閑話#15ー2 ボリス ~思い出と今~
価値観を押し付けるつもりはない。
ラウンドール公爵寮の二人が打ち解ける気が無いのならそれでいい。
だけど、俺は美味しいものをみんなで食べるのが好きだ。
「うわぁ。やったー!ハンバーグだよ」
顔なじみの護衛の冒険者が食卓を見るなり大歓声を上げた。
ミートボールパスタにハンバーグとカレー味のポテトサラダは食べる前から涎が出る。
「野菜スープを残す奴はおかわりなしだぞ!」
料理長が男子ばかりの一行に栄養バランスがどうのこうのと言い始めたが、誰もそんな話は聞いていない。
「「「「「「いただきます」」」」」」
辺境伯寮生は元気よく言った。
カイルの真似をした、いただきますとごちそうさまの食事の挨拶は、寮生の常識になっている。
「まあ、残さず食べれば良いだけだ」
カイルの特製の顆粒出汁の効いた野菜スープはすきっ腹をほどよく温めてくれる。
「ああ。これこれ。長期、長距離の依頼を受けたのはこの飯の美味さが忘れられなかったからなんだよ」
冒険者は喋りながらもカトラリーを動かす手を止めることなく、ウンウンと何度も頷きながら、がっつくように食べた。
料理長も護衛も商会の人たちもみんな揃って食べる夕食に、ラウンドール公爵寮の二人はまたしても面食らったように固まった。
「熱いうちに食べなよ。ここでは礼儀や行儀より美味しく食べる方が喜ばれるんだ」
俺はそう言うとハンバーグを大ぶりに切り分けて頬張った。
醤油ベースのソースとたっぷり溢れてくる肉汁を口の中でゆっくり味わってから、咀嚼して飲み込んだ。
ああ。幸せの味!
デミグラスソースも好きだけど、コッテリしたミートボールパスタと合わせるなら、醤油ベースソースの方が良い。
最近の俺は大根おろしの辛みもいけるようになったのだ。
「「美味しい……なんて美味しいんだ!」」
ハンバーグを二人はカトラリーを持つ手が小さく震えるほど感動している。
「なっ、旨いだろう」
「手伝い頑張って良かったろう」
みんなが口々に同じようなことを言った。
「玉葱が味の決め手になっているんだ。みんなこの味が好きだから、玉葱専用の収納の魔術具があるから在庫に困らないぞ」
「でも初日からこんなに食材を使って大丈夫なのか?」
自分の分をあっという間に食べきった冒険者が食材の在庫を気にした。
「ガンガイル王国内にいる間は飛竜の宅配便が追加の食材を届けてくれる手筈になっています。国外に出てからは滞在先の状況次第と言ったところです」
太っ腹の支援者が居ますから、と商会の代表が答えた。
「「飛竜……?」」
ミートボールで口の周りを真っ赤にしたラウンドール公爵寮の二人が首を傾げた。
「ああ。冒険者ギルドが輸送の護衛の仕事を奪うのかって騒いだあれか!」
「その件は王都と辺境伯領、後は港町と王都間も話し合いはつきました。今回はガンガイル王国東部で飛竜の宅配便の話し合いの場を設けるためにあえて実演するのでしょう」
「辺境伯領主は実力行使がお好きだねぇ」
「いえ、実物を見なければ話にならないからでしょう」
ありゃぁ奇抜な魔術具だからねぇ、と言った冒険者は、国内での食事に遠慮はいらないことに気付きおかわりに行った。
「飛竜が食料を運んでくれるという事ですか?」
質問しなければ誰も教えてはくれないことに気付いた従者もどきが言った。
「カイルとケインの共作の飛竜型の魔術具だよ。飛行の魔術具は防御に弱い。それにね、人間は飛ぶのに向いた生物じゃないんだ。余程の手練れでないと飛行はやめておいた方が良い結果になるんだよ。だから、飛竜の姿をした魔術具に荷物を運ばせるんだ」
魔法の絨毯に乗った事のある俺の発言に説得力があったのか、二人はそれで納得したようだ。
「毎日こんなに美味しい食事をたくさん食べられるなんて、素晴らしい旅になりそうだ」
カレー味のポテトサラダを食べながらラウンドール公爵寮のお坊ちゃんは言った。
これから毎日何かにカレーが入っているなんて、まだ言わない方が良いだろう。
後片付けは使った食器を一か所に集めてもらい、俺がまとめて洗浄魔法をかけた。
「景気よく魔力を使うけれど、今晩の宿の部屋の警戒はお前さんが担当なんだろう?」
冒険者は警備計画の責任者なので、俺の部屋割りが文官二人だから万が一の時は俺が守れるのかと確認した。
