浄化の炎
上級、中級魔法学校の生徒会役員を初級魔法学校の生徒会室から追い払うと、生徒会長から感謝された。
「生徒会役員は推薦された時点で断れないことが多く、なりたくてなったわけじゃないのに仕事が多いんですよ」
生徒会長が愚痴をこぼした。
「生徒会の肩書が就職試験に有利になるのですから、宜しいでしょうに」
キャロお嬢様は利点もあるのだからしっかりしろ、と言外に言った。
「上級魔法学校ではそうでしょうが、中級、初級魔法学校ではそこまでの利点はありません。以前は上級学校で上位貴族への顔つなぎをしてもらえる利点がありましたが、三大公職家の瓦解の後は派閥の人数合わせに急遽押し出された人員が多く、宮廷内の権力構図と惰性で推薦される人脈との乖離に、生徒会役員になっても利益は何もありません。ぼくなんか卒業制作も終わっていないのに……」
会長の愚痴が続いたので、卒業制作のアドバイスをしてそそくさと退席した。
通りがかったカフェテリアには既に行列ができていた。
屋台のおっちゃんたちは仕事が早い。
「これなら早めに大会の概要をまとめて告知をした方が良さそうですね」
ミーアが任せてください、と張り切って言った。
ミーアはすっかりしっかり者に育って凄く頼りになる。
「兄さんたちが頑張っているんだから、私もここが頑張りどころです。この大会を成功させた実績を持って帝国に乗り込んでやります」
ミーアにはミーアの目標があるようだ。
「ボリス兄さんが努力したことは認めているし、凄く頑張ったことは理解しているんです」
ミーアは胸の内を明かしてくれた。
「でも、ボリス兄さんの実績はかなり盛られているんですよ。一つ一つの逸話は間違っていないんですけどね……」
辺境伯領の大陪審のきっかけとなった素材採取の実習での護衛任務の達成。
クラーケン襲来時の地元住民への避難誘導と魔力奉納への誘導した実績。
廃墟の浄化現場の実習で完全浄化の際の実習生の護衛任務の完遂。
ぼくが思いつく実績を上げていくと、ケインが、あああ、と唸り声を上げた。
「ボリスは……。実績は確かに超一流だよね」
「兄さんを蔑むつもりはないの……運だけで生きのこれるわけがないのもわかっているから。私は私で兄さんの実績など関係なく、頑張るだけなんです」
ぼくとケインは、三つ子たちの入学の時期には自分たちが帝国に留学しており、王都に居ないのにぼくたちの伝説のように大げさな逸話だけが残っていて、三つ子たちに負担をかけるのではないかという事実に気が付いた。
「三つ子たちも大変そうだね」
ケインがそう言うと、キャロお嬢様が、おほほほほ、と笑った。
「あの子たちはあの三人で伝説を作りそうですわ」
「不死鳥の貴公子にご迷惑をかけそうだよ」
「弟は三つ子たちのお蔭で面子を保っているのだから、振り回されるくらいで丁度良いのです」
三つ子たちと不死鳥の貴公子は、ケインとキャロお嬢様ほど気安い関係に見えない。
「……平和な学校生活を送ってほしいな」
「兄さん。ぼくたちの学校生活も終わっていないよ」
そうだった。
寮に戻るとウィルが談話室に居た。
「学校に行ったら行き違いになりそうだから、寮で待つのが正解だと思ったんだ」
ウィルは魔獣カード倶楽部の話を寮生たちからすでに聞いていたようで、入部届も記入済みだった。
「今年の授業はもう申し込みしたんだろう?」
ウィルは騎士コースを重点に置くと言っていたはずだ。
「今年は研究所に一部屋用意してもらったからそこに籠もる予定だよ。ケインは中級の騎士コースの受講が残っていたからそっちを終わらせてから、上級の残りの受講を済ませる予定だよ」
「ぼくは騎士コースの座学は上級の受講を認められたから、上級の校舎が活動拠点になりそうだ。放課後に魔獣カード俱楽部の部室に行くからカイルも時々顔を出してくれよ」
今年はウィルがべったりへばりついて来ることはなさそうだ。
「兄さんの魔術具の被検体を希望して騎士コースに重点を置いたっていう噂は本当なんだ!」
ケインがあきれたように言った。
ハロハロに今年試作する競技会用の魔術具を実験する場所と手伝いの騎士の相談したけれど、対外的に募集はしていない。
相変わらず耳が早い。どこから聞きつけたのだろう?
「安全性の担保は無いから、怪我をしたら回復薬を多用するような実験に公爵子息を付き合わせるわけにはいかないよ」
「大丈夫!父上の許可は取ったよ。死ななければ問題ないって言ってくれたよ」
ラウンドール公爵の最新の魔術具に対する好奇心の方が息子の心配より強かったということかな。
「それならよかった。兄さんに無茶をさせない足枷になってくれそうだね」
ケインの心配はそっちか!
