封印作戦!
「「「やったな!」」」
画面の中の死霊系魔獣はモザイクが取れて、灰になりながら崩れていった。
灰の山が少しずつ小さくなっていく……。
「ちょっと待った!時間を止めて!!」
ぼくが画面に向かって叫ぶと、シロがすぐさま止めた。
「突如強烈な瘴気が沸くって、廃鉱の時みたいになんかありそうな気がしない?」
ケインと兄貴もハッとした。
「アレがあったら教会に渡したくないよね」
ディーの組織に渡るかもしれないからディーに拾わせたくない。
「ご主人様。私はアレに関わりたくないです」
ケインと兄貴が画面に張り付いて、あるか?ないだろ?と画面の奥は見えないのに覗き込んでいる。
ぼくとケインのスライムは疲労困憊でテーブルの上に文字通り伸びていたが、アレという言葉に反応してムクムクと膨らんだ。
キュアが二匹を摘まんで画面の側まで運んだ。
みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが、姉さんたちよくやった、と駆け寄って抱き寄せるように触手を伸ばした。
みぃちゃんとみゃぁちゃんは興味の対象が画面の中の灰に移っており、画面を突っついて存在を確認しようとするが画面の裏は見えない。
アングルを変えて色々な角度から見えたら良いのに、と考えていたらシロが画面を分割して四方から灰の塊を映し出してくれた。
「あるかなあぁ……」
黒っぽい塊は見えるが灰の影が濃いだけかもしれない。
みんなで喧々諤々言い合っていたが、時間を進めて確認する前に対処法を考えなくてはいけない。
「ご主人様。太陽柱にこの先の結末が見えないので、そこにアレはあります」
シロが消去法で答えを導き出した。
「……辺境伯領主をいきなり亜空間に招待できるかな?」
面倒なことは専門家に任せるのが一番だ。
「ご主人様。出来ますよ。さっさと解決していただきましょう」
せっかちなシロはそう言い終わらないうちに寝間着姿の辺境伯領主を亜空間に招待していた。
「やや、ややややや。……ここは、天国じゃなくてカイルの精霊の亜空間か!」
いきなり亜空間に呼ばれた辺境伯領主は一人掛けのソファーに座らされて、戸惑っていたようだが、ぼくたちの顔を見てすぐに持ち直した。
「状況を説明する前に、これをご覧ください」
シロは有無を言わさずディーと死霊系魔獣の戦いを見せた。
「おおおおおお!これは凄いな!!」
辺境伯領主は前のめりになって画面を見つめながら、瘴気で死霊系魔獣の攻撃をやり過ごす作戦をいたく気に入り、ディーの攻撃に決定打が出ないことをやんややんやと楽しそうに観戦した。
瘴気を閉じ込める瓶がディーの足元に転がると膝を叩いて喜んだ。
「やっと干渉をはじめたんだな!」
「その前の瘴気を壁にしたのもスライムの魔法陣です」
「おお!分身は本体と同じことが出来るのか!?」
辺境伯領主のスライムは分裂が出来るようになったが、発声法はまだ習得していない。
医学書を読んで発声の仕組みを理解している最中だ。
「あたいが分身を意識して動かさないと、ただそこにいるだけだよ。ディーについているスライムが戦っている時は、ボリスについているスライムは寝ているも同然だよ」
「ボリスのところは情報集めにみんながついているから、あたいたちはのんびりできて助かるわ」
辺境伯領主のスライムが二匹を尊敬するかのように小さく頷きながら聞き入り、辺境伯領主に、教えてくれるよな、とでも言うかのように体の上部を捻って凝視しているように見えた。
「わしが瘴気を壁にする魔法陣を理解できなければ、お主にも教えてやれんのだよ。我が一族は領地の守りの結界を継承する一族だ。古くから伝わる、言わば伝統の魔法陣しか教えてやれんのだよ」
辺境伯領主は自分のスライムを撫でながら、カイルのスライムに弟子入りするか、と軽口を叩いた。
「遠慮しとくわ。偉い人は守られるのも仕事なんだから大人しくしていてちょうだい」
ぼくのスライムはきっぱりと断った。
「続きをご覧になりたいなら大人しくなさってください」
シロが有無を言わさず、瓶から回収した瘴気でぼくたちが魔法陣を考え出したことを手短に伝えた。
ここからのスライムの分身たちの活躍に拍手喝采で観戦した後、辺境伯領主も自分が呼ばれた理由を察して真顔になった。
「これは、アレだな」
そう言って両手を顎の前で組むと、邪神の欠片について説明してくれた。
創造神に反旗を翻した神が封じられ、見せしめとして石像となったが、復活を願う眷属神が居たため創造神の雷を受け粉々に砕け散った、と辺境伯領主一族には伝承されていた。
「邪神の欠片が世界中に散っているが、多くは地下の奥深くに封じられていると、我が一族には伝わっている。辺境伯領では悪用されないように厳重に保管されている」
ぼくが養子になった直後の洗礼式の時、町の結界の魔力の揺らぎを感じたことがあったが、それは邪神の欠片を封じていた魔術具の修復に不備があって周囲の魔力に影響を与えていたらしい。
邪神の欠片は瘴気を集め、放置すると国を亡ぼすと、辺境伯領主一族には伝わっており、邪神を封じる魔術具の作成は、領主を継ぐ者は必ず出来るようにならなくてはいけない掟がある。
数百年に一度あるかないかの出来事に一年に二度もあるとは思わなかった、と辺境伯領主は重い口調で語った。
「この地域は南の砦の守り手が邪神の欠片を管理せねばならないのに、ここ数年帝国の侵略や内政の問題で、対応が出来なくなり教会に任せきりになっておるんじゃろう」
辺境伯領主は由々しき事態だ、と渋い顔をした。