「夜間の警戒はスライムでも出来るし、このくらいの魔力使用は問題ないよ」
「規格外の親友は規格外だな。まあこの町はそこまで治安が悪いわけではないから大丈夫か」
油断するつもりはないけれど、俺のスライムは夜通し警戒する訓練もしてある。
それ以上に左手首のスライムたちが警戒を怠ることを許してくれないし、お守りとしても最強だ。
翌日の日程を確認した後自分たちの宿屋に戻った。
風呂の準備を済ませてから順番はラウンドール公爵寮の二人に譲った。
「なんでここまで良くしてくれるんだい?」
風呂の順番を譲って部屋に残った従者もどきが言った。
「別に当たり前の事をしているだけだよ。洗浄魔法が得意な俺が最後に入れば綺麗な湯に入れるだろう?」
「よくそんなに一日に連続して魔法を使用できるね」
「魔法は使えば使うほど練成されるし、自分に合った魔方陣に改良できる。俺はなかなか筋が良いらしいから洗浄魔法程度ならたいして魔力は使わないよ」
ああ、天才の親友か、と口が動いた。
「努力の結果だよ。俺以上に努力する奴と一年でも同室になってみたらわかるよ。どれほど努力しても満足しないやつと一緒に居たら、つられて努力するようになるさ。相手の欠点を指摘するのではなく、共に解決策を考えてくれる奴と一緒に居て、結果を出さないなんてあり得ないよ」
従者もどきは俺の顔を真剣に見て、そうか、と言った。
「……今まで済まなかった」
「……謝るようなことをしたのかい?」
態度が悪かったことを反省しているのだろうか?
「ああ。何と言うか、心の底で馬鹿にしていたんだ。辺境伯領の天才はエントーレ家の者だけで、他の奴らは大船に乗って安穏としているだけだと考えていたんだ。周りの反応を見ていればわかる。ぼくはそれを態度に出してしまったのだろう。……謝罪すべきことだ」
俯くことなく俺を真っすぐ俺を見て自省できるなら、悪いやつじゃないのかもしれない。
「ケインとカイルのお蔭で俺の成績が上がったのは認めるけど、俺だって幼少期の自分では考えられない程の努力をしたんだ。卒業生代表になって当然とは言わないけれど、代表ならするだろう努力以上の努力をしたぞ」
それでも領地の師匠には笑われる程度の努力だ、と笑いながら言うと顔色が変わった。
「辺境伯領の基準が厳しい……」
「キャロラインお嬢様のご学友をしている妹に言わせたら、例年の卒業生代表のレベルには到達しているけれど、来年以降の代表とは比較にならないはずだって」
アハハハハハハ、と従者もどきは軽快に笑った。
「ぼくのことは、オリバーって呼んでくれ。友だちになろうよ」
その一言に既視感がして、俺は大爆笑をした。
『おれのことボリスって呼んでいいぞ』
俺がカイルに自己紹介した時のセリフに似いる。まだどことなく上から目線なのに本人は気が付いていないんだ。
「ウハハハハハ。ごめんね。ハハハハハ、悪気はないんだ。うん、オリバー。旅の友人だ。俺のことはボリスと呼んでくれ」
言いながら涙が出てきた。
俺たちはまだ子どもだ。
いきがって恥ずかしいことをやらかしながら成長するんだ。
「なんだかすごく楽しそうだね」
「サイラス様。友だちになろうとしたら、なぜか爆笑されました!」
「ごめんごめん。昔の自分を思い出したら泣けるほど笑いが込み上げてきただけだよ。就寝の支度が遅れるからオリバーは風呂に入ってこいよ」
後で詳細を聞かせろよ、と言いおいてオリバーは風呂場に向った。
「未来の辺境伯領騎士団長の子息にオリバーが気安く声掛けするとは思えないんだよ」
おやおや。ずいぶん好戦的な物言いだ。
俺は確かに建国王の右腕と呼ばれた騎士の子孫だ。
現騎士団長は伯父貴だから、家系的に騎士団長を輩出していると言えるかもしれないけれど、騎士団に親戚はわんさか居る。
父さんが騎士団長になるとは言い切れないのに、こう言って俺を持ち上げるのは只の嫌味だ。
「オリバー本人は俺の出自は気にしていないよ。俺を小馬鹿に思っていたことを謝罪してくれたんだ」
ラウンドール公爵寮のボンボン……俺がこう思っていることも、俺が二人を小馬鹿にしていたからだろう。
人のことなんか言えない。
「……すまなかった。言い過ぎた。……なんだか羨ましくって……これは只の八つ当たりだ」
サイラスはそう言うと俺に唐突に胸の内を話し始めた。
……この状況にも既視感がある……。
