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閑話#15ー1 ボリス ~天才の親友と呼ばれて~

 出来損ないの三男坊。

 物心がついた頃にはそう蔭で言われているのを知っていた。

 実際お馬鹿な子どもだった。

 大人になったらこんな家を飛び出して、飛竜を育てて気ままに暮らしたいと本気で思っていた。

 そんな考えをひっくり返したのがカイルだった。

 初めて会った時から頭のいい子なのはわかった。

 口調もしっかりしていて、大人相手にも物怖じせず、キャロお嬢様の筆頭侍女に意見する姿はカッコよかった。

 俺とは頭の出来が違う、神様に祝福されて生まれてきた子どもなんだ、って思ったよ。

 誘拐事件の時もカイルが常に冷静に対処して、ぼくたちは生きて帰ってくることが出来たんだ。

 でも、あの時カイルに教えてもらって気付いたことがあった。

 今やれる努力を惜しむなってことだ。

 実際、カイルは尋常じゃない程の努力家だったんだ。

 カイルは死にたくないから、自力で魔力探査を開発し、誘拐事件後も研鑽している、と父さんが教えてくれた。

 出来っこないことは、やらないから、いつまで経っても出来っこないんだ。

 俺は俺なりに努力すれば良い、と猛吹雪の中、雪山に穴を掘って一晩耐寒訓練をしたときに父さんに言われた。

 その話をカイルにしたら、マルクさんの子どもにならなくて良かった、と笑いながら言った。

 養子のカイルがあんなにジュエルさん一家に溶け込んでいるのもジュエルさんの一家が優しいだけではなく、カイルが一家を惜しみなく愛し、一家もまたカイルを愛しているからだと今ならわかる。