「邪神の欠片をひと所に集めてはいけない、と我が家には伝わっている。アレを辺境伯領で引き取ることは出来ない」
封じる魔術具に予備があるが、南方の欠片は南方で処理すべきだ、と明言した。
「とは言っても南の砦を守る一族とは、もう何世代も前からまともな交流がない。帝国が躍進してくる前の中央大陸では、各砦の守り手と交換留学をして交流を続けておった。だが、帝国が中央を抑えてから、帝国の領土を通過せずに交流することが出来なくなったので、各国が帝国に留学生を送ることで細いながらも情報交換が出来たんだ。王族や領主一族が直接交流できる世代がずれるとなかなか接触できなくなってしまうのだよ」
邪神の存在は口に出してはいけないものなので、一族直系以外には伝承されていない。
一般貴族は何も知らないのだ。
「辺境伯領主一族が必ず帝国留学するのはそう言った事情があったのですね」
「ああ。王家が側室を設けるのも、年の差がある兄弟たちを留学生として帝国に送り込む必要があってのことなのだ」
いつの間にか派閥の調整の役割が大きくなってしまったように、他の砦を守る一族も状況が変わっていったのだろう。
「とにかく、今目の前にある問題は、あの邪神の欠片をどこに封印するのか、ということですね」
辺境伯領主を亜空間に招待したのに、問題は振出しに戻ってしまった。
「元々地中の奥深くに封印されていたものが、地脈の変動で地表に現れたんですよね」
ケインが辺境伯領主に質問した。
「灰の中から実物を確認しなければ確かなことは言えないが、人為的に手が加えられていないようなら、ケインの推測のように地殻変動で浮いてきたところを樹木の根が取り入れた、と考えることもできる」
元々地中に封じられていたのなら地中に戻すのが理にかなっているような気がする。
「……埋めちゃう?」
「「「!!!」」」
ケインと兄貴と辺境伯領主が、どうやって?という顔でぼくを見た。
「領主様の封印の魔術具に入れて、そこに劣化防止の魔法陣を施して、さらに世界の理の魔法陣に結び付けてしまえば良いんじゃないかな?」
ぼくは土竜型の魔術具に世界の理の魔法陣に近づくように設定して、お腹の中に邪神の欠片を封じた魔術具を入れてしまおう、と提案した。
面倒なことは神様に押し付けてしまおう、という作戦だ。
「完全に封じるまで、わしのスライムの分身を付けておくのはどうだろう?」
問題は地中の奥から辺境伯領主のスライムをシロが回収できなければ、辺境伯領主のスライムの一部がずっと地中の中に埋まっていることになる。
「ご主人様。私は邪神や邪気には近づきがたく、辺境伯領主のスライムを回収できるとは断言できません」
辺境伯領主のスライムはテーブルの上で触手を両手のようにテーブルに添えて土下座をするようにシロの前でひれ伏した。
「行かせてあげなよ。この子は封じの魔法陣を知っているから、最悪の時には自分が封印の魔法陣を強化する気でいるよ」
「覚悟は本物だよ」
スライムの分身が死んだら、本体にどんなダメージがあるのかは、まだ誰も試していない。
辺境伯領主のスライムがここまで覚悟を決めるのは、領主様が世界の平穏のために命をかける覚悟があるからこそ、辺境伯領主のスライムも即決出来たのだろう。
……誰も死なせたくない。
「誰も死なない魔術具を作ろう!領主様のスライムが自力で戻って来られる魔術具を作れば良いんだ!!」
ぼくがそう宣言するとスライムたちが一斉に歓声を上げた。
領主様のスライムは涙を流していないけれど、感激に咽び泣くように震えた。
「発想は良いと思うけれど、どうやって実現するの?」
ケインの質問にぼくはメモパッドを取り出して説明した。
地中で世界の理の魔法陣に土竜の魔術具を閉じ込めた後、赤ちゃんが生まれるようにして辺境伯領主のスライムがのりこんだ赤ちゃん土竜の魔術具が、地上に戻ってくるようにすればいいのだ。
「こんなに頻繁に邪神の欠片が発見されるなら、今後の為にもぜひとも成功させなければいけない魔術具だ。封印の魔術具は領城の宝物庫にある。わしが取りに行ったらディーの時間が進んでしまうだろうか?」
辺境伯領主がシロに問うと、明確に保管場所を思い起こしてくれるのならば一瞬で完了する、と返答した。
辺境伯領主は即座に邪神を封印する魔術具を取りに行き、より強固にする素材も持ってきた。
ぼくたちは時間を気にせず研究を続け、みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが賄を作ってくれた。
キュアは辺境伯領主のスライムを特訓と称して魔力枯渇寸前まで封印の魔法を特訓し、光る苔の雫を原液で飲ませた。
辺境伯領主も百年以上封印の効果を減少させない魔法陣を研究していた。
亜空間には人数分ベッドが用意され、疲れ果てると強制的にベッドに送り込まれた。
そうして出来上がった魔術具を、密林を再現した亜空間で試運転をして微調整を続けた。
ぼくたちは気が付けば髪の毛が伸びていたので、シロにカットしてもらった。
魔術具が完成するまで辺境伯領主は付き合ってくれたので、完成した時にはぼくたちは親友のように抱き合って喜んだ。
時は来た。
寝間着姿の辺境伯領主がディーの前に立つと、灰の中から小指の爪くらいの邪心の欠片を封印の魔術具の箱に入れ、お母さん土竜の魔術具の中に手早く仕込んだ。
「ななななな、なんなんだ!」
動揺しているディーを放置して、お母さん土竜が穴を掘って地中に消えたのを確認してから辺境伯領主は亜空間に戻った。
「何かやるなら知らせてくれよ!」
画面の向こうでディーが叫んだ。