誘拐事件で光る苔の洞窟に避難した時、唐突に飛竜の里に逃避行したい話をカイルに打ち明けたんだった。
グホゥッ。
俺のスライムが再び爆笑するのを防ぐかのようにサイドテーブルの上から俺のお腹にツッコんできた。
「……すまない。……俺の頭の中を先読みしたスライムに最悪の事態を阻止された」
俺はサイラスの話の内容のせいではない、と今の俺の状況を無視して話を続けるように促した。
手首のカイルのスライムが笑うかのように震えている。
カイルのスライムを無視して、腹筋と表情筋に身体強化をかけて聞いたサイラスの打ち明け話はウィルの従兄弟らしい内容だった。
入学試験で新入生代表は死守したが、魔法学であっさり辺境伯寮生たちに負けたこと。
二年次には憧れの本家の冷笑の貴公子こと、ウィリアム様と楽しい魔法学校生活を送るはずだったのに、辺境伯寮ばかりに入り浸り、挙句の果てには初級過程をどんどん終了させてしまい授業が重なることがほとんどなくなったこと。
三年次にはラウンドール公爵寮を仕切ってほしい、と寮生になるように懇願されたのに、寮には数回顔を出すだけで学校にも来ないで廃鉱やら辺境伯寮に入り浸っていたこと。
そんな状況に重ねて俺が気安くウィルと呼びかけるのがどうしても気に入らなかった、と語った。
手首のスライムたちが、執着する気質がウィルに似ている、と馬鹿受けしているような気がする。
数珠つながりのスライムたちがみんな笑うかのように震えているのだ。
「……領地で思い描いていたような学校生活になんて、なかなかならないものだよ。だけど、この話で気になるのは、あまりにも、ぼくがぼくが、という主張ばかりでウィルがどうしたかったのか、という視点がないんだよ」
サイラスは驚いたように俺を見た。
「サイラスはラウンドール家の特徴を受け継いだ大きな鼻が嫌なんだよね。贅沢な悩みだよ。俺は自分の鼻が上を向いているのが嫌なんだ。家族はそれが愛嬌なんだから強面にならずにすんだと言ってくれるけれど、母さんに似た方が男前になったと思うぞ。それはさておいて、鼻の大きさが特徴的なラウンドールの本家の貴公子が奇跡的な美男子として生まれ貴族然とした表情の乏しい笑いがカッコよかったんだろ?でもそれはウィルが見せる対外的な一面に過ぎないよ」
なにが冷笑の貴公子だ!大爆笑の奇公子だぞ!!なんて思っても表情筋は真剣そのものに固定して真面目な話を続けた。
「新しい魔術具や魔法が好きなのはラウンドール公爵のご子息そのもので、社交界とのバランスが取れる処世術は公爵夫人から学び、興味の対象にいかに近づくかの手練手管はラウンドール公爵から学んでいる。そんなウィルと親戚以上に仲良くなりたいなら、主語をぼくがで考えずに、ウィルならどうするだろう、と切り替えて考えないと、時々会う親戚という立ち位置を変えられないよ」
サイラスは憑き物が落ちたかのように肩を落とした。
「ウィリアム様ならどう考えるのか……」
「ああ。そうやって推測するのだけれど、間違えてはいけないのは推測したウィルの行動はあくまで本人ではないんだ。頭の中に自分にとって都合の良いウィルを作り出してはいけないんだ」
ウィルの考えそうなことは想像がついても、それはあくまで自分が考えたウィルがしそうなことであって、ウィルの思想はウィルに訊かなければわからないことを、念を押して言った。
「わかりにくいけれど、なんだかわかる。母上がぼくのためにと用意してくれる品は必要なものが多いけれど、見当違いの品もある感じだね」
帝国留学のための、母親の気遣いが籠もった荷造りに例えたが、ラウンドール家の執着を表すには足りない。
けれど、あながち見当違いでもないからまあいいか。
「そうだね。もっと親しくするためにどうしたらいいか、ウィルに直接聞けばいいんだよ」
「だけど、一年も会えないんだよ。手紙もまともに届くかわからない状態じゃないか」
「その状況を打破するのが今回の旅の目的の一つだよ」
俺は公開しても構わない範囲で、商会が同行している理由を説明した。
キャロラインお嬢様の帝国留学までに帝都のガンガイル王国寮を改築する間に、交易ルートの確保と、情報収集を商会から入手するのだ。
「俺たちは帝国の魔法学校で魔獣カードを使って派手に遊ぶだけで良いんだ。魔獣カードはガンガイル王国が魔法特許を押さえてあるから欲しければ王国の商会を通さなければならない。カードだけでも交易の起爆剤になるはずだ」
