魔獣たちの努力
「魔獣たちって、その飛竜の赤ん坊もかい?」
ぷかぷかと浮かんでいたキュアは、私も参加していいのかな、とでもいうように空いていた椅子に座って話に参加しに来た。
「飛竜は飛竜の里の大会に限定した方が良いでしょう」
ケインがそう言うと、みぃちゃんとみゃぁちゃんとスライムたちがこくこくと何度も頷いた。
「そうだよね。大人の大会の魔獣部門は初級中級上級魔獣で分けた方が良い……って、魔獣カードの技を出せる使役魔獣は辺境伯寮にしかいないんじゃないかな?」
「廃鉱の温泉にイシマールさんの妹さんが上級魔獣使役師なのに管理人になっていたよね。確か、スライムたちが熊に魔獣カードを教えていたような気がするよ。募集を出してみたら数人いるかもしれないね」
ハロハロも思い出したのか、ああ、あの熊な、と言った。
「この件はハルトおじさんも巻き込もうよ。魔獣カードの予選会に地方会場を用意しなければ辺境伯領の騎士団員たちが大暴れしそうな予感がする」
ぼくがそう言うとケインも苦笑して頷いた。
子ども大会は魔法学校で課外活動の登録をしたら、大会組織委員を集めるポスターを食堂や職員室前の掲示板に貼れるとのことなので、他の寮生たちにも相談してから動くことになった。
ハロハロがスライムたちやみぃちゃんとみゃぁちゃんの魔獣カード対戦を見たがったので、内緒話の結界を解いて茶器をさげた。
短時間で内緒話が終わったことに胸を撫で下ろした寮長だが、ぼくが魔獣カードの競技台を持ち出すと、まだお帰りにならないのか、と口だけ動かした。
スライムたちやみぃちゃんとみゃぁちゃんは競技台に向かう順番を、触手と前足二本のじゃんけんで決めた。
審判はキュアで、ルールは制限時間内に有効攻撃で高得点になった方か、得失点差が大きく戦闘不能と判定されると勝敗が決まることになった。
みぃちゃんのスライム対みゃぁちゃんの対決から始まった。
先攻のみぃちゃんのスライムが魔獣カード無しで魔法陣を出したことにハロハロは驚いた。
手練れのみゃぁちゃんと対戦するにはどんな技でいくのかと期待していたのに、火鼬一匹の魔法陣だった。
みゃぁちゃんはすかさず火喰い蟻の魔法陣で防御の姿勢を取ったが、火鼬の火炎砲はみゃぁちゃんの火喰い蟻の魔法陣の手前で競技台に吸い込まれるように潜り、みゃぁちゃんの後方から襲いかかかった。
その見事な奇襲をみゃぁちゃんは防ぎきれず、しっぽから炎に包まれた。
競技台の上の炎は実際にみゃぁちゃんを焦がすことは無いが、ダメージを受けると競技台に少量の魔力を吸い取られる。それがみゃぁちゃんのマイナスポイントになり、同数がみぃちゃんのスライムの攻撃ポイントになる。
「……見事だな。カードを使わずに魔法陣を出すのも、隠匿の魔法陣で魔法陣を隠すのも、帝国の競技会ですぐ使えるレベルだ」
ハロハロが動揺している間に、みゃぁちゃんの反撃は静かに始まっていた。
かつて小技を食らって巨大化した精神的幼さをとっくに克服していたみゃぁちゃんは、隠匿の魔法陣に気が付いた瞬間に魔法陣を解読して、自身の攻撃を隠匿の魔法陣に施し、競技台上に仕掛けていた。
「みゃぁちゃんはなかなかやるね」
「魔法書を熱心に読んでいたから魔法陣の解析が早かったねえ」
ぼくとケインはハロハロの言動を無視して、みゃぁちゃんを賛辞した時には、まだ競技台の上は疲労したみゃぁちゃんが攻撃を躊躇っているように見えたのだろう、集まってきた寮生たちはみぃちゃんのスライムを絶賛していた。
みゃぁちゃんは右斜め上を眼光鋭く見ると、競技台の中央で虹鱒の水鉄砲に電気ナマズの電流を上書きした魔法陣でスプリンクラーのように回転しながら放出した。
