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嫌味の連鎖

 三年連続辺境伯領から新入生代表を出すことは無く、入学式前日の辺境伯寮は穏やかな一日になるはずだった。

「寮は穏やかだよ。学校が大変なことになっているだけだから」

 学校が始まる一日前に初級魔法学校の生徒会室に認可が通った魔獣カード倶楽部の部長たちが呼びだされた。

 長が付く役職には入っていないはずのぼくまで指名で呼び出された。

 初級魔法学校の食堂の奥に生徒会室と倶楽部活動の部室がある。

 キャロお嬢様が魔獣カード倶楽部を立ち上げなければ、一度も訪れずに卒業していただろう場所だ。

「魔獣カードは王都でも人気の娯楽になりました。中級や上級学校でもクラブ活動は新学期が始まって正式に部員募集が行なわれてから、各々で話し合って部長を決めれば良いことではありませんか。私たち辺境伯寮では中級、上級学校生がほとんどおりません。成人された方々は二、三週間で帰領なさいますから代表者として名乗り出ることは出来ませんのよ」

 キャロお嬢様が淡々と現状を説明すると、紫の髪の十代半ばの少年が額に手を当てて言った。

「それはこちらも理解している。だが、新学期に募集して部長を決めて活動を始めるのでは遅いと言いががりを付ける奴らが、連日生徒会室に押し掛けてきて仕事にならなくなってしまった。こうして書類を持ち出して初級魔法学校の生徒会室に間借りをしていただけで、君たちに解決してもらおうとは思っていないよ」

 事の真相は生徒会室を上級、中級魔法学校の生徒会のメンバーに乗っ取られてしまって、困り果てた初級魔法学校の生徒会長がぼくたちを召喚したようだった。

「無能を晒し合う機会をわざわざ設けたという事ですか」

 ぎゅうぎゅうの生徒会室で、場の空気を切り裂くナイフのように強烈な言葉を言い出したのはミーアだった。

「カフェテリアにでも、屋台のおじ様から一人サクラを雇って、任せてしまえば済む話でしょう」

 ミーアは陳情しに来てもすぐに決まらない案件は、わざと騒ぎを起こすなりしてそこに耳目を集めれば良いだけだ、と言い放った。

 魔獣カード倶楽部の言い出しっぺは辺境伯寮で、実力者も辺境伯寮に極端に偏っている。

 でもそれは初級魔法学校での話であって、辺境伯領の優秀者は現在、中級魔法学校からは帝国に留学してしまう。

 俱楽部の設立に向けてのお膳立ては辺境伯寮が全て担うのに設立初代の部長の座は空いているのだ。

 人気の高い魔獣カードの魔法学校での倶楽部活動の初代部長の座は魅力的なポストらしく、生徒会には脅しのような推薦状を持参した者たちが押しかけており、本当に迷惑しているようだ。

 大変なのはわかるけど、それを処理するのは生徒会の仕事だろう。

 年下の初級魔法学校の生徒会室に押し掛けて、年端もいかぬ子どもたちに迷惑をかけているのに涼しい顔をしている、上級、中級魔法学校の生徒会メンバーは余程面の皮が厚いか無能を晒している自覚がないのかのどちらかだろう。

 寮生以外には温厚なミーアが残念なものを見る目で中級、上級魔法学校の生徒会の面々を見た。

「その手は確かに有効でしょうね。魔獣カード倶楽部の先行きを心配して生徒会室にまで押しかけて来るのだから、さぞかし魔獣カードが強いのでしょう。屋台のおっちゃん程度に簡単に負けてしまうようでは話にならないから、入室拒否できますね」

