待ち望んだ味
「エビフライは一人一本よ」
ブッフェ形式にお弁当を配置し、大好物のエビフライをミーアが監視している。
「エビならフエたちのお弁当にたくさん入っているから大丈夫だよ。エビチリもエビマヨも美味しいよ」
海産物のお弁当はメイ伯母さんの親族の差し入れだ。
フエはメイ伯母さんの旦那さんの商会に従姉たちと一緒に下宿させてもらい、登下校はジャニス叔母さんの従姉たちと一緒にすることになっている。
一人肌の色が濃い少女を従姉たちみんなで守ってあげる体制が整ってる。
これが一族伝統の義姉妹関係なのか。
二人の従姉に囲まれたフエは辺境伯寮生の新入生たちと打ち解けて話している。
「上手くなじめそうだね」
ウィルもフエを気にかけていたようだ。
「ウィルのお弁当を楽しみにしていたんだよ」
ウィルが満面の笑みでラウンドール公爵家のお弁当のテーブルに案内してくれた。
長テーブルに御馳走が並ぶ中、目を引いたのは細切りにしたお肉とピーマンと一緒に炒めたと思われるその食材に釘付けになった。
「これは!これは筍!!」
小躍りしたくなる気持ちを抑えてぼくが叫ぶと、周囲の注目を集めてしまった。
「やっぱり知っていたか!南東の地で柔らかい時期の竹が食用になっていて、珍しい食材をお土産に頼んでいた長兄が塩漬けの竹を持ち帰って来てくれたんだ。調理法は帝国の屋台で食べたという兄の証言をもとに料理長が研究してくれたんだよ」
貴重な食材なので、みんなの分も考慮して一口分よそうと、ウィルは、自分は家で食べたから、と二口分よそってくれた。
メンマが目の前にある興奮に鼻息が荒くなる。
大好物という訳ではない。だが、ラーメンにはあってほしい。
口直しに齧るこの食感。甘辛く炊いた少し濃い目の味。
これはぼくの郷愁の味の再現でしかないとわかっているのだが、完成形のラーメンの上に乗っていてほしいのだ。
他のおかずには目もくれずメンマを抱えて席に着こうとしたら、ウィルに笑われた。
大人げない。
いや、まだ子どもだから良いのか。
青椒肉絲に似た料理には白飯が一番合うのだが、お弁当形式で持ち寄った料理なので、おにぎりで良しとしよう。
お口が中華になってきた。
エビチリ、エビマヨ、えびせんべい。
いかんいかん。エビだらけだ。
卵焼きにきんぴらごぼう……レンコンのはさみ揚げ!
ぼくがレンコンを選ぶと、メイ伯母さんの長女がしたり顔でウィルを見た。
珍しい食材でも競っていたのだろうか?
「それは何だい?」
ウィルが従妹ではなくぼくに聞いた。
「たぶん、食用の蓮の根っこだと思う」
「カイルは珍しい植物に詳しいね」
「植物でも魔獣でも図鑑で見て、まず食べられるのかどうかを考えるからね」
本から得た知識だということを強調すると、収納ポーチが震えた。
魔本が自分を活用しろ、と自己主張しているのだろう。
魔本で麻竹や食用レンコンの植生を調べるのは自室に戻ってからにしよう。
ケインはぼくがハッとした様子から魔本が干渉したことがわかったようで、ククク、と笑った。
「やだなぁ。兄弟だけでわかりあっているよ」
ウィルがブウブウ文句を言い始めたので、新しい食材に興奮しているだけだよ、と誤魔化した。
「「「いただきます」」」
まずは青椒肉絲もどきの、麻竹と思われるものを口に入れコリコリとした食感を楽しむ。
蒸した麻竹を発酵し乾燥させたり、塩漬けにしたりして保存する、とても手間のかかる食品だ。
ごま油とオイスターソースでコーティングされた肉の旨味も纏った筍は、懐かしさで味覚の上乗せがおこり美味しさを倍増させた。
ぼくがウンウンと頷いてからおにぎりを頬張ると、ウィルはそこまで美味いとは思わなかった、と言った。
「保存食になってしまっているけれど、採れたての筍はさぞ美味しいだろう、と想像するとなおさら美味しく食べられるよ」
「若い竹を食用にするんだね。ぼくは素材になっている竹そのものを想像したから、もっと固いのかと思ったよ」
ケインも食感を気に入ったようだ。
「これをラーメンに入れたいから、なんとか取引出来ないかな」
「高価な食材ではないけれど、運送費がとんでもないことになるよ」
ウィルが現実的なことを言った。
「そうなんだよね」
「笹の子で代用しよう」
ぼくとケインは辺境伯領で取れる山菜を思い浮かべた。
ぼくは次に気になる食材のレンコンのはさみ揚げを食べた。
サクッとした歯ごたえ。
これは、生のレンコンを調理した食感だ!
メイ伯母さんはレンコンの栽培に成功したんだ!!