みぃちゃんのスライムが電流の攻撃方向を予測して土壁で防御すると、競技台の四方に流れた電流が集約されて土壁の砦の中のみぃちゃんのスライムを襲った。
「勝負あり!」
制限時間を待たずにダメージポイントの多いみぃちゃんのスライムの敗北をキュアが宣言した。
予想を覆すみゃぁちゃんの活躍に観衆たちは雄叫びを上げた。
みゃぁちゃんはドヤ顔をすると、二足で立ち上がり前足を両方をゆっくりと振って観衆の声援に答えた。
みぃちゃんのスライムは屈辱に打ち震えていたが、みぃちゃんが、お前の戦法は悪くなかったが魔法陣を簡単に解読されたのが敗因だ、と精霊言語で叱咤激励した。
みぃちゃんのスライムの発想はいつものように冴えていた。
だが、みゃぁちゃんの実力が上手だっただけだ。
ぼくもみぃちゃんのスライムの健闘をたたえると、みぃちゃんのスライムは涙ぐむかのように震えながら、勉強します、と精霊言語で伝えてきた。
つぎの対戦からは初戦の激闘を目の当たりにしたスライムたちや、妹分の雪辱を晴らすべく燃え上がったみぃちゃんが激闘を繰り広げた。
観戦している寮生たちより彼らのスライムたちが熱い視線を注ぎ、魔獣たちの魔獣カード対決は異様な盛り上がりを見せた。
「これは……凄いというレベルをはるかに超えている……。ああああああああ!……私は子どもの教育を根本から見直さなくては……」
ハロハロの嘆きの途中で、寮長が鋭い眼光をぼくに向けた。
察したぼくは内緒話の結界を再び張った。
ハロハロの嘆きは、魔獣たちでさえ七大神の祠で魔力奉納をしているのに五歳を迎えて仮登録済みの息子がまだ一度も七大神の祠に参拝していないことに気付いたからだった。
「魔獣用の回復薬が出回っているのは知っている。高価だが、騎士団の馬たちや飛竜たちに予算を組んでいるからな。だが、あの魔獣たちは回復薬の他に君たちと祠巡りに同行して魔力奉納をしているじゃないか!」
ハロハロは人目も気にせず頭を掻きむしった。
寮生たちはスライムたちの対決に夢中だから誰もハロハロの言動を気にしていない。
「飛竜はともかくとして、魔法陣を駆使して魔法を使う魔獣なんて辺境伯領の使役魔獣しかいないだろう!この違いは神々への魔力奉納だ!!」
ぼくたちの魔獣が魔力奉納をしているのは間違いないけれど、それ以前に光る苔の雫の原液を飲んだのだ。
本当のことを教えるつもりは無いので、誤魔化そう。
「魔獣でさえ出来る、というのは誤りです。この子たちは努力して学習して身に着けたのです」
どんな上位者にも物怖じせずに正論をぶちかますケインが基礎学力を持ち出した。
「この子たちは魔力でどうこうする以前に、幼少期から文字を覚えて試行錯誤する経緯を積んでいるんですよ」
ケインは自分のスライムを呼んで、メモパッドに熱過ぎず温過ぎないミルクティーが欲しい、と書いた。
ケインのスライムは即座に弾みながら厨房に行った。
「本当に文字が読める……。そもそも基礎教養が違うのか……」
「教えないことは出来ないし、楽しくなければ覚えないよ。魔獣用の回復薬も魔力奉納も本人たちが望んで頑張ったことで、なぜそんなに頑張れたかは、ハロハロなら理解できるはずだよ」
ぼくの言葉にハロハロは深く頷いた。
「ああ。そうだね。信頼関係だ。飛竜の里で学んだ気になっていたけれど、まだまだだな」
寮長に指示を出したケインのスライムが、茶器セットを運ぶトレーに乗って戻ってきた。
「ちょっと話がずれるけど、ウィルの使役魔獣が砂鼠になった話をぼくは結構気に入っているんだ」
寮長がミルクティーを用意してくれている間に、ウィルの逸話を披露した。
みぃちゃんやみゃぁちゃんやシロをモフモフしたウィルの妹のエリザベスは中級魔獣をペットにしたがった。