 ケインもなかなか厳しい言い方になった。

 ぼくとケインは正直言って魔獣カード倶楽部どころではないのだ。

 ボリスたち一行は旅の途中に色々あって、鶏と驢馬を引き取っているが、無事に帝都にたどり着いた。

 来年シロとみぃちゃんと合流したら音楽隊でもさせようか、というぐらいに平穏な状況だ。

 気がかりなのは、海路で教会総本山にむかったディーの方だ。

 大聖堂で審問を受けた後、他意はなかったが派遣先の国に損失を与えた罪で、僻地の瘴気の浄化を命じられていた。

 南東の密林地帯に突如現れた瘴気の渦を浄化しに行くことになったのだ。

 ぼくとケインはそっちの状況を追うのに忙しく、魔法学校の魔獣カード倶楽部なんかに構っていられないのだ。

 廃鉱の浄化に向けてVRで訓練した成果をほとんど出せなかったので、是非ともディーに試してもらいたい魔術具や作戦があるのだ。

 ぼくたちは直接行かないから危ないことはない。

 現地でディーが頑張れば良いだけだ。

 真夜中にディーを亜空間に招待して魔術具の使用方法を指導したり、有効な魔法陣を試してもらったりしているのだ。

 生徒会室でグダグダしているこの時間が惜しいのだ。

 水色の髪の十二、三才くらいの少年が、鼻を鳴らすようにフフン、と笑った。

「稀代の天才も所詮養子の癖に弟に持ち上げられていきがっているだけじゃないか」

 小声で呟いたのをキャロお嬢様は聞き逃さなかった。

「口の利き方がなっていないから帝国留学の推薦を受けられなかったのか、はたまたご実家に留学させるほどの財力が無かったのか……。僻みしか言えないような人物が生徒会に入り込んでいるなんて……。中級魔法学校の生徒たちが不憫でなりませんわ」

「暫定で生徒会に残っているだけでしょう。こんな方が二期も生徒会役員を務められるはずはございませんわ」

 ミーアのナイフはいつまでも切れ味抜群だ。

 あからさまにぼくを誹謗中傷した小声を、辺境伯公女とその参謀が拾い上げるとは思っても居なかった中級、上級魔法学校の生徒会員の面々が顎を引いた。

「ぼくはなにも気にしてはいないよ。この場で貴族階級者じゃないのはぼくとケインだけだ。それでもケインではなくぼくを攻撃の対象にしたんだから、まだ良いよ」

 ぼくは満面の笑みを浮かべて水色の髪の少年の前まで歩み寄った。

「あなたは身分で人を判断している。この場で平民がぼくとケインだけだからだ。ケインが嫡男でぼくは可哀相な孤児が養子になっただけだからそんな言葉が言えるんだ。平民と同じ部屋で同じ空気を吸っているのが苦しいんだろう?」

 ぼくは彼から滲み出る選民意識を気の毒に思った。

「……可哀想な少年だね」

 ケインも彼の思想をくみ取って、可哀想だねえ、と言った。

「平民が強がって、でかい顔をしても魔法学校を卒業すれば、貴族の靴を舐める生活になるんだ。勘違いさせない方がこいつらの為なんだ」

 当然のことだろうと、言い放った水色の髪の少年を他の中級魔法学校の生徒会のメンバーが冷ややかに見ている。

 ガンガイル王国の一般的貴族の考え方ではないようだ。

「こんな考え方は普通ではないよ」

 慌てて否定した紫の髪の少年が、彼は自身の出自に劣等感があるから他者を攻撃することで己の心の平穏を保っているんだ、とぼくの耳元で囁いた。

 キャロお嬢様の地獄耳はそれさえも拾って激怒した。

「あなたはその平民より価値のある人間なんでしょうね。学力、魔力量、人格、どれをとっても新入生の平民より劣っていないと言い切れるのかしら」

「フフフ。一番焦らなくてはいけない世代なのにご本人に自覚がないようですね」

 ミーアが確信をついた一言を言った。

「一番……焦らなくてはいけない世代?」

 生徒会の面々はキョトンとした顔でミーアを見た。

「辺境伯領ではもう少し上の世代ですね。祠巡りが神々の祝福や魔力増量に繋がるらしいと言われてから二年も経つのに、成長期で伸びしろが一番ある今を無駄にしているんですもの。洗礼式前からそれが常識だった世代がこれから魔法学校に入学してくるのですよ。他人を僻んで己の心を保つより、伸びしろが残っている今、どこまで自己研鑽をするかに全身全霊をかけなければいけない筈なのをご理解していないのですもの」

 ああ、とあちこちでため息が出た。

「いや、生徒会の大方の面々は理解している。だからこそ焦りもあるんだろう。市中の祠巡りは貴族たちより平民の方が動きやすい」

「そんなことはございません。祠を巡れない程治安が悪いなら為政者に問題があるのです。それは王家に問題があると言っているのも同然です。七大神の祠を一日で全部回るのは魔力的には至難の業です。それは平民も貴族も同じことです。それをやるかやらないかは本人の意思です」

 生徒会の面々は思い当たることがあったのか一様に俯いた。

「前から思っていたんだけれど、留学するかしないかは個人の能力もあるけれど家庭の事情が一番大きいでしょう。経済状況以外でも跡取りが一人とか、置いていけない家族の事情があるとか。逆に行きたくないけれど行かなくてはいけない事情がある人も居る。王国に残った生徒たちは、今後の王国を託された人たちであって、決して出来損ないだから残ったわけじゃない。留学から帰ってきた生徒たちに胸を張って、魔法学校を発展させたって言えるように頑張れば良いんだよ」

