勝てばよかろう…?
少々下品な表現があります。ご注意ください。
「キュアはカイルから離されて平気でいられるかい?」
父さんはおもむろに言った。
「カイルのそばに居られないなら飛竜の里に帰るよ」
帝国軍に母親を傷つけられたキュアが帝国に留まるはずがない。
「そもそも帝国が飛竜を欲しがっているからキュアの母親が襲われたのに、帝国にキュアを連れて行っていいのかい?」
ウィルがもっともなことを言った。
「母さんは寝ているだけだから、起きたら私を呼んでくれるわ。ウィルは知らないだろうけれど、今の私は帝国兵にやられる気がしないよ。でもそれはカイルが居るからだよ。何かあったら亜空間に逃げれば良いんだもん」
確かにそうだ。
ウィルに光る苔の話をせずに誤魔化す方法としても、現実に何かあったとしても最も有効な手段だろう。
「皇帝は何でも欲しがる我儘おじさんだから、カイルの留学について行きたいなら大人しく赤ちゃんらしくしていないと面倒なことになるよ」
ケインが釘を刺した。
「キュアが参戦しなくてもカイルの作戦でもケインのスライムの作戦でも、初見殺しだから一勝は出来るだろう」
父さんはそう言うと自分のスライムを手に取って何か囁いた。
競技台の全てのマス目に魔力を抜いた魔石を置いて、スライムたちに魔力を染めさせるミニ競技会を始めることにした。
予選を想定して、ぼくとケインとみぃちゃんとみゃぁちゃんと父さんのスライムで対戦することにした。
ウィルのスライムは赤ちゃん扱いで観戦していることになった。
競技台を五匹のスライムが囲み、開始の合図を待つ。
みぃちゃんとみゃぁちゃんもテーブルに張り付き、キュアは競技台の真上のポジションを取った。
真剣な眼差しで自分とみゃぁちゃんのスライムたちを見つめるケインは、おそらく精霊言語で指示を出しているのだろう。
ぼくにもわからないように精霊言語を駆使できるようになっている。
ケインの成長を嬉しく思う余裕もなく、ぼくも自分とみぃちゃんのスライムに指示を出した。
なるほど。複数のチームで戦う予選会では自然と派閥が出来るのか。
精霊言語で魔法陣を刻めない父さんはケインのスライムの作戦を取るはずだ。
父に勝つのは男子の夢だ。
ここはケインと結託しよう。
ケインに精霊言語で作戦を伝えた。
ポーカーフェイスの出来るケインは無言で了承を伝えてきた。
ウィルがみんなの様子を静かに見定めて言った。
「試合開始!」
競技台脇に控えていたスライムたちが一斉に魔石の上に覆いかぶさった。
全員ケインのスライムが魔石の上に居座ったスタイルで、出来るだけ多くの魔石を確保しようとした。
父さんのスライムは飛び出して投網のように広がって競技台全体に覆いかぶさろうとした。
ぼくたちの予想通りの行動だったので、ぼくたちのスライムは父さんのスライムより低いポジションを取り、四方から自分の目の前の魔石をより多く確保する作戦に出た。
スライムの形状まで決めていなかったので、各々が違う形で飛び出した。
みゃぁちゃんのスライムは扇型に広がり、ケインのスライムは消防ホースの散水のように直線にスピードを重視して反対側まで抑えた。
ぼくとみぃちゃんのスライムは、ドン、と競技台にあがった足元から円を広げるように自陣を増やし、胞子を飛ばす苔のようにケインやみゃぁちゃんのスライムたちが染め損ねた魔石のところに分身を飛ばした。
競技台全体に父さんのスライムが広がってから降下するまでの間に、ぼくたちのスライムはこれをやり遂げた。
見守る誰もが子どもたちがチームを組んで勝利を掴むだろうと即座に確信しただろう。
それぐらい、ぼくたちのスライムは素早く動いた。
だが、父さんのスライムが降下しながら競技台全体に物凄いとしか言いようのない、何とも形容しがたい臭いを一気に放ったのだ。
観戦していたぼくたちは不意打ちを食らって一斉にえずいた。
お昼ご飯が逆流しそうになるのを喉元で何とか押しとどめていたけれど、ウィルが口を押えてトイレに駆け込んだのを見たら我慢できる気がしなかった。
ぼくは身体強化をかけて一階のトイレに駆け込むとケインが母屋のトイレまで走るのが視界の端に見えた。
緊急事態のトイレは譲れないよね。
便座を抱きかかえるように座り込んで、間に合った安堵感に浸っていると、騒動を聞きつけた母さんとお婆と三つ子たちがやって来た。
キュアは屋外に逃げ出し、みぃちゃんとみゃぁちゃんも自分たちのトイレに駆け込んで震えながら嘔吐していたらしい。
「あなたたちはこっちに来ては駄目よ」
母さんは三つ子たちに母屋に戻るように言い含めていたが、父さんが洗浄の魔法をかけたのか、もう匂いは無くなっていた。
「大丈夫だよ。もう危機は去ったみたいだよ」
ぼくがトイレから声をかけると、母さんとお婆に何があったのか洗いざらい説明させられた。
「子どもたちに勝ちを譲ることは大人として恥ずかしくない行動だと思うのですけれど、どうしてこう大人げない勝ち方をしようとするのですか」
母さんが丁寧語で父さんを責めた。
「いや。本当に申し訳ない。こんなに全方向に拡散するとは思わなかったんだ」
父さんのスライムは、南国に生息している巨大な臭い花のエキスを内包しており、投網作戦が間に合わなかった時に、スライムたちだけを狙って競技台方向に散布するはずだった。
誤って全方向に散布してしまったが、臭いだけで毒性は無く人体や魔獣たちに健康被害を及ぼさない、と父さんが力説したが工房内に居た子どもたち全員が嘔吐したので、母さんの怒りは収まらない。
悪臭の正体を知ったお婆は研究用に少し頂戴と、父さんにねだっている。
お婆は何を作る気なのだろう?
