御前模擬試合 #1
臭い魔術具を使用するため観客席の防御の魔法陣を強化しようとしたら、警備計画が狂うから、とやんわりと断られた。
念のために競技台全体を密閉する魔法陣を施して換気の魔法陣も忘れずに重ね掛けした。
「ずいぶん念入りに魔法陣を仕込んだね」
警備隊長に良い出来だ、とお褒めの言葉をもらった。
「言葉に出来ないほど臭いますよ」
希釈されていますが嗅いでみますか?とキャロお嬢様がお守りのペンダントヘッドに手をかけた。
「おやめください」
ミーアがすかさず間に入った。
「好奇心は身を滅ぼしますよ。市販品を奥様にご購入して検証されたらよろしいでしょう」
ウィルがそつがない返答した。
ぼくたちの検証の関係者として参加しているのは、ぼくとケインとウィルとイザークとキャロお嬢様とミーアだ。
なんだかんだと魔獣カード倶楽部の部室でお喋りしていた意見が採用されたので、このメンバーになってしまった。
魔獣たちはメンバー全員のスライムたちとみぃちゃんとみゃぁちゃんとキュアが参加している。
「初級魔獣使役師の資格を取得したんだ」
イザークはそう言ってポケットから砂鼠を出した。
「収納魔法が使えないうちは砂鼠の大きさは丁度いいよね」
ウィルは自分の砂鼠を出して得意気に言った。
キャロお嬢様とミーアの使役魔獣は寮で留守番している。
「「私たちだって収納魔法を会得して見せます!」」
キャロお嬢様とミーアは、小型魔獣を使役するより自身の能力を上げてどこにでも使役魔獣を連れて行けるようにすべく励むと意気込みを語った。
「いや、自分が年を取ったと実感することは多少あるけれど、時代が変わったというか、今の魔法学校のレベルの高さは本物だな……」
「一昔前なら初級魔法学校生が大きな夢を見ている、と温かい目で見るところですが、数か月で実現してしまう生徒たちが居るのが、今の魔法学校です」
上級中級初級魔法学校の校長たちが口々に同じようなことを言うと、警備隊長も頷いた。
「新卒と現役騎士との能力差が出そうだな……」
所詮子どもなので実戦経験が……。
校長たちが教育論を語り出したので、ぼくたちは会釈をして、ぼくたちを遠巻きに見ていた被験者の騎士コース生たちの元へ移動した。
誓約書に記名し、覚悟を決めた十二人の騎士コース生は上級魔法学校生六人、中級魔法学校生四人、初級魔法学校生二人、と年齢に幅があり、あみだくじでチーム分けするには不適切かと思われた。
「誰かに強制されて参加している人はいないかな?」
ケインは全員に参加にいたった動機を改めて聞いた。
新しい魔術具への好奇心と言いながらもウィルへの対抗心が見え隠れしたのは中級魔法学校生の四人だけで、上級魔法学校生の六人は特別単位がもらえて卒業成績が上乗せしてもらえる、という条件を騎士コースの教員に言われて、完全に唆されていた。
「人体実験で人間の限界を試したいわけではないから、限界の合図を決めて退場しよう。我慢比べではないからね」
上級魔法学校生は参加した時点で卒業単位がもらえることが決定したようなものなので、ぼくの提案に喜んで頷いた。
「御前試合なのに無様な姿をさらしたくない」
意固地になったのは初級魔法学校生の二人だった。
この二人はウィルに憧れて、ウィルの外面を真似して右口角を少し上げてそんなみっともないことが出来るか、と言いたげに苦笑した。
「御前模擬試合だよ。意固地になって頑張るのはかえってみっともないよ。誓約書に記載があった通りに審判員が戦闘不能と判断した時点で退場になる。今回は魔術具の検証と同時に幾つか試したいことがある。魔法の行使を魔獣カードの技に限定したのもそのためだよ」
魔獣カードの技は、魔法の最大出力が決まっているので競技中に大けがをすることも無く安全に対決できる。
今回の検証で使用する回復薬の使用料などを基準として、今後も予算を組んで継続的に検証する目安になる。
「そうなんだ。参加するだけで、単位がもらえるけれど、提出するレポート次第で成績が上乗せされるんだ。魔獣カードの技の多くが生活魔法の延長の魔法陣だろう。魔法学校生なら誰でも出来そうだけど、種類が多いから仕込んでおく魔法陣に限りがある低学年ほど、作戦をち密に立ててうまく立ち回らなくてはいけないよ」
上級魔法学校生は、魔力や技術の少ない初級魔法学校生なら魔法陣を五つ仕込めたら上出来だ、と現実を突きつけた。
年齢のハンディキャップが大きいので初級中級上級であみだくじを別にして、紅チームと青チームに分けることにした。
即席の寄せ集めのチームが出来上がり、チームリーダーも決まると、問題の蝸牛の魔術具をリーダーたちにじゃんけんで決めてもらった。
魔術具の特徴を生かした作戦を立てられた方が勝利を掴むだろう。
観客たちも用意された座席を埋め始め、準備が整いつつあった。