マークとビンスのお蔭ですでに問い合わせもあったので、今回の商会の積み荷の大半が魔獣カードがらみだ。
「ぼくたちが帝国に留学するだけで国に貢献するのか!?」
「合宿で何を学んでいたんだい?留学生は小さな外交官だよ。外国の優れた技術を学び、自国の文化や製品を宣伝してくるもんだろう?」
俺は帝国留学の合宿では競技会向けに身体強化の訓練ばかりしていたので、他の生徒が何をしていたのか知らない。
「……立ち居振る舞いや、常識の違い。それに競技会で過去に使われた魔術具の解析…」
「合宿という割に常識や個別の学習ばかりで生徒たちに連帯感の出ない内容だよね」
せっかく人を集めて学習会をするんだから成果の出せる内容にしないと、と俺が呟くと、サイラスが言った。
「卒業生代表らしい視点だよ。ああ。辺境伯寮生は王都の魔法学校に進学してくる前に辺境伯領の小さな外交官としての教育を受けてきているんだ……」
サイラスはベッドに横たわって枕に顔をうずめた。
「良いお湯だったよ。……サイラス様どうされましたか!」
湯上りのオリバーがサイラスに駆け寄った。
「……ボリスに悩み事を打ち明けたら心が晴れた気がしたのに、自分の幼稚さに気が付いて顔があげられない……」
俺も心当たりある。
「俺たち、まだ十才だよ。子どもなんだから恥ずかしいことばかりしでかすものだよ。俺はサイラスと仲良く出来そうな気がするけれど、先に友だちになったオリバーがサイラス様なんて言っているうちはサイラスとは友達になれないな」
サイラスには一人で考える時間が必要だろうから、俺は風呂に入ることにした。
風呂場全体に洗浄魔法をかけて、浴槽に小さな火の玉を入れて温度を上げた。
熱めの風呂が好みなんだ。
ゆっくり体を洗うのも面倒なので全身に洗浄魔法をかけてから湯船に浸かった。
手首のスライムたちがほどけて湯船にぷかぷか浮いた。俺のスライムも湯船にまったりと浸かっている。
「カッコよかったよ、ボリス」
「サイラスは典型的な派閥貴族の子息だね」
カイルとハルトおじさんのスライムが湯船をクルクルと泳ぎながら言った。
「返事はしなくて良いよ。あたいたちは小声で他の人には聞き取りにくく喋るけれど、ボリスが声を出すと風呂で独り言を言う変人に思われるよ」
風呂で爆笑するのも変人だろうから、込み上げてくる笑いをグッと我慢した。
外国に向けての旅立ちの初日にこんなに心穏やかにしていられるのは、スライムたちの声を聞いて安心しているからだろう。
サイラスにはああ言ったけれど、俺は恵まれている。
部屋に戻るとサイラスが俺に右手を差し出して握手を求めてきた。
「ぼくとオリバーは小さい頃から主従関係を徹底して躾けられて育ってきた。だけどボリスの指摘通りオリバーがぼくの一番の親友だ。せっかく領地から、親元から離れているんだから、留学中は親友として過ごそうと話し合った。だから、ボリス。ぼくとも友だちになってくれるかい?」
俺はサイラスの右手を両手で包んでぶんぶんと手を振った。
「ああ。喜んで。俺もそこまで出来た人間じゃないから、言い過ぎることもある。その時は遠慮なく指摘してくれ」
俺たちはこうして仲良くなり、オリバーと約束した昔の俺の失敗談を話してから明日に備えて寝た。
朝食はガンガイル王国の食事らしく、食べれない程不味くはない、腹が膨れれば上出来という味だった。
「「昨日は夕食に誘ってくれてありがとう」」
サイラスとオリバーは宿の食事が美味しくないことを口に出さずに、辺境伯寮生たちに気さくに礼を言った。
察した辺境伯寮生たちは、にやっと笑って、そうだろうそうだろう、口々に言った。
宿を後にすると町を出る前に、町の祠に全員で魔力奉納をした。
「これからまた魔力を使うのに朝から魔力奉納をするのかい?」
「この地にお世話になって、この地の魔力で育った食べ物を食べたんだ。魔力奉納するのは当たり前だよ」
「ついでに旅の安全も祈願したよ」
サイラスとオリバーは納得したような顔をした。
「ぼくたちは、心構えも辺境伯寮生から学ばなくてはいけないね」
「道中もいろいろと教えてくれるとありがたいな」
二人の素直な言葉に辺境伯寮生たちが一斉に俺を見た。
あいつらは俺がサイラスとオリバーを一晩中説教でもしていたと思っているのか?




