野心家
「魔獣カード大会が領をあげての行事になるのは明白だ。部門が増えれば増えるほど大会自体が盛り上がるだろう。そもそも参加資格を領民とすれば市民カードを取得した七才児から参加可能としてしまえば平民だろうと貴族だろうと関係ない。魔獣カード対戦は己の魔力量ではなく、カードを適切に選択する技能と、入手困難な希少魔獣カードを入手する財力だ」
商売上手なメイ伯母さんの一族の手ほどきを受けて、魔獣カードは種類が増えた。
灰色狼にはリーダー狼のカードがあり、そのカードが一枚あれば手持ちの灰色狼のカードの攻撃力が格段に上がるのだ。
当然ながらレアカードの発行枚数は少なく、市場の中古価格は高騰している。
運良く定価で購入できた一般市民もいるので、財力がものを言うとは限らない。
大会が白熱することは領外にいても容易に予想が付く。
「むしろ大会が洗礼式後の七才以上にすることで孫から苦情が来ることの方が心配だ」
「そっちは学習館で解決してもらいましょう」
うちにも文句を言いだしそうな未就学児たちが居る。
上級精霊の居ないいつもの亜空間でくつろぎだしたみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが、視界の端で魔獣カードの技を互いに出し合って魔獣部門を忘れるな、とアピールを始めた。
「ああ、魔獣部門はもう決定事項だ。ラインハルトから文が届いたその日から領内の話題を掻っ攫ったぞ。騎士たちは王都に使役魔獣師が少ないことを知っているから、辺境伯領が上位を独占できる、と息巻いている」
文官たちのスライムも相当鍛えられているようで、予選会をやってみるまで予測がつかない状況になっているとのことだ。
「領内に連帯感を持たせることで不用意に対立を煽ってくる不穏な奴らをあぶり出せば良いんだな」
辺境伯領主はニヤリと笑ってぼくたちの意図を察してくれた。
「帝国の密偵が紛れ込んでくるのは昔からある事だ。それでも、まだどこの砦も帝国に落とされていない。世界の果てを守るのが一族の宿命。どこの一族もまだ完全には落ちていないということだ」
辺境伯領主は西の一族とは連絡が取れているが、東と南が怪しい、と詳細を説明してくれた。
南の一族は国家として砦を維持することを放棄して、南方自治民族として砦を守っているので帝国に留学生を送り出していないが、東の一族は千年帝国と呼ばるほど国土を拡大した時期はあったが、今は東南に小さな国土におさまっており、キャロお嬢様と同学年の王族がいるらしい。
「東の魔女がまだ砦の守り手の補佐人として自覚があるのなら、王族の帝国留学に同行するはずだ。ガンガイル家としては東の魔女には貸しがある。だが、長い付き合いのなかの貸し借りは多々あるものだ。だから、お前たちは気にしなくて良い。心の赴くままに行動しなさい」
辺境伯領主はガンガイル家の問題を気にする必要はない、とぼくとケインと兄貴に言った。
「もし、嫌でないのなら、ジョシュアに市民登録を出してもいい。もちろんジュエルには相談する。……キャロの利になる、という下心よりも私はジョシュアに子どもらしい子ども時代を過ごしてほしいんだ」
辺境伯領主はそう言うと、いつも魔法学校で姿を消したままでいる兄貴に考えておいてくれ、と言った。
ぼくたちの心を揺さぶるには十分すぎる衝撃的な言葉だった。
「帝国留学に合わせて書類を整えよう。カイルと一緒に留学してもいいし、ケインと同い年でもいい」
そう言われたら兄貴の選択肢はわかっている。
「カイルと同い年でお願いします」
兄貴が迷わずそう言ったので、ぼくとケインは驚いた。
兄貴はずっとケインを見守っていたじゃないか!