 俺も俺んちの子で良かったよ。

 俺が努力を惜しまないようになってから家族が変わった。

 いや、俺の考え方が変わったから、言葉の裏側にある家族の愛情に気が付くようになっただけだ。

 俺が悔しいと思うのは、もう少し母さんのおなかの中に居座って、カイルと同じ学年になれば良かったのに、というその一点だ。

 カイルが変革を及ぼした辺境伯領の優秀児たち、という看板を先に進学する俺が一端を背負うことになってしまった。

 王都の初級魔法学校を首席で卒業して帝国の中級魔法学校に進学することになるなんて、俺の人生はどうなってしまうんだ。

 とにかく、そうなってしまったのだ。

 ……俺に出来る努力して、なるようにするしかないのだ。


 王都の辺境伯寮で盛大に見送られながら一路帝国を目指す……前にラウンドール公爵寮で二人ほど同行者を乗せることになっていた。


 国土を東に横断するので、ラウンドール公爵領の上位貴族の子弟がいるのは有り難かった。

 素材採取の実習後の辺境伯寮の大審判で、御家おとり潰し寸前までいった三大公爵家の二家の派閥の領地を横断するのだ。

 家格では辺境伯領主が上なのだが、自らの派閥を持たない辺境伯領主は国内でそれ程敬われていない。

 王都に出てくる前に国土地理の学習をしておいて本当に良かった。

 お蔭で俺は王都病にかかることは無かった。

 何にせよ、お家騒動のきっかけが辺境伯寮生で、ぼくたちはその集団だ。

 今や国内最大派閥になったラウンドール家の息のかかった上位貴族が居るに越したことは無い。

 ラウンドール公爵寮では公爵と次期公爵と言われている長男とウィルがぼくたちを歓迎してくれた。

 破格の出迎えにぼくを含む留学予定の六人の顔が引きつった。

 ウィルが素早く目配せをして、お世話になるのはうちの寮生たちだし、父上と兄上は新型馬車がお目当てだよ、と小声で言って俺たちをホッとさせた。

 ポニーが大型客車を引く姿はこの馬車は魔術具です、と宣伝して走っているようなものだ。

 魔術具好きのラウンドール公爵の興味を引くのも当然だ。

 子どものように目をキラキラと輝かせたラウンドール公爵が車内の設備の全てに質問をするので、予定時間を大幅に過ぎて出発することになってしまった。

 上位貴族のする行為を誰も止められずニコニコとしていたのだろう、と考えていた俺はまだ思考が甘かった。

 ラウンドール公爵寮生は領主代理の甥っ子とその幼馴染という名目の従者だった。

 甘っちょろそうなボンボンだけど、こっちは六人でそっちは二人だ、この寮を出た暁には辺境伯領のルールでいかせてもらおう。

 そんなこんなで、ラウンドール公爵寮でも盛大なお見送りを受けて俺たちは旅立った。


 王都の東門を出てすぐ、大人たちの誰もラウンドール公爵が時間を取るのに顔色一つ変えなかった理由が判明した。

 隣町に馬車で移動するには日没に間に合わないだろうという時間帯に、王都に戻るならいざ知らず、王都から出ようとする馬車はほとんどなく検問は空いていた。

 国内の移動には絶大な効果のある国王陛下の直筆の文書があり、難なく通過することが出来た。

 この文書が国外でどこまで通用するのかも重要な情報の一つだとハルトおじさんから聞いている。

 門を通過するなり幼少期から馴染みのあるポニーのアリスが歩みを止めて、車体にすり寄った。

 御者に扮する辺境伯領第六師団所属の密偵がよく頑張った、とアリスに角砂糖を与えて車両前方の格納庫を開けてアリスを座らせた。

 ああ。やっぱりそうか。

 空いた街道を全力疾走すれば遅れは全く問題ないのだ。

 ここから必要なのは魔力だと瞬時に理解した辺境伯領出身者は、即座に神々に祈り始めた。

 この車両自体に教会の礼拝室と同等の結界が施されている、とカイルから聞いていたので誰もが先立ってフカフカな座席のひじ掛けに手を置いて祈った。

「ななな、なんなんだ!君たちは!」

「ひじ掛けについている魔石に触れながら旅の安全を神々に祈れば、日が暮れる前に宿場町にたどり着くよ」

 俺の口調の気安さにラウンドール公爵寮生の従者の顔が曇った。

 これから先ずっと一緒に過ごすことになる相手にわかるように態度に出すなんて、マークの母親でキャロお嬢様の筆頭侍女のエミリアさんなら鼻で笑う失態だ。

 俺がそんなことを考えていると、御者が生徒たち全員にシートベルトをしているか確認を取った。

「ここから速度が上がる。万が一のために座席のベルトを締めるんだ」

 おろおろするだけで何もできないラウンドール公爵寮の二人にしびれを切らした辺境伯寮生たちが、席を立って座席のベルトの位置と締め方を教えた。

 全員が座席についてベルトを締めたのを確認して、俺は御者に声をかけた。

「全員配置に着きました!」

 御者は馬が引かない馬車を加速させた。

 魔力で動いていることを察したラウンドール公爵寮の二人も真剣に祈り魔力奉納を始めた。

「「す、すごい!!」」

 二人は車窓から流れる景色の速さにこの馬車の速さを理解したようだ。

「揺れが無さすぎる。これは一体どうなっているんだ……」

 従者が驚く様に、ラウンドール公爵寮のお坊ちゃんは、田舎者たちがぽっと出の天才の魔術具を披露しているのか、とでもいうように高い声でフフ、と笑った。

 辺境伯寮生は全員嫌味に感じたが、顔にださず冷静に言った。

「この車両自体が最新鋭の魔術具だってラウンドール公爵も仰っていだろう?」