レンコンに馴染みのない人でも食べやすいように、つくねと大葉を挟んで揚げた、香りも味も食感も完璧な一品だ。
「「美味しいね!」」
ケインもウィルも気に入ってくれたようだ。
「蓮の根っこや竹を食べようと思う発想が凄いよね」
「なんでも食べれるようにして、保存食にしておけば不作の年も生きのこれるでしょう」
蒟蒻芋なんて猪さえ食べないのに、劇薬のシュウ酸カルシウムを灰汁で無毒化して食べられるように加工するんだよなぁ。
ディーが南東地方を滞在しているんだから、探せば蒟蒻芋もあるかもしれないな。
「「なんか企んでいるんでしょう」」
「世界中の食べられないと思われている植物を食べられるように加工してみたいなぁ、なんて考えていたんだ」
カイルならやりそうだ、と周囲にいた他の生徒も口々に言った。
「蛸だって烏賊だって美味しいじゃないか。食べる前は気持ち悪いと思っても、美味しいものは美味しいから試してみたくなるのはわかるよ」
未知の食材に出会えると思えば来年の帝国留学も楽しみになるじゃないか、と話を締めた。
美味しい食事の後は時間いっぱいまで魔獣カードを楽しみ、それぞれ午後の講義に急いで行った。
ケインとウィルは午後に講義を入れていなかったので、ぼくの研究室までついて来た。
「なんで、こいつがいるんだ!」
研究室の入り口に中級魔法学校の生徒会長のイザークがいるのを見て、先輩なことも気にせずウィルが言った。
「午前中に仲良くなったイザークだよ。ぼくの友達として扱ってくれないなら、部屋に入らなくて良いよ」
「カイルが気にしていないなら、別に構わない」
ウィルがブスっとした顔で言ったので、ちゃんと謝罪を受け入れたことを説明した。
「残していく下の子たちが楽しく学校生活を送れるように、学校の雰囲気を良くしておきたいのは理解できるよ」
ウィルはエリザベスの進学時に自分が帝国へ留学していることを考えているようだ。
「平民の魔法学の受講率が年々上がっているから、将来的には平民の受講者の方が人数が多くなることも考えられるし、ぼくとしてはそうなって欲しいんだよね」
市電に憧れるウィルとイザークは平民の魔力の可能性を即座に理解した。
「地域の魔力が大きくなることは地域の発展につながる」
「ただ、特権階級は面白くないだろうね」
「上位貴族が地域の結界を支えているんだから、そこの上下関係は覆らないよ」
イザークの懸念にケインが真っ向から否定した。
「港町がいい例だよね。結界を守りきることを自身の魔力や指導力で出来なかった領主一族は立場を追われ、新しい領主は結界を維持できる上位貴族の子弟が横滑りのように入れ替わるだけだってことだよね」
ウィルがイザークにもわかりやすいように具体例を出した。
「ぼくがいきなり跡継ぎ候補に指名されたようなものか」
市民が力を付けたら、いずれ立憲君主制に移行していくのだろうけれど、大きな革命が起こることなく緩やかに移行していければいい。
「君主が立派であれば市民が魔力を強めても、話し合いで権利を拡大していくだけだと思うよ」
ぼくがそう言うと、三人は権利の拡大?と頭に疑問符を浮かべた。
しまった。
議会統治制とか大統領制とか説明するのは面倒くさい。
「自分たちの暮らしに関わることを自分たちで決めたくなることだよ。それは税金の使途のことかもしれないし、産業の誘致に関わることかもしれない。今は各種ギルドが代表して陳情しているけれど、これから産業が増えたら、ギルドだけでは対応できなくなるのは目に見えているよ」
「ああ。ギルド長より魔力のある労働者がごろごろいる時代がやって来るな」
ウィルの一言にぼくたちは時代の転換に大人になることを改めて理解した。
「平民と貴族の関係を良好に保つことを、魔法学校時代に徹底しておかないと将来国がひっくり返る事態が起こりかねないのか……」
イザークも対応を間違えれば市民革命が起こりかねないことに気が付いた。
「町の結界を領主一族や上位貴族が死守していることを市民がきちんと知っていたら、市民の魔力が多くなっても大きな反乱は起きないはずだよ」
ケインが当たり前の事じゃないか、と言った。
「気を付けなくてはいけないのは、市民を煽る帝国の密偵がいるかもしれないことなんだ」
ぼくは、イシマールさんが派遣された紛争は内乱で帝国に乗っ取られたことを話した。
「魔獣カード倶楽部が貴族の子弟と一般市民との懸け橋になれたら、帝国の干渉をはねのける国民の結束力になれたらいいね」
今日の昼食でみんなが仲良く同じテーブルで食事をして、貴族も平民も関係なく本気で魔獣カードの対戦をした姿を、ウィルは思い出して言ったようだ。
「辺境伯寮生が多いからその調和が実現するんだよ……」
イザークは嘆いたが、決意したかのように膝を叩いた。
「ぼくが中級魔法学校の魔獣カード倶楽部を仕切るよ。曲がりなりにもぼくは生徒会長だ。使える威信は何でも使おう」
困った時には相談に乗るよ、と言おうとした時、ポケットの辺境伯領主のスライムの欠片が激しく震えた。
ぼくはケインを連れて素早く亜空間に移動した。