「カイルが一足先に帝国に留学したら、ケインは気が気じゃなくなるだろう。だったらぼくが一緒に行って見張っておくよ」
ケインがフフッと笑った。
兄貴はケインの側に自分の一部を残していくのだろう。
「ああ。ジュエルに相談しておこう」
辺境伯領の市民カードを兄貴が手にすることが出来たら、兄貴はどこででも実体化していられる。
誰にも存在がわからなかった兄貴が、普通の子どもとして一緒に過ごせるようになる。
込み上げてくる嬉しさに顔がにやけてしまうのを止められない。
帝国留学が楽しみになってきた。
辺境伯領主を亜空間から領城へ帰し、ぼくたちが研究室に戻っても時間は全く経過していなかった。
兄貴が実体を消してしまうのを残念に思いながら、ウィルとイザークの会話に戻った。
イザークが中級魔法学校の魔獣カード倶楽部を掌握するためには実力が伴っていなくてはいけない、ということで午後は研究をそっちのけにして魔獣カードで遊んだ。
イザークは定石から外さず手持ちのカードの豊富さで勝負を決めてくる戦い方だ。
だが、ケインもウィルも豊富にカードを持っているので定石では勝てない。
「辺境伯寮生は留学に行かない平民でも、このくらいの攻撃はかわせる防御のカードを持っているから、かわされることを前提にカードを組まなくては駄目だよ」
ケインはイザークのデッキを勝負の前にもう一度見直す必要性を説いた。
「カフェテリアに野次馬に紛れて調査員を送り込んでいるから、中級魔法学校生の実力者とカードの種類を調べさせているけど、情報を買うかい?」
ウィルはただでは教えないようだ。
クロイの影響を受けて守銭奴になっていないか!?
「対価は情報の信憑性への担保だよ。ぼくの調査員は優秀だから自分で調べるより正確で安価に情報を得られる。情報はお金になるんだよ」
「ぼくもラウンドール公爵子息に借りを作るより、正当な対価を払って取引する方が良い」
ウィルとイザークが細かい交渉を始めると、ぼくのスライムがウィルのスライムをつれて交渉の間に入った。
「……わかったよ。スライムたちに報酬を払うからぼくのスライムを鍛えてくれないか?」
ぼくのスライムが一言も喋らないのに自分のスライムが強くなりたい、と圧をかけてくるのを感じたウィルは、報酬の内容を確認せずにぼくのスライムと取引を決めてしまった。
「……スライムも魔獣カードをするんだね」
イザークは競技台に上がったスライムたちを珍妙なものを見る目で見ていたが、ケインのスライムがウィルのスライムに火炎砲を放ち、サポートに回ったぼくのスライムがケインのスライムの後方へと炎を転移させたように見えたので、驚愕の表情に変わった。
「凄すぎだろ!何をしたんだ!!」
あんぐりと顎を引いてスライムたちの勝負に目を奪われているイザークにケインが言った。
「先輩の持っているカードでこれは十分再現できます。要は組み合わせと使用するタイミングです」
「スライムは隠匿の魔法陣を使っているじゃないか!あれはカードで発売されていないよ」
ウィルが抗議した。
「カードで対戦する時は手札を隠しているんだから隠匿の魔法陣は必要ないでしょう」
「……あったら面白いね」
ぼくの一言に三人が何を言っているんだ?という視線を向けた。
「手持ちのカードとそれを出すタイミングが勝敗を分けるんだから、相手にカードを誤解させるような幻惑のカードがあれば勝負はわからなくなるよね」
ケインとウィルが面白そうだ、と乗ってきたが、イザークは渋い顔をした。
「そんな、ありもしないカードの話をしてもどうにもならないじゃないか」
「どうにでもなるから話しているんだよ」
ウィルはぼくとケインの実家が魔獣カードの新作を制作していることをイザークに話した。
「あれはラインハルト殿下の事業ではなかったのか……」
「ハルトおじさんが一枚かんでいるけれど、うちの親族が制作販売しているから新作を作っても真っ先に入手できるよ」
「そんなの勝負にならないじゃないか!」
「「ぼくたちは大会には参加しないよ」」
「「たいかい?」」
そういえば辺境伯寮以外で大会の話はまだしていなかった。
「魔獣カード大会を開きたいって考えていたら、話がそれて魔獣カード倶楽部を作ることになったんだ。大人の大会は王太子殿下が主催する大掛かりなものになりそうだから、子ども大会は魔法学校の学年別で出来たら良いな、って考えているんだ」
「それは一大事になりそうだ。早めに概要を生徒会にあげて予算をふんだくらなくては!」
ウィルが早速ノリノリになっているので、辺境伯寮ではミーアが仕切っていることを伝えた。
「中級魔法学校の魔獣カード倶楽部の設立を急ごう」
イザークはそう言うと生徒会室に急いだ。
放課後には中級魔法学校にも魔獣カード倶楽部の部室が用意され、イザークが生徒会長特権を行使して仮部長の座におさまっていた。
「行動力の塊ですね」
「こんな野心家だったとは……知らなかったですわ」
イザークはキャロお嬢様とミーアが驚くほど早く魔法学校魔獣カード倶楽部合同会議の日程を決めてしまった。