 ぼくは飛び級をして中級魔法学校の授業に参加してから思っていたことを言った。

 残りものの味噌っかす、生徒たちにも指導員にもそんな意識がどこかにあるのだ。

 外から学んでくることは大切だけど、国内で出来ることもたくさんある。

 成長期は人それぞれピークが違うから、遅咲きの子を出来損ない扱いするのはおかしい。

「帝国留学から帰国した研究員と話す機会が何度も会ったけれど、特別優秀な人は居なかった。帝国に留学する意義は海外情勢を知り、外交政策に生かしていくことだから、国内に残って研鑽することは恥ではないよ。むしろ誇らしいことだね」

 ぼくがまともな大人だと思う留学帰りの人たちは、ハルトおじさんやラウンドール公爵のような国や領のトップに近く、海外情勢を考慮して動く人たちだけで、エリート文官はプライドが高いだけで成果を出していない人に会う事の方が多かった。

「帝国留学をすると変にこじらせて帰国される方が多い傾向がありますね。帝国内でのガンガイル王国の扱いが酷い、というのは辺境伯領では有名ですから、気にしなければ良いだけのことですのに」

 ミーアが兄たちはそうしております、と言うと、察しがついた生徒会役員もいたようで顔色が変わった。

「田舎者の辺境伯領のくせに、一年の半分が雪の中だから、ああ、巨大冷蔵庫のくせに、人口より熊が多い……。ぼくも去年一年で色々罵倒されたから、三年間そんな目に合って、帝国で田舎者扱いされても気にしなくなっただけじゃないでしょうか」

 ケインは包み隠さず口にした。

「その通りでしょう。自分たちが散々馬鹿にしていた辺境伯領だって、王国を出てしまえば他国から見たらガンガイル王国の一部なんですもの。自分たちが罵倒される立場になって、それを自力で払しょくする実力を示せないから、こじらせた状態で帰国なさるのでしょうね」

 キャロお嬢様も容赦がない。

「なんというか、申し訳ない。その、辺境伯寮生に対する雑言は聞いたことがあるけれど放置していた」

 上級魔法学校の紫の髪の生徒会長が謝罪した。

「帝国留学したら、ガンガイル王国は永久凍土に暮らし、熊肉を食らい、熊の頭蓋骨を帽子として被る後進民族だと揶揄された、と兄の手紙にありましたわ」

 生徒会役員の面々はたまらずに噴出した。

「定期的に王国からたくさん留学生を送り込んで他国の情勢や世論を探ったり、王国の情勢を公報したりすることが必要なことを、幼いころから言い聞かされておりますから、私は帝国に留学いたします。信頼できる人材をまとめて帝国に送り込むので、中級、上級魔法学校での辺境伯領の影響力は低くなります。だから生徒会の方々には是非とも頑張っていただかなくてはなりません」

 キャロお嬢様はそう言うと、鳩の郵便で、屋台のおっちゃんに話を付けて、カフェテリアの一角に魔獣カードの猛者たちを競わせる段取りを付けた。

「何もかもお世話になってしまった。ありがとうございます」

 上級魔法学校の生徒会長は頭を下げたが、中級魔法学校の水色の髪の少年は何も言わなかった。

「うちの会長が失礼なことを言った上に、解決策まで提示していただいてありがとうございます」

 副会長だと名乗った少年が頭を下げた。

「いや、本当に気にしていないから良いんだ。彼は庶子でお家騒動の外側に居たから大審判の腹痛も起こらず、こうして持ち上げられただけだ。彼の悪態は彼が受けた扱いをなぞっているだけだ。少年時代は気の毒な子ども、という事で見逃してあげてもいいですよ」

 ぼくがそう言うと、中級魔法学校の生徒会の役員が顔色を変えた。

 彼を嫡男が失脚したからお鉢が回ってきた庶子だ、と心の奥で馬鹿にしていたのは中級魔法学校の生徒会のメンバー全員だったのだ。

 彼は自分の心を守るために、自分以外に自分が言われてきたことを押し付けていた。このまま成長すれば性格の悪い人になってしまうが、人前で指摘されたことで何か変わってくれたらいいな。

 家柄だけで生徒会長を選ぶからこんな歪んだ状態になるんだ。

「嫌なら、やめても良いんじゃないかな。自分を認めてくれない人たちの中にいるのは心が消耗してしまうよ。生徒会を辞めても、家督を継がなくても、魔法の腕があれば生活していけるよ」

 ケインが生徒会に携わらなければ時間が出来るから勉強が捗るよ、と声をかけた。

 水色の髪の少年は顔色を変えずにいたけれど、ぼくとケインは彼が心の中で静かに涙を抑えているのを感じ取っていたから、それ以上何も言わなかった。

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