日没の時間は南国の方が遅いので、ぼくたちは就寝の支度を済ませてから亜空間に移動した。
真っ白い亜空間にソファーと大型スクリーンを出して、兄貴やケインとゆったり座ってディーの奮闘を見ていると、みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが、ソファーに空きがあるのにぼくたちの上に乗っかった。
空いていた場所にはキュアがおさまると、ぎゅうぎゅうになった。
大きさを変えられるんだからもう少し小さくなればいいのに。
「密着度が高い方が良いもん!」
学校では大人しく鞄におさまっていたのだから、亜空間ぐらい自由にさせてあげよう。
ディーは密林の中を一人で死霊系魔獣と格闘していた。
「亜空間にいる間は外の時間は止まっているんじゃないの?」
「これは少し前のディーです。もう間もなく動きが止まります」
妖精型でスクリーンとソファーの間に浮かんでいるシロが説明した。
「この防御の魔法陣は有効だね」
円柱のように瘴気に囲まれているディーは、スライムの防御の魔法陣で円柱型に瘴気を外壁にして死霊系魔獣の攻撃を防いでいるのだ。
「やっぱり自分の魔力を使わないで防御できると攻撃に全振りできるのが良いね」
「瘴気の壁はスライムが魔力を消費しないから、死霊系魔獣を倒すまでは瘴気を浄化しない方が良いね」
ケインと兄貴がシロの配慮でモザイクのかかっている死霊系魔獣をどう攻撃するか検討している。
マングローブのような植物におそらく吸収した動物の手足のようなものが幹のあちこちから出ているのだろうということが、モザイク越しに推測できた。
枝や根っこを鞭のようにしならせてディーを攻撃しているが、瘴気の筒に跳ね返されている。
「これで持久戦なら負けないけれど、夜明けまでに討伐出来なければ森の奥に逃げ込んで、戦況としては振出しに戻るだけだよね」
「燃やしてしまえば良いんじゃない?」
「「「「「「そうだ!」」」」」」
焼き尽くせと言うキュアの案にみぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちが賛成した。
「この密林は今時期は乾季だから、火を使うと付近の村まで燃えてしまうかもしれないよ」
ケインが火を使うことに反対すると、画面が静止した。
ディーの時間に追いついたのだ。
「あたいが瘴気の欠片を拾ってくるから、解析して瘴気だけを燃やしてしまえば良いんじゃない?」
廃鉱で使った瘴気を閉じ込める瓶をくれ、とぼくのスライムが言った。
「退治はあくまでディーがしなくてはならないから、そんな画期的な手段を使っていいのかい?」
兄貴はディーを手助けしすぎることを心配した。
「お守りの指輪が発動して補助の魔法陣を出したことにすればいいよ」
ぼくは短時間に効果がありそうなことを試す方が有意義だ、と兄貴を説得した。
「瘴気を瓶に詰めて持ち帰って亜空間で解析できるか試してみたいな」
ケインも好奇心の方が勝っているようだ。
「ご主人様。ディーの足元に瓶の魔術具を転がしてみましょうか?」
使用方法はディーも廃鉱で見ているからわかっている。
「「「やってみよう」」」
ぼくたちが返事をすると、画面が動き出した。
足元に突然現れた瓶の魔術具にディーはなかなか気付かず、死霊系魔獣の攻撃に肩をすくめながらマングローブ枝を切る風魔法を連打していた。
「「「「攻撃を止めて足元の魔術具を拾え!!」」」」
ぼくとケインのスライムが場面の向こうとこちらの両方で叫んだ。
ディーは瓶の魔術具を見るとぼくたちの意図を理解して、瓶の蓋を開けると口を瘴気の壁に向けた。
「封じたら、打ち払った枝の方に瓶の口を開いて枝も拾ってね」
ケインのスライムは気が利く一言を言った。
ディーが瓶の口を木っ端に向けると、スポンと小枝が瓶に入った。
瓶の蓋が閉まったのを確認したシロは素早く瓶を回収すると、画面の時間が止まった。
これでゆっくり解析できる。
「死霊系魔獣が植物を操る事例ってあったかい?」
ぼくの問いに魔本が飛び出してきて、ページを開いた。
「滅多にないけれど、あるにはあるよ。たいがいは日没時に食虫植物が昆虫を捕食する際に瘴気に当てられて死霊系魔獣になる」
魔本の説明も記述にも植物が主体の死霊系魔獣でこんなに大きなものは無かった。
ぼくとケインは瘴気を浄化する魔法陣に火炎魔法の魔法陣を加えた。
それを瓶の中の瘴気に使用すると、瘴気だけでなく死霊系魔獣も浄化して小枝は灰になり、その後跡形もなく消えた。
「「「これはいける!」」」
ぼくとケインのスライムたちは魔法陣の上に乗っかり、覚えるというより転写するように魔法陣を取り込んだ。
「「分身に覚えさせたよ‼」」
反転したままになっていないか、亜空間の本体スライムたちに確認するために、もう一度ディーの足元に瓶の魔術具を落として瘴気を集めてもらった。
検証の結果、スライムたちでも問題なく浄化できた。
ディーの足元に大量の回復薬の瓶を転がしてから時間を動かすと、それを見たディーは大笑いした。
「浄化の炎の魔法陣を作ったよ」
「ディーは浄化の祝詞を唱えて浄化の速度を上げてね」
ぼくとケインのスライムたちの声を聞いたディーは回復薬をスライムたちに振りかけて自分も一気飲みした。
「いくぞ!……」
ディーは顔の前で両手を広げ、小声で祝詞をごにょごにょと唱え始めると指輪のスライムたちが魔法陣を放った。
浄化の炎が死霊系魔獣を襲うと枝や根っこをバタバタさせて、火の粉を散らして抵抗するのだが、他の汚染されていない植物には燃え移らない。
浄化の炎の魔法陣は成功した。
だが、スライムたちの魔力が死霊系魔獣を燃やし尽くすまで持つのかが心配で、みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちがせっせと本体のスライムたちに回復薬を飲ませている。
そんな状況にしびれを切らしたのはキュアだった。
ぼくとケインのスライムに手を添えると、一気に魔力を流し込んだ。
画面の中のディーの両手の指輪から出る浄化の炎が飛竜の形に変形すると、口から怪獣映画の主役のように勢いよく炎を噴出した。
「「「「「「カッコいい!」」」」」」
必死になっているぼくとケインのスライムたち以外が画面に釘付けになって言った。
飛竜型の浄化の炎はあっという間に死霊系魔獣を焼き払ってしまった。