「お客さんに嘔吐させるなんてとんでもないことなんですよ。だいたい、毒性は無くたって不意打ちで悪臭を嗅がされたら誰だってえずいてしまうことぐらい、わかりきっている事でしょうに」
「ジーンさん、ぼくは大丈夫だよ。滅多に出来ない良い経験だった。不意打ちの悪臭の攻撃力がこれほど強力で阿保みたいに無防備になるなんて考えてもみなかった」
ウィルは笑って奇策でも競技会で一勝だけなら出来るという良い見本になった、と言った。
奇抜な作戦は攻略されない限り、確かに有効だ。
ぼくたちのスライムは競技台の上にへばりついているが、驚いて体を小さくしたので父さんのスライムもいくつか魔石を確保している。
ぼくたちのスライムは共闘したけれど、同一チームではないので個別に染めた魔石の数が勝負を決める。
本体の近くの魔石を染めたケインとみゃぁちゃんのスライムたちの方が、ぼくとみぃちゃんのスライムたちより父さんのスライムに魔石を奪われていない。
母さんが父さんをコッテリ絞っている間に、試合終了の声がかかっていないのだから、ぼくは最後の仕上げをした。
ぼくとみぃちゃんのスライムが試合開始後すぐ染めた魔石が輝き、父さんのスライムの魔力を光魔法に変えることで使い果たす魔法陣を発動させ、そこに素早くぼくとみぃちゃんのスライムたちが魔石を染め直した。
「ずるいぞ!カイル!!」
父さんが騒いだが試合終了の合図が無かったんだから、勝負は続いている。
「試合終了!」
ウィルは笑いながら宣言し、ほとんどの魔石を失った父さんのスライムの敗北が決まった。
悔しがる父さんをしり目に、スライムたちが染めた魔石の数を数えた。
ぼくのスライムが一位で三つ子たちの称賛を受けた。
僅差でみぃちゃんのスライムが二位、ケインのスライムが三位で、みゃぁちゃんのスライムが四位の結果に終わった。
魔術具と薬品の使用禁止のルールで、ウィルや三つ子たちのスライムを交えて競技会ごっこをすることは母さんにも認められた。
禁止して陰でやらかすより、明確なルールで、魔獣カードのように遊ぶようにという事に決まってしまうと新種の魔法陣の使用は禁止されてしまった。
三つ子たちに見せびらかすなという事なのだろう。
「いやはや、さっきの魔石の魔法陣は見事だよ」
父さんは頭を掻きながら息子にまんまと騙された、と言った。
「魔石の中心にそれぞれの魔力を少し閉じ込めた核のような魔法陣を描いておけば、その上から染められても核の魔法陣は消費されず、相手が油断したすきに核の魔力を発動させれば簡単に染め直せるはずだ、と考えたら上手くいったよ」
ぼくは説明しながらスライムたちに見本を披露させた。
魔石に魔力を送り込むときに魔方陣の形に圧縮した魔力で魔石を染めて核を作り出すのだ。
「これは精神的に堪える負け方だよ。染め変えられないなら諦めもつくのに、勝ちを確信したところで覆されるから頭に来るよ」
「でもこれは面白いね。勝ちたくない時は発動させなければ良いんだもん」
ウィルは負けた方が政治的には都合がいいときに、手抜きをしたように悟られることなく身を引ける、と利点を強調した。
「いかさまのし放題だね。賭けで一儲けできるじゃん」
競技に夢中になっているかと思っていたのに、クロイはこっちの話も聞いていたようだ。
「競技会は公営競技として賭けの対象になっている。いかさまなんかしたら、その筋の怖い人たちに連れて行かれて、砂漠に生きたまま首だけ出して埋められる、というのは帝国魔法学校生の常識だよ。冗談でも言ってはいけないぞ」
父さんが、脅しじゃなくて本当のことだぞ、とクロイに言った。