だけど、責任をもってお世話をするのにはエリザベスはまだ幼く、トイレ掃除は手伝えてもご褒美魔力はあげられない。
なるべく小さくて可愛い魔獣を探していたが、紹介された栗鼠や兎などの小型魔獣の中に砂鼠がいたのだ。
エリザベスは兎を選ぼうとした。
『一年後に兎は成体になるけれど、エリザベスは一年たっても大人にならない。エリザベスがあげられる以上のご褒美魔力を兎は欲しがるようになる。そうなるとエリザベスの侍女が不足分の魔力をあげてしまうだろう。その兎はエリザベスの兎と言っていいのかい?』
そう言ってウィルはエリザベスに今の自分の魔力量を自分で考えさせた。
エリザベスは成体になっても体の小さい砂鼠を選び、ウィルも自分の使役魔獣を砂鼠にしてお互いに賢い鼠になるように飼育方法のアイデアを出し合った。
「魔獣の飼育に関してこれが正解と言える方法は確立していないよね。この魔獣はこんなもんだと能力を決めてかかってしまえば、それ以上は魔獣だって学ぼうとしない。だけど一緒になって試行錯誤していると、読み書き計算だって出来るようになったんだよ」
ハロハロは計算も出来るのか、とケインのスライムを見た。
当たり前だとばかりに胸を張ると、メモパッドのペンを触手で握り、競技台で対戦するみゃぁちゃんのスライムとみぃちゃんの得点を記入して得失点差を計算し始めた。
「……うちの子はスライムに劣るのか」
「ご子息はまだ五才じゃないですか。魔力奉納だって始めたばかりでしょう。うちの三つ子たちは祠参りに憧れがあったから、毎日計画的に祠巡りをしています。ご子息に祠巡りをさせたいのなら祠巡りを楽しめる環境にしてあげることが親の務めじゃないでしょうか?」
「学習環境だってそうだよ。勉強の時間です、と机に向かわせたって面白いわけがない。スライムたちは魔獣カードの対戦を得点化したとたん計算に強くなったから、楽しんで覚えたんだ」
ケインのスライムも頷いた。
「うちの子にも何か魔獣を飼わせてみようかな。もちろん責任もって飼えるかどうか見極めてから決めるよ」
ウィルの砂鼠を良い話のように言ってしまったが、後日談もあるのだ。
ラウンドール公爵家の従業員たちには鼠が苦手の人も居るので、邸内を鼠が走り回ることにギョッとする気配を感じたことがあるとウィルが言っていたことは伝えそびれてしまった。
用事を思い出したハロハロがすぐに帰ってしまったからだ。
「まあ。魔獣カード大会ですか!楽しそうですね。早速魔法学校で魔獣カード倶楽部を創設しましょう!!」
「生徒会に申請書を提出しましょう。代表者はお嬢様でよろしいですね」
キャロお嬢様が寮に戻ると話は一気に加速した。
魔獣カード倶楽部の部長をキャロお嬢様、副部長をケイン、書記長をミーアとして寮内の食堂に掲示を貼るとほとんどの寮生が入部を希望した。
生徒会に申請書を出すと、新学期が始まっていないのに申請書類が通って正式に部活動として認可され、初級学校の校舎に部室が与えられた。
まだ新学期が始まっていないのに魔獣カード倶楽部の噂が広がり、入学式の前に中級や上級学校でも魔獣カード倶楽部設立してほしい、と寮に依頼の手紙がたくさん来た。
辺境伯領では上位貴族は帝国に留学してしまっているため、中級や上級学校は学び直しの大人が多く、大人は単位を取得すると帰領してしまうので代表者になれるような生徒がいないのに、大人たちも遊びたい気持ちが強く代表者未定で書類を提出したのだ。
中級と上級は新学期まで認可は保留になった。
魔獣カード倶楽部が設立されるのに中級と上級学校は代表者が居ないから設立が遅れるらしい。
という噂が一時帰領を終えて王都入りし始めた生徒たちに広がると、新学期前の魔法学校に問い合わせの生徒たちが押し寄せて、大騒ぎになってしまった。
 




