触らないでください!」
魔獣カード俱楽部の面々が、見物していた研究所の職員たちが後片付けを手伝うふりをして炎を出す魔術具を探していることを察して口々に、無暗に触るな、と止めた。
止めろと言われると触りたくなるのが人の性。
いい歳をした大人が好奇心旺盛な子どものように、ぼくの推測ではこのタイル、と言いながら蝸牛の魔術具が仕込まれたタイルに魔力を流してしまった。
青い炎に包まれて悶絶する子どもっぽい研究員に見覚えがあった。
いつもぼくの研究室から見えるところで飛行の魔術具の実験をして地面に落ちているあの人だ。