主審はキュア、副審がみぃちゃんとみゃぁちゃん、退場者の誘導をスライムたちが務めることになり、選手たちに無言で挨拶した。
場内の警備の騎士に緊張の色が見え始めた時、ハロハロを先頭に国王陛下とハルトおじさんが入場してきた。
こうなるよね。あの二人が大人しくしているわけがないよ。
主賓への挨拶は各魔法学校校長に任せ、ぼくたちは一列に並んで頭を下げていた。
国王陛下は魔法学校の最新の研究を見学に来ただけなので、頭を上げて予定通り検証をするように、と声掛けをされる形で場を治めた。
その言葉を受けてから、ぼくたちは姿勢を崩して、緊張しているであろう選手たちに声掛けした。
「観衆はかぼちゃ。王族はメロン」
「作戦を頭に思い描いて、それ以外のジャガイモのことは気にしない」
「ハンドサインは両チーム共同だよ。降参はタイルを叩く、続行希望は手をしっかりあげて横に振ること。主審や副審に番号札を上げられたら続行希望でも退場」
各チーム色分けしたゼッケンを胸と背中に着けている。
「退場者の人数は勝敗に関係ない。タイルを多く魔力で染めたチームの勝利だ」
「主審と副審が危険な魔法を行使したと判断した時は直接試合に介入いたしますわ」
「異議申し立てで試合を止めることのないようにお願いいたしますね」
アドバイスと細かいルール確認を同時にみんながしていると、陛下のお出まし以来緊張していた選手たちも試合に頭を切り替えた。
「君たちが王族に慣れているのは今までの話から推測できたけれど、国王陛下の御前なのに切り替えが早すぎてついて行けないよ」
イザークが小声でこぼした。
「拝謁するのは非公式も含めたら三回目だからね」
ウィルが公式の謁見の時が一番……と聞こえないくらい小さな声で含みのある発言をした。
イザークは首を振って不敬な発言を聞かないようにした。
選手たちは貴賓席を正面に上手と下手に分かれて待機した。
主審のキュアが競技台の上を飛び、副審のみぃちゃんとみゃぁちゃんが競技台中央で左右に分かれ、審判助手のスライムたちが競技台の四隅にスタンバイした。
試合開始の合図はウィルが担当することになっている。
単純な陣取り合戦だから、出だしにどれだけ攻め込めるかで序盤の優劣が決まる。
会場内は緊張で水を打ったかのように静かになった。
ウィルが拡声魔法を使って開始の合図を出した。
「始め!」
十二人の選手たちが一斉に競技台の上を走り出した。
十二のタイルを一人一枚染め上げて、六対六にするのが順当な立ち上がりだが、どこのマス目を染め上げるかが初動の重要な戦略になる。
上手からスタートした赤チームは自分たちの手前のマス目の六枚を染めるために走り出したが、青チームは自陣手前を初級中級生に任せ、足の速い一人を赤チーム陣内に突撃させた。
序盤から攻撃的な青チームに歓声が上がった。
風魔法を放ちながら突進してくる青一番を止めるべく赤三、四番が土魔法で防ぐが突破され初級魔法学校生のタイルめがけて突き進み、場外に飛ばされるのを避けた初級魔法学校生の赤六番は赤五番のタイルに避難した。
場外に落ちると一発退場なので、タイルを失っても戦力消失よりはましな対応だ。
出遅れた赤チームは自陣の奥の角を青チームに奪われた上、青チームの陣を攻めきれずに五対七とタイルを一枚失ってしまった。
「なかなか面白い展開になったね」
「屈強な上級魔法学校生を敵陣奥に送り込んでしまったので、青チームは五人で自陣を守ることになるでしょう?」
「赤の一番も強そうだね」
赤チームのリーダーの一番が青チームの前線に雷砲を放ち会場内に爆音が響いた。
前線の防御の青三人のうち中級魔法学校生の青四番が魔力で押されて土壁に亀裂が走った。
赤チームも善戦しているように見えるがチームリーダーの力技に過ぎない。
自陣奥への侵入を許した赤チームは奥も防御をしなくては青の一番に他のタイルを奪われてしまうから防御と攻撃が二分されてしまっている。
青チームは自陣後方の防御を放棄して青四番のタイルに人員を追加する余裕がある。
「発破系の魔術具でも投げ込んで奥を直接攻められたらいいのに……」
魔術具好きのウィルが残念がった。
「今回は蝸牛の魔術具しか魔術具の使用が認められていないから、アレを投げ込んでも誰も触らなければ発動しないだけですわ」
「魔獣カードの技の実用性を見るためですから魔術具はいりませんよ」
キャロお嬢様とミーアは寄せ集めのチームでは連携がいまいちだと、辛口に戦況を見始めた。
学習館で投擲の訓練をたくさんしたのは競技会を見据えての事だったのだろうか。
青のがら空きの陣を攻撃したくてもどかしかったので、きたる帝国留学にむけて効果的な投擲の魔術具を思案した。
この試合は圧倒的に青が有利に見える状況で膠着状態になったが、隠匿の魔法陣を施した蝸牛の魔術具を赤チームがどこに仕込んだかで、勝負の流れは間違いなく一気に変わる。
本当の勝負はここからだ。