「最新技術の集大成に乗って旅が出来るんだ。こんな光栄なことは無いよ」

「ああ。うちの両親は本当に喜んでくれたよ」

「安全に旅ができる環境の有難さは直にわかるよ」

 俺たちはそれ以上奴らに構わなかった。

 速さだけじゃないこの馬車の機能は目の当たりにしないとわからないだろう。

 その時は面倒ごとが起こっているという事なので、お目に掛かれない方が有り難い。


 日没前に目的の宿場町に着いた。

 町の門の手前でアリスたちポニーは馬車に繋がれ、門番に馬力の良いポニーだな、と驚かれた。

 宿屋の宿泊費用は辺境伯領主が用立てしてくれたが、貴族が宿泊するには質素な宿だった。

 不服そうに鼻を鳴らしたラウンドール公爵寮の二人と、俺はあえて同部屋になるように部屋割りをしてもらった。

 商会はもっと格下の宿屋なのだ。

 俺たち一行は御者を含めて9名を3部屋で使えるのは恵まれていると思う。

「夕飯は宿で取るなら自費で、商会と合流して炊事場で食べるなら辺境伯領主様が負担してくださる。長旅になるんだからみんなと食事をとる方をお勧めするよ」

 部屋で寝具の質を確認している二人にそう声をかけた。

「ボリス。晩飯の支度を手伝いに行くぞ」

「そこの二人は行かないのかい?」

「飯は辺境伯領大躍進の秘密の一つだよ」

 部屋まで迎えに来た仲間たちは、ここの宿では朝食を頼んで夕食を一緒に取ろう、と半ば強引に連れ出した。

「屋台の料理人が一人、商会の一行に居るんだ。間違いなく旨いよ」

 俺がそう言うと、二人の足取りが軽くなった。


 商会の宿屋は大部屋で雑魚寝をする安宿だったが、飯場は広くみんなで押し掛けても余裕があった。

「おお、全員来たか。ソースは多めに作る予定だったから構わない。ああ、魔力に余裕のある奴はその肉をミンチにしてくれ」

 元辺境伯領騎士団員の料理長の男は父さんより若いのに怪我が原因で引退したが、まだまだ鍛えていており、たくましい体躯だ。

 港町に行った時の冒険者の護衛もついているので安宿でも商会一行は大丈夫だろう。

「ボリス。玉ねぎを頼んだ」

 そんなことを考えていたら、材料だけでメニューを察した仲間の一人に玉葱の処理を頼まれた。

「手を出しな」

 俺は二人に声をかけるとポケットに仕込んである洗浄魔法の魔法陣の紙切れを握って、二人の手を洗浄した。

 カイルみたいにカッコよく出来ないが、うちの母さんよりは上手に出来るようになった。

 俺なりに成長しているのだ。

「玉葱の皮ぐらい剥けるだろう。俺はみじん切りにするよ」

 1個だけ見本で俺が皮を剝いた後は二人に任せた。

 二人はキョトンとした顔をしていたが、王太子殿下のそっくりさんも玉葱の皮を剥いたぞ、と囁くと不承不承ながらも剥き始めた。

「魔術具を持ってきたから、大きめに切って放り込んでくれたら後は魔力供給を頼むよ」

 それは有り難い。

 手首に付けているスライムたちよりみじん切りが下手なので、手首でくすくす笑われなくて済む。

 みんなのスライムはいつの間にか喋り出した。

 留学中に俺のスライムも鍛えてくれるようだが、俺自身が成長しなければスライムの成長も見込めない。

 使役魔獣の成長は主の魔力に依存している。

 みぃちゃんとみゃぁちゃんの姉弟猫もミーアになついてしまったのでついて来てくれなかった。

 俺が玉葱をテンポよく切っていると皮を剥く方が滞っていたので、俺のスライムが手伝いを買って出た。

「「ぼくたちはスライムに劣っているのか」」

 下ごしらえを手伝う辺境伯寮生の側にはスライムたちが手際よく働いている。

 二人は漸く自分たちに生活能力がないことに気が付いたようだ。

「やったことがないことが出来ないのは当たり前だよ」

「今まで誰かがやってくれていたから生活できていたんだ」

「自分のことぐらい自分で出来るようになっておくことは悪いことじゃないよ」

「……辺境伯領ではそれが当たり前なのか?」

「不死鳥の貴公子だって玉葱の皮ぐらい剥けるよ」

 不死鳥の貴公子もお買い物ごっこで焼鳥屋の下ごしらえを手伝っていた。

「「!!」」

 公子様が平民のような仕事をすることを二人には想像も出来ないのだろう。

 俺たちは文化の違いに茫然としている二人を放置して黙々と下ごしらえを済ませた。


 大量のミンチ、ソテーした玉葱、つなぎのパン粉。

 俺たちの頭の中はハンバーグ一色になっていた。

 みじん切りの玉葱の半分でトマトソースを作り始めた時も、ハンバーグソースだと思っていた。

 大鍋で湯を沸かし始めたところで、そばにあるパスタに気付いた。

「……ミートボールのパスタ」

 俺たちががっかりしたのを見た料理長が笑った。

「ハンバーグが食べたかったのかい?」

 俺たちはいっせいに頷いた。

「仕方がないな。ミンチをもっと作れるかい?」

 俺たちは力一杯頷いた。

「玉葱の皮をもっと剥いてくれよ」

 俺がラウンドール公爵寮の二人に声をかけると、またかよ、という表情になった。

「食えばわかるから、頑張ろう!」

 俺はそう言って、また玉ねぎを刻み始めた。

 夕飯でハンバーグを口にした二人がなんておいしい食べ物だ!と感動することがわかっていたから、みんな二人の態度など気にせず作業した。


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